13,教師は警告をする
この回からフィールドワークが数話続きます。虫が書かれますのでご注意を。
その開けた森に足を踏み入れる前に、全員が帽子を着用し、袖が長くない生徒は上着を渡された。セイリンとディオンは、ソードベルトの微調整を加えてから、腰に剣をさす。セイリンの剣は所謂レイピアで、ナックルガードは滑らかな二重螺旋を織りなす。ディオンは、その重さを利用して戦えるファルシオンを身に着けた。セイリンのレイピアもほぼ装飾がなく、ディオンのもまた装飾はないに等しかった。テルは、2人の周りをグルングルンとまるでベーゴマみたく回り、かっけー!振るの見てみたい!と楽しそうだ。その姿にソラはため息1つ、当の2人は微笑ましそうにしている。リティアは、乗せてもらった馬車の御者にお礼を伝えるために、皆から少し離れたところに停まっている馬車の前方に回り込んだ。3頭の栗毛の馬達の頭をポンポンと軽く触りながら、座ったままのフードを深く被った御者に声をかけようと、フードの下を覗き込み、パッと身を引き自分の口を押さえる。
顔がなかった。
ない。そのあるはずの空間は無そのものである。凝視したまま、誰にも聞き取れないほどの小声で呟く。
「精霊人形…」
驚愕で目が大きく開く。ドクンドクンと心臓の音が煩い。ゆっくり後ろへ足を下げ、
「リティは偉いね。悲鳴を上げてもおかしくないのに。」
ぐいんと顔を捻ると、大型のブーメラン型の武器を背中に背負っているハルドが至近距離に立っていた。その武器は見たことがあった。これ以上大きく開くことのできない瞳をハルドに向ける。
「ハルさんなのですね…?」
「ご明察。屋敷にお邪魔する時は仮面を被っていたから分からなかったかな?大きくなったね、リルドと共に嬉しく思うよ。」
目を細めて微笑むと、手招きして馬車から離れる。
「…何故、嬉しいと思うのですか?自ら命を絶つ勇気もなくて、お兄ちゃんやおばあちゃんを困らせて、魔術士の学校に身を隠しまでして、一族の恥で、蔑まれてもおかしくないんですよ、私なんて。」
だって私は…と呟くと、父や親戚、他の人達に向けられたあの冷たい視線を思い出す。今も向けられているであろうその目に耐えられず、呼吸が早くなる。鼻で吸うはずの空気が鼻まで回ってこない。口は小刻みに震えてあまり開かず吸うことが難しい。息苦しさに、首を両手で支えてみるが、何も変わらない。
「蔑むものか。」
ハルドが首に回した手を引き剥がすように強く握る。自然と涙が溢れていたリティアが、ゆっくり顔を上げると、真剣な眼差しのハルドがじっとリティアを見つめる。俺の呼吸に合わせて息を吸ってみて、とリティアの過呼吸が落ち着くまで、何度でも繰り返した。リティアの呼吸の速度が戻り、唇の震えがなくなったことを確認し、ハルドは声を潜める。
「誰が罵ろうと、君は魔法士なんだ。あの人形の見分けられるのは、魔法士にしか出来ない。そしてこの学校にいる間は、決して気取られてはいけないよ。魔術士からしたら魔法士は羨ましいし、妬ましいのだから。リティ、絶対に『見え』てしまっても黙っているんだ、いいね?」
「魔力なんて、一欠片もないというのにですか…?」
「君がどう思っていてもだ!」
空気が振動するような声だった。やっと落ち着いたリティアが萎縮する。ハッとした顔をハルドが向けるが、もう遅かった。先程枯れたと思ったが、まためそめそと泣き始めた。
「先生!リティちゃん!早く行こうよ!」
元気なテルが駆け寄ってきた。んー?と小首を傾げ、馬とハルドの間からニョキっと手を伸ばし、袖口でリティアの涙を拭った。
「先生の武器でかいもんなー!怖かったかー!大丈夫だよ、俺達を守ってくれるための武器だから、ね?」
「ああ、すまないね。」
テルの話に合わせてみる。リティアの両手を握ったまま、馬から離していく。
「先生も女の子を怖がらせちゃ駄目だよー!特に大切な子なんでしょ!」
「!」
トンと、ハルドを肘でどついてきたテルの顔はニヤけている。
「男女の恋に年齢なんて大した」
彼女に向けた眼差しはそれではない、安堵のような長いため息をつく。
「テル君、君が恋を語るにはかなり早すぎると思うよ。」
「えええー、絶対にそうだと思ったのに!馬車の中でも、あんなに愛おしそうに眺めているんだし!」
セイリンさんとディッ君と3人で目を細めていたじゃないですかー!と今度は背中を叩こうとして、飛龍牙を叩き、キィィンと音が響く。
「友人の妹さんでね、彼女の幼い頃から知っているので、大きくなったなと感心した兄心のようなものだよ。」
「知り合いだったのかー!あ、長々すみません!おじさん!また後でお願いしまーす!」
少し馬車から駆け足で離れ、御者に対して笑顔を向けて大きく手を振る。
「おじさん…?」
「リティ!」
リティアは、ハルドに向けられた言葉ではないそれにすぐに反応してしまい、ハルドに小声ではあったが叱咤される。
「うん、御者さんはおじさーん。フード被っているから顔が見えなかった…?でも、白髪でヒゲが顎から生えてるから、合っているはず!」
「あっ…。」
『見え』たものと、他の人が見ているものが異なっている。精霊の浮遊のように。リティアは、ここに来てやっと理解が出来た。ハルドに手を引かれながら、皆の輪に戻っていく最中、耳元で再度念を押される。
「リティ、『見え』ても見えないふりをしなさい。」
森は、青色の精霊が多く浮遊していた。今のところ、霧は出ていない。ハルドに足元に気をつけてと注意を促され、下を覗くと、小動物の骨に群がる緑色のムカデがちらほらと。ただのムカデではなく、リティアも子供の頃に襲われたことのある魔獣である。
「ムカデは、近くにある物体を何でも噛む習性がある。この葉緑ムカデも同じ。基本的には、太陽の光を食べて生きているんだけど、その光が足りなくなると、死体だろうが骨だろうが、食えると思ったものは何でも噛みにいく。本気で食いに来るときは、2桁以上のムカデが群がってくるんだ。」
「これは薬になりますか…?」
ソラはしゃがみ込み、右の人差し指と親指でうさぎの肋骨をつまみ、数匹くっついていたムカデも持ち上げる。ムカデは、1匹残してボトボトと地面に落下して、土の中へ隠れていく。
「捕まえて瓶に入れておけば、数日経つと体液を分泌するから、それが解毒薬にならなくもないけど、まあ主流ではないかな…」
ハルドの説明を聞きながら、セイリンが音を鳴らさぬようにレイピアを抜き、ソラの視界に入りづらい左斜め後ろの地面側から、ソラの手元で蠢いているムカデを器用に先端に乗せて、放り投げた。ソラからギリィと歯切りが聞こえる。
「剣で殺せます?」
事は済んだと言わんばかりに、今度は仕舞い際にカチャッと音を鳴らす。そして、ソラの脇に手を回し、否応なしに立ち上がらせ、背中を押し続けて歩かせる。
「セイリン君、出来るけど目標物は見ての通り小さいし、甲羅は硬いよ。何のためのスティックなんだい?」
炎属性の魔術で丸焦げに出来るけどと、先を歩くハルドは苦笑した。
「スティックが奪われたときの戦いも念頭に入れなくてはいけません。」
ソラの睨みも虚しく、セイリンは涼し気な顔で対応している。
「無謀な場合は、全てをかなぐり捨てて逃げるんだ。死んだら元も子もない。」
ハルドの言葉はご尤もだ。守るものがなければそれでもとセイリンは考えるが、
「そのようなこと、騎士として」
「セイリンちゃん、死なないで欲しいです…」
突然、言葉を遮るリティアは目が腫れぼったい。また泣かせてしまったかと顔を青くし、女子同士でも身長差があるリティアを抱きしめ、
「ああ!それは勿論約束する!リティを置いて」
「セイリンさんとリティちゃんは、本当に仲良しだねー!」
「羨ましくてもリティはくれてやらん。」
陽気なテルの割り込みに、更にきつく抱きしめ、少し下にあるリティアの頬に頬擦りする。終始、目を大きく開いたまま硬直しているリティアには全く気がつく様子がない。変なことを言い始めたセイリンに、こめかみに人差し指を当てながら、すかさず突っ込むディオン。
「リティアさんは、いつからセイリン様の所有物になったのですか。」
「君達…勉強する気はある?」
勝手に盛り上がっている集団を呆れ顔のハルドが指摘する。
「はい、すみません!」
4人の声が重なる。ソラのみ、懲りずにムカデを捕まえようとして、セイリンの鍛えられた足に阻まれ、静かな攻防をハルドの次の説明が始まっている中でも繰り広げていた。




