ニャゲーティア8
1-053
――ニャゲーティア8――
「あれ?ここはどこだ?」
目を覚ましたリリトは自分がベッドに寝かされているのに気が付いた。
周りにはガウルやヴィエルニがリリトを見ていた。
「どうやら領主邸を丸焼きにはせずに済んだようですな」
「なんだ?ガウル。私は確か庭に立って……」
リリトはいきなりガバッと起き上がった。
「ああ、そうだヘル・ファイアの暴走を抑えきれなかったのか。そ、そうだ領主邸は無事か?サビーヌは?」
どうやら自分がヘル・ファイアを撃って魔力枯渇に至ったという記憶はあるようである。
「安心しろ領主邸は無事だ、お主は天空に向けてヘル・ファイアを撃つことができたからな。サビーヌの方は確認できていないが問題はないだろう」
「くそう!ここはどこだ、いったいなんでお前たちがここにいる」
「たまたまお前さんがヘル・ファイアを発射する所に居合わせてな、クリーネが引っ担いで逃げてきた。ここはジャマルの領主別邸だ」
ガウルの後ろにクリーネとヴィエルニが立っているのが見えた。
「クリーネが?お前たちと一緒にニャゲーティアに来たのか?兎族だぞ」
「まあ変わり者はどこにでもいる」
勇敢な兎族と言うのもあまり聞いたことがない、クリーネの本質は兎族としてはかなり外れているらしい。
「そうかクリーネ世話をかけたな。」
「いいえ、これも筆頭秘書として当然の仕事ですから」
そっけなくクリーネが答える、あまり無理はしてほしくはないがまあ兎族だから危なくなれば逃げるのだろう。
「ほかにはあのグレイ達がが協力してくれた。今下で朝飯を食っている」
「グレイが?なんでまたあいつが?」
「しらん、何か思惑があるのだろう。思ったより協力的だったぞ、お主に惚れているのではないか?」
意外と憎めない奴だったが今回は奴に助けられたらしい、何を企んでいるのやら。
「お前の冗談はいつも笑えないな、それでニャゲーティアからここまで運んで来たのか?あれから何時間たっているんだ?」
「既に夜は明けている。あれから8時間位かな?」
「そんなに寝ていたのか?いけないサビーヌを救いに行かなくては」
起き上がって飛び出そうとするがベッドから転げ落ちる。
「無理だお前の体の魔獣細胞は枯渇しているそれを補給するまではただのトカゲだぞ」
ひどいことを言うな魔力がなくとも無敵の竜だぞ。
「とにかく食事をしろ、今魔獣の肉を用意している」
「それよりブラザル・サブリの所に行って濃縮した魔獣スープを持って来させろあれを使う」
「わかった手配しよう、だが竜とて魔獣細胞だけで生きていける訳ではないのだ、食事はちゃんとしろ」
ガウルはリリトを抱き上げてベッドに戻すと頭を撫でる。
コイツはいつも子供をあやすように私を扱うな、反発と一緒に安心感も生まれる。
「かなりひどいコブが出来ているな、立ち木を一本ぶち抜いたようだが?」
「非力な竜の子供だぞ、これぐらいしか大きな相手に通じる手段は無いのだ。」
「おおっ、竜神様目を覚ましたらしいな」
大声を上げて獅子族の男が入ってくる。その手にはワゴンが握られている。
「ちょっとあなた勝手なことをしないで」
その脇で兎耳族の女性がワゴンを取り返そうとグレイの腰をポカポカと叩いているが全く気にした風もない。
「なんだお主ここで何をやっている?」
「おお、食後の酒を飲んでいたらこの御女中が飯を運んでいてな、聞いたらリリト殿の所に行くというのでな、代わりに俺が運んでやったのだ」
いやそれは完全な強奪だろう。
「おお、こりゃあすげえステーキだ」
料理の蓋を開けた中には縦だか横だかわからない分厚いステーキが乗っていた。
「勝手に開けないでくださ~い!」
相変わらず兎族のメイドがグレイの背中をポカポカとたたいているがガン無視である。
肉を見たリリトの腹がグウウ~~ッと大きな音を立てる。
ヴィエルニがべそをかくメイドの肩を抱いて外に連れ出す。
「どれワシが切って差し上げよう」
ガウルがナイフを取ると肉を切り分けていくリリトの手ではナイフを扱えない、うかつに持つと折ってしまうからだ。
切られた肉を爪に突き刺すとポイポイと口の中に放り込む。たちまち肉はリリトの腹の中に消える。
「ゲップ」
リリトが満腹になり腹がぷっくりと膨れ上がっている。
「し、しまったこれでは動けない」
おおむねこんな事を言い出すだろうと思っていたガウルはリリトが食いきれないほどの肉を用意させておいたのだ。
空腹だったリリトはつい食べ過ぎて身動きできなくなってしまった。
「良いのだ、体力が回復するまでしばらくはゆっくりしておれ」
「馬鹿なことを言うな、サビーヌがどんな目にあわされるかわからぬではないか」
「心配するな、ヘル・ファイアを操る竜と社を敵に回そうと思う領主はいない」
ガウルはベッドの横に座るとリリトの頭を撫でる、それがやたら心地よい。
「頭を撫でるな、私は子供ではない」
「いやいや、竜にも休息が必要だぞ。今ニャゲーティアに使いを走らせている、もうじき向こうに着く筈だ」
にっこり笑う獅子族のガウル、なぜか今日はやたらに笑顔が優しい。
「そうですよ、マリエンタールの正式の公使ですからちゃんとサビーヌさんの無事を確認できます」
「いや、それはまずいのでは無いのか?さらった相手の国の公使だぞそんな者にサビーヌを合わせたら自分の罪を認める様なものだぞ」
「まあどんな言い訳をするか知らんが自分の非を認める訳もなかろうそれが政治と言うものだ。それをわかっていながら手を握るのもまた政治と言うものだ」
どうにも承服しかねる話である、リリトはすでに15歳であり獣人の基準でも大人ではあるがまだまだ政治の考え方にはついて行けるほどの大人ではない。
「リリトさん、ニャゲーティアに行く前にガウルさんはリリトさんより相手の領主さんの身を案じていたのですよ。」
「なんだそれは?私が領主たちを皆殺しにでもするとでも思ったのか?」
「あのな、今回はたまたま運が良く外れたがリリトのヘルファイアが公邸に当たっていたらどうなったかはわかるな?」
ガウルの言葉にはぐうの音も出ない、確かにあそこであおむけにひっくり返らなかったら危ないところだった。
コントロールの効かない力程危険なものは無いのだ。
「なあガウル、お前があの力をどうやってコントロールしているのだ?」
「ああ、あれか。すべてはイメージだ、力が出すぎないように心の力で魔力の流れを操作するのだ。イメージの問題なのでこれ以上具体的な説明は難しいな」
「そうか……」
確かにリリトはニンゲンの所でヘル・ファイアを見たことがなかった。
ガウルのヘル・ファイアを見てやってみたら出来てしまったに過ぎない。
魔力コントロールもそのうち出来る様になるかもしれないと思った。
「それよりリリトの旦那、実はお教えしたい情報が有りましてね」
グレイがリリトにニカッと笑いかける。こいつまた何か企んでいるのか?
「なんだ?グレイお前がそんな顔をするとかなり怪しいぞ」
ヘッヘッヘと笑う獅子族の男はいかにも怪しそうに見える。
「実は内密なお話で、お人払いをお願い出来やせんかね?」
「何を言っているのですか?獅子の檻にか弱い少女一人を放り込む事が出来るとお思い?」
クリーネが牙を剥き出す、こういう時の美人はなお一層恐ろしさが際立つ。
「おいおい、そんなにすごまなくても内緒話をするだけさ、第一こないだ俺がのばされた時もリリト殿はブレスなんか使わなかったんだぜ」
「その通りだクリーネ動けないほど食った後でもこの爪でこの男の腹を掻っ捌くくらいは造作もない事だ」
「頼むよ恐ろしい事をサラッと言わないでほしいなあ」
「うむ、本来この男はエルドレッドの手のものだからな。少なくともこの間のばされた以外はリリト殿に恨みを持つ筋合いは無いしリリト殿に何かあればエルドレッドが黙ってはおるまい」
「へっ、へっ、へっ、ガウルの旦那お口添え感謝いたしやす」
そう言われてみんなが外に出るが当然部屋の外で待機する。
クリーネは耳をピント跳ね上げ中の様子を伺っている。
「お主まさかこの間のことで私に繰り言とを言いたいわけでもあるまい、よほど重要な事なのだろうな」
「いやいや、先日の事はお恥ずかしき限りでさ、獅子族程度が子供とは言え竜神様に手を出して敵う訳も無いことを思い知らされやした。」
「そもそもなんだってお主が私を助けに来たんだ?」
「実は竜神様が夜の間に訪問していた場所ですが、あっしもたまたまそれを見かけやして」
リリトが夜の間に確認したあの大型魔獣の飼育施設の事をコイツも探っていたらしい。
クリーネが部屋の外で聞き耳を立てていることはわかっていたので言葉使いは用心している。
「お主ただの兵士ではなく間者なのか?」
「はははは、あっしにはそんな器用な真似は出来ませんがな、それは連れの二人の仕事です」
要するに光と影かコイツが目立った行動で目を引き、裏であの二人が隠れた仕事をする職分と言うことらしい。
「お前はレランドの部下ではなかったのか?」
「一応あそこに配属されやしたが、あの男は自分の点数稼ぎにしか興味のない男ですからね」
まあ見ていればわかるな、人当たりは悪くは無いようだが信頼出来ない男ではある。
「ガウルと何か関係が有るようだが?」
「レランドは以前は結構名の有る家に使えていたようですが、再就職を狙って名前を使っただけのようで詳しくは知りやせん」
そうだろうな、ガウルも昔は名の有る名家に使えていたと思ってはいた。
「ふむ、それで私にどうしろと?」
「あっしはこれから国に帰って報告をしなくちゃなりやせん。それを待ってあの国は連中に対し行動を起こすと思われやすんで。」
行動とはこの場合エルドレッドによるニャゲーティア侵攻と言うことである。
「なぜそんな情報を私に漏らす?」
「いやいやいや、実のところ竜神様に逃げられた後は国内も相当に乱れておりやして、もし竜神様が戻って来られなければこのまま国内5領地による全面戦争になりかねないと言うことくらいこの足りない頭でもわかりヤスんで」
グレイが自分の頭をツンツンと指でつつく。
「私に別の竜と番になってこの国に住めと言うのか?」
「いや、あんたはそんな安っぽい女じゃねえ、あんたと仕事をしてわかりやしたが竜の嫁ってのはみんなあんたのように『強い女』なんでヤスか?」
「それは褒められているのか、馬鹿にされているのか迷うところだな」
ふつうは『強い女』と言われて喜ぶ女はいない。
「あんた周りが思っている以上に頭が回るし意思も強い、何よりあんたは人間が好きだろう」
「………………………………」
「俺はよく勘違いされるが本当は結構シャイでしてな、あんたとよく似てると思っているんでヤスがね」
「………お前、目腐ってないか?」
「冗談はさておきあんたなら今のこの国の閉塞状態を変えてくれるんじゃねえかと期待してんでさあ」
「買いかぶるな、私は竜とは言えただの子供に過ぎん、出来ることなどたかがしれている。」
「それでもあんたは竜の嫁だ。だから俺には出来ないことを期待しているんだ。」
コイツまさか本気で私に戦争を止める事を望んでいるのか?
しかし現実問題としてそれは無理だろう、ラングにも私にもそれだけの力は無い。
「話は理解した、私は私の信念に従って行動する。それがお前の期待するものと一致するかどうかはわからんがな」
「結構!それでこそあんたは竜の嫁だ。」
グレイは立ち上がるとそのまま部屋の外に向かって行った。
グレイが出ていくとガウル達が入ってきた。
「何か問題は有りましたかな?」
「詳しいことはわからないがどうもエルドレッドはニャゲーティアと戦争をする気のようだ」
「あの国はエルドレッドと川を挟んでいつも対立してきましたからねえ」
クリーネが至極当然の事の様に話す。
「クリーネは今回は戦争に発展すると考えているのか?」
「今回は竜がいなくなってエルドレッドの信用が落ちていますから十分ありえることと思えますが」
「その場合ドゥングはエルドレッドにつくのか?」
「これまでの経緯からすればそうなりますが、今はリリト様が領主ですからリリト様のお考えのままです。ただしそうなれば長老会が黙ってはいないでしょう」
エルドレッドについて戦争に協力するか?あるいは協力せずにエルドレッドの制裁を受けそうになったらすべてをリリトのせいにして知らぬ存ぜぬを貫くか?その程度の考えなのだろう。
「いずれにせよ今日明日の問題にはならぬ、しばらくは両国の出方を探るのが懸命だろうな、明日にはニャゲーティアからの使者も来るだろうからサビーヌを取り返してから考えれば良かろう」
その場はそう言ってみんなを安心させた。
しかしその晩リリトは領主邸を抜け出した、言うまでもなくニャゲーティアに行ってサビーヌの安否を確認する為である。
リリトはニャゲーティアに向かって樹海の上空を飛行していた。
腹一杯食べた魔獣の肉で魔力はかなり戻っていたがまだ十分とはいいがたい。
しかしまだ小さなサビーヌを一人で放置しておくことは出来なかった。
むろん領主のフレデリクがサビーヌに危害を加えるとは思っていない。
「悪いが明日までなどと悠長な事を言ってはいられないのでな」
なにしろヘル・ファイアを領主公邸の真ん中で発射してしまったのだ。
ガウルの話によれば公邸に被害は出なかったらしいがサビーヌは死ぬほどの恐怖を味わったに違いない。
「すまんな、お前を驚かす気は無かったのだがさぞ恐ろしかったであろうな」
周囲に被害が無かったとしてもサビーヌはリリトの事を心配している筈だ、あの娘は優しい娘だから。
リリトは一刻も早く顔を見せて安心させてやりたかったのだのだ。
リリトが街道の上を飛んでいるとその上空を飛行する大きな影が現れる。
漆黒の空を音もなくその影はリリトに近づいてきた。
「ん?なんだ?」
大きな影が月の光を遮ったことに気が付く。
何事かと思って上を見上げると巨大な竜がリリトの上を音もなく飛んでいた。
「うわわわわっ、な、なんだなんだなんだ!」
リリトが成長した竜見るのは実は初めてでありその巨大さに度肝を抜かれる。
「やあ、君は竜のお嫁さんだね、ボクはエルガラって言うんだ初めまして~」




