12,教師は教示する
「では、昨夜はリティアさんのお部屋にある空いているベッドでお休みになられたのですね。」
休日でもあり、アルバイトの日でもある今日は、リティアと一度別れたセイリンは、ディオンと共に集合時間より遥かに早く集まり、互いに報告をしていく。
「ああ。彼女のことも心配だったからな。しかし、あれほどに顔を赤くしていた件に関しては何も聞かなかった。お前が報告してくれるとの話だったからな。」
「承知いたしました。この前の元気な男子生徒を憶えておりますか?テルって方です。」
ディオンからしたら、恥ずかしがる理由も焦る理由もない為、淡々と報告を始める。
「ああ、橙色の髪の男子だな。自虐して自分を守ろうと必死な感じの。」
セイリンの考え方が垣間見える発言だ。あの元気ハツラツの裏があると捉えたと。貴族として生きていく為には、相手の本質を見極める技術が大切になってくる。リティアに出会って早々に、貴族令嬢と判断したところもこの技術を持ってしてだと考える。ディオンは、まだまだ未熟な自分を見せつけられている。それまでセイリンにバレてしまうことは恐れていた。敢えて、勉強になりますという姿勢を取る。
「なるほど、そういう捉え方もあるのですね。まあ、その方がリティアさんを私の彼女だと言って下さいまして、リティアさんが意識してしまったってだけですね。」
「だけですねって…。ふーん、リティはお前もそういう相手として見てくれているんだな。良かったな。」
「そういうイジりはご遠慮願います。」
「そうか、それは失礼。」
セイリンは、気が付きさえすれば相手が本当に嫌がっていることは避ける。それでも、ディオンとの距離が近すぎる為、無意識的に刃を向けてくることもある。ディオンも理解しているが、それでも刺さることはある。だからこそ、折れてはいけない、そう考えている。
「セイリンちゃん、ディオンさんお待たせ致しました。」
職員用の玄関まで、大きなリュックを背負ったリティアが長袖シャツと長ズボンの姿で駆けてきた。待っていた2人は、持ち物リストに記載があった物と剣だけだ。リティアほどは多くならない。
「おはようございます、リティアさん。そちらの荷物をお持ちしましょうか?」
「…!!あ、いえ。大丈夫です。折角なので、薬草のサンプルを採取したくて色々持ってきただけですから。」
空の瓶が詰まっているだけですので、重くはないです。と耳を赤くしながらはにかむ。
「アルバイトでも、勤勉なのだな。感心する。見習わなくては。」
「セイリンちゃん、そんな大層なものではないのです。おばあちゃんに教えてもらっていたことを自分1人でやってみたいってだけなので。」
「ほう、素晴らしい向上心ではないか。」
「ちがっ、そんなすごいものでは」
「リティアさん、何であってもやろうと思う気持ちは凄いことなのです。セイリン様は純粋に褒めているだけですので、素直に受け取って下さい。」
このままでは永遠に続くと考え、ディオンが助け舟を出した。それを聞いたリティアは、何度も瞬きをして声が小さくなりながら、
「えっ…あ、ありがとう。」
「ああ、よく出来ました。良い子だ。」
セイリンは満足そうに目を細めて、褒め殺しを終わりにする。こんなやり取りをしている間には、ソラは身軽な格好で、テルはハイネックの長袖シャツと長ズボンにトレッキングシューズをはいて集合し、
「昨日の続きだが」
「ソラ、女の子に迷惑かけちゃだめだぞ!」
と立場が逆転している会話になっていった。
空が白み始めた頃、ガラガラと馬車が街の外を走る。その中には、ハルド以外に生徒5人、横にはテル、ソラ、前は右からにディオン、リティア、セイリンと座っている。全員の顔を見てから説明を始めた。
「去年は誰も集まらなかったから、こんな説明をする機会はなかったけれど、今年は5人もいるからしっかりしないと、命取りだ。これから森に行く格好としては、リティア君とテル君が正解。今日はそこまで深部には進まないので、恐らく大丈夫だと思うが、あの森は魔獣の巣窟でもあるから、俺から離れないよう気をつけてほしい。」
5人とも静かに頷く。ハルドは、更に続けた。
「まず到着したら、帽子と手袋の着用を。素肌が出てる3人は上着を渡すから着てほしい。あと、本当は後期から貸与するスティックを今回は特別に貸し出す。帰りに返却してほしい。」
そう言うとハルドは、1人ずつ透明度の高い魔石が先端についている30cmほどのスティックを手渡す。
「おお!これって、空中に魔術陣を描けるっていう便利グッズっすね!」
もらって早々にぶんぶんと振り回すテルの手を隣のソラが力尽くて膝に置かせる。
「テル君、正解だ。ただ使用時には注意事項もある。これに関してリティア君に質問してみるかな。」
目の前に座っているリティアを指名すると、ビクッと身体に力が入り、身を縮めながら答え始めた。他の生徒達の視線も集まり、更に小さくなる。
「は、はい…魔術陣を描き間違えた場合、すぐに打ち消しの魔術陣を描かなければ、最悪術士を傷つける魔術が発動します。」
話し終わる前にディオンの眉間にシワが寄り、セイリンは首を傾げる。ソラは腕を組んで思案を始める中、テルのみが笑顔を浮かべ、相槌を打った。ハルドは4人の反応を見比べる。
「ああ、そうだね。それはそれで正解だ。隣のディオン君、教科書には何が書いてあった?」
こちらの対応次第では、自信喪失しかねないリティアに優しく微笑みながら、模範解答を言うであろう相手を指名する。
「魔術陣を空間に描く制限時間は10秒ほどで、描き終わらなければ、空間に写っていた魔術陣は消えてしまいます。魔術陣はスティックの長さを半径とした大きさまで描かなくては発動条件を満たさないとのことです。」
この答えには、セイリンもソラも頷けた。そんな中、リティアは、眉を下げて俯く。
「そう、それが基本的な注意事項。リティア君のは魔術陣をしっかり描けるようになってからの注意事項だね。よく勉強しているんだね。」
ハルドは背中が丸くなっていくリティアを褒める。そしてまた、リティアが落ち込んだところを見逃すセイリンではなく、更に褒めるよう誘導する。
「そうでしょう、先生もそう思いますよね。リティは、本当に色々と本を読んでいるようで、魔術だけでなく、魔獣や魔法に関するものまで。私も負けていられません。」
「あ、あの、セイリンちゃん!?」
何故、本について知っているのかを考える暇もないまま、突然始まったこの会話に戸惑いを隠せず、左斜め上をグイッと見上げるリティア。セイリンの誘いに阿吽の呼吸で乗るハルドがいる。
「ほう…?魔術は魔法に対抗するために出来上がった歴史もあるのだから、相手を知るということは良い線いっていると思うよ。それに魔獣か…リティア君、戦うのかい…?武器を持って戦うようには見えないけども。」
「ふぇ!?戦えません…。どうやったら安全に採取出来るかとか、上手に逃げられる方法を模索しているだけなんです。」
「よい心がけだ。逃げることも戦略のうちという。しっかり自分のものにするよう精進するんだ。」
「ありがとうございます…」
褒めてもらって嬉しさと恥ずかしさが混じり合う。リティアは再び俯くが、セイリンとディオン、そしてハルドは目を細めてその光景を眺めている。ソラは、自分に必要そうな事柄はメモを取り、テルはその全員を静かに見渡す。
「では、説明を続けよう。今回採取してほしいものは、今後の授業で使用する魔法植物の魔女茸が主で、あとは解熱消炎の効能がある柴胡の根を。魔女茸は、下手に触ると火傷をするから気をつけること。採取方法は各自考えるんだよ、これも学習だ。」
「せめて、どのような外見かは教えていただけないのでしょうか?」
口を挟んだのは、ソラだ。まだ魔法植物は触れたことがないため、ヒントがなくては仕事にならないと踏んだ。その質問が言い終わるとすぐに、キキキィと馬車が停止し、
「百聞は一見に如かずだ。見れば分かるよ。」
ハルドは笑いながら、扉を開いた。そこには、木と木の間を人3人並んで通れるような見渡しの良い森が広がっていた。