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133,教師は突き破る

 リティアとの稽古が終わり、教師としての通常業務が終わる頃には、生徒達が寮へと帰宅する時間になった。通路を歩く生徒達に軽く挨拶を交わせば、生徒達は嬉しそうに手を振っていて、ラドはそれを全員見送りながら調合室の扉を開いた。そこには、まだ集まるには早い時間だがハルドだけでなく、隊長補佐、ケルベロス、リファラルも集まって珈琲を口に運んでいた。ラドは、扉の鍵を締めてから一礼する。

「お待たせいたしました。」

「お仕事お疲れ様です。では、結界を何重にも張りましょうか。」

リグレスが指を弾くと青の比率が高い結界が空間に広がり、リファラルも後に続いて青、ハルドは緑を、ラドは赤を合わせる。

「ここまで張ると息苦しいですね。」

笑いながらハルドが淹れたての珈琲をラドに手渡し、ギィダンが魔法士団本部に送り届けた報告書に追加となる報告書を机に置くと、リグレスが簡単に目を通す。

「飛行型のあの魔獣と遭遇したとの報告書を受け取ってから、ここには討伐失敗と、付箋に書かれた女神のお慈悲、そしてリティア様やその友人が旧校舎へ連れて行かれたのですか…。」

「様々な事柄が、一斉に押し寄せているようですね。まるで堰き止めていた壁が崩れているようで、今後も気を引き締めなくてはいけませんね。」

リグレスが盛大にため息を吐いて、バッグの中の茶封筒に報告書を仕舞うと、リファラルは眉間にシワを寄せて額を押さえた。

《これだけの物を隠してきたこの学校の結界は破れ始めているのだ。そこにご馳走が来たから奴らも躍起になるだろう。》

「…ルナ様は旧校舎でどうやって凌いでいるのかが分からないが、とりあえずできることを片付けていかなくてはね。」

ハルドは珈琲を飲み干して、自分の足の前に置いてあるトランクケースを3つ取り出した。ケルベロスの発言は尤もだ。魔力の塊とも言える強力な一族の娘が、餓えている魔獣の巣窟にやってきたのだから涎垂らして待ちわびているはずだ。そう考えながらも無表情のラドは、取り出されたトランクケースを机の上に広げて、装備品を取り出す。

「では、出陣致しますか。」

「本当は明日からのガルーダ捜索に温存しておきたいのですが、こちらの状況の確認も必要ですので良いですよ。」

やれやれと肩を竦めるリグレスは、自らのバッグから白いグローブ型のナックルダスターを取り出してから、必要な装備品を装着していく。

「ガルーダ…ではやはり、その飛行型は。」

魔獣の名前を聞いたリファラルは、落胆の声を上げて自らのトレンチコートを一度脱いで肘当てをつけていく。

「はい、私達の不始末です。目の特徴的な傷はガルーダ・フレイと団長は判断しました。ラドは、直接会ったことないですよね?」

淡々と答えるリグレスの傍で、ハルドもラドも着替えを済ませて、空間から互いの武器を取り出し、ラドは首を横に振った。

「ありません。私が養子になる前に失踪と聞いております。」

「…私達も一歩間違えば、リティアお嬢さんの前で醜態を晒すことになります。確固たる意志で挑まなくては。」

ガルーダがどのような存在であったかは知らないが、血を吐き出すような決意を翳すリファラルの鋭い眼光は窓の外へと向けられ、ラドが素早く窓を開けて夜風を入れる。

「既に私は晒しておりますが、あの方は、隊長のように怯えることなく微笑みかけて下さりました。」

「ラドはどうしてもそのリスクが誰よりも高いのです。もしも戻れなくなった時は、私達で討つことになります。」

思い出して胸が暖かく感じたところをリグレスに後ろから軽く肩を叩かれて、現実に引き戻される。そしてラドの横を擦り抜けて誰よりも先にハルドが窓から飛び降りながら、

「仕方ないから俺が最後まで面倒見るよ。」

「…そうならないように努めます。」

ニィと笑い、ラドの無愛想な表情は更に悪化した。


 外の灯りもないロビーを自ら作り出した光体で照らし出す。いつもと変わらない旧校舎内で、皆を先導するようにリグレスが歩く。彼の為だけに作られたナックルダスターは、水龍拳と言う。水属性の魔法を得意とするリグレスは、発動させる水圧に負けない武器を求めて各地を周ったらしい。というのも、ラドが入団した頃には既に水龍拳を使用していて、雑談程度にハルドから聞いた話で詳細は知らない。先を歩くリグレスが、壁をコンコンと叩きながら、1階の教室が並ぶ通路を進む。時折、以前報告書に記載した下方の格子窓を覗き込んで中を確認していき、

「やはり去年の調査時にはなかったものですね。空間が何重にも重なっているようで、視界に様々なブレが映ります。」

考え込んだ。ハルドは一度ぐるっと見渡して、

「そうなんだね、俺は何ともないな。ラドもないよな?」

話を振ると、ラドも無言で頷く。リファラルがリグレスの後に扉を開けている教室の内部を目視していたら、前方で扉が音を立てて閉まる。

「あー、わざわざ?」

「そうですね、ここに来いと言っているようです。」

ハルドが呆れながら頭を掻くと、格子窓を覗くために屈んでいたリグレスが立ち上がり、ラドが眉をひそめる。

「アリシアか?」

「…やはりラド、隠してますか?」

ラドの呟きを聞き逃さなかったリグレスが、横目で鋭い眼差しを向けてきて、ラドは慌てて首を横に振り、

「いえ!何も。」

「良いんですよ。リティア様の為だというなら今は何も聞きませんから、女神のお慈悲のように。」

ラドの表情を確認したリグレスがフッと笑みを溢すと、閉まった扉の前まで移動する。

「リグレスは、この濁った血筋の中でも本家に近い力を持っておりますからね。こちらには見えていないものが見えておるのでしょう。」

《で、あいつからの挑発に乗るのか?》

感慨深げにリファラルが語ると、1番後ろで大欠伸をかくケルベロスにリグレスが微笑み、

「勿論ですよ、ケルベロス殿。何がありますかね。」

取っ手を引っ張るが、扉は動じずにそこに佇んでいた。次の瞬間には水龍拳で殴っているが、穴が開くこともなく、リグレスは一度距離を取る。ハルドも自然と扉から離れ、リファラルは頭を傾げながらハルドに続く。

《お前ら、何をしている?》

「ケルベロス様も少し離れて下さい。ラドが参ります。」

3つの首を捻るケルベロスに声をかけたラドが、深呼吸して精神集中を図り、人間の拳が毛深い熊の手に変化し、袖がパンパンに引き伸ばされて生地が悲鳴を上げると同時に扉に向かって走り出した。扉の直前で全体重を拳に預け、その勢いに任せて扉を突き破る。拳で開けた穴を力尽くで広げると、パラパラと木片がラドに降りかかるが気にすることなく、何の気配もなく、そして灯りのない教室へと入り鍵を開けて扉を開いた。ハルドから入って光体を飛ばして教室の中を確認するが、大きく肩を落とす。

「遊ばれたか。」

《いや、窓を見てみろ。》

身体を大きくしたケルベロスに促されて、全員が目線を窓ガラスに移動させると、窓ガラスに反射するように映っている白い装束を身に纏う茶髪で紅い目の少年が笑っている。誰もどよめくこととなく、ただその窓を凝視し、前へと歩み出ていくリグレスが手の甲を窓へと掲げた。青い精霊が彼の腕に集まることでその輝きを増して、彼の前に精霊の盾を作る。

「流石、この後の事が分かるんだね。まあ、あの娘に会わせてあげるつもりはないんだよ。わかるよね、ケルベロス?」

《お前等の痴話喧嘩に興味などない。》

少年が大袈裟に拍手を送ってケルベロスに視線を送れば、ケルベロスの口に炎の精霊が集まり始めていた。

「ふふふ…ふはははは!!!このレインが許可しよう!彼らを喰い殺せ!」

窓に映ったゲラゲラと笑い転げる少年の声に反応するように、窓に蝙蝠の翼を生やしたライオンが映し出された瞬間に、少年の姿が窓から消えた。ライオンが窓から抜け出して、リグレスに飛びかかってきた。

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