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竜の嫁7

1-007

 

――竜の嫁7――

 

 花街の入り口のある広場の真ん中には変なものが築かれていた。

 そこは石を積み重ねて作られたかなり大きな丸いステージの様な物であった。

 

「なんだ?これは」

「これはですな竜が寝そべる舞台ですな」

 ガウルが何か訳のわからない事を言う。

 

 なんでも以前は噴水が有ったそうなのだが、ある時竜が着陸に失敗して壊してしまったそうだ。

 その後噴水を撤去して作り直そうとしたらしいが竜がやってきてこの台に寝そべる様になったらしい。

 最初はみんな竜を恐れて近寄らなかったが竜がおとなしくただ寝そべっているだけなのでみんな慣れて来たらい。

 そのうち挨拶をしたり話をする者も現れたそうだ。

 

 店の方からも酒や供物の提供が有って竜も結構喜んでいたそうだ。

 そういう訳でしばらくするとこの花街の名物になっていたらしい。

 リリトは台上に上がってみる。彼女の夫となる竜はここに寝そべっていたのだ。

 彼女も夫がしたと思われるように寝そべってみる。

 

「どんな感じだ?」

 ガウルは台の向こうから話しかけてくる、少し上を向かなくてはならない。しかし考えて見れば大人の竜である、立ち上がってみるとガウルと目が合う。

 

「そうか竜がここに寝ていれば人間と目線が合うんだ」

 リリトの視線の先に何やら丸い物がポヨンポヨンと弾んでくるのが目に入る。

 

「おお?っこれはこれは竜神様ではございませんか?」

 でっぷりと太った兎族の男がリリトの方に足早に弾んで来た。

 

「なんだ?お主は、何か私に用か?」

 男はリリトの前で深々と頭を下げる、商人らしく柔らかな物腰で有る。

 

「竜のお嫁様とお見受けします。私はこの花街商工会で世話役を務めさせて頂いておりますカルイ・フォンと申します、どうかお見知りおきくください。」

 世話役すなわち商工会の会長という所らしい、大抵はこの街の大店がなる物だとリリトの知識には有る。

 

「カルイ殿か、それなら丁度よいここに来ていたと言う竜の事を知りたいのだが」

「失礼ですがあなた様はエルドレッドにおられた竜神様のお嫁になりに来られた方でしょうか?」

 エルドレッドの竜は現在失踪中であるが故にリリトに確認したようだ。

 

「そうだ、だから亭主の竜の事を教えて欲しいのだ。」

 よもや竜が失踪しその後に竜の嫁が来るなどとは思ってもいなかったのであろう、対処を間違えれば大事になりかねないのだ。

「はい、それはもう変わった竜神様でございました。いえいえ決して悪い意味ではなくとてもお優しい竜神様でございましたから」

 

「失踪した原因について何か知っている事はあるのか?」

「残念ながらその事につきましてはとんと見当がつきかねまして…」

 

 この台に関して聞いた所によればある日突然竜が降って来た事があったそうだ。

 その時にここに有った噴水が壊れて水が噴き出していたらしい、そこの上で竜がひっくり返っていたと言う事だ。

 どうも話によるとかなり不器用な竜だった様だ、広場が狭かったので着陸しそこなったらしい。

 

「それはもう皆驚きまして御座いましてなあ、何ぞ竜神様の怒りでも買ったのかとみんな恐れおののきましたがとりあえず生贄でもと思い若い娘を連れて来て差し出しまして御座います」

「お前はその生贄がどうなると思って差し出したのだ?」

「はい、食うも良し慰み者にするも良し、何しろここは色街で御座いますからな」

 

 リリトの額からピキッと音が聞こえる、後ろでガウルがあ~あと言う顔をしていた。

 

「ところが竜神様はなぜか噴水を壊した事をすごく気にしていたらしくて一生懸命隠そうとしていましてな、私が娘をどうぞお召し上がりくださいと申しましても一向に食おうといたしません」

「おまえ竜が獣人を食わない事を知らないのか?」

 リリトは額に♯を浮かび上がらせてカルイに問いただす。

 

「はあ当時は竜神様には恐れしかございませんでしたからな、それで噴水の事は気にしなくても良いと申しましたらひどく恐縮した風でしたな」

 流石に商売人のカルイは顔色一つ変えずにリリトの言葉を受け流す。

 

 そんな事が有ってその後噴水は撤去されて台座の部分だけが残っていたそうだ。

 すると大きさがちょうど良かったのか竜は時々やってきて台の上で昼寝をするようになったのだと言う。

 すると人々も再び噴水を作って昼寝の場所を奪って怒りを買うよりはそのまま寝かせておこうと言う事になって壊れた周囲の部分や上部の棚の分だけの補修に止めていたと言っていた。

 

 昼間は人もあまりいないが花街だが夕方になると人々が集まってくる。

 寝ている竜を見て最初は遠巻きにしていた人々もしばらくすると慣れてきて驚くことも無くなってきた。

 竜の方はと言うと夕刻に来てただ寝ているだけで夜中には巣に帰って行ってしまう、それを数日に一度繰り返していたそうである。

 やがて竜に話しかける者たちが現れ竜もそれに応じた。中には酔っ払って絡む馬鹿もいたが大抵は鼻息ひとつで吹っ飛ばされたそうだ。

 

 竜は様々な話を聞くことを喜んだ、古今東西の様々な出来事を黙って聞いていた。

 

 出所不明のゴシップとか家族の話仕事の話など様々だったらしい、時には遊女の愚痴も聞いていたのかもしれない。

「何か祭りが有る時は私も供物を捧げたものでして、無論生贄ではなく酒や食べ物で御座います。供物を捧げると口をおおきくお開けになるので、私が手づから食べ物を口に入れた事も御座います」

 竜が食べるには全く足りない物だったのかもしれない、それでもすごく嬉しそうに食べていたそうだ。

 

「ああ、そう言えば生贄にされた娘が良く竜神様と話をしておりしたな、生贄に差し出された時は恐怖のために口もきけなかった様でしたが何故かその後は仲が良くなったみたいでして、暇を見つけては竜神様の所に来ておりました。」

 どうも話を聞いていると大きな竜の前に引き出され恐怖におののく若い娘を気遣って優しい言葉をかけていた様である。

 

 恐ろしいと思っていた竜が自分に気を使ってくれることに気付いた女が竜に好意を持っても不思議ではない。

 その姿はどこかユーモラスな感じすら思い浮かべる、どうもリリトの伴侶は竜にしては人との関りを喜ぶ者だったらしい。

 死ぬことのない竜の生である、リリトは空を見上げるて雲の中に亭主の姿を思いうかべた。

 

 …お前は寂しかったの……かな…?

 リリトはその娘に会って話を聞いて見たいと思った。

 

「どうだ、亭主の事はなにかわかったのか?」

「人間と共にいるのを随分喜ぶ竜の様だと言う事は判った」

「その事か?それ程珍しい話では無い、結構竜と言うのは人懐こい者だと以前に言わなかったかな?」

 確かにカルイの話を聞いているとそういった感じにピッタリの竜である。

 

「ガウル、ここの遊郭に来ている女たちはどういう人たちなのだ?」

「ん?ああ…様々だな。借金を背負った者もいるし食い詰めた連中が子供を売ることも有る」

「売る?奴隷としてか?」

「んん~っ、そこは微妙なところなのだがな…」

 ガウルの言う事はいささか曖昧に過ぎるのでカルイに説明を聞くことにした。

 

「この世界に奴隷制度はござません。しかし子が親の借金を背負うことは珍しくは無いのです」

「どういうことだ?」

「周辺部では魔獣の被害がかなり出ます。せっかく育てた作物を魔獣に食われ自分たちの食うものも無い農家は少なくないので御座います。簡単に言えば蓄えの無い農家が生き延びるためには借金をしなくてはならないのです」

 

「魔獣は獣人を襲わないのではないのか?」

 無論脅かさない限り獣人は襲われることはない、しかし魔獣と言えども木の皮や草の葉よりは栽培された野菜や穀物の方が美味しいので畑を荒しに来るのだ。

 

「家族が全て飢えて死ぬよりは娘一人が犠牲になれば家族は生き延びる事が出来るので御座います」

「それを防ぐのが領主の仕事では無いのか?その為に税を取り狩人を支援しているのだろう」

「残念ながら魔獣の被害を防ぐのに十分な数の狩人はおらんのですよ。その上エルドレッドは周辺諸国からも税を徴収しますからな」

 

「ここに来れば子供達も食事の心配は有りません。その上読み書きや必要な教育もしてもらえます。まあ早い話が口減らしなので御座いますよ」

「男や器量の悪い娘はどうなるのだ?」

「その時は奉公に出ます。無給で働きますが食事と教育を与えられ将来的に街で働けるようにします。まあ、必要悪というよりは社会保障の民間体制とでもいいますか」

 

 ふん、国の社会保障体制が無いから放置しているだけではないか、税を徴収しながら自己責任を主張する政府と言う訳か。

 

「竜神様……」

 兎族の小さな女の子がリリトに声をかけてくる。

「おお、ユーハンではないか竜神様の御前だぞ、おまえはこんな所に来てはいかん」

 カルイが少女を押し止める、年の頃は10歳前後であろうか?

 

「どうした?私に何か用なのか?」

 特に貧しそうな身なりでは無いが遊郭の少女でも無いようだ。

 

 身売りでここに来た少女は習い事をしながら夜はお客の接客などを通じて遊郭のしきたりを身に着けて行くのだそうである。

 しかしその子の着ている服は普通の服であり髪の毛も整えられてはいなかった。

 

「お気になさらないでください、この娘は遊女の娘で御座いますから」

「遊女の娘とはどういう娘の事だ?」

「はあ、客との間に出来てしまった子供なので御座います、大体は薬で堕ろすのですがこの子の場合は生まれて来てしまったのですよ」

 

 リリトの額でピキピキという音が更に激しくなる。

 

「ただ母親はこの子は堅気の生活をさせると言って遊郭には上げずに下働きとして働かせております」

「竜神様お願いです、母に会って祝福の言葉を与えて下さい」

 少女が必死の形相でリリトに頭を下げる。

 

「お前ごときが竜神様に願い事など恐れ多い!下がりなさい!」

 カルイの言葉に少女はうなだれる。

 

「待ちなさい話を聞こうか」

「良いのですよ、この子の親は病気を患っておりまして竜神様に助けを乞うている厚かましい子供ですから。」

 

 リリトの額中に#マークが現れる。

 

「お前の母の所に連れて行け」

 台から飛び降りると少女の方に歩いていく、少女の顔がぱっと明るくなった。

 残念なことに一緒に並ぶと兎耳を別にしてもリリトの方が少女より背が低い。

 

「りゅ、竜神様…」

 何か言おうとするカルイの前にドロールが立ちふさがる。

 

「お前ごときが竜神様に命令をするつもりか!」

「も、申し訳ございません!」

 巫女に一喝されたカルイはその場に平伏した。

 

 少女に先導され歩いていくリリトとユーハンの後ろから巫女とガウルがついていく。

「お母さんの名前は何という?」

「はい、母の名前はミルルと申します。」

 

「お前はどうして私の祝福を求めるのだ?」

「はい、母は竜神様と仲が良くて病気になる前は私も良く一緒に行ってお話をしていました。母が病気になった後で竜神様がいなくなられて……それで死ぬ前にもう一度竜神様に会いたいと……」

「そんなに体の状態が悪いのか?」

「……………………」

 

 案内されたのは遊郭の隅に有る居住施設の一角である。

 部屋に入ると兎族の女が横になっていたが空気がよどみ病人の臭いが漂っていた。

 リリトが中に入ると女は虚ろな目でリリトを見上げる、相当に具合が悪いのだろう。

 

「こ、これは竜神様、この様な所に来ていただけるなど……」

 リリトを見て女は起き上がろうとした、しかしリリトがそれを制止する。

 

「無理をする事はない、寝ていなさい」

「お母さん竜神様が祝福をくださるわ、これできっと元気になれるから」

 ユーハンは母親の横に座る。

 しかしリリトは床に座ることが出来ないので自分尻尾をクルリと巻くとその上に座った。

 

「具合はいかがですか?」

「はい、あまり良いとは言えません」

 女性の顔には明らかに死相が浮かんでいた、やはりかなり悪いようだった。

 

「もしかしたらと思うのだが、あなたは以前竜の生贄になった女性ではないのか?」

「ユーハンに聞いたのですか?はい、あの時は死を覚悟しました、それなのに竜神様はとても優しくして下さって……」

 やはりそうだったのか、それから何年経ったのだろう?この娘は竜の心を癒し続けてくれたのだ。

 

「あなたの病気が良くなるように祝福を授けます」

 リリトが女性の顔に手をかざす。

 気休めにもならないだろうがこの女性が安らかな気分を得られるのであればそれはそれで良いと思っていた。

 

「ありがとうございました竜神様、これできっと母も良くなると思います」

 女の子の晴れやかな顔を見てリリトの心は深く沈んだ。

 

 外に出たリリトに巫女の女が頭を下げる。

「あの女の病気はなんだ?」

「竜神様が気に掛ける事では有りません。」

 

「私は聞いているのだが?」

 ギシッと巫女を睨み据えるリリトである。

 

「あれはのう、遊女がかかる不治の病じゃ」

 ガウルが横から答える、巫女は関りを持ちたくないのだろう。

 

「やはりな、それであの母が死んだらあの子供はどうなるのだ?」

「まあ借金によるな、借金が残っていれば子供が引き継がなくてはならん。どうやって借金の残りを返すかは言わずもがなだ」

 

「その病に効く薬は無いのか?」

「有るには有るがな、効き目が弱いのだ」

 リリトにはなにが必要なのか既にわかっていた。

 

「抗生物質が必要なのか」

登場人物

 

カルイ・フォン ドゥングの花街の世話役 兎族

 

ミルル 花街の娼婦 兎族 

 

ユーハン ミルルの娘 兎族 

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