狩猟軍7
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――狩猟軍7――
「ドゥングにおきまして領主に就任された竜の嫁リリト卿がおいでになると聞き及びまして、先日と合わせて2度も娘の命をお救い下さってありがとうございました」
親父が頭を冷やしながらリリトに何度も頭を下げる。
まあ先日のはガウルひとりで倒したんだし今回はリリトはヴィエルニと一緒のチームにはいなかったんだけどね。
あんまり感謝されてもいささか困る状態ではあった。
「気にすることは無い、礼ならそっちのおっきいのに言ってくれ私が何かをした訳じゃないから」
行ける!それなら何とかカミさんを誤魔化すことが出来る!
まったく表情に出すことなく心の中でガッツポーズを作るラングである。
「なんじゃいラング、だらしないのうその程度でひっくり返るとはワシなんぞ竜の嫁に2回は殴られておるぞ」
不死身の変態兎爺が偉そうにふんぞり返っている。
コイツいつの間に病院から脱走してきたんだ?今度は天国に連れて行ってやろう。
「あんたは兎族のくせにタフすぎるだろう」
この親父はここの変態兎爺とは懇意にしているようだ。
今回の事は狩猟部隊が大型魔獣2頭をまとめて倒したんだからかなり大きなエポックな事らしい。
その親父の顔をじっと見ていたクリーネがつつっとラングに近付く。
「あなたは……ラング・ソルティ・アウグスト様ではございませんか?」
ああ~っやっぱり自分を知っている人間が一緒にいるよな~、領主だもんな~、そう思うラングである。
「クリーネ、こちらの方をご存知なのか?」
「はい、リリト様こちらの方はマリエンタール領主のアウグスト卿でございます」
これ以上の誤魔化しは無意味と考えたラングは居直る事にした、後は娘の恩人にどの位の対価を譲歩しなくてはならないか見極めるだけである。
「なに?この変態がか?」
「リリト様仮にも領主様をその様にお呼びしてはいけません」
「む、こ、これは失礼した」
「良いのですよ、正確には領主の夫ですし、これからもっと親しくなる為にリリちゃんとお呼びして宜しいでしょうか?私の事はランちゃんとお呼び下さい。」
ゾクッとリリトの背筋に悪寒が走る。
「む、だが断る!」
「そ、そうですか?残念です」
如何にも落胆したように肩を落とす。
「お主もこんな父親を持って苦労が絶えないんだろうな」
リリトが哀れみを持った目でヴィエルニを見る。
「あ、あの申し遅れました。私ジョジアーニはミドルネームでして正式にはヴィエルニ・ジョジアーニ・アウグストと申します。一応この事は狩猟軍の一般兵には秘密になっておりますのでよろしくお願いいたします」
リリトに向かってぺコンと頭を下げる。
「領主の娘の趣味が狩人というのも父親の心労が絶えない職業だな」
「そうなんですよ~っ、この娘が狩りに行く度に心配で心配で、今回はリリト卿にお助けいただきましたが今度またどの様な事が起きるのかと、そう思うとこの胸が張り裂けそうでして、リリト殿からも言っていただけないでしょうか?」
胸に手を当て悲壮なる父親の顔をする仕草があまりにも芝居がかっている。
なにやらいろいろ家庭の事情が有りそうなのでなるべくスルーしたいとなとリリトは考えた。
「なんとなくお主が狩人を目指した理由がわかるような気がする」
ヴィエルニはうんうんと大きくうなずいている。
父親とは気の毒な商売である。
「それで?リリト殿は今回の訪問はいかなる目的でおいででしょうか?就任の挨拶の前にこの様な汚い所を訪れるなどとは随分酔狂で御座いますな。」
「うむ丁度良い、実は作ってもらいたいものが有ってな。」
「ふむ、竜神様がその様な要求をされるとは実にお珍しい、どの様な物でしょうか?」
いきなり声のトーンを落とす、人が多いせいか?
「兎族の病気を治す薬だ。」
「ほう?薬草の事ではなく?」
変態兎耳爺いよりは食いつきが良い、見かけより頭が回るのか?あるいはすでに情報をつかんでいるとか?
チラッとサブリを見る、ああそういう事かとも思うが丁度良い。
「ああ、魔獣の魔獣細胞の濃縮技術だそうだ。これがうまくいけば肉の食えない兎耳族も魔獣細胞を取り込める事になる。」
変態爺いの説明の方が説得力が有るらしい、ラングも真剣に聞いている。
「なんとそれは画期的な。うまくいけば大儲けが出来ますな」
「お主はこの薬で大儲けをしたいのか?」
リリトは竜の歯をむき出してニヤリと笑う。
「そうですな、この溶鉱炉にだいぶ税金をつぎ込んでおりますからなその補填になれば幸いですな。ああ、無論利益は折半ということで」
ラングもまたニヤリと笑い返す、お互いの腹を探り合う微笑みで有る。
「こんな所で立ち話もなんですから私の別荘でお話致しましょうか?領主さまを町のホテルにお泊めする訳にもまいりませんから」
結局金の話も含めてアウグスト家のジャマルの別荘に案内された。
行ってみるとそれなりの大きさは有る物のなんじゃこりゃと思うくらい質素な作りで護衛の寮の方が立派なくらいであった。
エルドレッドとの関係で結構身辺は危険が有るので常に護衛は付けているらしい。
サブリ老人も同行してそこでその製造機械のお話も一緒に行うことにした。
「電気泳動法?」
「かつてニンゲンが発見した細胞の分離技術じゃ。まあそれだけで大体の概略はわかるがな」
「この装置には電気が必要でな、試作の段階では電気能力の有る獅子族に手伝わせたがここに来れば電気が有るのでこっちに話を持ってきて見たのだ」
「なる程?それであなたはこのアイデアの代わりに何を要求されるのですか?」
「社に対して発電機と濃縮器を降ろしてやれ」
「はっ?既に発電機は市販されておりますが?」
なにやらあっさりとリリトの目論見を先行させる発言である。
「サブリ、そうなのか?」
「当たり前じゃ天才のワシが作ったんじゃ、それを売らんでどうする」
「そうか?では何故みんな発電を行わないのだ?」
「簡単に言えば需要が無いと言う事です」
「どういう事だ?」
「電気を使う為にはある程度社会基盤が整っていないと難しいのです。例えば電球を作っていなければ電気を使う人もいません」
「問題はじゃな、電気は貯め置きが出来んしな、水車で作る程度の電気では使い道が限られるんじゃ」
つまり小型の発電機では使い道が無いうえに大型発電機は配電によるインフラ整備に金がかかる。
したがって国が国策として発電事業を行わないと電気は普及しないと言う事らしい。
「そういう事か」
国土の広範囲に渡る電源供給が不可能な状態で部分的に電気を供給してもそれを使うメリットよりも使わない工夫の方が大きければ需要は伸びない。
獣人の社会はそれ程多くの人口を抱えているわけではないのだ。
大量生産大量消費は産業革命以降の集約化された都市部だけの発想に過ぎない無駄が多すぎるのだ。
「天才は理解されなくてなあ、誰もワシの発明を利用しようとは思わんのだよ」
それはあんたがあまりにもアブな過ぎる様に見えるからだろうと内心で思うリリトである。
元々この変態兎爺の目論見は古代技術の復活でありそれによる儲けなどは所詮副産物に過ぎないと考えていたようだ。
「では社はどうだ?水車か風車で行える発電機を作る事は出来るからそれで各地の社でこのスープを作ればそれなりに需要は出来ると思うのだが」
「発電機技術はそれ程難しいものでは無い、他でも作っている国は有るようじゃぞ」
どうやら獣人社会もそれ程遅れているわけではなさそうだ、そもそも知識の多くは昔の物なのだから。
「それならば言う事は無い。電気泳動法は時間はかかるが電気量はそれ程大きなものは必要無いから水車程度の動力でもまかなえると思う。そしてこれは重要な事なのだが知識が分散されればどこかで廃れても他で残すことが出来るという事だ」
「もしかしてリリト殿は獣人がかつてのニンゲンの様に人口を増やし世界中に広がれば魔獣を駆逐できると思っておいでですか?」
「いやラング殿、多分それは無理だと思う。かつてのニンゲンは野放図に化石燃料を使って繁栄をしてきた、その地下資源が枯渇して核エネルギーにまで手を出したお陰で自らの生存圏を放棄してしまった。おそらく我々がニンゲン同様の繁栄を得るには資源が足り無いと思う」
ラングはフウウ~~ッとため息を付く、おそらく同じ考えなのだろう。
「残念ながら同感です、我々獣人はニンゲンの元から離れ地球を再生しつつ有ります。しかし人間が行ってきたような発展はもはや不可能でしょう。我々は手工業的農業国として生きていかなくてはならないでしょう。重工業を起こしたとしてもそれは一時的なものに過ぎませんから」
重工業を起こしかけている人間の発言とは思えないがこの言葉こそ現実と将来を見据えた考え方であろう。
もっとも現在の様に魔獣にその生息域を制限された状態では成長政策などは無意味でなのである。
ニンゲンは大地の恵み以上の物を求め土を掘り返しそれだけでは飽き足らず核の世界にまで手を伸ばして自滅してしまった。
その世界を再生しているのが魔獣たちである。
魔獣を狩り魔獣から大地を取り戻しつつも魔獣にその世界の浄化をゆだねているという煉獄がその中で細々と生きながらえざるを得ない獣人たちの世界である。
「そう言えばニンゲンはどの様な生活をしているのでしょうか?閉じ込められた狭いエリアで暮らしている以上衰退は目に見えていると思いますが」
「ああ、ニンゲンの出生率は低いので人工的に出産をさせた人間が施設によって育てられ人口を調整している。エネルギーは魔獣細胞を応用した機械が有って真空中から無尽蔵のエネルギーを生み出しているので心配はない。ただ魔獣を駆逐出来なければあそこから出ることは出来ないがあそこに閉じこもっている限りは安全に暮らしていける」
現在ニンゲン達は自らの居住エリアの外周に塀を作り魔獣の侵入を防いでいる。
魔獣はニンゲンと接触すれば必ず襲って来るが獣人は積極的には襲わない、その性質故に魔獣との共存が可能なのだ。
獣人達の街はそのニンゲン住むエリアの外周に沿って作られている。未だにニンゲンとの交易が行われているからだ。
そして徐々にその外に向って新たな街が作られ広がっている。
逆に塀によって囲まれているニンゲンのエリアが直径1000キロにも及び獣人たちの町の交易の邪魔になっている、それゆえに新しい町はすべてニンゲンのエリアから離れる方向に進みニンゲンは孤立しつつあるのだ。
しかし魔獣との戦いの為農地の開梱は思うに任せずある程度の集団がまとまっていなければ魔獣の侵食によりたちまち飢えてしまうことになる。
ところが良くしたもので高い繁殖率を誇る魔獣を狩ることにより人々は食いつなぐことが出来ると言う状況も有る。
したがって街というものは同心円状に作られ外周部では開梱による畑や牧畜が行われてはいるもののかなり小さな範囲でしか成立しなかったのだ。
竜が住み着くとその周りに獣人たちが住み着く様になる、魔獣は竜を恐れて近づかなくなるためである。
その結果徐々に街は大きくなるがあまり大きくなると竜は去ってしまう。魔獣を狩れる場所が遠くなってしまうからだ。
つまりこの世界では竜の住み着く場所に街が出来るがある程度以上は大きく出来ないと言う状況が出来上がっていた。
竜が生まれてから500年が経ちかなり獣人の住む街が世界各地に出来始めていた。
それとても一つ一つの大きさには上限が有りしかも竜の縄張りの関係で一つ一つは分散した場所に有るとういのが現在の状況である。
エルドレッドを構成する5つの街はそれぞれ独立して発展してきたが竜がいなければ発展は止まり5つの街が合体して一つの王国になることは無かったであろう。
そんな小さな街は現在でもかなりの数に上っている筈である。
社は全体を統べる組織を持たないもののニンゲンより与えられた通信機によって横のつながりを確保し住人のお布施によって学校を開き知識の集約に努めている。
また街との協約により傭兵を使っての魔獣の統計や失われた知識の探索も行われている。
世界戦争から約1000年経った現在失われたニンゲンの知識は重要なものであるがそれも時間の流れの中で文字通り風化しつつ有る。




