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111,少女は断言する

 リティアが待つ調合室の扉をディオンに開いてもらえば、笑顔を咲かせてこちらに顔を向けていた。職員室の隅にある簡易的なキッチンを使って、ディオンを筆頭にテルとハルドが職員室に常備されている食材で、手際良く人数分の昼食を用意してくれて、それを皆で調合室の机へと運んだ。お腹を減らして動けなくなってたリティアは、まるでご飯を待つ小鳥の雛に見えてきて可愛らしい。

「リティ、待たせたな。さあ、食べよう。」

セイリンが声をかけると、ハルドが珈琲を淹れてくれて、ディオンとラドが皆の前へと運んでいった。

「頂きます!」

元気なテルと、嬉しそうなリティアの声が重なれば、誰もが目を細めて微笑ましそうに、向かい合って食事をする2人を眺める。先にサラダを小さな口に運ぶリティアと対照的に、テルはバジルソースがかかったグリルチキンに豪快にかぶりついて肉汁を溢す。

「いやー、しかし。何でラド先生を勝手に死なせちゃったの?」

「昨日の夕方から戦闘続きで泥のように眠っていただけでしたのに、本当に驚きました。」

わざわざこの話題を振ってくる教師達は、結構たちが悪いのではと考えてしまう。肉を喉に詰まらせそうになったテルは、リティアに背中を擦ってもらい、ソラは自分の意見を変える気はないようで食ってかかり、

「こちらは幼い頃から何度も死に目に会ってきているのです。あれは間違えなく」

「ソラ、そろそろやめるべきです。無呼吸症で息をしてない可能性はありますが、目の前にラド先生は生きておられるのですよ。」

ディオンに諭されて、むくれながらパンを口に放り込む。ライ麦パンのスライスでレタスやトマトをセルフサンドイッチにしてもぐもぐと食べるハルドが、自分でこの話題を振っておきながら、話に入っていないリティアに声をかける。

「リティはそろそろ眠いのではないの?」

「え?元々、日が昇る前から起きる生活をしていたので、全然眠くないですよ。この後、ラド先生のご都合がよろしければご指導お願いしたいですし。」

ぱくんとチキンを食べたリティアが、珈琲を飲んでいるラドへ軽く頭を下げると、ハルドは頭を抱えた。

「あー…」

「何人も教えられないので、リティア君だけですよ、では後ほど暴漢対策しましょうか。」

他の生徒は教えないと釘を刺しながら、爽やかな笑みを振りまくラドに、テルの口がぽかんと開いて噛み切ったチェダーチーズを皿の上に落とす。

「暴漢対策って何するの!?」

「体術を習わせてもらう約束しているのです!」

やる気満々で拳を軽く持ち上げるリティアに、セイリンも瞬きの回数が心なしか増える。

「リティが体術…」

「センスは良いと思いますから頑張って下さい。」

ディオンに関しては大きく頷いて、リティアを応援している。

「…いつ勉強するんだ?」

「寝る前までにします!」

ソラからの素朴な疑問には、子どもが親に言うくらいの曖昧な答えを返すリティア。ソラの気持ちもよく分かるセイリンは、

「ま、まあ、この後、調合室で勉強して良いですよね?」

とりあえずハルドに確認を取ると、勿論と快諾した。


 授業で分からなかったことを分かる人に質問することから始まり、中間テスト対策を少しだけやったら、食堂の夕食配膳の時間になった。各自、持ってきたノートをバッグへと仕舞えば、長らく教室を空けていたハルドが帰ってくる。

「お疲れ様ー。アギー君も落ち着いたから寮に戻ってもらったよ。」

「ありがとうございます。また明日の放課後もお借りします。」

誰よりも先にソラが深々と礼をし、セイリン達もそれに続くと、ハルドが良い笑顔を作る。

「うんうん、勉強をしっかりとやるならどうぞ。」

「先生、週末はどこに行きますか?」

誰も挙手しろと言っていないが、元気よく手を上げて質問するテルに、ハルドの片眉が若干下がったように見える。

「うーん、今回はどこも行かないで勉強会が良いかな。倒せなかった魔獣がまだ近郊を闊歩していても危ないからね。」

「セイリンさん、弔い合戦は駄目だからね!」

ハルドの魔獣の言葉に目がカッと開いたテルが、バッグを落としてセイリンの手を跡が残りそうなほど強く握ってきたので、それ以上の力で振り払う。

「何も弔うものがないだろう!」

「ほらほら、帰りましょう。ハルド先生、朝からお疲れ様でした。」

金剛ファルシオンを背負ったままで肩を竦めたディオンが、テルの荷物を代わりに拾い上げて当人の顔の前に付き出すと、

「ああ、ディオン君もお疲れ様。やはり君に金剛剣を渡して正解だと思うよ。」

「勿体ないお言葉です!」

1人抜きん出て背の高いディオンの頭を、彼より身長の低いハルドが軽く撫でた。勿論、テルもハルドに頭を突き出して、ついでに撫でてもらう。

「良かったなー、出来の良い従者が褒められて私も鼻が高いよ。」

「あああ…」

セイリンがニヤつきながらからかえば、情けない声を出すディオンは慌てて手で顔を覆うが、見る見る間に耳まで茹で蛸になっていく。

「また明日ねー!」

「はいはい、また明日。暗いから足元に気をつけて帰りなー。」

扉が閉まるその瞬間までテルが手を振り続けて、ハルドも応えてくれた。

「ほ、本当に今度こそアギー君は大丈夫かな…」

ハルドにあんなに笑顔を向けていたテルは、階段を降りきった時には既に泣きつかれた顔をしている。

「それは分かりません。今のところ、リティアさんはあのような行動を取られませんし…何故アギーさんがああなってしまうのか。」

「休日も監視したほうがいいかな?」

顎に指を当てて考え込むディオン、変な行動を起こしそうなくらいに項垂れているテルに、セイリンから釘を刺す。

「…やめておけ、アギーって子にも友人がいるんだろう?変な行動は彼らの目にも映るぞ。」

「いっそ、一緒に行動しますか?」

「やめておけ。彼はこの採取サークルに入れない。」

ディオンが言いにくそうに小声で提案してきたことも、バッサリと切り捨てた。

「俺達が何を考えても、今のところ為す術もないので、できるだけ早く魂喰いセイレーンを倒せるように魔術の練習をしましょう。」

ずっと静かに聞いていたソラが口を開いたのは、女子寮の扉前に到着してからだった。

「そうだな…では、また明日。」

「おやすみなさい!」

テルが大きく手を振ってくるので、セイリンも控えめに返す。テルはソラに手を引かれながら踵を返すが、ディオンのみその場に残り、

「自分はセイリン様にご報告すべきことがあるので、お2人はお先に帰られてください。」

2人が男子寮の扉を閉め終わるまで、静かに立っていた。セイリンは、街から帰ってくる女子生徒達を避けるようにディオンと中庭に出る。玄関に背を向けるベンチへと座り、ディオンも座るように促すが、金剛ファルシオンを背負ったディオンはベンチに座らず、セイリンの横で背筋を伸ばしていた。

「さて、何用だ?」

「いつ他の生徒が好奇心でこちらに向かってくるか分かりませんので手短に言いますと、私はアギーさんを斬り殺そうとしました。」

セイリンの表情が固くなった。絶対にそうなるには理由があったのだろうが、何故か口を閉ざすディオン。

「アギーはどこも怪我をしているように見えなかったのだから、剣は振っていないのだろう?」

「いえ、振り下ろしました。けれども、アリシアさん曰く、金剛ファルシオンは自らの意志を持ってアギーさんを斬らないように剣先の軌道を変えたようです。」

精霊人形アリシアはここでも関わってきているのかと思いつつも、ディオンに直接問いただす。

「すごい武器だな。それで理由は何なのだ。」

「…。リ、リティアさんをセイレーンが食べたと嘲笑われて、守るべき民に剣を振るうことを躊躇わなかったのです。」

セイリンと目を合わせつつも、弱々しく吐露したディオンの腕を叩き、

「お前は悪くない。」

そう断言して、寮へ戻った。

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