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10,少女は困る

祝10話です。

仕事しながらの自転車操業ではありますが、フレーフレーと応援していただけると嬉しく思います~。

 ホームルーム中は着替えができず、終わってから慌てて1階玄関の隣にある女子更衣室の扉を開けた。ディオンはセイリンと一緒に図書室へ向かうとのことで、少し時間に猶予があるとしても、セイリンとディオンを待たせている事実が突き刺さる。

「ラド先生、お兄ちゃんの隊の人なのね…」

魔法植物『月光香草』の香り。兄は、定期的に採取していたことを記憶している。互いに識別出来るように、隊員でお揃いにつけていると。あと数時間でシャワーなら、体操服の上から着ても構わないかなと思い、若干もこもこになるけれど着替えてしまい、飛び出すように部屋を出る。

「やぁ、リティ。今日は、ぴょんぴょんして、うさぎさんみたいだねー。」

玄関で佇んでいたカルファスが、爽やかに手を振って、歩いてくる。リティアは、瞬時に目を逸らす。

「カルファスさん、こんにちは。えっと、急いでますので、さようなら。」

女子寮側の階段も男子寮側の階段も帰宅する人でごった返しているようだ。1階接続通路から行こうと、気持ち的には速歩きで、

「そんなこと釣れないこと言わないで。」

ぬうっと出てきた大きな手に捕らえられる。リティアは右腕を掴まれ、慌てふためきながら、右手を引っこ抜こうにも、力を入れながら手を振りほどこうにも、びくともしない。

「リティ、なんて細い手なんだい。すぐに壊れてしまいそうで心配になる。」

息がかかりそうなところまで、捕らえられた手を引き寄せられる。

「愛らしいリティ、困ったことがあったら言ってね。力になるから。」

セイリンの時のように指先にキスを落とされる。リティアは驚きはしたが、キスの意味を勉強してきていない為、他の女性のような反応ができない。

「あ、ありがとうございます…それで、あそこで何していたんですか?」

離してほしいですと、手をぶんぶん振ろうとしても自由にならない。

「リティに会いに来た。寮に帰ってくると思って待っていたら、予想外のところから出てきたね。」

「とりあえず、お会いする予定はなかったと思うのですが。」

目を細めながら、ねっとりとした視線を向けてくると、リティアの顔に緊張が走った。

「俺にはあったってこと。明日、一緒に街を周らないかい?案内するよ。」

「え、あ、ごめんなさい…。明日はアルバイトで。」

目を泳がせる。嘘は言っていない。この恐怖から逃げたい気持ちに囚われる。

「リティが…アルバイトだって…?」

あまりに衝撃的だったのか、カルファスの手が少し開いたまま硬直している。これでカルファスの拘束が外れた、リティアはサッと手を背中へ持っていく。

「経済的な支援が必要なら、フェルナード家がするから、無理してはいけないよ!」

「お金は困っていないのでお断りさせて頂きます…。」

顔を横にぶんぶんと振る。アルバイトはお金が必要な人間がするものであると教えられたカルファスは、理解が出来ず、首を傾げる。

「どういうことなんだい?」

「…。カルファスさんも、幼い頃はこんなに話してこなかったのにどうして?」

早く図書室に行きたいリティアにとって、根掘り葉掘りと聞かれて時間を取られることが苦痛だった。あまり得意ではないけれど、質問を別の質問で返してみた。

「そ、それは…、あの頃より大人になって、勇気を振り絞って会いに行けるようになったからだよ。」

ずっと話したかったんだと、目線を合わせて微笑んでくる。しかし、リティが思い返しても、彼の家族には蔑まれた記憶しかなかった。その人間が目の前で手の平を返しているようにしか見えない。

「そうですか…。私は図書室に行きたいので、これにて失礼します。」

リティアは相手の目を見ながら、バレないように軽く膝を曲げる。身体が開放されているこの瞬間を見計らって、軽やかに前傾姿勢で接続通路を走った。


 リティアの駆け足で、あっという間に距離が開く。カルファスがついてこないことを確認して、購買前の階段を駆け上がり3階へ。図書室の扉をこの勢いに身を任せて、押す。押したはずだった。押すより先に、扉が開かれて、踏ん張ることが出来ずに、そのまま飛び込んだ。床に倒れこみ、痛みが…痛みが一向に来ない。というか、少し床が斜めになっている気がする。ゆっくりと、頭を上げる。最初に目に飛び込んできたのは、男子生徒のYシャツの襟とローブ。恐る恐る更に上を見上げる。綺麗な夕陽のような瞳、赤味がかった橙色の長髪を1つ結びしている男子生徒の上に乗っかっている形になっていた。

「〜っ!」

慌てて上体を反り上げると、近くにいたであろう同じ髪色で髪を下ろした男子生徒が本を黒いバッグに仕舞いながら笑った。

「ソラ、ラッキースケベだねー!ディッ君もそう思わない?」

「そんなことよりリティアさん、お怪我はありませんか!?」

カウンターで本の貸し出し手続きをしていたディオンが、素早く近寄り、右上腕をグイッと持ち上げてくれて、無事に立ち上がることができた。リティアが立ち上がって、そばから離れたことを確認してから、ソラも立った。

「あ、あの、ごめんなさい。痛かったですよね。」

「大丈夫です。読みたい本があるので帰ります。」

ソラは、おどおどするリティアに一瞥もせず、落とした本を拾い上げる。床に接していたタイトルがチラッと見えた。

「『魔石依存症の初期から末期まで』」

「!?」

ガバッとローブの中に本を隠し、リティアを睨みつける。その威嚇にすくみ上がるが、リティアは言葉を続けた。

「す、すみません。ただ、魔石依存または中毒症状にお困りでしたら、それよりも力の強い魔石をかざすと症状が改善することがあるそうです。」

幼い頃、祖母の家に来た魔石中毒症状に悩まされている人を治療していた祖母に教えて貰ったことだ。ソラはその発言に驚愕して目を見開き、一度開けた距離を大股で縮め、捲し立てる。

「君はなぜそのようなことを知っているんだ?これは不治の病とされ、治療方法もない。発症すれば1ヶ月以内にその身体は腐って死ぬ、それは俺も見てきた。何故治せると思った?治療方法を何故知っている?詳しく教えてくれないか。依存または中毒は何故」

どんどん顔が近づいてくる。先程リティアを起き上がらせてくれたディオンが、自然な動きで、迫りくるソラとの間に腕を割り込ませ、リティアに後ろへ下がるよう促す。同時にテルの左腕がグイッと、後ろからソラの肩を引っ張る。

「こら、ソラ!女の子にキスする勢いで迫っちゃ駄目だろうよ!」

「していない!」

テルは、陽気に笑っている。対照的にソラは怒っているように見えた。

「はいはい、帰るよ!ディッ君の彼女さんもバイバーイ!」

空いている右手を大きく振って、半ばソラの首を締めるような体勢のまま引きずって、図書室を出ていった。バタンと扉が閉まり、2人だけ残される。

「えっと…?」

嵐が過ぎ去ってから、目を白黒させるリティア。

「リティアさん、お疲れ様でした。」

少し落ち着いてきたのか、やっときょろきょろと室内を見渡し、

「…セイリンちゃんはどちらでしょうか?あ、でも調べ物もしないと…。えっ、ん?ディッ君?彼女さんって誰でしょう?」

「本当にお疲れ様です。まずは、調べ物は見つかりませんでしたので、図書室から出ましょう。もう閉まる時間です。」

ディオンは、貸し出し手続きが終わっていなかった本を素早く終わらせ、スクールバッグに仕舞い込む。その言葉にリティアは落胆し、

「え、残念です…。」

植物に例えたら、稲穂が垂れているんだろうなと思うくらいに落ち込んでいる。背中が丸まり、小柄だというのに、更に小さくなる。小さな姿のまま、ディオンに促されて通路に出る。

「セイリン様は、職員室に呼び出されていますので、このまま1階に降りて迎えに行きましょう。」

「セイリンちゃん、何かあったんですか…?ど、どうしよう…」

「いえ、何も問題は起こしていないはずなので大丈夫かと思います。」

何もないと思いたいのは、自分の方かもしれないとは考えながら、笑顔を保ちながらリティアを落ち着かせることに徹する。

「あ、あとディッ君とその彼女さんって誰でしょう?図書室に私達以外に居たのでしょうか…だったら、閉まるって教えて」

「ディッ君は、私のことらしいです。テルさんがつけたあだ名です。」

ディオンは、これを言ったらこの後、絶対に面倒なことが起きると確信していた。しかし、言わずに図書室に戻っても、終着時点は同じことである。密室に居る方がお嬢様のブチ切れ案件になりかねない。

「え…?」

「はい。本当にお疲れ様です。」

これはもう自分で自分に向けた労いの言葉になる。なんて爆弾を投げ捨てていったんだ、テル。

「え…じゃあ、ディオンさんの彼女って…」

ポンと一瞬で紅潮する。銀髪で色白のリティアの頬が赤く染まると、チーク以上の赤みを帯びるようで、少し離れたところから見ても分かってしまいそうだ。そんなこんなしているうちに、職員室に辿り着いた。

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