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137,精霊人形は飲まれ隊長補佐は彷徨う

 霧が晴れると、隣りにいたはずのリグレスが消えていたが、それは先に進んだわけではない。この森から存在がなくなっている。ギィダンは、存在しない頬を掻き、

「何者かが攫いましたね。そして、ここには。」

背後から現在のヌシらしき複眼の大型蛙が迫ってきていた。

「ガルーダは居ないようですね。」

居るのであれば、ヌシがこのように闊歩できないほどに強者だ。自分より遥かに大きな蛙に、振り返りながら剣先を向けたギィダンは、軽くステップを踏んで大木よりも上空へと飛び上がる。風属性の精霊は、この土塊を簡単に持上げられる為、蛙の動きが遅く見えるし、蛙の首が垂直に上を向き、口を開ければカメレオンのような舌を繰り出すが、その長さは木々を超えることすらない。

「こうなるのでしたら、リグレス様に魔力を頂戴すべきでしたね。」

そう呟くと、蛙の脳天に剣の指の照準を合わせて空を蹴って急降下していくと、相手も応戦して舌を鞭のように振り回す。爪で切り裂く要領で剣を動かせば、切断とはいかずも血が噴き出す程度には傷をつけることができた。斬りつけながら顔面に接近してその複眼に剣を突き刺せば、激痛から逃れようと首を大きく振り、ギィダンも剣を仕舞って首を振った勢いに任せて、わざと飛ばされて相手との距離を取る。もう一度剣を構え、地面を蹴り上げて空へと飛び上がると、蛙の重そうな足が地面を踏みつけ、土属性の精霊が盛り上がると同時に土が波が覆いかぶさるようにギィダンに襲いかかった。風を駆使して1つの波から逃げても次が押し寄せる。襲ってくる土の波を何度も回避し続ければ、いつの間にか蛙の口の前まで誘き出され、


ゴクン


一飲みされてねっとりと体液を蓄えた喉を通過した。体内へと流されたギィダンは、自ら光体を作り出して今の状況を確認すると、肉厚な天井からボタボタと液体が落ちて、いつ飲み込まれたか分からないうさぎがそれに当たり、簡単に溶けていく姿を目の当たりにした。

「胃酸ですか。まあ、土塊の私を溶かすことは出来ないと思いますが、そろそろ魔力枯渇起こしそうですから早めに脱出しなくてはいけませんね。」

動く床に足を取られながらも壁へと近づいて試しに剣を刺したが、少し傷ができる程度で貫通はしない。痛みにもがく蛙が動いたのか、胃酸が荒波を立てて、床が引っくり返る。ギィダンもその波に飲まれて、胃の中を転がる。水かきのように剣を使えば、胃を斬りつけて再び波が荒ぶって、ギィダンの体力そのものでもある魔力が削られていった。


 地面も良くできている。スモーキークォーツとオブシディアンが混ざり合って深い色味を再現しているその土の上を歩きながら、人形を探すリグレスは、見飽きるくらいに同じ風景に戻ってきていた。歩き始める前に目印として置いたガーネットの木ノ実に、幾度となく辿り着いたことがその証明となる。大きな空間に働きかけることは、古代魔獣でも骨の折れる作業だ。そう考えると今の空間は、いくつかの狭い部屋をぐるぐると歩かされているだけで、本当はあまり遠くへと行っていないということは分かる。ロゼットに声をかけても、クスクスと笑い声が聞こえるだけでヒントはもらえなさそうだ。

「いくらなんでも疲れましたね。」

切り株に腰を下ろすが、ロゼットの笑い声しか聞こえない。これだけ探して見つからないのであれば、人形はここにはないということだ。では、彼に由来する何かということなのか。しかし、精霊が集まるような『何か』も見つけられなかった。リグレスは、造られた空を見上げてから木々へと目を移し、隠されている何かをもう一度目視で探すが何も見当たらず、ふと目についた落としておいた木ノ実を取りに腰を上げた。それを持ち上げた瞬間に、スインキーでのリティアとの会話を思い出して、

「精霊石…」

そう呟くと、突然ロゼットの笑い声が止んだ。自然とリグレスの口角が引き上がり、そのお目当ての物を探す方へと頭を切り替える。精霊が集まっていてあまり動かない石を探す為に歩き回り、地面から生えるもの、成っている実、切り株などをじっくりと時間を視る。大きな向日葵にはよく目は行くが、何度観察してもそれらしきものは見つけられず、ムーンストーンの大木も怪しいと思ったが覗き込んでも違和感はなかった。そうしている間に空間が更に暗くなり始めて、元いた空間へと戻される時間が近づいてきたことを理解する。

「何故、見つからないのでしょう?」

精霊の動きは至って通常の空間と変わらない。下手に空間の物質を叩くと、ここに存在できる時間が短くなるだけだった。首を傾げながら、先程の休憩から手を持ったままの木ノ実を顔の前に持ち上げて、盛大にため息をついた。

「灯台下暗しでしたね。お時間を掛けすぎてしまって申し訳ございません。」

片手に持っていた木ノ実を両手に乗せるように持ち直して、その木ノ実に頭を下げた。

「あはは!おじさま、どこか少し抜けているんだね!でも、久しぶりに楽しかったよ!あとは埋め込まれているからね!」

「今、取り出します。」

陽気に笑うロゼットは、確かにこの木ノ実から聞こえてきていた。リグレスは自嘲しつつ、水龍拳からナイフを引き出すと、水の精霊を凝集して水の魔法剣を作り出した。その剣で木ノ実に一周切り込みを入れてバキッと割って、中からクラッシュが入って少し欠けているムーンストーンの球を左手で取り出した瞬間、空間に映っていた物質が歪んで霧に覆われた。


 霧がなくなれば、元いた空間は日が陰り始めていて、目の前では土嚢蛙が引っくり返ってジタバタともがいていた。時折、蛙の腹が突き出る動きを見逃す事なく、こちらに気が付かない蛙の下腹部を水龍拳の周囲に展開させた水の盾で突き上げる。蛙の口から大量の体液が飛び出し、その後にびしょ濡れでフードが外れたギィダンが這うように出てきた。

「も、申し訳ございません。」

「いえ、こちらこそ遅くなりした。」

リグレスは頭を下げるギィダンに微笑むと、蛙の腹部を水龍拳のナイフを引き出した状態で殴り、蛙に血を流させれば、一滴残らずにその傷口からその血を抜き出して蒸発させた。

「これでは倒すまでに手間がかかりすぎますね。他の戦い方を考えなければ…と思うのですが。」

干からびた蛙の体内から土色の魔石を取り出して、ふらふらと立ち上がったギィダンに苦笑し、

「ギィ、この魔石をお使いください。」

「有り難く頂戴致します。」

蛙の魔石を差し出せば、ギィダンが恭しく受け取って本来なら頭がある、無虚の空間に魔石を浮かせる。暫くすると、その場で宙を漂っていた魔石が細かく砕けるように消失した。

「いつ見ても不可思議な現象ですね。」

「私も分かりかねます。話は変わりますが、先程の大型魔獣がここのヌシでしょうし、ガルーダはもういないようですね。」

ギィダンがフードを被るとすぐに、リグレスが彼に手を翳して局地的な大雨を降らせてから、服についた水分を蒸発して、ギィダンごと水洗いをする。

「そのようです。ただ、収穫はありましたよ。ロゼット様の精霊石です。」

左手の中にある欠けたムーンストーンをギィダンに見せると、

「それはアリシアさんのです。」

即答されて、リグレスは眼振が起こるほどに動揺した。

「え…。話した感じでは、ロゼット様と判断出来たのですが。」

「ギィ!僕は、ローくんだよ!」

リグレスの自信がなくなっていき、縋るように精霊石を覗き込めば、石が声を張り上げた。

「これはこれは…結構精神的に退行してますね。アリシアさんが精霊石に混ぜ物をして、わざと精霊人形として扱いづらくしたのだと思います。」

ギィダンがフード越しに精霊石を覗き込み、

「私達が不用意に触らないようにでしょうか。」

説明を受けてもリグレスは頭を捻っていた。

「そうかもしれません。やはり、こちらはロゼットさんの幼い精神を押し込んだアリシアさんの精霊石です。」

ギィダンがそう断言すると、リグレスは考え込みながら、来た道を逆戻りして馬車に戻った。

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