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135,少年は頼み込む

 リティアとお茶するつもりが、いつものメンバーで喫茶店スインキーで食事をした日曜日を経て…朝からのテルは、学友達にソラと間違えられるほどにテンションがとても低くなっていた。ソラのローブの裾を掴みながら、フラフラと教室へ連れて行ってもらう。

「放課後から俺は外出する。」

「え、どこ行くの?」

席に座るなり、ソラに突き放された気分になった。捨てられた子犬のように縋り付くテルの質問に口を閉ざすソラ。教える気がない時は、何言っても教えてくれないことはよく分かっている為、テルも諦めて教科書を開き、いつも通りの学校生活をこなしていった。放課後になると、外出許可を取りにソラが行ってしまい、ポツンと1人、通路で佇む。

「おーい、テル君?テル君!バイバイ!」

「うわっ!?アギー君、また明日ー。」

同じ教室から出てきたアギーに声をかけられてもなかなか気がつけなかったテルは、驚きつつも手を振ってみる。

「今日は本当に上の空だね…気をつけて帰ってねー!」

「うーん、ありがとう。」

アギーに心配されながら他のメンバーが揃うのを待つと、後ろから来たセイリンにどつかれ、ディオンとリティアに心配されてしまう。リティアの小さな手がテルの額に当てられれば、テルの顔の温度は急上昇していった。真っ青になった彼女に解熱剤の小瓶を渡されて、セイリンには帰るように進言され…とぼとぼと1人で階段を降りていく。寮から出てくる私服のソラは、テルに気がつくことなく外出し、テルは心の奥で子供の頃に味わった疎外感を覚え、追いかけたい衝動にかられて出掛ける支度を急いだ。私服姿で職員室に外出許可の申請をしに、夕日が差し込む接続通路を通過しようとすると、長い行列が形成されていて肩を落とす。

「テル君、良いところに。外出されるなら、私の頼みを聞いては頂けませんか?」

その肩を後ろからトントンと指で叩いてきたのは、革のバッグを抱えたラドだ。その登場に申請列の最後尾についていたテルの表情が明るくなる。

「ラド先生!俺で良ければ!ただその」

まだ申請出来ていないと言葉を続けようとしたら、外出時間と理由が書かれた紙と万年筆を顔の前に掲げられ、

「こちらにサインを下されば、提出しておきますよ。」

「はい…!」

ニッコリと笑顔を向けるラドに、ぶら下がった餌に食いつく魚のように釣られた。床を机代わりにしてすぐさまサインを書いて返却すると、

「喫茶店スインキーのマスターにお忘れ物ですと、こちらの珈琲豆をお渡しください。」

バッグから小ぶりな瓶を渡された。

「リファラルさん、学校に来たんですか?」

「ええ。休日に調合室までいらして珈琲を淹れて下さったのです。」

テルがきょとんとすると、微笑みながら美味しかったですと付け足され、

「ではお願い致します。」

「はーい!行ってきます!」

ラドに頭を下げられると、テルはルンルンしながら列を抜けて学校を飛び出した。


 ソラが行った先は分からないけども、とりあえずいつもの喫茶店の扉を開けると客は誰も座っていなくて、真剣な目つきのリファラルがテーブルに銀色のナイフを並べて刃を砥いでいた。テルは言葉も出ず、その異様さに呆然と立ち竦む。

「おや、テルさん。本日はお休みを頂いていたのですが、鍵を締めることを忘れていたみたいで申し訳ありません。」

「え、あ。そうだったんですね。ごめんなさい、知らずに入ってきてしまいました。その、これ。ラド先生から。」

目尻にシワを寄せるリファラルが近寄ってくると、おどおどとするテルは腰を引き気味になりながらも瓶を突き出す。

「ああ!ありがとうございます。朝から探していたのですが見つからなくて困っていましたよ。」

リファラルは、テルの手から瓶を受け取ると扉の鍵を閉めてからカウンターに瓶を置き、

「それほど怖いものではありませんから、見ていきませんか。」

「えっと…」

尻込みするテルの手を引いてナイフを置いているテーブルへと誘導し、その1つをテルの顔の前まで持ち上げて説明をする。

「これはスローリングナイフと言いまして、投擲武器となります。」

「リファラルさんはこの武器をどうするんですか?」

自分でも馬鹿な質問をしたと思った。こういう物騒な物は、人を殺すか魔獣を殺すかしかない。前者だったら…テルのこめかみから生ぬるい汗が伝う。

「勿論、魔獣に投げて戦うのですよ。」

ニコッと笑顔を向けられたリファラルが、壁にかかっている絵画をひっくり返すといくつものナイフの刺し跡が残っていた。

「こうやって投げます。」

リファラルが簡単に実演すると、すぐにテルの目を攫った。風を切りながら空中で弧を描くナイフは、目にも止まらぬ速さで綺麗に的に刺さり、次々と投げられれば、全てが的中する。へっぴり腰のテルの姿勢は自然と正されて、リファラルの動き1つ1つがキラキラと輝いて見えた。リファラルが最後のナイフを投げ終わった時、テルの手が彼の手首を力強く掴む。

「かっこよかったです!!俺でもできますか!?」

「勿論、練習すれば出来るようになると思いますよ。」

食い入るようにリファラルの瞳を覗き込めば、微笑みながらコクコクと何度も頷いてくれた。それが心を燻り、

「師匠!是非教えてください!」

「し、師匠…。」

グイグイと迫るテルに、リファラルは後退りをする形となり、カウンターにリファラルの腰がぶつかった。ぶつかる音で慌てて手を離すテルは、勢いに任せて土下座をする。

「俺もきっと魔獣を倒さなきゃいけないことが増えるんで!教えてください!!この通り!」

「わ、分かりましたから。」

困らせていることは分かるがこの衝動を止められずに何度も床に頭をぶつけて頼み込むと、リファラルが膝をついてテルの肩に手を置いた。額を真っ赤にしたテルがガバッと顔を上げれば、そこには顔を綻ばせたリファラル。

「教えてくれますか…!?」

「良いでしょう、その代わり。」

期待を込めて聞けば、期待通りの答えと、

「まず師匠呼びはおやめください。それと、バイト代は払いますので平日19時から21時までここで働けますか?」

条件を言い渡される。胸の高鳴りを抑えられないテルは、

「やります!!!」

元気ハツラツな返事をして、もう一度床に頭を打ち付けた。


 額の赤みが取れたら、スローリングナイフを教えてもらう前に明日からのバイトについて説明を受ける。

「では、この前と同じエプロンでこの前と同じように動けば良いですか?」

「はい、それでお願い致します。あとはメニューにあるものの調理も出来てくださると助かりますので、今からいくつか作って、そのまま夕飯にしましょうか。」

テルが大きく頷けば、リファラルは目尻にシワを寄せながら厨房へと向かった。以前の手伝いである程度の置き場は見ていたので、場所の再確認をしつつ、売れ筋のホットサンドを2種類、煮込みハンバーグ、ハルドの好物のチキンバーガーも教えてもらってお手本と練習とで作っていけば、到底食べきれないほど出来上がった。美味しい珈琲を頂きながら、リファラルと食事を楽しんでいるとすぐに門限が迫ってきた為、リファラルに紙に簡単に包んでもらって、テルは慌てて喫茶店を飛び出すと、扉の影に隠れるように少女が1人立っていたことに気が付かずにぶつかる。少女がよろけて力なく地面に崩れ、血の気の引いたテルが顔を覗き込むと、街灯の灯りのせいか彼女の頬がこけて見えた。

「離れろ。」

「あ、ごめんなさい。」

少女がぶんぶんと手を振り回して、テルが少し離れると店の壁を伝うように立ち上がった。その姿は、実家の診療所に来ていた衰弱状態の年寄りにどこか似ていた為、衝動に任せて包まれたハンバーガーを少女の手に押し付ける。

「ぶつかったお詫びにこれ食べて!本当にごめん!」

彼女の手にハンバーガーが乗ったことを確認すると否や、テルは一目散に学校へと戻っていった。

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