ニャゲーティア6
1-051
――ニャゲーティア6――
夜が明けて、誘拐されたサビーヌを追跡して行ったマリエンタールの警備部隊が帰投し状況の報告があった。
ニャゲーティアに向かう街道で痕跡を見失い付近を探している最中にで森の奥の方で閃光を確認しそこに向かった。
しかし森の中なので用心しながら進むと大型魔獣の死体が発見されたそうだ。
その死体というのが頭から尻までを高熱で貫かれた死体でどうやらヘル・ファイアの使い手が倒した物と見られた。
「ヘル・ファイアだと?森の中で獅子族と合流したとでも言うのか?」
報告を受けたラングが漏らす、しかし余りにも都合の良すぎる話である。
「まさかとは思うがのう、リリト殿では無いだろうか?」
「竜神様が?ガウル殿、リリト殿はヘル・ファイアを使えるのですか?」
「いや、ただここに来る途中でワシが撃って見せたからな」
ガウルは頭をガリガリと掻くよもやとは思うが何か夜な夜な練習をしていた気配も有った。
「見様見真似ですか?そんな事あり得るのですか?」
「いやわからんよ、ただあの娘ならやりそうなことではある。」
リリトに見せたヘル・ファイアはかなり出力を抑えたものだった、もし全力で打てば大型魔獣とて骨も残さず消え去るのだ。
ほとんどの使い手は出力制御が効かず大きすぎる破壊力そのままに撃つことしかできない。
しかもすべての魔力を根こそぎ奪われるという恐ろしく使い勝手の悪い魔法なのだ。
「もしリリト殿が撃ったとなると……」
「どうなります?」
ラングが心配そうに尋ねる。
「今頃は魔力枯渇で動けなくなっている筈だ。」
ガウルの出した結論は誘拐犯を追っている途中で大型魔獣に遭遇しヘル・ファイアを使って倒したが魔力枯渇で動けなくなりそのまま拉致されたということだ。
「もしそのまま放置されていれば今頃は大型魔獣の腹の中か……」
そんな不吉な予感がしたがすぐに思い直す。
まあ…心配はいらんか、放置されていても竜は食うには硬すぎるだろう。
「竜の嫁が見つからなければ族に拉致されたと考えるべきじゃろうな。」
「ガウル殿はリリト様がニャゲーティアに捕まっているとおっしゃるのですか?」
「なんとあんな可憐な竜がマリエンタールの野獣共の毒牙に掛けられたと言われるのか?」
ラングが悲鳴にも似た叫び声を上げる。
いや、あんたの目はだいぶおかしいから。
「まあ心配はいらんと思うが…なにぶんまだ子供であるからなあ…」
「どんなひどい目に有っているかもわからんと……?」
「いや、暴れまわって死人を出さなけりゃ良いのだが」
どうもこの辺の連中は竜の嫁を甘く見すぎているきらいがある、それがすべての間違いの元だと気付かんからな。
「何を馬鹿な事をおっしゃっておいでなのですか?」
突然ガウル達の後ろから凛とした女性の声がする。
むっちりとしたスタイルを全身を革のコスチュームで包んだクリーネが護衛のふたりを引き連れて扉の所に立っていた。
「誘拐犯は既に明白な事、我が国の領主様と社の巫女様をかどわかしたのです!黙って見ていては護衛部隊の名折れ、ここは私達が奪還してまいります」
「おいおい、クリーネお前さん兎族ではないか。荒事は苦手じゃなかったのか?」
「無論、私に戦闘が出来る筈も御座いません、戦闘はその専門の者に任せ私は情報収集に努め全員の指揮を取らせていただきます」
ズイッとガウルの前に進み出るクリーネ。
「それって…ワシのことなのか?」
「当然でしょう、社から依頼されたリリト様の護衛なのですよあなたは。巫女様までさらわれているのです、あなたも傭兵としての矜持が御座いますでしょう」
グイッと突き出された双丘を目の前にして目をそらすガウル。
この女本当はこんな性格だったのか?兎族にしては珍しい戦闘的な性格をしとる。
「腹が減れば帰って来ると思うんじゃがのう。まあできれば何事も無い方が良いしな」
この場合の何事も無くというのはリリトではなくニャゲーティアの領主の事では有るのだが。
「何も無い筈が御座いません、ああっあの可憐なるリリト様に対して下劣なる猫族共があ~んな事やこ~んな事を!!!」
頼むから妄想を膨らませんでくれ。
「父上私も同行いたします。リリト殿には命を救われた経緯もございます故何卒のご許可を」
クリーネの後ろから完全装備のヴィエルニが進み出る。
あ~またややこしいのが出てきたと苦虫を噛み潰すガウル。
「うむ、流石は我が娘見事な覚悟である。是非ともリリト殿をお救い申し上げるのだぞ」
発明馬鹿の能書き親父がまたアホを言っておるわい。
八方を塞がれ嫌々ながら出発するガウルである。
◆
次の日の昼近くになってクリーネ達は領主亭のあるニャンガの街についた。
正規の護衛は街はずれに馬車で待機させている。
いくら何でも正規兵が他国で捕まれば外交上まずい事になる。
「どうせ忍び込むのは夜になってからですからとりあえず食事を取ってから領主邸の周囲の状況を見ておきましょう」
「そうだな、腹が減っては何も出来ないからな」
ほっときゃ帰ってくるのにと考えているので全くやる気の出ないガウルである。
状況から考えてリリトがヘル・ファイアを撃ったことは間違いないだろう。
あんなもの街中でぶっ放したら大災害だ、そうなりゃ簡単に居場所はわかる。
自分がやろうとしたことを棚に上げて物騒な考えを巡らすガウルである。
黙って待ってりゃそのうちサビーヌを連れて帰ってくるに決まっている、あいつは竜の嫁なのだぞ。
リリトを信頼しているのか他力本願なのか全くわからない発言である。
みんなで街をぶらついて食事のできる所を探す。
大体の店は肉が主体のメニューだが無論兎族の為のベジタリアン料理も豊富にある。
それぞれの専門店もあるが種族が異なると一緒に食べられないので大抵は両方のメニューを揃えているようだ。
ピッチピチのボディスーツでは余りにも怪しさ満載なのでクリーネはその上からコートを着ている。
無論腰には大ぶりのナイフを付けているがコイツ使えるのかな?等と考える。
ニャゲーティアは猫族の領主である、道理で国の名前もニャゲーティアである。
ここは首都のニャンガ、どうも名前の付け方もワンパターンのように感じられる。
石造りの城壁に囲まれた街はそれなりの大きさがある、万一暴走が起きたらこの周囲の人間はこの街に逃げ込むのだ。
この城壁であれば暴走にも耐えられるだろう。
無論城壁と言っても戦争に備えているわけでは無いので出入りは自由で見張りもいない。
頑丈な門も作られているがくぐり戸もある、逃げ遅れた人間はここから入れるし緊急の場合は城壁から縄を投げ下ろしてもくれる。
町や村から遠い家はたいてい地下室があり共同で豪を掘る所もある。
定期的に起きる暴走に対し人々は備えを怠らない。
城壁に囲まれた街以外では建物や作物に甚大な被害が出るがそれはこの世界に住む限り仕方のないことと割り切っている。
魔獣の持つ恵みはそれ以上に大きな物があるからだ。
早い話が建物や作物に被害が出ても暴走で死んだ魔獣を食えば当座はしのげる。
兎族だけがもっとも弱い食性であるがゆえに乾燥した穀物や木の実を常に蓄えているのだ。
これらは肉よりも遥かに日持ちするので備蓄には問題がない。
「それじゃこのニンジンのソティーにポテト、ああついでに三つ葉のサラダをお願い」
「ワシは魔獣のステーキを3キロ。」
「そんなに食べるの?」
「ああ、最近は街での生活なので太り気味でな、ダイエットしておる」
「あ、そ」
「やはりサビーヌ殿をさらったのは魔獣スープの製法を盗むためでしょうか?」
「当然じゃろう、リリト殿がどのくらい認識しているかは知らぬがこれはかなり重要な戦略物資であるからな。少なくともニャゲーティアが仲間外れになるのだけは避けたいのであろう」
「するとサビーヌ殿から情報を得るためにああ~んな事やこ~んな事をして吐かせるとか?」
なんかこの女この格好になってからやたらハイテンションになっている、こっちが本性なのだろうか?
「クリーネ殿そんな事する訳なかろう、社の巫女補だぞ。第一そんな事がリリトにバレてみろ領主の館もろともこの世から消え失せるわ」
いささかオーバーかなと思いつつ大人の竜を知っているヴィエルニ達はなんとなく納得してしまう。
店先で食事を取っていると後ろから大きな男がやってきた。
「おお、これはガウル殿では無いか」
馬鹿みたいな大声と共に姿を見せたのは獅子族のグレイであった、後ろにはいつのも犬族の男を従えている。
なんでコイツがこんな所にいるのだ?
「なんだおめえらこんなとこで飯食っているのか?」
「む?なんで貴様がこんな所にいる?」
ガウルがすごく嫌な顔をする。
「うまそうなものを食っているな。俺たちも昼飯にしようか?」
「おい、勝手に座るな。誰も一緒に飯を食おうとは言っていない」
「つれない事を言うなよ一緒に魔獣スープを開発した仲じゃねえか。それよりそちらの美人には紹介してくれねえのか?」
邪険に追い払おうとするガウルを無視してその場に座る。
「お二人ともこちらの方をご存じなのですか?」
ヴィエルニは穏やかに尋ねるがクローネは2メートルの体躯の獅子族をものともせずに睨み返す。
「このデクノボウの名はグレイ、そっちのふたりは?」
「ひっでえなー、名前を覚えてくれていなかったんでヤスか?」
「印象が薄くてな」
「まあいいでヤス。俺はテロー、コイツはデッド、以後お見知りおきを。」
「こちらの兎族の方はクリーネ嬢、犬族の方はヴィエルニ嬢だ、お前らがふたりに手を出したらワシが首をはねるかリリト殿に黒焦げにされると思え」
「クリーネ、お前さんも見ているはずだがな。ほれ前の領主が獅子族の軍隊に脅されていた時にこの男が連中を説得して返しただろう」
「ああ、あの時の方ですか、その節はありがとうございました」
(この男がスープの秘密をエルドレッドに流した張本人か)と思いつつにっこり笑って見せるクリーネ。
その迫力にガウルの背筋に何やら冷たいものが走る、見るとグレイも何か感じ取ったらしい。
「いやいや、こちらの美人は実にミステリアスな御仁のようでありますな。時にこの街に一体どの様な御用ですかな?」
「お前らには関係ない」
冷たくあしらうガウルである。
こんな時こんなタイミングで現れたとすれば偶然では無いと子供でもわかる。
「あなたは確かドゥングでリリト殿に手を出してぶちのめされたと言う獅子族のかたですの?」
容赦なく突っ込むクリーネ、状況はすでに把握している様である。
「いや~っ、その節は大変でしてな~、毎日魔獣スープに電気の魔法をかけさせられましてな~」
「国に帰ってからもずっとやらされていたのだろう。」
「あはははは、よくおわかりで。流石に参って配置転換してくれなきゃやめると言ってようやく開放されたんだぜ、まったくひでえ目にあったんですぜ」
「竜の嫁に手を出そうとするからだ。それで実験はうまく行ったのか?」
「まあな、エルドレッドには俺以外にも電気の魔法が使える者は結構いてな、量産体制を整えるとか言ってたぞ。」
「うむ、頑張るがいい。」
「なんでえ、驚かねえのか?せっかく重大ニュースを教えてやったのによう。」
「それで兎耳族が健康に過ごせるのであれば喜ぶべきことだろう」
「なんだい?まるで聖人君主みたいな言い方は?なにを腹に抱えているんだ?」
「あなたには関係無いことですわ」
クリーネがバッサリと切り落とす。
「このすげえべっぴんさんは狩人か?マリエンタールには兎族の猟師がいると聞くがあんたがそうなのか?そっちの犬族のお嬢さんは明らかに猟師の格好だな、どっかで会ってっかな?」
「お前さんのは明らかに戦闘員の格好だな、女の服装にいちいちコメントをするやつはモテんぞ。」
ガウルにうるさそうにあしらわれたグレイではある。
「あははは、ちげえねえ。」
なんだか全く屈託なく笑うやつである。
「グレイさんはマリエンタールの狩猟部隊で教官をしていたんですよ。最近お見掛けしませんでしたね」
にっこり笑うヴィエルニ、成程レランドの部下だったからな。
「おお、訓練所で俺の事を見ててくれたんだそりゃあ嬉しいぜ、食事を一緒にしてもいいかな?」
「はい、結構ですがご自分の支払いはご自分でお願いいたします」
あっさりと答えるクリーネ。
「ああ、もちろんたかりに来たわけじゃねえさ。こんな美人と一緒に飯を食えりゃ御の字だぜ」
「あら、そうですか?」
プルンと胸を揺らすクリーネ、怖い女である…。
「それで皆さんこんなとこに何の御用で?」
「ああら、もちろんリリト様の領主就任のご挨拶ですわ、あなたもその場においででしたからご存知ですよね」
「ああ、そうゆう事か?おお~い俺に魔獣のステーキを5キロたのむ」
「すごいっ、そんなに食べるんですか?」
「獅子族は基本が肉食だからな。これぐらい食わねえと持たねえんだ」
「ガウルさんは今はダイエット中だそうですよ」
「ロートルと一緒にしてほしくねえな、俺はまだ19歳だぜ」
「「ウソ~!」」
「グレイさんてずいぶん老けて見えるんですね、あらごめんなさい」
思いっきり突っ込むクリーネである。
「いやいいよ、いつも言われる事だからさ。それよりあんたこの間大型を倒したんだって?」
「ええ?いやあれはこちらのガウルさんが倒したのよ。」
「なんだ、やっぱりそういう事か。そういやあんたヘル・ファイアの使い手だもんな」
「どうしてそう思う?」
「こないだ俺に向けて撃とうとしたじゃねえかレランドに命拾いしたって言われたぜ。道理で竜の嫁があんたを先にぶん殴った訳だ」
「時にあんたら何でこんな所に来ているんだ?」
「お前には関係ない」
ガウルがそっけなく答える。
「巫女殿がさらわれたとか?」
ガウルはグレイを黙って睨みつける。
なんでこいつがその事を知っているのだ?あまりにも情報が早すぎる。
「面白いお話です事、ぜひ詳しくお話しいただけます事?」
「おお、ここの飯をおごっていただけるのであれば詳細にお話いたしますが?」
「ふん、聞きかじりの情報で飯をたかりに来たのか?」
「いやいや冗談ですがなガウルの旦那。まあ俺にも野望はいっぱいあってよ、今回のスープの情報を流したのにエルドレッドはボーナスを出してもくれねえんだぜ」
グレイは情報を流した上にエルドレッドで一日中スープの濃縮をさせられていたらしい、全然自分の功績が認められなかったとぐちぐちとしゃべり続ける。
まあ国の指示で竜神にケンカを売って危うく殺されかけた上に重大情報を持ち帰ったのに全然評価が変わらなけりゃ腹も立つだろうな。
「いいですわよ、獅子身中の虫でもマリエンタールに巣くう連中のあぶり出しには使えそうかもしれませんわね」
ぐっと胸を突き出して足を組む、結構いい形の足である。19歳のオトコノコにはかなり刺激が強いかもしれない。
まあ同族ではないので感じてないかもしれない……と思っていたが3人ともクローネの足の方に視線が寄っている。
「それで?その情報は誰から聞いたのかしら?」
「ああ?……ああ、そうそう俺は一応お宅の狩猟軍の戦闘訓練の教官をやってるんだぜ、この二人もそうだ」
グレイの視線もしっかりとクリーネの足方を向いていたみたいだ。
「なんじゃその程度の情報か、飯一食にはずいぶん高い情報だな。」
「俺の話はこれからだぜ、どうやらあの竜の嫁まで消えちまったみたいだからよ、コイツを見つけてくればやはり武勲だからな。」
「なんだ?お前リリトを救い出す白馬の騎士を夢想しているのか?」
「どうせあんたらもニャゲーティア政府が巫女を拉致したと思ってここにきているんだろう?いいじゃねえか俺たちも手伝ってやるぜ」
「おまえなあ、竜の嫁が普通の獣人にどうにか出来る訳がなかろう。それよりあの娘が暴発して政府を丸焦げにしたらどうする?」
「そうです、その為にこそ私たちがリリト様の安否の確認をしなくてはならないのです。」
おいおいクリーネさんあんたいつからそんなに勇敢になったんだ?
ガウルの杞憂を他所に突っ走るクリーネこの女にいったい何が起きた?
「協力を感謝いたします、是非一緒にリリト様を救出致しましょう」
クリーネがグレイの手を握りグワシと握手をする。おそらく腹の中では全く逆の事を考えているに違いない。
「そうですみんなでリリトさんを助け出すんです。」
ヴィエルニもそこに両手を乗せる、こっちの娘も相当に天然の様である。
ますます混迷を極める人間関係に頭を抱えるガウルである。
そんな訳で宿を取りその夜は領主鄭に忍び込んでリリトの存在を確認する事になった。
「あ~っ、絶対にいい事にはなりそうもない」
ガウルのボヤキが続いている。




