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105,少女は煮えくり返る

 朝、いつものように目を覚ませばリティアは既に居なかった。物音が微かにでも聞こえれば、目覚めるように訓練を積んできたセイリンからしたら、不可解でしかない。そしてケルベロスも居ない。リティアと一緒に出ていたのだろう。昨夜のリティアは何かを思い詰めて、それを共有することを拒否していた。まだ1ヶ月くらいしか一緒にいない相手ではあるが、結構仲良くやってきたつもりだったセイリンから傷心するほどの拒絶にも見えた。

「凄いな、制服もブーツもない。」

コソッとクローゼットを覗かせてもらうと、外に出る為の必需品がないのだから、どうやったのか伝授してほしいくらいだ。とりあえず、リティアを探して、何かに巻き込まれているなら助けてやらねばならない。チャッチャ着替えて、レイピアを手に取ったが、学校内での使用に長剣の類は不向きだ。小剣をスカートのポケットに忍ばせて、食堂で早めに食事を済ませてから、起きてきた女子生徒を避けるように寮を出た。扉を開ければ、いつも通りディオンが立っていて、その隣にはソラとテル。そしてセイリンの隣は空席だ。

「セイリン様、おはようございます。リティアさんはまだお休みなさってますか?」

「いや、私よりも先に起きて…校内にでもいるんだと思うのだが…」

挨拶をしてきたディオンが、歯切れの悪いセイリンの言葉を聞いて眉をひそめるが、テルは何故か機嫌が良さそうにニコニコとしている。

「テル、何か思い当たる節があるのか?」

「うん、昨晩、リティアちゃんと美術室で会ったんだけど、ハルド先生が森に飛んできたあの魔獣を先に行ったラド先生と一緒に倒すことになって、今日また集まろうって約束したから先に調合室にいるんじゃないかな?」

色々ぶっ飛んだ説明をしてくれたが、リティアの話もあって、セイリンの頭の中でしっかりと補完されたが、ハルドとラドのその話は初耳だ。

「そうか、リティもテルと会ったと言っていたな。勉強会も開けるだろうし、調合室へ向かおうか。」

リティアにさえ会うことができれば、もう少し分かりやすく説明を受けられると信じて、セイリンは深く突っ込むことはなく、男子を先導する。接続通路の窓から朝日が水面に反射してキラキラと光る噴水が今日も元気に水を吹き出している。それを軽く視界に入れると、ディオンの眉間にシワが寄った複雑そうな表情が目に飛び込んできた。

「どうした、ディオン?」

「あ、いえ。…。」

何でもありませんと言いたげな笑顔を向けてくるが、表情筋のひきついていて歪さが引き立つ。

「何か気になることがあるのなら、今日は別行動で良いんだぞ。私も護身用に小剣を持ってきている。」

「…。申し訳ございません。本当に」

「くどいぞ、今日のディオンは別行動だ。明日まで顔を見せるな。その苦悩の元を断ち切ってこい。」

いくらディオンがこちらの申し出を断ろうとしても、セイリンも引く気はない。自らの立場を翳して、ディオンを黙らせる。それを見ているソラの表情は変わることがないが、この喧嘩に発展しそうな会話をテルは両手を震わせながら握って見守っている。

「すぐに終わらせて参ります。」

セイリンへとディオンは深々と頭を下げると、急いで踵を返して寮へと駆けていった。

「ほら、ディオンは大丈夫だから調合室へ行こう。」

動揺するテルに軽く声をかけてから、2階の調合室へ向かうと、扉の鍵は締まっていた。

「あれ、ハルド先生??まだ寝てますかー?」

ゴンゴンとテルが扉を叩いても、何かが動く音すら聞こえない。その姿にソラが小さく息を吐き、

「居ないんじゃないか?まだ職員室かもしれないぞ。」

「そっかー、リティちゃんもそっちかもね。それか大怪我して、医務室かな!?」

唇の色が青くなりそうなテルに、呆れたセイリンは冷静なツッコミを入れる。

「大怪我ならば、学校の医務室来る前に、街の別の診療所に行きそうだが…。」

「た、大変だ!!」

駄目だ、逆効果だったらしい。テルの眼球が酷く震え始めてしまい、どう宥めようかと考えていると、

「開いてるよ?」

調合室の中から、リティアの声が聞こえてきた。その声にパァと向日葵の咲かせたテルが、扉を外すような勢いで大きく開くと、調合室の中にハルドの姿はない。たった1人、制服のリティアが座っている。窓からの光を浴びているからか、いつもより白さが際立つ。何故かテルが呆然と立ち尽くし、ソラに室内へと背中を押されていく。セイリンもテルが退いてから入っていき、扉を閉めようと手を伸ばすと、独りでに扉が閉まった。


ガチャ


鍵すらも締まった。この違和感に目の前のソラすらも身を固くする。

「き、君は昨日の…」

「ルナさん、何故ここに?」

テルとソラの声が重なり、セイリンの表情が引き締まる。ハルドからの話で聖女ルナがいる可能性は分かっていたし、昨夜アリシアの名を聞いて、引っかかるものはあった。ただ、この前見たあの黒髪の女子生徒ではないことは一目瞭然だ。だが、セイリンの目の前にはリティアがいる。ただ髪をハーフアップにしていないだけで、リティアにしか見えない。

「姫騎士ちゃんは、とても困っているね。」

「…その発言がリティではないことを物語りますね。」

肩を竦めるルナに、不快さを表に出したセイリンは声を押し殺した。

「どう?制服似合うでしょ。これであの子とそっくりになったんだから…。ソラ君は元気そうで何より。あの後は鬼は来ていないよね?」

「ああ、今のところは。貴女のおかげで抜け出せたんだ。礼をしたい。」

ルナの興味がソラへと変わったのか、ソラの前に立ち上がってくるんとスカートを膨らませると、ソラはいつも通りの無表情で律儀に頭を下げ、

「ソラも知り合いなのー?」

「そういうテルも。」

「俺は昨日、鏡の中で会ったんだ!!」

驚くテルと共にルナの話で盛り上がり、ついていけないセイリンはそのやり取りを見守るしかなかった。

「元気でよろしい。ソラ君、お礼はあの伝言だけで大丈夫。テル君はマフィンごちそうさまでした。いつぶりに食事をしたか分からないけど、本当に美味しかった!」

「それはお粗末様でした!待ってよ、それでどうやって生きているの!?」

リティアならそこまで歯を溢して笑わないだろうなと思うほどに、ルナは真っ白な歯を露わにさせて、更に驚いたテルを見ながら笑う。

「精霊を食べてだよ。魔獣と何ら変わらないよ。」

「魔獣は精霊を食すのですか!?我々人間や、家畜だって貪り食うではないのですか!」

ルナが無邪気に言うその言葉に、テルよりも先にセイリンが反応した。今までどれだけの民が魔獣によって殺されたか…腸が煮えくり返りそうだ。

「そんなの決まっているでしょ?嗜好品だよ。魔法を使えないものを食べたところでお腹は膨れないもの。」

「ッ!!」

ルナがセイリンに向けてくる視線は無関心。魔獣侵略戦争を終結させたという偉大な聖女とは受ける印象が異なる。こちらの気など知らずに、椅子に腰を下ろすルナは恍惚の笑みを浮かべて、

「それに比べて、あの子は…ご馳走よね。」

次の瞬間には何かを蔑むような視線を窓へと投げた。

「まあ、私は要らないけど。」

「貴女様の言う『あの子』とはリティなのですか?それほどまでに似せておられるのに求めないのですね。」

先程の笑みは何を意味するのかと、沸き起こる怒りを抑えつつ、相手の機嫌を損ね過ぎないように慎重に伺う。

「勘違いしないで、姫騎士ちゃん。私はあの子を食べないって話。近々帰ってくるから失礼なこと言って嫌われないように努めること。大事な者はしっかりと手を繋いでないと。それでも振り払って死んでいくのだから。」

はぁと大きなため息をつくルナの目線の先には、窓の向こうか。

「俺のようにはリティアさんを助けないのか。」

「私が動くこと自体に結構厳しい制約があるの。今こうやってここに座っていられるのは、あの子がゴーレムを倒したから、身体が少し自由になったってだけ。」

ソラの率直な疑問に、ルナはやっとこちらに視線を向けた。そして苦笑しながらその姿は消えていった。

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