狩猟軍9
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――狩猟軍9――
同じころブードアニ・マテュー・フレデリク、ニャゲーティア領主は情報機関の猫耳族のエルトニアからの報告を驚きをもって受け止めた。
「竜の嫁がドゥングの領主になった?あんな大きな物がどうやって領主を務めるというのだ?」
総じて獣人による竜の印象は同じような物らしい。
「いやいや、子供の竜ですからだいぶ小さいです。エルドレッドに脅されて簡単に領主の座を譲ってましたぜ。」
カイヨウ・アンドレはチキンで有名な男だった、ああそうかと思うフレデリクである。
しかしさらに驚いたのは竜の嫁が奇跡を起こし兎族の娼婦の命を救ったとの情報である。
「いや~っ、あっしも竜の奇跡を初めて見やしたがなかなか荘厳な物でしたぜ。」
「いったいどんな奇跡だったんだ?」
「なんかお祓いしてやしたけど、その後なんか毎日薬を飲ませに行ってましたがねえ。」
「薬か?どんな薬だ?」
「さあ、そこまでは。お椀に入れて飲ませていただけでやすから」
おいっ、そこが肝心だろう!それを調べるのが情報部じゃないのか?
しかしエルトニアのにへらとした顔を見ているとあまり難しい事は無理かなとも思うフレデリクである。
竜と言えば神格化されてはいるものの総じて人が良く精神的には幼いという印象がある。
その役割から持ち上げられてはいるものの為政者に取ってはおだてあげてうまく利用すべき相手だと思っていた。
竜の招致は国を挙げての重大事であり、それによって国の財政を豊かにできるか否かが決定していた。
この100年は竜はエルドレッドに居を構えていた。
本来は要求できる筈もない竜への分担金を税として要求されて来たのであるが獅子族の軍隊を持つ国である逆らう事も出来ずに支払ってきた。
そんな事も知らずに毎日獲物を狩って食っちゃ寝の生活を送る竜にそれ程の知恵が有るとも思ってはいなかったのだ。
それ故に竜の嫁にもそれ程の知恵が有るとは思えずドゥングの社の巫女の差金ではないかと言う考えの方が強かった。
「竜の嫁は思った以上に知能が高いのか?それともわがままなだけの子供なのか?」
「高いんじゃ無いんですか?メサジェ・ベンセン将軍に恥をかかせて領主になりやしたから」
「ふうう~~~む」
ドゥングでの領主禅譲のくだりを聞いて唸ってしまう。
実際にマリエンタールの首都のキャニスより先に工業都市のジャマルの街に竜の嫁は社の巫女補と共に出向いている。
しかもそこでは領主の娘を助けラングに恩を売って助力を取り付けた様である。
しかも高炉を作り上げた変人とのお墨付きの有るサブリの元にも行っている。
「その薬というのはそんなに効き目があるのか?」
実際には魔獣のエキスを兎族が飲めるようにしただけの物であったがフレデリクにはかなり誇張されて伝えられていた。
問題はこの製法が既にエルドレッドにも流れているという事だろう。
そうなるとその薬はエルドレッド、ドゥング、マリエンタールの3国に完全に牛耳られる事になる事になる。
「何だってそんな事をしているのだろう?」
「やはり我がニャゲーティアを経済的に追い詰める為ではないでしょうか?」
元々ドゥングはエルドレッドの属国状態だしマリエンタールもまた経済的結びつきが強い。
今回の出来事は3国によるニャゲーティア包囲網の先駆けではないかとフレデリクが思うのも無理からぬ所ではある。
いずれにせよこのままではまずい。
竜がいなくなった事を隠して分担金を納め続けさせていたエルドレッドの悪政を暴き各国の離反を誘ったのにこの様な奇策に出るとは思わなかった。
そう考えるとこれはエルドレッドにある社の総本山の宮司長ヴァトーの姦計と言う事になる。
「ドゥングの社の巫女補が竜の嫁と一緒なのだな?」
「はい、どうやらマリエンタールで薬造りの指導をしているようです」
これまでの報告をまとめ上げると確かに竜の嫁の裏で社の巫女が画策しているように思える。
いくら頭が良くても竜がそのような発明をするとも思えなかったからだ。
だとすればニンゲンの知識に繋がっている社の後ろ盾を疑うのはもっともな話なのである。
「その娘から情報を得ることが出来ないかな?」
領主はボソッとつぶやく。
この国の社は旧都エレーヌに有ったがニャンガに遷都を行ってからはかなりすたれてしまったようだ。
なんでもエルドレッドの社本山でかなり前にお家騒動が有って当時の巫女が放逐されたらしい。
その時の巫女がそこに赴任してきたと聞いている。
そう言ったいきさつで本山の支援は殆ど無いとらしく没落ぶりは激しい。
子供の頃ブードアニは良くそこの巫女に遊んでもらった記憶が有る。
金が無いのに学校と孤児院を開いていたのでしばしば家の方に寄進を求めて来ていたのだ。
ブードアニもその巫女がとても好きだったので父親が金を渡していたのを覚えている。
遷都以来水運を発展させる為に力を注ぎ旧都のあたりはほったらかしになっていた。
あの巫女ももう相当な年の筈だが今はどうしているのだろう?
もう少し旧都周辺の再開発を考えなくてはならない時期に来ている。
そんな事を考えているとエルトニアがニヤリと笑う。
「拐かすと?」
「いや、我が国にも招待をするのだ。この様に勝手に政治的行動を取る社に少し警告をしなくてはならないからな」
ブードアニはしばらく考えていた。
ニャゲーティアは南にクロアーン、東にエルドレッド、北にマリーンタールと国境を接している。
社と敵対するリスクと3国と敵対する状況を天秤にかけていたのだ。
その結果ブードアニは南の国クロアーンとの同盟に思い至らざるを得なかった。
ドゥングとマリエンタールがエルドレッド傘下にありそれ等と対峙するとなればニャゲーティア一国では難しい。
そうなると残るはクロアーンなのだが……。
クロアーンの領主である熊族のドリーブ・エタンは温厚な人物で戦争を忌避しているのだ。
元々熊族の多い土地柄で大男が多い、雑食である彼らはその大きな体で開墾を進めどんどん国を大きくしている。
しかも海に面しているので他国との交易まで行っている。
あまり魔獣の肉を食わない為魔法を用いる者は少ないそうである。
しかしその体力に物を言わせた戦闘は獅子族並みの力が有るらしい。
争いを好まないが家族が危機に至るととんでもない戦闘力を発揮するとも聞く。
それ故にエルドレッドもクロアーンとは事を構えないようにしていると聞く。
ただ農家の大半が熊族であるため熊族以外の種族は農業以外の仕事に就いており狩人に熊族はあまりいない。
したがって行政職や商人として実質的に国を動かしているのは兎族であり彼らもまた戦争は好まない。
肉体的に一番弱く被害を受けやすので彼らは熊族を立ててその後ろに隠れてその立場を堅持している。
穀物の生産高は非常に高く周辺各国に対して輸出をしているが、エルドレッドの理不尽な徴税に対しても国が豊かなせいか文句も言わずに支払ってきた。
今回の支払い停止に関しても残る3国に歩調を合わせただけで特にエルドレッドに思う所は無いようである。
農繁期は畑を耕し農閑期は木を切って土地を広げ炭を売る仕事をしている。そのため国の拡大力は5ヵ国中で最大である。
逆に言えばそんな国が何故覇権を狙わないかと言えば熊族全体が争いを好まない事の一点に尽きた。
また人の良いこの連中と手を組んでエルドレッドに対抗するか?
国の上層部に兎耳族が多いのである、薬の製法を流してやれば簡単にこちらになびくだろうなどと考える。
◆
次の日からはサブリは研究所に出てきて電気泳動装置の開発に戻った。
メシ位ちゃんと食って仕事しろよと思うリリトであるが当の本人に全く反省の色は無い。
もっともスタッフが優秀なせいかサブリがいなくとも研究が進んでいたことに多少忸怩たる思いは有るようだ。
装置の構造としては簡単なものであり蛇腹に折りたたんだ紙の片側に魔獣のスープを入れ反対側に食塩水を入れて電極を両側に差し込むだけである。
後はそのまま放置すると食塩水の方に魔獣細胞が引き寄せられていくというものだ。
リリトはかなりいい加減に作ってみたがそれでもかなりの効き目が有った。
時間をかければそれなりに濃縮できるが時間をかけすぎると今度はそれ以外のタンパク質まで入ってくる。
うまく魔獣細胞だけを選り分けるようなフィルターとしての紙の質、間隔、電圧などをを調整しながら最適な組み合わせを探す。
最も好ましいのは魔獣細胞だけが大量に濃縮でき他のタンパク質が無いのが理想である。
ただでさえ兎耳族は獣の肉の消化能力が低いのである。できるだけ魔獣細胞だけを消化できる範囲内で摂取できるようにしたいのだ。
問題は検査方法である最初はサビーヌとセバスが味見をして判断していた。
しかしそれまで知られていた細胞の着色色素を試した所魔獣細胞のみに反応する色素を発見したのでその後は色の濃さで判断ができるようになった。
この辺はリリトの図書館的知識が役に立ったが爺さんの博識も相当な物であった。
数日間毎日のように魔獣の内蔵をすりつぶして透明なスープに仕上げるということをスタッフ総出で行っていた。
着色された魔獣スープとサビーヌ達の味見とでは意外なほどに差異はが少ない。
この娘の舌の能力もかなり高いものが有るようだ。
それにしてもこの研究室の能力の高さは驚異的であった。
殆どがサブリとラングの趣味で行われているような雑多な研究をいとも簡単に熟していくスタッフの能力の高さは凄まじいと言えるだろう。
「誰だお前は?」
毎回出来上がった魔獣スープを試飲していたサブリがますますツヤツヤしてきた。
最初はかなりの変態爺さんだと思っていたのだが毛艶がよくなり肌が張ってきて折れていた耳も立ってくる。
ついでに背筋まで伸びてきた。
するとえらい若い男に変身してきたではないか、こちらの方がリリトに取っては脅威であった。
すでに初めて会った時の小汚い爺はどこかに消え精力絶倫の若い男がそこにいた。
「お前本当は若い男じゃないのか?」
「当たり前じゃ、ワシはラングの後輩じゃぞ。」
なんでもラングの騎士学校時代の後輩で優等生だったラングに助けられていたそうだが結局成績不良で放校になった、体育科目が全くの駄目だったらしい。
まあ兎族であることを割り引いても更に壊滅的な運動神経だったらしい。
しかしお前ラングより若いのかよ?どう見ても20歳以上年上に見えるぞ。
……そう思っていたのだが、スープを試飲し続けていたサブリは確かにラングより若くなっていた。
魔獣スープ恐るべし。
濃縮の方向性は見えてきたのでこの後は保存性を確保しなくてはならない。
地産地消も良いがやはり作って数日しか使えないのでは困る。
瓶詰めの要領で瓶に詰めて煮沸してもよいがかなりコストが高くなってしまう。
「それならアルコールでも混ぜるか?」
果実酒は10%前後のアルコール濃度でもそれなりに長持ちする。
そこで寒天のような植物性のゼラチン質の物にアルコールを混ぜ濃縮したスープを入れてそれで腸詰を作ることにした。
無論兎耳族には皮は食べられないが中身だけ飲み込めば良いのだ。
徐々に製品化へ向けて完成度が上がっていく。
もっともアルコール入りの試作品を飲んだサビーヌは真っ赤になって眠ってしまった。
まあ薬だと思えば多少の副作用は仕方がない。
その間リリトは町の周囲の様子を見て回っていた。
鉱山は昔の坑道を補強し直しているようで産出量もまだそこそこ有るみたいだ。
街の周囲は初期の段階で木を切って燃料にした跡地は既に建物や畑になっているが森は街のすぐ近くまで迫っている。
元々開墾を目的とした街では無いので石炭が入ってきた以上それ程新たな開墾は行われてはいないようだ。
街にはキャニスに繋がる街道が立派に整備されている他にドゥングとニャゲーティアに繋がる街道は木を切り払って作られた道がある。
どちらも鉄製品を運搬する為に作られた街道でそれ以前は鉱山跡から旧世代の物資の掘り出しに使用されていたみたいだ。
夜になるとリリトはそっと別荘を抜け出した。
ガウルには夜の散歩だと言ってある。こいつは既に一本開けている、ただ酒には遠慮しない人間の様である。
リリトは前に見た見たガウルのヘル・ファイアが気になっていたのだ。
ステッペンウルフ退治の時の失敗が精神的に大きく響いていたのでこの次こそは成功させて見せると思っていた。
現在のリリトのブレスは街の中のような密集地帯では使用できない。
一方ファイア・ボールは大型魔獣に通用するとも思えなかった。
あのヘル・ファイアが使えれば大型魔獣に対抗できる。
あの時パイロットを死なせずに済んだかも知れない、そんな思いがリリトにはあった。
警備軍の訓練所までトコトコと飛んできてそっと中に忍び込む。
万一発射した場合開けた場所でなければ危険だからだ。
暗くなった訓練所には誰もいなかった。
夜間訓練はしないのだろうか?そんな疑問が湧き上がる。
まあ夜間訓練はどちらかと言えば森の中で行われるだろうからここではやらないのかも知れない。
リリトは口を開けガウルの放った魔法のイメージを強く思いだす。
口の中に炎の弾が現れる。それに気がついたリリトは口を閉ざす。
これではない。ガウルの魔法はもっと光が強い。
何度も何度も同じイメージを作る。
あの魔法はおそらく獅子族が独自に開発したものだろう、ニンゲン達の所に有ったライブラリーには資料が無かった。
もっとも実際の所獣人がニンゲンの手元を離れて随分になるので獣人は獣人なりの文化なり統治機構を作り始めている。
既に社会が構成されている以上進歩があるのは必定でありニンゲンの知らない獣人達の情報があるのは当たり前であった。
おそらく新たに様々な魔法が考案されているのかも知れない、あるいは単に体質によって魔法の発現形式が違うのかも知れない。
そうであればリリトにあの魔法を使えるとは限らない。
それでも何度も繰り返し試してみる。
竜はカテゴリー的に言えば獣人である。
したがって魔法を操る仕組みは獣人と変わることはなく魔獣を食べて魔獣細胞を体内に取り込む事によって魔法を操る。
竜はその体が大きいゆえに魔法の威力も大きいのである。
しかもブレスのように輻射熱の大きい炎を吐いて肉体的に無事でいられるのは竜族だけなのである。
その点で竜のブレスにも匹敵しながら輻射熱を発しないヘル・ファイアは非常に興味深かった。
面全体を焼き尽くすのではなくポイントに対してエネルギーを集中させるこの魔法は竜にとっても使い勝手が良い。
しばらく練習しているが出てくるのは火の玉ばかりである。
その日は諦めて帰る事にした。




