120,少年は目を奪われる
祝120話!ソラも色々と動けるようになっていきますー!
誰よりも遥かに早くページを捲るリティアの横顔は、ルナとそう変わらない。ここまで歴史的な聖女と似るものなのかと不思議に思うが、聖女であり、魔法士であったルナがわざわざ似せている可能性も捨てきれない。魔獣を従えたり、精霊人形を造ったりした偉人だ、何ができてもおかしくはない。ソラは、新たな本へと手を伸ばす時にセイリンやテルの頭の向こうにいるリティアの真剣な眼差しに気を取られていた。リティアが更に次の本を求めて手を伸ばせば、偶然にも見惚れているソラと目が合い、ふわっと柔らかい髪を揺らしながら微笑えむ。
「…!」
ソラは気まずくなって捲ったページに視線を戻し、該当しそうな魔獣の特性を探す。たまたま読み始めた項目に引っかかる項目を見つけた。
「幼少期は人間の匂いを好み、匂いがする物を集める魔獣、成長すると幼少期に集めた匂いの人間を喰らう…だって?」
「その説明ってシャークドッグではありませんか?」
静かな教室での呟きは、リティアの耳に届いたようで、こちらを一瞥もせずにページを捲り続けながら聞いてくる。
「あ、ああ。リティアさん、よく分かったな。」
「今回の件には、その魔獣は当てはまらないかと。その説明通りでしたら、既にこれまでの間に犠牲になる生徒が出ます。シャークドッグは半年で大人になりますから在学中に襲われます。」
これだけの説明だけで、魔獣の名前だけでなく、生態もリティアの頭に入っているのかと感心しつつ、あのページ捲りの速度について切り込みにいく。
「…そうか、勉強になる。少し気になったんだが、折角だからこのまま聞いてもらえるか?」
「はい、どうぞ?」
リティアが手を止めて、きょとんとした丸い目でソラを見る。セイリンとテルは手を止めてこちらを見ていて、他の人は耳は聞いているだろうが、ページを進める音がしていた。
「リティアさんのページの捲り方は異常な早さだ。これしかない情報の中で既にどんな魔獣が関わっているのか、当たりをつけているのではないか?」
「…はい。確証がないので皆さんには言えませんが、恐らくと思うものはあります。」
ソラが質問すれば、一度目を伏せたリティアがこちらを見据えてきた。
「何故言えないんだ。」
「それは私の憶測というバイアスで、皆さんの目が濁るからですよ。」
更に聞けば、スパッと剣で斬るような言葉が返される。確かに最初にどんな魔獣を探してほしいのかをリティアが言った時、渡された情報はかなり少なかった。それはこちらが先入観で見落とししないようにするためかと、ソラは納得した。
「リティの言いたい事はよく分かる。しかし、これだけ膨大な量を捌くことは骨が折れる。こちらも納得しなければ、その情報は使わないのだし、参考までに教えて頂けないか?」
顔を上げたカルファスからもリティアの考えを求められると、彼女は黙り込んでしまう。
「リティちゃん、俺も知りたい!それが間違っていても、意見を交換することは悪いことではないよ。」
バンと机を叩いて元気に立ち上がるテルが笑顔を向けると、どういうわけかリティアの表情が曇り、
「誤った情報を与えて、誰かが傷つくと思うのならば、それこそバイアスだ。少なくとも私は、リティから聞いたものと異なる魔獣が現れても戦うだけだし、リティを責めることもない。」
リティアの隣に座るセイリンが、何も言わなくなった彼女を両腕で優しく包み込むと、小刻みに震えている小さな姿がソラの目に映る。
「リティアさんは、1人で背負い過ぎております。私達は、リティアさんの友人です。もう一歩だけでも近づいては頂けませんか?」
静かに立ち上がったディオンが、セセリとリティアの間に入り、彼女の顔を伝う涙をハンカチで拭い、
「リティア様、誰も貴女を責めることは致しません。お考えを教えて下さい。」
マドンが頭を下げれば、彼へと目を向けたリティアの口元は引き締まり、その目に決意の色が見えた。リティアの方からセイリンと離れれば、胸の前で自らの指同士を絡めて、深呼吸してから話し出した。
「わ、私の中ではかなり絞り込まれています。まず相手の属性は闇と土、またはそのいずれかです。」
リティアの口から初めて魔獣の属性の話が出てきて、ソラは目を見張る。リティアの向こう側ではカルファス達が静かにコクコクと頷いていた。
「陰や夜に紛れることを得意とする闇、そして、壁をすり抜けることが可能となる土。この失せ物騒ぎに関わっている可能性があるのは、親子と睨んでいます。」
リティアは言い終わると、ふぅと息を吐いた。数拍の静寂の後にカルファスが口を開く。
「何故、親子だと思うのかな?」
「子が持ってきた物を返しているんだと思います。最初は、魔獣が罠を仕掛けて物を戻しているのだと思いましたが、その本に何の仕掛けもなかったのです。」
書類を書いていたハルドが、魔術考案図を全員に見えるように左手で持ち上げて、視線がその本へと集まる。
「ん?その本も失せ物だったのかい?」
「こちらの本は今朝、私の机に入っていたものとなります。何も知らずに魔術陣の勉強に使用してました。申し訳ございません。」
ソラだけでなく、他の生徒もこれに関して何も知らないようでカルファスが目を丸くして、ディオンが背筋を伸ばしてから頭を深々と下げた。
「仕掛けがないとどうやって分かった?」
「まずは異臭がするかどうか、仕掛けをする為に時間を要すれば魔獣の体臭が嫌でも鼻につきます。次に手で触れたときの感触、針の類なら刺さるはずです。最後にインクからの違和感、異なる染料を乗せれば、他の線と異なる滲みか掠れがあるはずです。何もなかったのですよ。」
平然と保っているセイリンからの質問には、悩む素振りも見せずにリティアが答え、聞いたテルが控えめに拍手をしてリティアが微笑みを向けた。
「子どもの可能性が高いということは、親は肉食ではないということ。でないと、生徒が被害にあっております。またそれは魔獣1体でも同じです。」
「この少ない情報からそこまで膨らませられるのか…凄いな。」
ソラも自然と口を開けば、リティアは恥ずかしそうにこちらにも微笑んできて、ソラにはその顔がルナとは異なる何かを感じたが、それを口にするのは今のソラには難しそうだ。もどかしさを感じつつもソラは唇を引き締める。
「衣服はクローゼットに入ってなさそうな部屋着が多く、櫛、教科書、靴もあまり仕舞いませんよね。ここから、私はこの魔獣ではないかと考えております。闇と土属性を併せ持ち、段差を降りることを得意としない腕長岩猿。または」
「ワンチョウガンエン?」
「はい、猿系の魔獣です。大昔はよく市場に現れて商品を盗んでいくという、ちょっとしたお騒がせ魔獣です。近年は度重なる討伐の結果、絶滅したのではと考えられております。」
リティアが話している途中でテルが頭を傾げれば、リティアは魔獣の説明を入れてくれる。
「…そうなのか。初めて聞いたな。」
セイリンは思案するように目を伏せたが、リティアは彼女を気にすることなく再開する。
「または、土属性のみでシャインベア。壁や床さえ繋がっていれば何処へでも移動可能です。そうなると平行移動以外にもできますので、他の階に物を返すこともできます。とりあえず、知っている魔獣の中ではこの2体が怪しいかと考えています。」
魔獣について話すリティアは、どこか生き生きしていて、普段のお淑やかで内気なイメージとかけ離れていた。その姿は軍師として人の上に立てる素質を持っているように見え、ソラは自分には無いものを持つ彼女に目を奪われていた。