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116,少女は頬を染める

 セイリン達のテーブル以外、空っぽの店内でバシッと頭を叩く良い音が響く。

「何をする。」

「それはこちらの台詞だ。俺の可愛い生徒であるセイリン君を何故危ない連中の所に連れて行った?」

されるがままに素直に頭を叩かれたラドは不服そうにハルドを睨めば、ハルドは冷ややかな瞳を向ける。ハルドが代わりに怒ってくれているので、セイリンは静かに珈琲で乾いた喉を潤す。

「たまたまだ。」

「いつも通りの考えなしかい?」

悪びれる様子もないラドの頭を、ハルドが右手で掴んでメキメキと音がし始め、血の気が引いたセイリンが止める為に腰を浮かせてハルドの腕に手を伸ばそうとすると、ラドも素直にやられてはいなかった。ラドからハルドの顔目掛けて拳が繰り出されて、パッとハルドは手を離して身体を反らして回避した。ラドがセイリンの肩に手を置いて椅子に戻し、手は宙に浮いたままのセイリンがハルドに視線を送ると、

「ラド先生って熟慮される方かと思っておりましたが、考えなしで動かれることが多いのですか?」

「…こいつ、基本的に気の向くままにしか動かないよ。」

頭を雑に掻くハルドから乾いた笑いしか出ない。そうしている間にビーフシチューとバケットが運ばれて、追加の珈琲を頼んだハルドの前で食べることになり、ニコニコと笑顔を向けるハルドから話しかけられる。

「しかし、ラドがセイリン君に素の自分を見せるとは、結構特別視されているようだね。」

「そうなのですね…。普段見せている教師としてのラド先生は関わるほどに塗ったくられた仮面を被っていると感じていたので、今の方がしっくりきます。」

ハルドから聞かされてラドの本性に納得しながら、ビーフシチューから香る濃厚なバターがセイリンの食欲を誘い、話している合間に口に運べばシチューの奏でるハーモニーで自然と口角が上がっていた。

「ハルド、余計なこと言うな。」

「事実だろー?去年、この職に就いてから年齢問わずに女性から言い寄られても素を出さずに誘いを謝絶したもんな。」

シチューを味わうこともなく煮込まれて口溶けの良い肉を口に放り込むラドは、セイリンへと話しかけるハルドを睨みつけたが、ハルドは目を細めるながら何かを懐かしむようにラドへ視線を向けるだけだった。

「ぱっと見、お2人共、女性陣から人気ありそうですものね。長く関わっていくなら、ハルド先生の方が好感持てるとは思います。リティとテルが懐くのも頷けます。」

「あ、そう?ありがとう。甘やかし過ぎないように気をつけないととは思うだけど、つい。」

ラドに失礼と思いつつも、セイリンの意見を言わせてもらう。顔を綻ばせて軽く笑うハルドの姿に、リティアが密かに想いを寄せているのが分かる気がする。

「手懐けて扱いやすくするだけだろ。」

「ラド、その返り血浴びせた輩と同じ末路を辿らせてやろうか?」

生徒に対して失礼な物言いは、ラドもセイリンと変わらないようだ。バケットをシチューに浸すラドの手首を血が止まるほどに握りつぶそうとするハルドの笑顔には黒い影が見え隠れしていて、ハラハラとしたセイリンは喉の閉塞感に襲われた。

「貴方達は、このお嬢さんの前で夫婦喧嘩でもする為に来られたのですか?」

ラドへと追加のバケットを持ってきたリファラルが、一発触発の2人に氷の眼差しを降り注がせることで、ハルドの手は静かに離れていった。

「リファラルさん、ラドなんかと夫婦にしないでくださいよ!」

「こいつと同じ屋根の下なんて住めるわけがないではないですか。」

夫婦と言われたことが余程嫌だったのか、仲良く2人して反発したが、

「…そちらのお嬢さんを困らせてはいけませんよ?」

笑顔すら浮かべない冷ややかなリファラルに、大人2人の背筋がピンと伸びた。カツカツと奥へ戻っていくリファラルに、セイリンはあの迫力を自分も身につけられたら…なんて思った。

「怒られてしまったねー。いつぶりかな。」

「10年前の大乱闘以来。」

「お2人ってそんなに前からあの方とお知り合いなのですね。」

アハハと軽く笑うハルドと、淡々と答えるラドに、セイリンはぱちくりと瞬きをして質問すれば、

「そうだよー、リファラルさんによくお世話になったんだよ。…特にラドが。」

「俺はお前が喧嘩相手を足蹴にしていた記憶しかない。」

ハルドが思い出に浸るような眼差しをラドへ向けると、ブンブンとラドの顔が横に振れた。

「それはお前が仲間内でよく喧嘩に発展してたから助けてやったんだろうよ。」

「ハルド先生は、お喧嘩もお強いのですね…。この前、ラド先生を押し倒して殴ろうとしていましたものね。」

ハルドにバシッとまた頭を叩かれて、目を力強く瞑って頭を押さえるラドを、セイリンは心配しつつも以前の喧嘩を思い出した。

「あれは、ラドが悪い。リティに昼食奢るように頼んだら、ヒメに乗せてどこかの森で魔獣を調理して食べたって言ったから。」

「リティはそんなものを食べられたのですか!?今回もそうですが、女性を誘うには不適切な場所を選ぶのは何故ですか?」

ハルドがヤレヤレと手を軽く振ると、セイリンはぎょっとしてラドから離れるように若干身体が反ったら、ラドが乱暴にセイリンの肩を引っ張り、

「リティア君は、元々森住まいなので食べられる。それと俺はお前とデートをしているわけではない。したいなら、ハルでも誘え。」

顔と顔が近くなった状態で、俺は悪くないと言わんばかりの発言が飛び出す。セイリンは先程の魔獣退治でもそうだったなと思い、ラドはこういう人間だと納得する。

「基本的に自分から誘わない人間が自ら誰かを誘ったならば、普通にデートだろ。ラドのセンスが悪いだけ。」

呆れ返ったハルドの指摘に、ラドではなくて頬を染めたのはセイリン。誰でも誘うわけではないラドが自分だけを誘ったというその意図は結果がどうであれ、そういうことである。ラドは最早何も言わずに口をつけていない湯気も立たない珈琲を、ハルドの前で湯気が上がる珈琲と交換して一気に飲み干した。

「ら、ラド先生何をなさっているんですか!?」

「俺が熱い珈琲を飲めないので、冷めたの飲んでとっとと帰れって言ってるようなもん。照れ隠しだ。」

動揺するセイリンに、代わりに冷めた珈琲を飲むハルドが説明をすると席から颯爽に立ち上がり、会計を終わらせるとニコニコと手を振って帰っていった。残された2人の間には沈黙が流れる。気まずくなったセイリンは新しいスプーンに肉を乗せて、

「…お腹が膨れてきたので、もしよければ私の分を食して頂けませんか?」

隣のラドに差し出すと、大きな彼の手に自分の細い手首を掴まれて顔が近づいてきて、ほんの数秒間で心臓の音が激しく高鳴る。ラドはパクンと食べた後、唇についたシチューを味わうようにペロンと舌が出た為、それがセイリンの周りには珍しい肉食系男子とも思えてセイリンの頬が紅潮する。

「有り難く頂戴したが、気を遣う必要はない。戦士たるもの食べれる時に食べておけ。ハルは無駄にプライドが高くて、森を1週間以上彷徨った時に何も口にしなくて倒れそうになっていたからな。」

「は、はい。それでハルド先生は如何なさったのですか?」

顔を離しながら語るラドから開放された手に、セイリンは左手を添えて温もりを感じながら話を聞く。

「俺が無理やり血吸出目金魚の素焼きを食わせた。」

「それこそ魔獣…。しかしそうですね、有事の際に食せるように訓練しておきます。」

リティアとの昼食に魔獣を食したことも理解でき、この知識の有無で生死を決めるということだ。セイリンの表情は自然と引き締まる。

「まあ、あいつに言われて癪だが、俺はお前に期待している。」

フッと表情を緩ませたラドの顔を向けられて、セイリンの頬は更に染まっていった。

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