起源
あれは私がこの世に生を受け4度目の冬の事だ。父が当主であるウェラゴーラ家では代々ウェラゴーラの騎士団入りを果たした者達全員に他の家では絶対にさせないであろう訓練をさせている。それは素手による戦闘である。
騎士は何時如何なる時もウェラゴーラ家を始めとした王族貴族や民を守らなければならない。時には騎士の象徴である規格化された剣や槍を使えない場合も有る。時には捕虜として捕まり拷問に掛けられる事も有るだろう。そうやって捕まれば当然武器などは取り上げられ、時には裸にひん剥かれる事だろう。
そんなもしもの時の為にウェラゴーラ家の騎士達には半月に2度は必ず素手での戦闘訓練を行わせている。そんな騎士達の訓練をその時私はたまたま目撃した。
立派な淑女になるため、何処の家に嫁いでも恥を掻かない、そんな令嬢になるための教育の始まった頃の話だ。
今はもう、その教育の重要性を理解しているため素直に従い教育を受けているが、当時の私はまだ物心付いて間もない頃だ。これは平民の出である騎士ダール聞いた話だが、王族貴族家の子息令嬢が特殊なだけで本来物心付いて間もない頃の子供というのは基本的に色々やりたくて我が儘なそうだ。だが行く行くはその平民達である民を導かなくてはならない立場の存在が王族貴族の為、物心が付いた頃から自身を律さなければならなかった。しかし、当時の私はその事を理解しておらず、何故自分がこんなやりたくもない事をやらなければならないのか?そんな疑問を日々抱えていた。
故に私は脱け出した。指導者であるルーフを前に癇癪を起こしたかのように騒ぎ立て、そしてそのまま部屋から飛び出したのだ。
そんな日常の中の1回に、私は近寄ったのだ。騎士達が訓練している訓練場へ。
私には2人の兄が居る。当時はまだ末の子供であった私は、私に自分の『楽しい』を語る2番目の兄であるザリードラの存在が疎ましく妬ましい対象だった。
普段律しているが故、そしてまだ幼い時分だった故だろう、今でも勉強より体を動かす事が好きな兄は当時から剣の訓練の事を語ってくれていた。兄は剣術という不治の病に掛かった人間だ。故にそれはもう熱く語ってくれた。
兄は王族貴族の子息ならば必ずやらなければならない武術の訓練を嬉々として行っていたのだ。
対する当時の私は、やりたくもない勉強を強要され、自身のやりたい事をさせてもらっていないと考えていた。
故に、それほど熱く語るほど兄が呑めり込んでいる『剣術』というものに痛く興味を覚えた。故に当時の私は、勉強部屋を脱け出し、騎士達の訓練場へと足を走らせた。
この時の選択こそが私が不治の病に掛かった最初の理由だろう。
その日騎士達が行っていたのは剣術や槍術なんかの訓練ではなく、月に必ず2度は行われる素手での戦闘訓練だったのだ。
我が家の素手での戦闘訓練は先述の通り何時如何なる時にでも対応出来るようにするために、例え外が白銀の世界に覆われていようとも腰布だけを巻き、その上で対戦相手と戦うのだ。場合によっては、そんな姿で武装した他の騎士達を相手に如何に怪我をせず、相手を無力化するかの訓練を行うのだ。
つまり、本来であれば貴族の令嬢である私がそんな男達の姿を見る訳には行かないのだが、そんな彼等の姿を見てしまった訳だ。
何時間も続くその訓練を、私はその日ずっと見ていた。
肌と肌がぶつかり合う光景を。
拳と拳がお互いに摩擦を生みながら前進し相手の顔面へと叩き込まれる様を。
蹴りが相手の急所を捉え、それを受けても尚堪えて足払いを掛けて倒した所を馬乗りになり蹂躙する様を。
時には髪を掴み、時には胸部へ向け掌底を打ち込み、時には腕を絡ませ投げ、時には後ろに回り首を絞め上げ、時には突き出した拳に当たり、口や鼻から血が飛び出て、時には全く退かずに互いに拳を相手の体へ打ち込むだけの様を。
私はそれを、まるで神達の戦いを見ているような気分で見ていた。
私はその光景に、これでもかというほど魅せられた。
当時はまだ男と女の違いを、髪の長さや体付きや胸でしか判断していなかった。当時の兄達に対してはまだ体が出来上がっていない時分の事だ、自分と同じとすら思っていた。
剣術というものに用いられる剣ではなかったが、兄が『戦闘』というものに魅せられたのが当時の幼い自分にもわかった。
そして、組み手が終われば互いに罵り合いつつも笑顔で互いの検討を称える騎士達の姿は、まさに神達が仲直りしているかのように見えた。それをとても神聖で、とても素晴らしく、何ものにも代え難い唯一無二の物のように思えた。そして、自分もそんな神達の1人になりたいとすら思った。
この時、私は不治の病を患った。この時から私ルルーシュリア・ウェンゴットス・ウェラゴーラ・ベッドスの人生は始まったとすら言っても過言ではないだろう。
お父様やお母様は今でも悲しそうな表情をたまにするが、少なくとも私自身は私の起源はこの時だと、例え何度同じ人生を歩もうと同じ選択をするだろうと断言出来るほどに、この時から私の人生は始まった。
女だろうが、貴族の令嬢だろうが関係無い。魅せられたのだ。恋をしたのだ。恋に生きるのは乙女の特権だ。
だから私は目指すのだ。『ステゴロ最強』を。