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短編

異世界からやってきた魔王のせいでご近所がヤバい

作者: 猫宮蒼



 異世界トリップだの異世界転生だの、ラノベでは割とよく聞く単語ではあるが、まさか私がそれを体験する事になろうとは、誰が予想しただろうか。

 ん? あぁいや違う。私はトリップした側ではない。トリップしたのを目撃した側である。


 要するに私自身は相も変わらず自分の生まれ育った世界にいるし、当然異世界に行った特典的な特殊能力なんてものも持ち合わせていない。

 さて、そんな異世界からやって来た異世界人は現在私の家の隣にひっそりと住んでいる。

 戸籍とかそこら辺どうしたんだろうって思うよね?

 というかお隣に住んでたお婆さんがね? その昔お家出てっちゃった息子さんと瓜二つらしいその異世界人をね? これはうちの子よーと言い張ったので、ご近所に限っては何かもうそれでいいんじゃないかって気がしている。いや、お前それ息子が出てった時から何年経過してると思ってるんだお前の息子は不老かよと突っ込もうとした人もいるにはいるが、お隣のお婆さんは見た目は温和な老婆だが、一度ブチ切れるとコンビニ強盗を素手で撃沈させるアマゾネスなので余計な事を言ってはいけない。



 さて、そんな異世界からやってきた現お隣のお婆さんの息子ポジションに収まってしまった異世界人ですが。

 どうやら彼は自分の住んでいた世界では魔王をしていたそうです。

 これは本人から聞いた。

 え? あぁうん、お隣に回覧板届けに行った時にお婆さんにあら上がってお茶でも飲んでいきなさいって言われてね? 急用があって断る時はともかくそれ以外だと余計グダグダするからとりあえずお邪魔してお茶とお饅頭を頂いてました。饅頭、ウマー。


 その時に異世界からやってきたその魔王とも話をする事がありまして。

 うん、一応ほら、異世界からっていうか、いきなり何もない空間から何かこう罅割れたみたいな亀裂走ってそこからずるんと出てきた人だからさ、普通の人だとは思ってないよ。

 何か角とか羽とか生えてたし。今はそれ上手く隠してるけど。


 魔王って言ってるくらいだしてっきりここでも悪逆の限りを尽くして世界を滅ぼそうとでもするのかなと思ったけれど、魔王はそんな私の想像を裏切って温和かつ平和主義者だった。何でそんなのが魔王やってんの?

 魔王は別に魔王になりたくてなったわけではないらしい。単に先代魔王が親だったから、その流れで後を継いでしまっただけの名前だけの魔王だそうだ。

 更には自分より強い相手が配下どころかそこかしこにいるので、もう別に魔王なんていらないんじゃないかな、とも言っていた。

 マジかよ、いくら世襲制で継いだだけとはいえ、魔王より強い奴がゴロゴロしてるって異世界ヤバいな。


 縁側に座りお茶を飲む魔王の顔は、とても幸せそうだった。確かにこの光景だけを切り取ってみたら、これが魔王とは思うまいよ、誰も。

 私が一口で食べてしまうような饅頭も、魔王はちまちまと何度かに分けて口に運んでいる。リスかな?


 軽く話をしてみたが、異世界から来たという割に常識はこちらとそう変わらないみたいだし、お世話になってるお婆さんに恩返しとばかりにあれこれ手伝ったりしてるし、気づけば彼はすっかりご近所さんに馴染んでしまったのである。

 確かに、魔王だなんて言われなければ、そしてあのいかにもな魔王然とした姿を見てさえいなければ彼はお婆さんの息子さんにそっくりなだけのただの気のいい好青年だ。それどころか、他のご近所さんにも色々とお手伝いしたりしてるので、すっかりこの辺一帯のご老人たちのアイドルも同然だ。


 疑い深い人間なら、ここから信頼させて何か企みを……と思うのかもしれないが、どこの世界にお駄賃だよって言われて駄菓子貰って喜ぶ魔王がいるというのか。お菓子貰った時のへにゃっとした笑顔はしかし心からのものであると断言できるほどに、蕩けていた。

 異世界のお菓子だから珍しいのかな? とも思ったけれど、どうも魔王の住んでる世界の食べ物はあまり美味しくないらしい。どころか、普段からあまりご飯ももらえなかったとか。

 ん? え? 魔王なんですよね? ご飯もらえないってどういう事……?

 そんな疑問が顔に出ていたのか、彼は微苦笑を浮かべてこう言った。


「世の中、弱肉強食ですから。名前ばかりの弱い相手に与える食事なんてあるわけがないんですよ」


 そもそも弱すぎて勇者からもスルーされますから、なんて言ってみせた魔王の言葉に嘘はないのだろう。

 じゃあ何でこんな人畜無害そうなの魔王にしちゃったんだ。もっとこう、相応しい奴に魔王の称号でも与えとけよ……




 ともあれ、魔王はこの世界に驚くほど馴染んでいたし、周囲から受け入れられていた。

 だがしかし、それでも彼は魔王なのだ。例え彼がどれだけ平和主義者で争いを嫌うとは言っても。



 彼は自らの能力に悩んでいた。こちらの世界に来てからというもの、どうにも上手く制御ができないのだと。

 これだけを聞くと何だかとても脅威的だが、彼の能力というのは植物にしか影響しないらしく、目に見えてわかるのはお婆さんがやっていた家庭菜園の手伝いをしていた時に、そりゃもうぐんぐんにょきにょきと野菜が育っていった事くらいだ。この能力の使い方次第では、食糧難の地域が救われるのではなかろうか。そんな風にも思ったが、魔王が自分で上手く制御ができないと言っている時点でお察しである。

 そして制御ができない、という事で恐るべき事態が発生していた。




 折しも季節は春を迎える。

 異世界より魔王が来たのは夏。お婆さんの家庭菜園ではトマトが凄い事になっていた。おすそ分けされたトマトは大変美味であった。

 秋には近所のイチョウの木から銀杏が例年にない程に採れ、私はその悪臭に身悶えた。

 そして冬を迎えてその能力が向かった先は室内で育てていた盆栽くらいのものだった。



 だからこそ、この脅威にすぐに気づけなかったのだ。



 私が住んでいるこの土地には、近くに大きな山がある。そしてそこは、杉の木が大量にあるのが見てとれる。


 そう、未だ上手く力が制御できないと困ったように言っている魔王にはそんなつもりはないのだろう。

 だがしかし、既にその力による影響は静かに、しかし確実に訪れていたのである。

 あぁ、今年は一段とスギ花粉の量が凄いな……

 私の家族含め、ご近所の大半が花粉症だ。故に毎年この季節になると皆色々な対策を施してきた。


 だが、しかし。

 今年の花粉は去年までの比ではなかった。

 花粉症になっていなかった者までもが、今年はとうとう花粉症を発症してしまったり、元から症状が酷かった者は病院に運び込まれるまでになった。


 彼に悪気はないのはわかっている。それどころか何とか駄々洩れて勝手に発揮される力を抑えようと奮闘しているのも知っている。けれど、それでもどうにもならなかったのだ。

 世話になっているお婆さんは元気一杯だが、他のご近所さんはかなりのダメージをうけ壊滅状態と言ってもいい。

 今年は花粉が凄いわねぇ、なんて言ってるご近所の奥さんたちですら、マスクは二重。人によってはゴーグルまで装着していて傍から見て大変怪しい。

 もういっそガスマスク装着した方がいいんじゃね? なんて言っていたのは、三軒隣の高校生だったか。


 ご近所さんは魔王の力を知らない。知っているのは恐らく私だけであろう。

 当たり障りのない会話をするご近所さんと違い、私は彼から結構色んな事を聞いている。それは私に話した所で他に広まる事がないからというのと、恐らくは信じてもらえるかわからないからだろうか。

 私? 当然信じている。何の躊躇いもなく私の話し相手になってくれているのだ。信じるに決まっている。ついでに畑でその力を遺憾なく奮って振舞ってくれた野菜が美味しかったから。

 あ、でも玉ねぎは勘弁してほしい。好き嫌いとかいうレベルじゃない。あれは駄目だ。



「やはり何としてでも元の世界に戻るべきなのだろうか……」


 花粉がめっちゃ飛び交う中、私を連れて近所を散歩する魔王は「あぁでもここ居心地いいから戻りたくないなぁ……」などと嘆いている。どれだけ向こうの世界がイヤなんだ。


「自分の力がしょぼいのは仕方ないにしても、せめて見た目がもうちょっとこう、威厳があればなぁ……」


 無い物ねだりをしても仕方ないだろう。あと、お前の力は少なくとも今この季節においては最強だと思うぞ。毎年花粉症の症状で発狂一歩手前までいってる奴が何人いると思っているんだ。

 ふぅ、と思わずため息を吐くと魔王は歩みを止めた。仕方なく私も止まる。


「せめて貴方のようにもう少し見た目凛々しかったらよかったんですけどねぇ」

 眉をへにゃりと下げて言うその姿からは、魔王としての威厳など一切感じさせない。

 どのみち、私のような外見だったとしてそうしたら今度は見た目だけとか中身が伴ってないとか言われるだけであろうに。元気出せよの意味を込めてポンと叩く。


「慰めてくれるんですか? 有難う御座います。……コロさんは優しいなぁ」

 泣き笑いのような表情を浮かべる魔王の目をじっと見る。



 私の姿を褒めるのは構わない。だがしかし、私の種族は割と帰巣本能が薄いというか、迷子になりやすいからもし私のような姿になったらお前、本当に元の世界に戻れなくなるぞ。


 そう目で語る。

 そもそも私が活躍できるのは、精々冬の犬ぞりレースくらいなのだ。

 それからもう一つ、私の名前はココロであってコロではない。何度言っても毎回縮めてそう言ってくる魔王に、いずれは何らかの意趣返しをしてやろう。

 そう思いながらも花粉飛び交う道を、私と魔王は家路についた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 花粉が舞う中で散歩する魔王の兄貴分のコロさんw
[一言] 最後のオチに親近感がW
[良い点] リスみたいに饅頭を食べる魔王可愛いですね。 しかし花粉症の私にとってはなかなか迷惑な能力を持っています。 そしてラスト…驚きました!
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