ロリっ子吸血鬼の初めての友達
時は深夜。
空に浮かぶ月は、闇夜を照らし、人々に安心をもたらすどころか、そこかしこに陰鬱な影をつけて、不気味な光を放っていた。
芳恵は寝る前に、夜空を見上げて驚いた。月が血の色に染まり、まるで真っ赤に燃えているかのように一瞬見えたのだ。何故そう見えたのかはわからない。次の瞬間には本来の黄色いお月様に戻っていたのだから……。しかし、その光もどことなく気味悪さを感じさせ、光の作り出した影に魔が潜んでいるように芳恵は感じた。
気味悪い夜に、しばらく芳恵は眼が冴えていたが、やがて忍び寄る睡魔に負けて寝息を立て始めた。
だがその眠りは安らかとは言えなかった。芳恵は悪い夢でも見ているのか、うなされていた。
だからだろうか、彼女は気づかない。どこからかコウモリの羽音がすることに……。そして誰かが飢えたように歯をガチガチ鳴らす音にも。
芳恵の部屋のドアが音もなく開く。
現れたその黒い姿はまるで巨人だった。
部屋いっぱいに広がった黒い影は輪郭がぼやけていて、どこまでが影でどこまでが本体かわからなかった。
黒い影は芳恵の近くに立つと、裂けんばかりの大きな口を開いて、にやりと笑った。
鋭い八重歯が見える。間違いない。化け物だ!
そのときだった。
うなされていた芳恵が目を覚ましたのだ。
黒い影は明らかに狼狽えていた。そして後ずさりする。
芳恵は黒い影には気づかずに、枕元のリモコンを操作して、部屋の電気をつける。ピッという音がして、明かりがともると、そこには化け物が……! いや、光に照らされてみるとそこにいるのは見ず知らずの可愛い女の子だった。
二人は一瞬固まった。
そして芳恵は見知らぬ侵入者に驚いて恐怖で固まるかと思いきや、予想外の反応をした。
「わー、可愛い女の子。何歳かな? 小学生だよね? あっ、目綺麗だね。宝石みたい」
芳恵は何故か、この少女に初めて会ったとは思えない程親しみを感じていた。自分とどこか似たところがある、そう直感したのだ。
一方、黒い影の正体である赤い瞳をしたロリっ子は動揺を隠せない。
「ち、違う。私は……」
「うん? どうしたの?」
芳恵は幼い子に話しかけるように、優しく語りかける。
ロリっ子は家の住人に見つかった場合、今すぐ逃げるという選択肢を取るのが最善だと考えていた。しかし、いざ本当に見つかってみると、強い不安と緊張で頭が働かなく、逃げるという言葉さえ頭に浮かんでこなかった。それでつい質問に答えてしまう。
「私はお前を襲いに来たんだぞ! それに私を見て怖くないのか……?」
ロリっ子は相変わらず動揺したまま言う。襲いに来たといっているが、不安と緊張で目が泳いでいる。
確かにロリっ子の言葉には一理ある。彼女は赤い瞳をしていて、背中まで流れる綺麗なつやつやの髪は銀色で、真っ黒なドレスに似た服を着ている。しかし、本人は気づいていない。普通の人と確かに外見は異なっているが、人に与える印象は恐ろしいというよりも、神秘的と言った方が正しいことに。
「う~ん、こんなに可愛い子にだったら、襲われてもいいかも……?」
「普通良くないだろ!」
不法侵入者のロリっ子のツッコミ。
「ところで、君は誰?」
やっときたその質問にロリっ子は少し本来の調子を取り戻した。
「私は、吸血鬼だ。お前の血をいただき、ついでにお前を私の眷属にするのだ」
「血?」
芳恵は首をひねる。そして、
、
「いいよ、あげる」
「えっ、いいの?」
ロリっ子吸血鬼は拍子抜けしたかのようなゆるんだ表情になった。
芳恵はベッドから降りるとロリっ子の手を取って、
「うん、私、学校でいじめられてて一人ぼっちだからさ。吸血鬼になってもいいよ。むしろ楽しそう!」
ロリっ子は頭痛がするとでも言いたげに、額に手をやった。
「進んで私のような化け物になりたいやつがいるか! ここは怯えるか、深く悩むところだろ! お前、いじめられやすいかはともかく、一人ぼっちになりそうな性格だというのはよくわかった……」
呆れているロリっ子を見ながら芳恵はゆっくりと首をふる。そんなことないよと言いたげに。というのも、芳恵は可愛い吸血鬼が心の底から気にしていることを些細な言葉から見て取ったのだ。つまり、芳恵が首をふったのは、一人ぼっちになりそうな性格というところではなく、ロリっ子の自己評価のところだった。
「ううん、あなたは怖い化け物なんかじゃないよ。どこからどう見えても可愛い女の子。それにとても常識がある。私たち仲良しになれるかも」
芳恵の声は優しくて温かかった。ロリっ子は頬を赤く染めた。芳恵の言葉は、ロリっ子にとって思いもよらない慰めの言葉だったのだ。幼い外見のまま何百年と生きてきたロリっ子は、その外見の変わらなさから、気味悪がられ親しい友人はおろか、知人もいなかった。家に勝手に忍び込んだだけでも怖がられて当然なのに、吸血鬼と知ってなお、優しい言葉をかけてくれる。こんな嬉しいことは生まれてこのかたなかった。
「ま、まあ、今回は血を吸わないでおこう」
芳恵はクエスチョンマークを頭の上に浮かべる。
「え? 私は別に吸われてもいいけど」
ロリっ子は芳恵には聞こえないくらい小さな声で独り言のように言う。
「もし、お前が眷属になって、モノの感じ方が変わったりしたら、また私は一人になってしまうのかもしれない」
芳恵は「うん?」と聞き返す。
「私とお前は不思議な縁で結ばれているといったのだ!」
ロリっ子は照れくさくて赤くなって言った。そして続けて、
「また来てもいいか……?」と不安そうな表情で聞いたが、こんなの自分らしくないと頭を横に振り、ロリっ子は自信ありげな声で別の言葉を使い言い直した。
「でも、これで終わったわけではないぞ。また血を頂きにくるからな!」
ロリっ子は窓を開けると、そのまま身を乗り出して、外に飛び出した。外からはコウモリの羽ばたくような音がして、次第に音は遠くなっていった。
「うん、いいよ」芳恵が窓から身を乗り出して笑顔で答える。
ロリっ子の姿は既にどこにもなかった。
さっきまで不気味な影に満ちていた街並みは、星の光に照らされて、安らぎを感じさせる景色に変わっていた。
芳恵は微笑む。
「初めて友達ができた」
孤独な二人の少女が出会ったのは必然のようだった。お互いがお互いに必要とするときに出す波長のようなものをキャッチして、引き寄せあったのだ。だから、ロリっ子が芳恵の部屋を訪れたのも偶然ではなかった。もちろん、本人たちはそのことに気づかない。