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128,少女は駆け込み少年は貫く

 折角分かったことをリティアに教えようと思い、勢いよく開いた放課後の調合室の扉の先に彼女は居なかった。書類と睨み合っているハルドに聞けば、女子生徒達に囲まれて寮に戻ったと。嫌な予感が過ぎったセイリンは、2段飛ばしで職員室前の階段を駆け下りて、接続通路を突っ走り、そこらの扉よりも遥かに重い寮の扉を開け放つと、目の前のロビーにはまばらな女子生徒達が、ざわついて同じ方向へ視線を向けていた。中の数人が駆け込んできたセイリンに意識が向いたが、すぐにもと見ていた方向へと顔を向ける。セイリンが、一度こちらを見た中の1人に声をかけ、

「一体何があった?」

「セイリン様、どうも遊戯室に小柄な子を無理やり連れて行ったグループが居るみたいで…」

何が起きているのかを聞いた。どうもロビーは傍観者と臆病者の集まりのようだ。セイリンは、答えてくれた女子に軽く微笑み、

「そうか、ありがとう。」

と礼を言えば、相手の頬が赤く染まったが、そこは気にせずにロビーを挟んで食堂と反対側にある遊戯室へと向かう。女子生徒達に注目される中で扉を開けようとすると、

「きゃああああああ!」

遊戯室から大勢の悲鳴が不協和音で聞こえてきた。セイリンは瞬時に最悪の事態を想像して、大きな音を立てて扉を開くと、

「ロイヤルストレートフラッシュ。」

「嘘!イカサマしないと3回もそんなもの出ないでしょうよ!」

カジノテーブルをダンダンと拳で殴るのは、リティアと同じ組に在席している文官の貴族令嬢であるメイナだ。その姿をリティアは、冷淡な瞳で見下ろしながら席から立ち上がり、囲んでいた女子生徒達が波が裂けるように彼女の通り道を開く。

「り、リティ?大丈夫か…?」

「セイリンちゃん、お騒がせしました。今から調合室に向かいますね。」

先程の瞳が嘘のように、いつも通りの微笑みを向けるリティアに、助けに来たはずのセイリンの表情が引きつり、

「リティ、カードゲームできるんだな?」

「はい、お兄ちゃん達としかやったことありませんが、今のところ負け無しです。」

セイリンが令嬢として軽く触れる教養でもあったゲームについて当たり前の質問をすると、微笑んだままのリティアは、セイリンへと視線を向けて片手で口元を隠す。

「それは、失礼。では、行こうか…?」

「はい!」

セイリンが詫びると、ぱあっと笑顔を咲かせたリティアが駆け寄ってきて、セイリンの空っぽな手を握ると、遊戯室から小走りで出ていった。セイリンはロビーにいた生徒達の視線を浴びながらぼんやりと考える。リティアが、虐められているかもしれない、それが言葉か暴力か分からなかったが、守らねばと意気込んできたというのに…彼女は私が来る前に相手を平然と打ち負かしていた。私が思っているほど彼女は内気で怖がりではないのか?騎士としての私がお守りすべき令嬢ではないのか…?

「セイリンちゃん、今後彼女達はまとわりつかないと思います。ベタベタしてきたら、私の名前を出してくださいね。」

「えっ?」

調合室へ向かう途中の2階の接続通路で、やっと口を開いたリティアに、考え事をしていたセイリンはすぐに反応ができなかったが、セイリンの反応に首を傾げることなく、リティアは簡潔に今回の件を説明する。

「単に向こうが売ってきた喧嘩を買って勝っただけです。」

「どういう理由であれ程の人数に囲まれていたんだ?」

だいぶ簡潔だが、カードゲームで勝負がついたのならまだ平和的解決か。もう少し踏み込んでみると、ぷくーっとリティアは頬を膨らませ、

「セイリンちゃんを無理やり自分のルームメイトにする!って言っていたのでお灸を据えたのです。」

徐々に俯いた。自分の為に頑張ったらしいリティアが、なんだか微笑ましいと思えた。セイリンは調合室の扉に手をかける前に、

「リティは、頼もしいな。」

フッと微笑みかけると、一瞬きょとんとしたリティアが頬を染めて愛らしい笑顔を見せた。


 放課後の外出許可を取ることは自分に取ってこれが初めてだが、隣のガードンは悩むことなく帰宅時間を記入している為、それに合わせる。手続きを終えて大通りまで出たところで、ディオンは声をかける。

「ガードン様はよく外出なさっているのですか?」

「まあ、それなりに。やはり休みの日は自習に当てたいですから。」

少ない時間で自分の必要な物を購入しに行っているのかもしれない。貴族であるガードンに取り巻きはいなかった。それはディオンが、入学早々にソラとテルを守ったことにも一因がありそうだが、絶対に謝る気はない。

「放課後に出掛けるようになったら、少し制服に緩みができましたよ!」

「走り込みでもなさっているのですか?」

大らかに笑うガードンは確かに入学当初に出会ったときよりも制服が大きく感じた。2ヶ月でここまで痩せるのかと疑問を抱いてしまう。

「いえいえ、学校と店の行き来で身体を動かしているからでしょう。さあ、このレストランを昨日のうちから予約してありますので行きましょう。」

まさかと笑いながら指し示された店は、喫茶スインキーの向かいにある灰色の煉瓦が積まれたひっそりとしたレストランだ。ディオンが半歩先を歩いて扉を開ければ、デートやディナーで来られるよう雰囲気の良い店だ。シャンデリアが綺羅びやかで、既に座っている客層はそれなりに年配が多い。

「ガードン様、いらっしゃいませ。こちらへどうぞ。」

ここの料理長らしき年配の店員がわざわざ厨房から出てきて、予約と書いてあるテーブル席へと案内してくれて、ガードンの椅子をディオンよりも先に引いた。ガードンも彼にニコニコと笑顔を向けながら座り、ディオンの椅子も引こうとしたので遠慮して自分で座った。後から来た店員が水とメニューを2人分持ってきたので、見させてもらい、

「こちらの方とお知り合いなのですか?」

「ええ、私の伯父の元料理長でしてね、子どもの頃からの仲です。入学した頃に困っていたら色々と助けてくれまして、今はこうやって食事を摂りに来るようになりました。」

ガードンに合わせて数品の注文を入れてから、料理が出来上がるのを待ちながら雑談がてら先程の店員との関係を聞いていた。

「そうだったのですね。それは心強いですね。」

「はい、とても。それはそうと。」

ディオンが微笑みながら当たり障りのない言葉で流すと、満面の笑みを咲かせたガードンの声が突然潜められ、

「ディオン殿が2組の銀髪で小柄な女性と交際しているというお話は本当ですか?」

噂話の真意を問いにくる。なるほど、それを聞くためにわざわざこういう店に連れてきたのかと納得し、ディオンは視線をずらして照れ顔を作りながら嘘を貫く。

「リティアさんとでしたら、セイリン様から許可が降りてまして正式に交際しております。」

「なんと!やはりそうでしたか。以前、手を繋いで歩かれている姿をお見かけしまして…ラグリード家のディオン殿が、何故一般女性と?」

オーバーリアクションで驚くガードンに内心うんざりしながら、今度はディオンが声を潜める。

「リティアさんのことは、まだ父には報告しておりませんので、この件はご内密にお願い致します。」

「そ、そうなのですか…」

ガードンは、キョロキョロと周りの目を気にする素振りをしながら、小声で驚く。ディオンからしたら、セイリン様も好まないこういうスキャンダル話が面倒で仕方ない。だが、無理言ってあの証拠品を借りたのだから、笑顔でのらりくらりと躱しながらとことん付き合うしかなかった。そうしている間に料理が運ばれてきて夕食会が始まった。

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