竜の嫁6
1-006
――竜の嫁6――
その晩はふたりで宿に泊まったが思った通りリリトはガウルのいびきに悩まされる。
考えてみれば嫁入り前の娘だぞ、こんな不良壮年と一緒に泊まっていいのか…リリト?
「おはようございます。よく眠れましたかな?」
「お主は野宿の時にはいびきをかかないのにな」
リリトはショボくれた目でガウルを睨む。
食事をしに外に出るが道を歩いていると何か視線を感じる。
『みて、竜の子よ聞いてた通り可愛いじゃない?』
『あれが噂の竜の嫁って奴か?』
なんだろう、あいつら昨日の娘の仲間なのか?
そうも思ったが特に危険性も無いので放置していると別の声が聞こえる。
『馬鹿が手を出して半殺しにされたって?』
『なんでも捕まった男が牢の隅で竜に食われるって震えていたらしいわ』
なに?あの男そんなことを言いふらしているのか、それにしてもニュースが早いコイツラ余程暇なんじゃないのか?
『それってあの獅子族がやったんじゃないのか?』
『子供でも無敵の竜よ、頭にかじられて血だらけだったらしいわ』
「あいつやっぱり食っておけばよかった」
「お腹壊すからおやめなさい」
朝食を食わせてくれる店が有ったので入るとその途端リリトを見た店員の女性がニコッとなる。
「いらっしゃいませ~竜神様~、魔獣の肉の料理なら有りますけど~」
リリの頭がコテッと傾むく、なんが店員の目の中にハートマークが見えたからだ。
「ああ、なんでも良いから食える物をくれ」
ガウルが低い声で注文すると店員がすすっと下がる。
「わ、わかりましたしばらくお待ちを」女性は慌てて厨房に戻って行った。
ふん、社会は真実を見抜く目を持っている様だ。
「それにしても情報が早すぎるな。暇なやつが多いんじゃないのか?」
「その通りだ、この街でも仕事の無いものが増えているんだ」
「何故だ?昨日の娘達を見ても羽振りは悪くは無さそうだったぞ。」
「エルドレッドからの市民が流入して来ているんだ、ここはそう言った連中が一時的に身を寄せる場所だからな」
エルドレッドから他の街に移住する人間がこの国を通過していくので金が落ちていると言う事らしい。
「それは?竜がいなくなったせいか?」
「竜に見捨てられる様な領地経営を行っていたと言う事だろうな、人心が政府から離れてしまっているのだろう。」
その土地に生活の基盤を持た無い住民は先行きが無さそうな領地を簡単に見捨てると言う事なのだろう。
元々獣人とは彼らを支配していたニンゲンを見捨ててきた者達だ、その連中の作った領地である。集まるのも早いが見捨てるのも早いらしい。
結局仕事が無くこの街で少し稼ぎたい連中の仕事と言えば仕事は決まっている。
ここでも周囲からリリト達の事をヒソヒソと話す言葉が聞こえる。
「お前の言った意味が良くわかった。ああいった輩が出てくるのも裏社会が力を持ってきていると言う事か」
要するにリリトは賞金のかかった獲物と言う事なのでガウルはそれを確保した賞金稼ぎのと考えられたのだ。
それを横からかっさらおうと言うやつがいない方がおかしいのだ。
昨夜の男たちもリリトが子供並みの大きさなので強さを見誤ったと言うことなのだろう。
とは言えリリトを確保した獅子族はどう見ても中ボス位の迫力が有るように見える。
こんなのを相手にしようと考えた当たりで自らを過大評価した報いだともいえるだろう。
どうもリリトは危険を犯しても中ボスを倒して賞金を得ようとするか、とっとと逃げ出して関わらないかその二択という評価なのだろう。
多分昨日のあの娘たちはいささか頭のネジが斜めについていただけに違いない。
朝食を食べながらも周囲を伺っていると目が会っただけでみんな横を向く。
「ここで朝飯を食っている連中は私の事を獲物か何かかと思っている様だな。」
いや逆だろう猛獣の檻を覗いた連中の様な目をしているぞ、ガウル腹の中でそうは思っていた。
「まあ、それは仕方ない事だろう、ただ夕べの連中が話を盛ってくれたおかげであまりこっちには寄って来ない」
まあこの程度の話で納めておいた方が無難だろう。
「竜と言うのは恐れられていてあまり人気は無いのか?」
「そんなことはないぞ、特に子供には結構人気が有るぞ」
「そうなのか?」
「竜は強さの象徴だからな。ただな昼寝をしているとよじ登ってきて遊ばれるとボヤいていた」
ガウルの話を聞いてリリトは皮肉っぽく笑う、盛ってあるにしても面白い話だ。
「やはりそんなに大きいのか?」
「お前さんはまだ成人した竜に会ったことが無いのか?」
「知識としては知っている、立ち上がった時の身長が10メートルを超えるそうだな」
「お主もそのうちそうなるだろう、どの位かかるのかは知らないが?」
ガウルの言葉にリリトは嫌な顔をする、わかってはいてもそれは社会から疎外される事を意味しているのだ。
「私も知らない、学校では500年と言っていたが実際にそれだけかけて育った竜はいないし成長記録も無い」
「オスの竜がいるだろう」
「彼らは薬を使って10年ほどで成長させたらしい、自然に育って成人した例はまだ無いのだ」
「ほう、その話は初めて聞くがそういう事であったか」
確かに兵器として使用するのであれば促成栽培で大きくしないと使えないのである。
竜とはそういった”兵器”なのだ。
「食事が済んだら社にいくのか?」
「そうだ、一応ワシは社の調査員だからな」
「昨夜の男が言っていた様に領主の所に行って賞金を得ようとは思わないのか?」
「それはお前さんが決めることだ、社にとどまるのならばそれもよし、領主の庇護を求めるのならばそこに連れて行き賞金をもらう。もとより竜は自由な生き物なのだからな」
「わかった、とりあえずは社にゆこう」
社は小高い丘の麓に有った。大きな敷地の中にあり、門の代わりに太い木の柱に横に架かった梁が乗っていた。
鳥居と呼ばれる入り口だそうだ。鳥居の横に受付が有りお土産やお守りが売られている。
本堂に向かうがあまり参拝者はいない、武装した狩人の様な風体の人間が何人か立っている。
本堂につくとやたらに胸の大きな兎族の女が出迎える。
はて?一般に兎族はスレンダーと聞いていたがこの女性は例外らしい。
「いらっしゃいませ。私はドゥングの社の巫女長のドロールと申します。竜神様当社にようこそ」
どうやら街の噂でリリトの情報を掴んでいたらしい、巫女の女は胸をぷるんと振って挨拶をする。
それを見たリリトはなんとなくイラッとする。
このフェロモン兎女が。
「久しぶりですドロール様、こちらは竜の嫁のリリト殿です、エルドレッドの竜に嫁ぐ為にこちらに参りましたが途中で乗り物が墜落しましてな、この社に立ち寄って支援を求めております」
「良くいらっしゃいました、当社はあなたを全力を上げてサポート致しますわ。」
女をプンプン振りまいきながら職業的笑顔で話を進めるフェロモン満載の兎族の女である。
ガウルはと見ると種族が違うと何も感じないのかシレッとして話を続けている。
「これはクロアーンの社で受けた魔獣の調査依頼書だ、途中でこの竜の嫁を拾ったので任務を中断してこちらにお連れした。調査報告書の提出と竜の娘の確認をしてもらいたい」
ガウルは依頼書と一緒に報告書を提出する。
一緒に死亡したニンゲンのパイロットの認識票を添えていた。
「竜の嫁御様を送ってこられたニンゲンが亡くなったのですか…それもニンゲンに報告を上げておきます」
「すまないがよろしく頼む、私を届けるのに命を懸けた者たちだ。」
リリトの肩の荷が半分だけ降りたような気がした。
「ご苦労さまでした、これは依頼完了と竜の嫁様をお連れいただいた報奨金です」
女はサラサラと紙に何かを書き留めるルトガウルに渡した。
ガウルはそれを受け取ると金額を確認してポケットにしまう。
ふむ、やはりこの男もこの程度の男であったか、軽い失望を感じながらリリトはガウルを見る。
「それではその竜神様をお引渡し願いましょう、後はこちらでご面倒を見させていただきます」
「ああ、何か勘違いをしているようだがワシはその子を確認してくれとは言ったが引き渡すとは言っておらんぞ」
「あら、ガウルさんらしくもない二股を掛けていらっしゃるの?」
甘ったるい声で威嚇するように話すフェロモン女。
「違うな、その娘は既に15歳であるから我らの慣習に照らし合わせても大人なのだ、ここに世話になるか否かはその娘の自由意志なのだよ」
ドロールはいささか困ったような顔をしてリリトを見る。
「わ、わかっておりますとも。いかがでしょうリリト様しばらくこちらに逗留いただけますでしょうか?」
リリトはしばらく女を値踏みするように見ていたがやがて口を開いた。
「聞きたい事がある。エルドレッドから竜が失踪したらしい、原因はなんだ?」
「残念ながらヴェルガ様の失踪に関しては私達も存じ上げませんのよ。ある日いきなり飛んでいったきり帰ってこなかったんですから」
「ヴェルガか?エルドレッドの竜の名はヴェルガと言うのか」
「左様で御座います。まあ一般的には竜神様と呼ばれておりますが」
「エルドレッドの社からはその様に報告を受けているのだな?」
社はニンゲンが作った全国組織である、それぞれの社が情報を共有して竜の支援を行う事を目的としている。
「それがですねえ、向こうも面子が有るのか正確な情報を送ってきてはくれないんですよ~」
「お前さん達社は一体の組織だと思っておったのだがのう」
「まあ、こういう時代ですからねえ、それぞれの社が自分の利害を優先するのも仕方のない事なんでしょうけれどねえ」
どうやら時の流れがその様な組織形態を徐々に壊して来ているようだ。
「それではあなた方は竜に合ったことは無いのか?」
「いえいえ、良くこの国にも遊びに来ていましたよ。ここには温泉も有りますし花街もありますから。」
花街だと?もしかして男が喜ぶあの花街なのか?
「なんじゃと?竜が花街遊びでもするのか?」
ガウルが嬉しそうな声を上げる、おまえなにか邪なことを考えていないか?
「まさか、大きさが違いますでしょう、でも花街には結構来ていたそうですよ。」
「本当に来ていたのか、何を考えているんだ?」
確かに大きさが違いすぎて獣人とヤル事など出来ようはずも無かった。いささかホッとするリリトである。
「それよりリリト様が花街をご存知なのには驚きましたねえ」
「一通り獣人の生態については学んで来た。もっとも私がそんな場所に行くことは一生無いとは思うが」
「そうですかな?後学の為に一度くらい行ってみるのも酔狂だと思いますがな」
「およしなさいな、竜神様とは言え15歳の花も恥じらう乙女の行って良い所ではありませんよ」
まあ常識ある親であれば娘をそんな所に連れて行く筈もない…息子は知らんが。
「いや、行ってみよう。あいつが何を考えていたのかわかるかもしれない。それに今は午前中花街の今は真夜中だろう」
「まあ、それもそうですね~」
なぜかあっさりと意見をひるがえす巫女である。
そこで社の馬車で3人は花街まで送ってもらう。
流石にガウルにとっては社の馬車は窮屈な様であった。
「いやいや、こんな窮屈な物には乗っておれんわ」
「仕方有りませんよ花街は馬の乗り入れ禁止ですから、ガウル殿が大きすぎるのです」
「そんなに窮屈ならば帰りは屋根に乗って行くか?」
「悪く無い案だ、考えておこう」
花街であるから仕事は夜である、今の時間帯はヤることをヤって帰る客と夜の為の準備をしておこうという従業員がまばらに歩いているだけである。
「本来は巫女のような身分の者が来るような場所じゃ有りませんけどね~」
ドロールによるとこの花街は温泉も有り隣国からも人が集まるほど人気の有る街らしい。
家の道側には格子の入った窓が有りそこで遊女を指名出来るのでその様子から隠語で『鳥かご』とも呼ばれている。
遊女のみならず多くの料亭もあり、歓楽街というよりは大人の遊び場と言う雰囲気が強く出ている。
「ガウルはこういった所には来るのか?」
「おお来ますぞ、この国に立ち寄ったときは必ず寄りますな~」
「その年でか?」
「何を言っておられる、50代は男盛りですぞ」
ガッハッハッと笑うガウルである、この不良壮年が。
いやいやお店に金を払うのであるから極めて健全と言えるのではないのか?……男には。
「ガウル殿はやはり獅子族の女性が好みなのですか?」
ドロールが小柄な体にズンと胸を突き出す。
((この女ここで仕事してもナンバーワン間違いなしだな))
期せずしてリリトとガウルが同じことを考えた。
「なにかおっしゃいましたか?」
流石巫女である、勘の鋭い女だ。
「いやいや、獅子族の遊女はあまりおりませんでな、何しろ体が大きくて猫耳族などでは釣り合いが取れませんからな」
「まあ獅子族の女性はこんなところで働かなくとも稼げる仕事はいくらも有りますからね~」
体が大きく力も強いだけでなく意外なほどに子煩悩な所があり力仕事から雑用まで何でもこなせた。
「熊族は来ないのか?」
「彼らはマイホーム主義でしてねあまりここらでは見かけませんね~」
顔が熊のままの人間であるから慣れるまではいささか違和感がある。
彼らがあの顔でニンゲンの町に入ったらパニックになるだろう。
ガウルの横顔を見ながらつい笑ってしまった。
そんな事を話しながら街の中心に有る広場に来ると妙な物が目に入った。
登場人物
エルドレッド王国 5か国の連合国家 中心国エルドレッド
ドゥング エルドレッド王国の東側の国 兎族が多い。
ヴェルガ リリトが嫁ぐ予定の竜 約500歳
ドロール・デラ・ポアン ドゥングの社の巫女 兎族 35歳




