11,少女は向き合う
ホームルーム後に職員室に呼ばれた時点で、自分の希望が通らなかったと理解していた。セイリンは、職員用の椅子に座るように促され、体育教師のミィリではなく、髪の毛が寂しくなり始めた初老の教頭から説得を受けることになった。
「個性を尊重したいと思いますが、卒業後のセイリンさんが心配です。」
とか、
「貴族令嬢としての自覚が足りないのではないでしょうか!」
とか、
「ご両親と今一度話し合われるべきです。」
とか、そんなことばかり。心底、げんなりする。セイリンが理解していないわけではない。王国騎士団にも魔術士団にも『女性』の団員は存在していない。勿論、演習場にも女性専用のトイレもシャワーも寝室もない。それでも敢えてこの道を歩むのだから、覚悟はしている。
「それで、この件は教頭先生にどのような不都合がございますか?」
私は声高に真っ向から立ち向かう。誇り高きルーシェ家の令嬢として恥ずかしくないように。背筋をピンと伸ばし、
「個性を尊重したいと仰るのであれば、騎士を志す者として、是非に後期から始まる騎士直々の鍛錬を履修したいと存じます。」
「で、ですから、それではセイリンさんの今後に響くのです。一人娘さんでありますし。」
「一人娘であろうが、それは教頭先生に関係ありません。この学校に入学することも両親と話し合って決まったことでごさいます。それでどのような不都合が?」
自分で振っておきながら、その話題を避ける教頭を逃がしはしない。さあ、私と対峙せよとその目を捕える。遠巻きに見ている教員達は、息を呑んで様子を伺う。校長に話を持ち上げたラドは、教頭の隣で口を結んで、このやり取りを傍観しているようだった。
「いや、ほらだから、それは貴族令嬢としての今後を」
「それはもう先程から辟易しております。私が問うているのは、私が騎士を志したら、教頭先生にどのような不都合があるかと言うことです。それが明確に出来ないのであれば、私の提案を拒否する理由はないと存じますが。」
「女性は騎士になったという前例はないのですぞ。」
これでどうだと言わんばかりに、前のめりでセイリンを見下ろす教頭。しかし、セイリンの態度は何も変わらず、
「それが如何しました?ないのは当たり前でございましょう?私がこの国で初の女騎士になるのですから。」
「それは叶わな」
「良いではありませんか。これだけ強い意志をお持ちなセイリン君でしたら、騎士の鍛錬にもついてこられると思います。」
遂に隣からラドが割り込む。ラドは、セイリンの確固たる信念を秤にかけていたと言うことなのだろう。
「しかし、いや、でも」
「このラドが言うのです。セイリン君、校長先生は賛成しております。勿論、私も。騎士学校の推薦状を蹴ってでもこの学校に入学なさったのです。貴女のこれからを期待しております。」
「ありがとうございます。是非、今後の授業にてご教授願います。」
「必ずや、君が開花出来るように助力は惜しまないので楽しみにしていて下さい。」
ラドが、教頭を差し置いて手を差し出してくる。セイリンもその手をしっかり握った。触れた瞬間に理解する。ラドの手のひらは、『剣』を持つ手だと。
職員室での用事が終わった時には7限目の終わりを告げるベルが鳴り響く。図書室で調べ物をする時間がなくなり、リティアを待たせているのだろうなと罪悪感にかられながら、職員室の扉を開いた。扉の向こうにはディオンとリティア。こめかみを押さえ、苦い表情を浮かべるディオン、茹でダコかと思うくらいに顔が赤く、色白の両手でぺちぺちと頬を叩くリティア。
「何があった?」
ハッとしてリティアがセイリンに気がつけば、まだ赤くなるかと突っ込める程には、更に染まっていく。
「セイリン様、お疲れ様です。まず、霧を軽減したり、晴れさせたりする魔術陣は見つけられませんでした。」
いつも通りに戻ったディオンは、申し訳ございませんと頭を下げる。
「リティアさんについては、御本人が落ち着いてから聞かれてください。こちらからの報告は明日致します。」
では、帰りましょうと促す。一向に歩き出さないリティアの肩を叩く。
「リティ、帰ろうか。」
「は、はい…」
力なく返事が返ってくる。見るからに本調子ではないリティアに見かねて、ディオンがそっと手を差し伸べる。
「リティアさん、足元が暗いのでお手を引きましょうか?」
「〜っ!」
大きく目が見開かれ、パチパチと瞬きしては両手で顔を覆ってしまう。ディオンは、息を漏らしながら手を下げて、セイリンへ頭を下げる。
「申し訳ございませんが、彼女のエスコートをセイリン様に頼んでもよろしいですか?」
「ああ、任された。リティ、夕食食べに行くぞ。ほら。」
半ば強引にリティアが顔を覆っていた左手を引っ張る。
「リティの手、なんて細い手なんだろうな。」
私なんて骨太で。と言いかけた途端、リティアの赤みが抜け、青に染まる。あまりの早い変化に2人揃って血の気が引く。
「リティ、何があった?今すぐ言わなくて良い。寮に帰ったらすぐ相談してくれ。っと、失礼する!」
セイリンはすぐさま屈み、リティアの膝裏と、脇の下から背中に手を回して抱きかかえ、一目散に走り出す。声も出ないリティアは、されるがまま攫われていく。ディオンは、その2人を抜かし、先に女子寮の扉に手をかけた。
「ありがとう、ディオン。本当に気の利く従者で、私も鼻が高いよ。」
寮に足を踏み入れたセイリンがフフッと笑いかけた、ディオンへ。パタンと扉を閉めて、ふらふらと耳まで赤くなったディオンが床に崩れたのは言うまでもない。
夕食すらも完食出来なかったリティアは、心ここにあらずと見えた。セイリンは、スマートにエスコートしながら、部屋まで連れて行く。ロビーに姫様抱っこで駆け込んだときは、他の女子生徒の黄色い悲鳴が聞こえてきた。とても居心地が悪く、ソファーを空けさせて放心状態のリティアを降ろしたほどだ。幸い、リティアの部屋は1人部屋だ。1人部屋や2人部屋は追加料金が発生する。一般的な庶民の家庭では到底支払うことが出来ない。つまり、その部屋を使えているリティアは、まさしく『貴族』か『富豪』の類いである。またこれを確信に変えたのは、昨日の昼休みにちょっかいを出してきたカルファスである。カルファス・フェルナードは、セイリンと同じ中級貴族であり、魔術士の一族だ。その血筋に誇りを持つ者が、1世代で終わるかもしれない富豪の娘と仲良くすることはまずありえない。となれば、リティアはそれなりの一族の貴族だ。幼い頃からの関係であると、公の場でない限り、相手が上級だろうが下級だろうが話し方は変わらない可能性が高い。
「リティ、部屋だぞ。入れるか?」
コクリと頷き、おぼつかない手でバッグから鍵を取り出し、掴みきれず床に落とした。すかさずセイリンが拾い上げると、髪の毛に小さな雨が当たった。見上げると、小刻みに震えながら涙を降らすリティアの顔がある。セイリンが彼女の目袋にスッと親指を伸ばすと、ビクッと怯えたようだ。それでも指を引くことなく、撫でるように拭った。
「部屋に入ろう?」
出来るだけ優しく声をかけ、怖がらせないように考慮しながら、部屋へ促す。セイリンが扉を開け、ベッドに腰を下ろさせる。リティアが手で探りながら座るところを見ると、焦点が合っているようで合っていない。そっと隣に腰掛け、背中を擦る。落ち着くまではと思い、目を動かして見た。空っぽなもう1つのベッドが目の前にある。リティアの荷物はそれほど多くはないようで、生活感がまるでない。机の上には、魔術の参考書、魔獣の生態についての本、魔法の歴史本など、様々な分野に興味があるのだなと感心する。ちらりとリティアに目を戻せば、呼吸が静かになっている。
「まさか、寝たのか…?」
「お、起きてます。ごめんなさい。」
「そうか。リティ、話せそうなら話してほしい。友人を苦しめるものを知りたい、手伝いたいんだ。」
「セイリンちゃんは、聞いてくれるんですか?」
兄も話そうとすると、忘れなさいと言って聞いてくれなかったのにと、涙目になった。
「ああ。話してくれ。」
「カルファスさんのことです。」
そう言うと、スカートにシワが残りそうなほど、膝に置いた手に力を込めた。
元々は、私の6歳の誕生日会として開かれたパーティーの日でした。この日、一族の習わしとして何でも良いから『力』を披露しなくてはいけなかった。私はどう頑張っても披露できなくて、大人の誰かに一族の恥だと怒鳴られたことを憶えています。そこで嗤われて、指を差されたのです。招待されていたフェルナード家の皆さんに。その後のパーティーでもフェルナード家は、私を見下し、「出来損ないがこんな場所によく顔を出せるな」と罵ってきました。その度に父に連れ出され、パーティーが終わるまで外に立たされました。
「居たんだな?」
セイリンの確認に、コクリと頷く。
「昨日は、セイリンちゃんが助けてくれたのでここまで怖くなかったのです。でも、今日は何とか逃げられただけでした。単純な力で勝てなくて、引きずられるかと思いました。」
「何か言われたか?」
リティアは、カルファスから言われた言葉を途切れ途切れに話す。セイリンが聞いた感じだと、デートの誘い、そして点数稼ぎだ。要はリティアを狙っている。正確には、リティアの血筋を狙っている。
「苛めてきた相手が、好きですなんて態度取るか。そんな男にまとわりつかれていたのか。」
ああ、怖かっただろうに。とリティアを横から抱き締めた。
「リティ、私が守ろう。策を考えるから、私やディオンから出来るだけそばを離れないで頂けるか?」
「ありがとう。」
心強いセイリンの背中に、そっと腕を回した…。




