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100,少女は考える

祝100話。おいでなさいませ、アリシアちゃん。

 アリシアという精霊人形は、テルにもちょっかいをかけたらしく、リティアはキャンバスを他のスタンドに置き直してから、

「アリシアさんは、ギィダンさんとの知り合いらしいのですが…明日にでもギィダンさんにお話伺えますか?」

「あー…ギィダンは明日は別の仕事があるから難しいかな。」

詳しく話を聞きたかったが、ハルドがそう断るのならば仕事なのだろう。ケルベロスに後で聞いてみるべきかと考え、

「では、ケルベ…。いえ、少し図書室か古本屋で探しものを…」

口にしようとしたが、目の前にテル。セイリンですら、ケルベロスと脳内での会話を出来ていないのであれば、テルだってケルベロスと話せると思ってないはず。リティアは慌てて言葉を変えた。

「アリシアさんは何がしたいんだろうね?リティちゃんは何を言われたの?」

そう言って怪訝そうな顔をするテルは、リティアに言及はしなかったため、内心ホッとした。

「『貴女に贈り物がしたくて。』って言われて、魔法でここまで誘導されました。そうしたら、わざわざスタンドに1つだけキャンバスがありまして、どんな仕組みがあるのかと持ち上げたら、スタンドのネジとして、その指がありました。」

ハルドが手のひらで転がす指は断面から血が滲むこともなく、まるで作り物のように思えた。

「…この指は、俺が預かるね。実は似たような手を校内で拾っているんだ。この後にでも」

「あ、ラド先生なら夕方に革のバッグ抱えて帰宅してるよ!」

ラドの名前を出してすらいないハルドは、テルの発言に目を見張り、

「ラド先生、帰ったのかい?」

「うん!」

ニコニコと笑顔を向けているテルと対照的に、ハルドの表情が歪み、

「あ、あいつ…っ!」

「ハルさん、とりあえず切り上げてまた明日集まりましょう。もし、ラド先生が今朝の魔獣を倒しに行っていたら1人では危険です。」

押し殺すような声で唸れば、リティアは瞬時に何が起きているのかが理解できた。兄の部下でもある魔法士団の一番隊が、近隣で暴れた魔獣を倒しに行かないわけがなかった。

「リティちゃん、そういう話なの!?」

「そうだと思います!ハルさん、お伝えしたんですよね?」

2人の本当の仕事を知らないテルが驚くことは仕方ないが、これに関しては答えられないため、何となくそう思うって感じを醸し出しながらハルドに確認すれば、

「ああ、そうだよ。生徒に手を出したから許せなかったんだと思う。そのキャンバスは調合室に運ぶから、2人共、すぐに帰宅して。」

ハルドが、あくまで教師としてのラドを表に出すように説明すると、硬い表情になったテルの唇がきつく締められる。リティアも無言で頷き、ハルドについていくように寮まで戻れば、ロビーにアリシアがまだ漂っていた。

「アリシアさん…」

「んー。あの調合室の結界は干渉できなかったから仕方ないのですが。キャンバスが贈り物ですので、有効活用してくださいね。」

優雅に空中を泳ぎ、リティアの頭上を漂うアリシアから目を離さぬように、リティアは首が痛くなるほど見上げて、

「あ、ありがとうございます。それであの指は?」

「さあ?落ちていたのを使ったので。」

とりあえず礼を言ってから、あの指について質問をしたが、アリシアは無邪気に笑いながらこの回答しか返ってこない。

「…」

「まあ、そう怒らないでくださいな。では、約束通り。」

ムーっと子供っぽいかもしれないが、睨みを効かせてみると、アリシアの表情が何故か穏やかになり、無音ではあるが指を鳴らす動作をすることで、横にある管理室から寮母が大きな欠伸をかきながら出てきて…視界に入れていたはずのアリシアの姿は消えていた。


 幻覚なのか眠らされていたのか分からないが、目を覚ました寮母に頼んで、早めにシャワーを終わらせてシャワールームから出ると、食堂からパンをいくつか乗せたトレーを持って出てきた寮母に出会った。リティアを見るなりニコニコして、

「今日は、早朝からハルド先生の手伝いをして疲れたのでしょう。これ、余り物なんだけど、夕飯にしてちょうだい。」

「ありがとうございます!」

部屋にあるクッキーを食べれば良いと思っていたリティアは、寮母の好意をありがたく頂戴する。リティアも笑顔を返して、部屋へと戻らせてもらった。

「リティ、どこに行っていた?」

部屋の扉を開ければ、すぐ前で仁王立ちしているセイリンと目があう。ケルベロスはベッドの上で眠そうに欠伸をしていた。シャワー用の布バッグとトレーを見れば一目瞭然だと思うが、

「寮母さんにお願いしてシャワーを浴びていました。夕飯にパンを頂いてきましたので、セイリンちゃんも食べましょう?」

しっかりと言葉で説明してトレーを差し出すと、

「そ、そうか。いや、危ないことに巻き込まれたのではないかと心配したが…。」

セイリンは、片腕だけ下ろして小さく息を吐いた。リティアは、机にあるガラスポットから水を2つのカップへ移してパンを並べて、ふとテルの事が頭をよぎる。…まずい、彼なら有り得る。

「危ないことはなかったのですが、不思議なことは起きましたよ。」

「はぁ!?」

椅子に座ろうとしたセイリンの手に力が入り、椅子から軋む音がする。

「アリシアっていう方に、身体が勝手に寮から出されて、美術室に行くように指示されました。シャッターにぽっかり穴が開いていて、難なく美術室まで行ったら、勝手にランプが灯りましたし、たった1つだけキャンバスがあってそれを持ち上げたら、作り物ぽい指が落ちてきて…ハルさんとテル君に会いました。」

セイリンはひたすらリティアを凝視しているが、ケルベロスは興味なさそうにベッドの上で転がっている。

「…。それで?他にあるだろう。」

「んー。」

セイリンからの言葉の追撃に、リティアは小首を傾げる。それほどセイリンに伝えるべきことはないような…アリシアに見せられたのだろう、あの誰かの記憶らしき幻覚についても言えるものではない。

「…」

2人の間で沈黙が流れる。ハルドが討伐に行ったことを伝えたところで、私達は何もできないし、下手すると邪魔になる。本当に何も伝えることが見当たらないリティアは、パンを小さくちぎって口に運ぶと、セイリンがリティアの本棚から一冊の本を取り出してパラパラと開き、

「…そのアリシアという名は、聖女ルナの縁のある精霊人形だろ?以前、ハルド先生も言っていたと思うが、ここにはあの聖女様がいるんだろう。それはあの黒い髪の身体が透けた女子学生か?リティ、何に巻き込まれている?」

話しながら該当ページを見せられて、リティアも納得がいった。

「あ…アリシアってそうでしたね。確か『精霊人形の末路』で書かれていた、人によって創られ、人によって壊された哀しき精霊人形…ガラクタのように箱に詰められて何処かに埋められた。…鮮肉食カズラの蔓が外れた…?」

自分で読んだ本の記憶を辿りながら、アリシアが軽く話していた言葉を思い出し、食べかけのパンを皿に戻して瞳を閉じる。

「リティ、それはどういう意味だ?」

「…」

黙り込むリティアに、声のトーンを落として話しかけたセイリンへの返答はなかった。


 思い出して。数日前の夜に蔓が外れたって言ったことと、セイリンが言っていたこの前のケルベロスが戦っていた魂喰いセイレーン。この2つが同じ個体を指しているとするなら、その棺は開いていることになる。本当は、どこに誘導したかった?真っ白のキャンバスと、作り物らしき指。白い何か?それとも布?指の向きはどこを指していた?あの指を拾ったとき、私の指と同じ方向に爪があった。

「白い布。アリシアさんも白い装束。キャンバスも白い布。4階の白。指先の向き。」

リティアの頭の中でたった1つの場所が浮かび上がる。最奥のあの教室とは言えない、学校から断絶された部屋。

「…リティア?」

「セイリンちゃん、ありがとうございます。恐らくですが、明日行くべき所が分かりました。」

リティアは微笑むことをせず、心配していたセイリンに真剣な眼差しを向けた。

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