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垂れ耳ハーフエルフの淡い恋

 荒野を突き進むと高い城壁に囲まれた城郭都市が見えてきた。街全体が遊郭である遊郭都市カガイである。城壁は外敵の侵入を阻むというより、遊女が逃げ出さないためのものである。

 遊郭都市に入るためのただ一つの道、大きな門をくぐって中に入る。遊女がこの門を出られるのは借金をすべて返済したときか、死んだときだけだ。


「じゃあ、俺は推しに会いに行くんで」

「ちょっと先輩、仕事は?」

「遊郭都市への出張なんて名目だけだろ。タロも遊んでこいよ」

 貸本屋ギルドの先輩は馴染みの遊女に頼まれた本数冊を抱えて街並みの中に消えてしまった。

「ねぇ、お兄さん。遊んでかない?」

 派手な衣装を着た遊女に声を掛けられた。

「ボ、ボクはそういうのはちょっと……」

 生前の高校時代は男子校に通っていたことが今でも尾を引いて女性が苦手である。前世の記憶なんて消しておいてくれてれば楽に生きられたのに。この世界の神様は意地悪だ。


 貸店舗に陣取り店を開く。

書庫閲覧エキスパンド!」

 魔窟書庫アーカイブに保存した本を取り出す。これはボクが異世界に転生したときに授かった能力:魔窟書庫の司書(アーカイバ)だ。生前のボクの家の書庫に繋がっているらしく、自由に本の出し入れができる。

 最初はボクが死んだあとも本を処分しないのかなと思っていた。でも思い起こしてみると、あるはずの本がどうしても見つからなかったこともあったので、ボクが生きていた頃の時間の本棚に繋がっているらしい。

 貸本屋ギルドで預かった本を並べ、空いたスペースにボクが持っていたマンガを並べる。この世界では活版印刷は存在するが、絵がたくさん描かれた本というのは珍しく、漫画が大変人気なのだ。


 店を広げるとかわいい女の子がやってきた。垂れ耳のハーフエルフでステータス=カムロの子だ。カムロとはハゲを意味する言葉だが頭の毛のことではない。カムロとは第二次性徴期前の女の子のことで、実際の髪の毛は肩に掛からないおかっぱ頭だ。

 この世界の女性は髪を長く伸ばす。遠目でも髪型を見れば男か女か一発で分かる。カムロはまだ女性と認められていないので髪を伸ばせないのだ。

 遊郭都市に連れてこられた女の子はステータス=カムロとなり、遊女の小間使いとして過ごす。それとは別に、遊女が産んだ子もカムロとなる。将来は遊女となることが決定されている女なのである。男に生まれれば他の職業に就き、壁の外に出ることもあるかもしれないのに……。この世界の女は不自由な存在だ。

 垂れ耳ハーフエルフの子は少女漫画をジーッと見て「これ貸してください」とお金を出した。

「今日初めてのお客さんだから半額にまけとくよ」

 彼女は満面の笑顔で漫画を持って帰っていった。


 次の日、垂れ耳ハーフエルフの子は漫画を返却しにきた。次に借りる本を選んでいたが、昨日と同じ本を持ってきた。

「昨日と同じ本だけどいいの?」

「うん、これがいいの」

「じゃあ連泊扱いで料金はまけておくね」

 彼女は嬉しそうに帰っていった。

 よほどあの本が気に入ったのだろう。あの漫画は平凡な少女がトップアイドルになる話だ。少女漫画なので恋愛要素もある。もちろんセリフは日本語で書かれているので文字は読めないだろう。もっともこの世界の文字を教えてもらっているかも怪しいものだ。彼女は絵だけを見て自分で話を想像しているのだろう。


 いよいよ遊郭都市を離れるときが来た。

「貸本屋さん、また来てね」

 垂れ耳ハーフエルフの子が寂しそうに手を振る。結局、彼女は滞在期間中ずっと同じ本を借りていた。

「また来るよ」

 そう言って遊郭都市を離れたが、実際にまた訪れたのはそれから数年後だった。


「貸本屋さん、お久しぶりです」

 久しぶりに再会した垂れ耳ハーフエルフの子はステータス=シンゾウに変わり、すっかり見違えるようになっていた。おかっぱ頭の髪の毛は長く伸び、大きく結わえて髪飾りを飾っていた。

「あら、お兄さん、この子と知り合いかい?」

 垂れ耳ハーフエルフの子は目を伏せ、顔を赤らめた。隣にいたステータス=タユウの先輩遊女は何かを察したようだ。

「ちょうどいい。この子、水揚げの儀式が終わって今日から客を取るんだ。お兄さん、最初の客になってくれないかい?」

 垂れ耳ハーフエルフの子の目が点になっていた。

「ボ、ボクはそういうのはちょっと……」

「なに野暮なこと言ってんだい。さあ」

 半ば強引に見世に連れて行かれた。


「何枚にする?」

「じゃ、じゃあ一枚で」

「ケチ臭いね。ま、あとから延長もありだからね」

 魔法により音楽が封じ込められた畜音記録円盤レコードを渡され二階の部屋へ行く。垂れ耳ハーフエルフの子が畜音記録円盤レコード魔法蓄音再生機プレーヤーにかける。畜音記録円盤レコードに刻まれた魔法素子を極小水晶が読み取ると、部屋に遊女たちの歌声が響き始めた。この音楽が終わるまでがボクら二人の時間だ。

 ボクらはするべきことをせずに話し込んだ。これまでのこと、これからのこと。

 時間はあっという間に流れ、魔法蓄音再生機プレーヤーの音が静かになる。

「そろそろ時間だね」

「…………」

「そういえば、この本をよく読んでいたよね。

 書庫閲覧エキスパンド!」

 魔窟書庫アーカイブから漫画を取り出し、彼女に渡した。

「ご祝儀代わりに受け取ってよ」

「わぁ、ありがとう! 私、これを読んで早く一人前の遊女になりたいと思ったの」

 あの日、家の書庫からどうしても探しきれなかった本。無くなった理由が今日やっと分かった。

「あの貸本屋さん。一つ教えてほしいことが……」

「なに?」

「貸本屋さん、髪の毛伸ばせば綺麗だと思うんですけど、どうして《《女なのに》》男の人のように髪を短くしているんですか?」

 やっぱりエルフの血だ。鋭い観察眼にはバレバレだったのか……。神様のきまぐれか、男のボクが女として転生するなんて。前世の記憶を残しておくなら男のままにしておいてくれればいいのに。この世界の神様は意地悪だ。

「この世界では、女だと何かと生きづらいからね」

 垂れ耳ハーフエルフの子はきょとんとしている。この閉じた世界しか知らないのだから無理もない。自分が置かれた状況が理不尽なことをまだ知らない。

 でも、いつか気づくだろう。

 この世界の神様は意地悪だということに。


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