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竜の嫁8

1-008

 

――竜の嫁8――

 

 抗生物質はニンゲンの文明から切り離されたこの世界でも使われている。

 しかし天然由来の抗生物質では濃縮されていないので効き目が弱い、抗生物質の濃縮技術はここでは失われているのだろう。

 

「竜神様が関わることではございません、人々の生活には人々のしきたりがございますれば」

 巫女の女がぷるんと胸を揺らす。コイツ兎耳族のくせになぜ胸がでかいんだ?

 イラッとしたリリトの元に先程の少女がやってきた。

 

「ありがとうございました、竜神様のおかげできっと母は良くなると思います」

「そうか?……それは良かったな」

 

 ニンゲンの所に行けば薬は手に入る。だが今のリリトにはそこに行くだけの力はない。

 それ故に空中要塞からソーサー・ヘリでここまで送ってもらって来ているのだ。

 しかもその過程で2名のパイロットを亡くしている。

 

「私の夫となる者がずいぶん世話になったようだな」

「お母さんはその昔竜神様の生贄にされたらしいの、でも竜神様は優しく声をかけてくれてそれでお友達になったんですって」

「お前のお母さんは竜の心を癒してくれた、その事に竜はきっと感謝していたと思うぞ」

「ううん、竜神様がいなかったらあたしは産ませてもらえなかった筈なの、お母さんが竜神様に頼んで……」

 

 フウウウ~ッとため息を付くリリト。

 

「お母さんを大事にするのだぞまた来るからな」

「はい、ありがとうございます竜神様」

 少女は深々と頭を下げる。

 

 いたたまれない気持ちになってリリトは後も見ずにその場を離れた。

 後ろから巫女とガウルも続く。

 

「ガウル、あの者たちを救う手立ては無いのか?」

「なにぶんにも失われた医療技術ですからなあ、ただニンゲンとの交易を行っている者であれば薬は手に入るかと。」

 ガウルはチラッと巫女の方を見る。

 

「そうか!ドロールよ、そういう事か!」

 リリトはドロールの方に向き直る、その目はギラギラと輝いていた。

 

「ちょ、ちょ、ちょっと待って下さい私をいかにも悪人を見るような目で見ないでくださいよ」

「困った人々を救うのがやしろの仕事では無かったのか?」

「いえいえいえ、今やニンゲンとの通商路は途切れ気味でしてそういった技術の産物は手に入りにくくなっているのです」

 ドロールは頭と一緒に胸もフルフルと横に振りながら答える。

 

 コイツ、一度もいだろか。

 

「よかろう、ドロールあの母親の病気を治せたらお前の要求に従ってやろうじゃないか」

 ドロールは一瞬袖を前に持ってきて自分の顔を隠す、多分笑っているのだろう。

 思った通り袖を下げたナゲルの顔はニタ~ッといやらしく微笑んでいた。

 

 あ、やっぱコイツ悪人だわ。

 

「よろしいんですか~?」

 隣でガウルがニタニタしてる、多分コイツはドロール以上の悪人だな。

 

「お前は私を手に入れて何がしたい?」

「いいえ~っ、ただちょっと私の社の竜の巣に住み着いていただくだけで結構なのですよ~。」

「だが私はこの大きさだ、魔獣を狩ることなど出来はしないぞ。」

「いえいえ、そうしたら各地の竜に伝令を出してこちらに竜の嫁がいる事を伝えますから~。」

 

「おまえ、私に花街の女をやらせるつもりか?」

「いやいや、この場合は竜の巣の花ではないのですかな」

 ガウルが大口を開けて笑うので足を蹴っ飛ばしてやった。

 

 竜の爪で蹴られたガウルは涙目になっていたが知らん。

 

 要するに嫁で釣って自分の社の竜の巣にドラゴンを誘致したいということだろう。

 おそらく全ての国の領主が同じ事を考えている。

 この国は5つの国の連合国家なので、竜のいるエルドレッドが力を持っているが竜の誘致に成功すれば逆にエルドレッドを支配できると言うことなのだ。

 

「わかった、お前の思惑に乗ってやろう早くあの母親を治療しろ。ただしあの女が死んだらエルドレッドに行くぞ」

「大丈夫よ~、ニンゲンの作った薬だからちゃんと効くわよ~」

 

「薬はどこに有る?」

やしろよ、でもその前に領主様の所に行ってもらうわ」

「薬が先だ、お前が嘘を言っていないとも限らんからな」

「ああ~ら、そんなに信用無いのかしら~」

 

 おまえ信用されていると思っていたのか?

 

「とにかく治療が先だ」

 リリトは断固として譲らなかった、それは治療を伸ばした場合あまり時間的余裕が無いかもしれないからだ。

 

 なによりあの母親は伴侶が友人と呼んでいた獣人だ、助ければ竜の行方に関する手がかりが得られるかもしれない。

 3人が社に取って返すとドロールは社の地下倉庫に潜っていった、流石にリリトにもここは見せられないという事の様だ。

 大事そうに持ってきた箱の中には針の付いた注射器が収められていた。

 

「これを注射すればあの手の病気はすぐに治りますわよ、ただしこれは門外不出、社が竜の奇跡を見せるときにだけ使用しますのよ」

 リリトは注射器に貼ってあるシールの文字を読む。

「ペニシリンだな、よかろう」

 

 ドロールは驚いた様にリリトを見る。

「甘く見るなよ、これでも私はニンゲンの元で育って来たのだぞ」

 鋭い目でドロールを見返す。

 

「それもそうですわね、それなりの教育を受けて来られていても不思議では有りませんことね」

「それでは早速行こうか。」

 ところがドロールはとんでもないと頭を振る。

 

 だから~一緒に胸を振るな!

 

「馬鹿をおっしゃらないでください、奇跡を起こすにはそれなりの儀式が必要なのですから」

 この女は奇跡の薬と竜の嫁の噂を最大限に利用したいと思っているのだ。

 無論その奇跡には種があることをここに皆は知っている、そこでガウルがドロールに聞いて来る。

 

「それはそうとワシがこの奇跡の種明かしを喋らんと思っておるのか?」

「ああらガウルさんいくら喋って頂いても結構なのですよ、たとえニンゲンの薬でもそれを手に入れられる竜神様の奇跡の力をそれだけ広く伝えることになるのですからね~」

「ふむ、そういうことか」

 ドロールの発言に対してニヤリと微笑みで返すガウルであった。

 

 思った通りコイツも結構な悪人のようである。

 

「それでどんな儀式が必要なのだ?」

「まずは風呂に入ってお着替えを願います」

 と言う訳でリリトは風呂に案内され大きなタワシで体中をゴシゴシとこすられた。

 

 なんか扱いひどくないか?

 

 もっとも竜なので思い切り擦られても何も感じない。

 そして風呂から上がると服をあてがわれる、なんでも社の子供用の神官服というのだそうだ、紐を使って着るのでかなり調整が効くらしい。

 ガウルはというと丁度よいとのことで竜の護衛役を仰せつかった。

 

「なんじゃそれは?」

「リリト様の後ろに黙って立っているだけでよろしいのですよ~」

 渋い顔をするガウルである、人の前に出るのはあまり好きでは無いように見える。

 

「これも調査料のうちか?」

「分かりが良くていらっしゃる」

 ニ~ッと笑うドロール、この辺の駆け引きはバチバチと火花を散らしているようで見ていると面白い。

 

 同じ様にガウルも風呂に入れられ体をこすられていた。

「なんですか、これは~っ!」

 お湯が真っ黒になったので社の下働きの者が驚いていた。

 

 着てきた鎧も相当くたびれていたので社に有った古い鎧に着替えさせられた。

 体の上に直に鎧をつけるが獅子族は体全体を体毛が覆っていながら隆々とした筋肉がはっきり存在を主張して迫力満点である。

 刀を礼装用のものに変えさせられる、形だけのなまくらなのでガウルは渋い顔をしていた。

 武器を手放す事のない生活をしてきた事がよくわかる。

 

「ふむ、こうしてみますとガウルさんもそれなりに見られるようになりましたね」

 たてがみもきっちりと切りそろえられ櫛が通るとかなり立派に見え風格すら漂わせる。

 ドロールも正規の巫女服に着替え烏帽子えぼしをかぶる、無論化粧は濃い目にして目鼻立ちをくっきりさせる。

 

 12歳くらいと思われる兎耳族の少女が同じ様な巫女服に身を固めてこちらにやってくる。

 

「私の娘のサビーヌですのよ。私の後に巫女を継ぐ後継者ですの」

 化粧が濃い目であったがどちらかと言えば控えめな印象の有る少女であった。

 

「よろしくお願いいたします。」

 サビーヌは丁寧にリリトに挨拶をした。

 顔を上げるとちょっとだけニコっとするこの娘にリリトは少し好感を抱いた。

 

「今日はこの子が露払いをいたします。この子の後ろに私が歩き、その後ろにリリト様に続いていただきます。ガウルさんはリリト様のすぐ後ろ、良いですね口を開かないように」

「うむ、わかった」

 

「その後ろには10人ほどの神官服を着た宮司が続きます。」

「かなり大仰であるな」

「竜神様の奇跡ですよ、そんなに簡単に奇跡が起きたら奇跡にならないじゃ有りませんか」

 

 社に有る神事に使う大型の馬車で出立する、その後ろには3台の馬車が続く。

 先触れとして使者を花街に向けておいたので花街の入り口には街の遊女や使用人や見物客達が並んで馬車を迎えていた。

 その馬車を世話役のカルイが出迎える、ユーハンはカルイの丸い体の後ろで小さくなっている。

 

 巫女達が馬車から降りると道に並んでいた全員が頭を下げた。

 玉串をもったサビーヌとドロールが先頭に立つとユーハンとカルイが一緒に家まで案内をする。

 リリトの後ろにガウルが従いその後ろに注射器の入ったケースを三宝にささげて宮司が続く。

 更にその後ろから宮司がぞろぞろと続いてくる。

 

 まったくなんというさらし者なのだ私が通るとみんな平伏しおる。

 

 母親は寝ていたが付き添いが一人付いていた。

 起きようとするのをドロールが制した。

 建物の前に神官達が居並ぶと一斉に祈祷を始める。

 サビーヌは建物の左に、ガウルは右側に立ちドロールは三宝を受け取るとリリトと少女だけで中に入った。

 

 カルイは宮司の横に控え居住まいを正す。

 神主の祈祷の間何度か母親に対してお祓いをする。

 娘と付き添いの女は部屋の隅で平伏していた。

 リリトはドロールの横にただ突っ立っているだけだった。

 

此度こたび竜神様が奇跡を望まれた~~、よって~~汝ミルルに奇跡がもたらされるであろう~~~」

 口上を述べるとドロールは母親に注射を行いその後何回かお祓いを行う。

 

「竜神様終わりましてございます」

 ドロールが玉ぐしをリリトに捧げる。

 

「これであなたの病気は良くなるでしょう、後はゆっくり静養なさるとよろしい」

 リリトが母親に向かって告げる。

 

「ありがとうございます、ありがとうございます」

 泣きながら娘がリリトの足元にすがってくる。

 

「お母さんに美味しいくて栄養の有るものを食べさせるのですよ」

 ユーハンに告げてリリト達は下がっていく、だがこれだけでは病気は治らない。

 リリトはカイルに向き直る。

 

「世話役カルイに告げる」

「ははーっ」

 リリトの言葉を受けてカルイはその場に平伏する。

 

「奇跡はなされ病気は駆逐された、しかし失われた体力までは治すことは出来ぬ。それ故この親子にはお前の責任に置いて体が回復するまで面倒を見るように」

「分かりましてございます~」

 地面に擦り付けるように頭を下げる、ここでの竜の権威はかなり高いようである。

 

 コイツが平伏すると完全にボールだな、と思いながらリリトはその場から去った。

 

「さて竜神様こちらのお約束は果たしましたわ、今度は竜神様がお約束を果たされる番ですことよ」

 社に戻って着替えを済ますと早速ドロールが切り出してきた。

登場人物


ドロール・デラ・ポアン ドゥングの社の巫女 兎族 35歳


サビーヌ・フィノ・ポアン ドロールの娘巫女補 兎族 12歳

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