表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/65

ニャゲーティア7

1-052

 

――ニャゲーティア7――

 

 次の日は昼まで寝てしまった。

 起きてすぐにサビーヌの所に行ったが悲しそうな顔をしていた。

 

「リリト様お加減がまだ悪いのですか?」

「あ、ああ。まだコブが引っ込まなくてな……」

 コブの有る頭での頭突きである、コブが治る筈がない。

 力のない竜の子供であるからこの程度の戦法しか取れないのは仕方がないが正直たまらない。

 

「リリト様に何かあったらサビーヌは悲しいです、どうかお体を大事にしてください」

 リリトが会いに来ないので不安に感じていたのだろう、サビーヌには悪い事をしたと思う。

 不死身の竜が兎族に心配される、嬉しいと言うよりは情けないと言う感情が先に立つ。

 

「大丈夫、私は不死身の竜だからな。それよりもう少し我慢してくれだいぶ情報が集まってきた」

「ご無理をなさらずに……」

 もう体調は戻っているようで話し方にも張りが見えてきた。

 

「リリト様はいったい何をお調べになっておられるのですか?」

「結局私が作った魔獣スープがここの国々の力のバランスを崩してしまった様なのだ」

「リリト様のおっしゃっている意味が解りません」

 サビーヌは小さな声でつぶやく。

 そうだろうな幼い子供にわかる話では無い。

 

「もともとここの国々の関係はかなり危うい状態にあったのだ、このままでは戦争になりかねない」

「戦争ですか?どことどこの国がでしょうか?」

「わからない、今となってはもうぐちゃぐちゃになってしまった」

 エルドレッドとニャゲーティアであろうがマリエンタールの動向も今はわからない。

 明らかに戦争の準備をしていた、しかしどっちの味方をするつもりなのか未だ掴めないでいる。

 

「戦争は嫌で御座います。」

「そうだ私の夫も人々の争いを嫌って失踪してしまったのだ」

「平和であれば良かったと?」

 

「国民みんなが幸せであればそれで良いのだ。不幸な人間が少ない方が良いのだ」

「リリト様は……お優しい……」

 優しいのは私ではない、私の夫となるべき竜の事である。

 

「とにかく戦が起きないように私は努力してみる」

「お手伝い…いたします」

 真っ直ぐな眼差しでリリトを見るサビーヌ、儚そうに見えて強い娘だ。

 

「……そうか?…ありがとうサビーヌ」

 リリトは戦争のない世界をサビーヌに継がせたいと思った。

 

「サビーヌに何か変化が有ったら私を呼んでくれ」

「かしこまりました、リリト様」

 メイドにそう告げるとリリトは部屋にベッドで横になった。

 いささか頭痛の他に頭がグラグラする感じが残る、不死身の竜とてダメージは有るのだ。

 

 石畳の上に寝て生の魔獣にかじりつくそんな生活を覚悟してきた割にはやたらに待遇の良い生活をする羽目になってしまった。

「いかんな、こんな生活をしているとだんだん根性がたるんでくる」

 ひとりつぶやいて回復を待つ。

 

 いずれ体が大きくなった時には人間の施設を使うことはできなくなるだろう。

 もっともその頃になれば暑さ寒さを感じることも石畳のベッドを固いと思う事も無くなるだろう。

 今でも柔らかいベッドを快適とは感じず、毛布を温かいとは感じないのだ。

 

 不老不死の竜の体にはいかなる贅沢も無意味な事であった。

 それでもベッドに寝ると幼いころの感情が思い出される。

 温かかった里親のぬくもりが残っているような感じがした。

 

 おそらく食事にしても何千年も生き続ければ単なる習慣となり毎日同じ物を食べても何も感じなくなるのかもしれない。

 このように何も感じない体を得る事にどのような意味があるのだろうか?

 そしてこのまま永遠に生き続ける事にどのような意味があるのだろうか?

 

 そんな事を考えていたら日は傾いて星が出ていた。

 

 夜中になり空に丸い月が高く昇って来る、その様子を見ていたリリトは窓を開けた。

 月の光に照らされた領主邸の庭は意外なほど大きい。

 

 パタパタと庭まで降りるリリト。

 月を見上げると先日の記憶がよみがえってくる。

 

 サビーヌを追って迫る大型魔獣グリックそれを阻まんとファイア・ボールを撃つが全く効かない。

 ブレスであればあるいはと思ったが森の中でのブレスはさすがにまずい。

 その時ガウルのヘル・ファイアのイメージが頭をかすめた。

 

 そのイメージに従って精神を集中するとなんとヘル・ファイアがリリトの体から吐き出されたのだ。

 その光が大型魔獣グリックを貫くのを見た途端に目の前が真っ暗になった。

 

 リリトは頭をさするとコブがある。

 昨日は全力で魔獣の足に頭突きを見舞ったが意識は残った。

 リリトが気を失ったのは頭を打った為か魔獣細胞が枯渇した為なのか?

 

 ブレスではなく大型魔獣を倒せる能力のあるこの魔法を自在に使えればあのパイロットを犠牲にせずに済んだ。

 その思いは今でもリリトの心に重くのしかかっていた。

 リリトは月に向かって口を開け意識を集中する。

 

 なんと驚くことにリリトの口の中に光の粒が集まってくる。

 出来る!あの時の魔法が使える。

 そう思った刹那リリトの口から白い光の奔流が吐き出された。

 

 まずいっ!そう思った物の光は止まることなく吐き出され続ける。

 光の反動がリリトを襲いリリトはひっくり返ると頭を上に向けたまま体が地面に押し付けられる。

 幸いなことに天に向けられたその光は何物も破壊することは無かったがその熱は強力な風を呼び寄せた。

 

 暴風が領主邸を中心に吹き荒れる。

 いけない止まれ!止まれ!そう思いながら光を止めることができなかった。

 そしてそのままリリトは意識を失った。

 

   ◆

 

 その夜ガウル達は行動を起こした。

 真夜中になるのを待ってニャゲーティアの領主邸への忍び込みを決行したのである。

 

「なあ、いくら何でもこんな満月の夜に忍び込むのはまずいんじゃないのか?」

「何を言っているのですか?一刻も早くリリト様の無事を確認しなくてどうするのですか?

 月が高く上った夜である、夜行性である獣人族の目にはまるで昼間のような明るさにも感じられるのである。

 

「ほほほほ、兎族のジャンプ力を侮らないでください、この程度の屋根など軽く飛び上がって見せます事よ」

「いやワシらの体の大きさではとても高いところには飛べんよ、第一下手に屋根に乗ったら屋根をぶち抜くからな」

「大丈夫ですよ私たちが彼女をフォローしますから」

 後ろの方でテローとデッドがウンウンとうなずいてサムズアップしている。

 

 ああ~っ、全く信頼できないな。

 

「行きますわよ」

 ピョーンと飛び上がるクリーネ、さすがに兎耳族のジャンプ力である。軽々と屋根まで飛び上がる。

 屋根に足をかけた途端バランスを崩して手を大きく振り回す。

 

「あ、こりゃまずい。」

 グレイが素早く落下地点に急行して落ちてくるクリーネを抱きとめる。

 やはり残念運動神経は兎族の共通の弱点の様である。

 

「おほほほ…ありがとうございます、上が思いのほか滑りやすかったようですね」

 いや全然滑った様子はなかったのだが……全員がクリーネをジト目で見る。

 

「それでは私たちが先行しますから」

 犬族の3人がガシガシと塀を登っていく、やはり猫族程しなやかな登り方は出来ずに力ずくで登っていった。

 塀の上に伏せた3人が中の庭をうかがう。

 

 そこに懲りもせずクリーネが再び飛び上がってくるが微妙に足が届いていない。

 慌ててヴィエルニがクリーネを捕まえて引き寄せる。

 

「ありがとうございます、今度はうまくいきましたわ」

 しれっと礼を言うクリーネ、頼むから下でおとなしくしていてくれと願う3人であった。

 

「あれ?あれは竜神様じゃありませんか?」

 月の光の中庭の真ん中にたたずむリリトが見える。

 

「ああ確かにリリト様ですわ、すぐにお助けしますわ。」

 ヴィエルニが飛び出そうとするクリーネの腰をむんずとつかみ塀の上に押し付ける。

 

「慌てないで!どうも様子がおかしいわよ」

「いえいえ、早くお助けしませんと」

「逃げたきゃ飛んで逃げているわよ、サビーヌが捕まっているから逃げられないのよ」

 ヴィエルニがクリーネを睨む、どうやら事務職としては優秀らしいが現場の状況判断能力は低いようだ。

 

 その間ガシガシとグレイが塀を登ってくる。

 やはり獅子族とはいえ若い者は身が軽い、とてもガウルにこの塀は登れなかった。

 

「おお~い、中はどうなっておる?」

「リリト様が庭にいることが確認できました。如何致しましょうか?」

「待ってリリト様の口からなにか……?」

 リリトが大きく口を開いて上を向いていたその口に向かって光の粒が収束してくる。

 

「いけねえ!みんな頭を下げろ!」

 グレイが怒鳴った途端リリトの口から上空に向けて白い光の束が吹き上がる。

 

 グオオオ~~ッと吹き上がる光の圧力に押されてリリトはあたふたと手足を振り回して仰向けに倒れる。

 そのまま天に向けて光が吹き上がるとともに暴風の様なすごい風が起こりリリトから周囲に向かって吹き荒れた。

 グレイはクリーネの体を押さえつけ必死になって塀にしがみついていた。

 

「なんと!リリトがヘルファイアを撃ちよったのか!」

 ガウルが叫び声をあげる、いったい何故こんな場所でこんな物を撃ったのだ。

 

 突然の閃光に屋敷中が大騒ぎになり屋敷の窓が開いて中にいた人間が庭の様子を見る。

 サビーヌもまた驚いて窓の外を見ると口から光を発しながら倒れていくリリトが見えた。

 

「リリトさまああ~~~っ!」

 強烈な光に手をかざしながら倒れてもまだ光を発し続けるリリトを見ていた。

 

 リリトの元に駆け寄ろうと窓に手を掛けた刹那背後のドアが開き犬族の護衛がなだれ込んできた。

 サビーヌを抱えると部屋から強引に連れ出す。

「いやあ~~~っ、リリト様が、リリト様が~~~っ!」

 サビーヌの必死の叫びも一切無視され護衛達の手によって奥の部屋に連れ込まれる。

 

 護衛二人に抱きしめられその前に一名の護衛が立ちふさがる。

 がやがやと言う周囲の喧騒が聞こえ始める。

 

「族だ!」と言う声が聞こえどやどやと言う足音が響く。

 正面に立つ男がが剣を抜いて構えると護衛のふたりが体を固くしてサビーヌを強く抱えた。

 

「い、痛い……」

 サビーヌが小さな声を上げる。

 

「申し訳ありません、もうしばらくご辛抱ください。」

 護衛の男が小さな声で囁いた。

 

 

「いけない!みんな逃げるわよ!」

 ヴィエルニが叫んだがクリーネだけは構わず立ち上がる。

 

「リリト様!」

 そう叫ぶとリリトに向かってポーンと飛び上がる。

 

「あ、まってだめよ!」

 ヴィエルニが叫ぶが既に遅い、クリーネの絶望的な運動神経にも関わらず見事な着地を決め跳ねながらリリトの方に近づいていく。

 

 周囲の出入り口からは兵士と思われる者たちが飛び出してきた。

 リリトはあお向けになって白目をむいたままピクリともしない。

 体中の魔獣細胞を失った筈である、子供なので耐え切れず失神したらしい。

 真っ先にリリトの元にたどり着いたクリーネはリリトを抱きかかえると飛び跳ねながらヴィエルニ達の方にやってくる。

 

「何をしているさっさと降りてこんか?」

 塀の下でガウルが怒鳴るがヴィエルニは動かない、クリーネがまだ来ないのだ。

 

 絶対彼女だけではこの塀の上に着地は出来ないとヴィエルニは確信していたのだ。

 警備の人間と思われる猫族の人間が庭に現れ小さな炎の塊をクリーネに向かって発射する。

 幸い小柄な猫族の魔法はそれ程の威力がない。

 

「ひやっ、ひええ~~っ!」

 悲鳴を上げながら逃げてくるクリーネ、兎族とは思えない行動をする女である。

 グレイが塀の上で立ち上がると両手を広げて追ってくる警備の兵士に向かってて稲妻を放つ。

 その辺一帯の人間が一斉に感電して悲鳴を上げる。

 

「あんた!何するの?」

 ヴィエルニが叫ぶ。

 

「大丈夫だネエさん、しびれるだけで死にゃあしねえよ」

 大きな口を開けて楽しそうに語るグレイ。

 

 このバトルマニアめ。

 

 クリーネは大きく飛び上がると塀を飛び越して悲鳴をあげる。

「いやあああ~~~っ、落ちる~~~っ!」

 

 全くこの残念兎が!狙った場所にも降りられないのか!そう思うヴィエルニである。

 手を伸ばすがつかめずそのまま下に落ちていくクリーネ。

 

 ところが下で見ていたガウルの真上に落ちていく、この兎コントロールが良いのか悪いのか全く分からない。

 落ちてきたクリーネを受け止めるガウルはそのまま馬のところまで走って行った。

 クリーネを放り出すとリリトを抱えて馬にまたがる。

 

「なによ~っ!この雑な扱いは~っ!」

 怒るク力ーネをテローがひっつかんで馬の後ろに引っ張り上げる、ヴィエルニはテッドの後ろに乗った。

 しんがりはグレイが務める、ここを逃げ切って街はずれまで行けば馬車が有る。

 

 ばらばらと領主公邸から馬に乗った警備の人間が走り出てきて町の中の追跡劇となる。

 幸い深夜であり月明かりもあるので人通りのない街中を逃げるのに不自由はない。

 

 しかし慣れない街を逃げるガウル達に対し地元の町を知り尽くしている警備隊に追われれば不利はまぬがれない。

 どんどん警備隊との距離が縮まってくる。

 

 突然グレイが立ち止まると追っ手に向かって稲妻を浴びせかける。

 馬もろとも浴びせられた稲妻によってひっくり返る馬と落っこちる乗り手で大混乱になる。

 

「へっ、ざっとこんなものだぜ」

 得意そうなグレイ。

 

「大丈夫かな~、死人出ていないかな~っ?」

 領主の娘はやはり国際問題化する事を気にしていた。

 

「なんとでもなるわよ」

 筆頭秘書は大変強気なようです。

 

「それより気を付けろ、ここは敵地だ回りこまれるぞ」

 ガウルがそう言った途端にに正面に警備部隊の馬が数頭現れて道を塞ぐ。

 

「どけい!」

 片手にリリトを抱えたガウルは手綱を口に咥え残った手を前にかざす。

 ドンッと言う音と共に手の前から衝撃波が走り道を塞いだ馬を薙ぎ払う。

 

「おお、おっさんすげえ奥の手を持っているじゃねえか?」

「この程度の事が出来ずに傭兵が務まると思うてか?」

 そのまま街はずれまで逃亡するとそこに馬車が待っていた。

 

 ヴィエルニとクリーネを馬車に乗せリリトを放り込む。

 神様なのにかなり雑な扱いである。

 馬車は全力で走り始め後方をガウル達が固める。

 

 そのまま夜道を走り抜きジャマルまで逃げ切った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ