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狩猟軍6

1-041

 

――狩猟軍6――

 

 目を開けた魔獣はいきなりリリトに向かって噛みかかってきた。

「ひやっ!」

 噛まれても平気だと思いたいがやはり噛みつかれるのは怖い、体は大丈夫だったが手足であれば食いちぎられるかもしれない。

 しかしその動きはフェイクであり魔獣は素早く壊した家の中に向かって飛び込んで行く。

 

「しまった!」

 慌てて家の中に飛び込むと中に兄弟と思われる犬耳族の子供が部屋の隅に抱き合って震えていた。

 リリトは彼らの前に割って入ると両手の爪を魔獣の胸に突き立てる、子供とは言え鋼の刀を切り刻む竜の爪である。

 

「ギャアアア~~~ッ!」

 魔獣は痛みに悲鳴を上げるが構わず魔獣の体を持ち上げる。

 しかしリリトも身長は120センチ程度なので完全に魔獣の下敷きになってしまう。

 

 足の爪を立てて床に食いこませるとそのまま魔獣を家の外に向かって押し始めた。

 小さすぎるリリトが魔獣の体の下に入ってしまうと魔獣といえどもなすすべがなく外に押し出される。

 信じられないほどの竜のパワーである。

 

 外に出たところでリリトは爪を抜いて魔獣に切りかかる。

 竜の爪は皮を切り肉を削ぐ、しかしリリト腕は短すぎて急所まではとても届かない。

 ステッペンウルフは狼の魔獣なので牙以外は大した脅威ではない、それでも500キロの体から繰り出される犬パンチはそれなりの威力が有った。

 

「ぐえっ!」

 犬の足に叩き潰されてジタバタと手足を動かすリリト。

 

 それでも足に爪を立てるとそのまま飛び上がる、すると魔獣は足を引っ張られて転倒してしまう。

 リリトは旋回して倒れた魔獣の頭めがけて再び頭突きを敢行する。

 

 ゴ~ンと激しい音がして両者が吹っ飛んだ。

 頭がクラクラして目が回ったが構わず飛び上がると魔獣の首筋にその体を押し込む。

 頭を地面に押し付けられた魔獣の顔にブレスを撃ち込んでやった。

 

「ガハアアア~~ッ!」

 顔中火だるまになってのたうち回わる魔獣、そこに町の狩猟隊がようやくたどり着く。

 リリトは素早く魔獣から身を引くと壊れた家の中に飛び込んだ。

 暴れる魔獣に対し何人もの狩人が槍を突き込む、体から槍を引き抜いては何度も何度も突き立て続けた。

 ようやくおとなしくなった所にガウル達が追いついてきた。

 

「レランド殿こちらは片付きました、そちらは始末出来ましたでしょうか?」


 教官であるレランドは狩猟隊に顔を知られている、当然この狩猟隊のリーダーと考えていたのだろう古参と思われる狩人が尋ねてきた。

 

「うむ、よくやった。あちらはちゃんと止めを刺してきた」

 しっかりと手柄を横取りするレランドである。

 

「ではこちらも止めをお願いいたします」

 一応このにいる人間の中では最上位と思われているので礼儀として名誉を譲る。

「わかった。」

 レランドは刀を抜くと魔獣の首を切り落とした。

 

 そこにふたりの子供を連れたリリトが壊れた部屋の中から出てきた。

 狩人達が魔獣を攻撃し始めた時点でリリトは即座に子供を守る為に部屋の中に飛び込んでいたのだ。

 震える子供たちはその手に子犬を抱いていた。

 

「あっ!」

 外に出た子犬は体をよじって子供の手を逃れると死んでいる魔獣に駆け寄る。

 臭いをかぐようなしぐさをするとクーンクーンと鳴き声を上げる。

 

「こいつはお前たちが拾ってきたのか?」

 魔獣の死骸を前にガウルが子供たちの前に立つ。

 ガウルを見上げたまま子供達は顔をこわばらせて何も答えなかった。

 

「見ろ、この魔獣を乳房が膨らんでいる、こいつはこのステッペンウルフの子供だ。」

「ち、違うよその子は森で見つけた犬の子だよ」

 

「こいつが犬でも狼でも無い事はわかるな、ステッペンウルフの特徴である背中の赤い筋が見えないわけでも無かろう」

「だ、大丈夫だと思ったんだよ魔獣の肉さえ食べさせなければ魔獣にはならないんだろう?」

 

「我々は魔獣の住む世界で魔獣と共存している、お互いに殺しあってすらいるのだ。それでも我々はそこにある見えないルールに従っているのだ」

 ガウルは子供たちの目を正視しながら話を続ける、獣人が魔獣と共存して行く為のことわりを子供達に告げているのだ。


「草食の魔獣が肉を好んで食う訳では無い、したがって人間が飼っていれば肉食化はしない、しかしこいつは肉食だ大きくなれば必ず魔獣の肉を欲して食う事になる」

 

「だけど、だけど」

 子供は大粒の涙をぼろぼろと流しはじめる。

 

「魔獣と言えどもその生態は元の獣と変わることは無い、草食獣は草を好み比較的おとなしい。ステッペンウルフは肉を食うので必ず大型化するが大型化してもつがいとなり子供を産み育てるのだ」

「だって…僕の事を見て怖がらないで……手まで舐めるんだ……よ」

 

「この子がかわいいと思ったのだろう」

「そうだよ…だから僕たちが育てて……」

 

「この親もこの子犬を愛していた、だから取り返しに来たんだ」

「違う……違う……この子犬は……お願い殺さないで……」

 子供たちは泣きながらガウルに訴える、周囲の狩人達は気まずそうに見ているが顔をそむけようとはしない。

 みんな多かれ少なかれそれに近い経験をしているのだ。

 

 ガウルはしゃがみ込んで子供たちと目線を合わせるとゆっくりと話を続ける。

「お前たちがこの子を連れてこなければこの親がここに来ることもなかった。この親たちが死ぬこともなかったのだ」

 ステッペンウルフは狼の性質を強く残しており子育ての時以外は群れで生活をする。

 知能が高く獣人が危険な存在であることを知っており関わろうとはしない、そこは狼と同じである。

 

 ガウルは後ろにいた男を振り返る。

 古参の男は黙って子犬を抱えると立ち去っていく。

「おねがい!お願いだよ!その子を殺さないで!」

 ガウルは子供たちの前に立ちふさがりゆっくりと頭を振る。

 

 魔獣である以上いつかは我々と相まみえるのだ、しかもこれ程町に近い場所で生息していればなおさらである。

 安全に始末できるときは安全に始末した方が良いのだ、それは魔獣と共に生きる獣人たちの不文律でもあるのだ。

 子供の獣は可愛い、それが犬の系統であれば人間にもなつく、しかしそれが大きくなった時は非常に危険なものになるのだ。

 

 兄弟の親が来て子供達を連れて行く、子供たちは母親に抱き着いて泣いていた。

 子供達は自分たちがステッペンウルフの親子を殺したのだと言う事を心の深くに刻み付ける事になるだろう。

 

「リリト様お見事でございました」

 いつの間にかクリーネが後ろに立っていた、神出鬼没な奴である。

 

 残された魔獣を前に狩人達はリリトを囲むと全員が頭を下げた。

 

「竜神様におかれましては今回子供を守っていただいたことに深く感謝いたします」

 竜神と言っても子供である、そんな子供に大型魔獣グリックの相手をさせてしまった事に対して申し訳ないという気持ちが有ったのだろう。

 何より下手をすればリリトの命が危なかった。

 万一リリトが死ぬことでもあれば竜の報復を受け町が滅ぼされかねない危険性すらあったのだ。

 

「くそう、私のせっかくの服がぼろぼろだ、予備の服が有るのかな?」

「はい、ちゃんと予備はお持ちいたしております」

 

「私としてはもう少し可愛い女の子らしい服が良いのだが」

「わかりました、狩猟軍に掛け合って可愛い服を調達致しましょう」

 クリーネがドーンッと胸を張って答える、コイツなら何時何処でもどんな物資でも調達をするんだろうな」

 

「ヴィエルニはどこも怪我をしていないのか?体中真っ赤だぞ」

「魔獣の返り血です、早く帰って着替えをしたいものですわ」

 

 狩りに関わった全員で大型魔獣グリックを狩猟隊に運んでくる、狩りは獲物を運んで初めて終了となるのだ。

 今回狩りに参加したものはみんな返り血を浴びて真っ赤になっていた。

 

 獲物は大型魔獣グリック2頭であるが参加した狩人は軍と民間人の混成部隊となっており軍人には報奨金が民間人には 報奨金と獲物の代金が人数分の分割で支払われるらしい。

 民間人の中にリリトが含まれるのかどうかは知らないが…まあどうでもいい。

 

「リリト様~~~っご無事で~~~」

 サビーヌも話を聞いて駆けつけてきてリリトにビタッと張り付く。

 

「お怪我は御座いませんでしたか?あまり危険な事をされないでくださいまし~~」

 大丈夫、食われかけただけだ…とは言えないリリトである。

 

「そんなにびったりしがみつかなくても……逃げないから」

 余程今回の知らせに動揺したのだろう、ドロールに比べてずいぶん優しい娘である。

 しっかりとリリトにしがみついたまま離れようとしない。

 

 緊張から解放されてみんなで隊内でくつろいでいるとお茶をふるまわれた。

 後日報告書の為の聞き取りが有るのでみんな名前を書かされた。

 レランドは訓練中の隊員10人程度で大型魔獣グリック討伐を訓練対象としたことに関してはやはり問題になるらしい。

 そこにドカドカと大きな音を立てて誰かがやってきた。

 

「ヴィエルニ!」

 大声で叫ぶ声が聞こえる。

 ヴィエルニがギクッとなったような顔で振り返る、背は高いが細身の犬耳族の男がこちらに向って走り寄ってくる。

 ラング・ソルティ・アウグストである、返り血で血まみれになった娘を見て我を忘れて駆け寄って行ったのだ。

 

「大丈夫か?血まみれじゃないかヴィエルニどこを怪我した?顔じゃないだろうな?」

 肩をつかんで体中を見回すラングに身を固くしたヴィエルニがようやく声を出す。

 

「だ、大丈夫…よ、お父様。これは魔獣の返り血だから…私はどこも怪我なんかしていないから。」

「お前はなんてことをしたんだあんな大型魔獣グリックと渡り合う等ととんでもない事をして!無事で良かった私がどんなに心配した事か?」

 

 ヴィエルニを抱きしめてズリズリと頬ずりをする中年の犬耳族の男である。

 親子と言ってもヴィエルニも十分大人であるからかなり恥ずかしい事であろう。

 それにしてもこの親父かなり子離れの出来ていない親らしい。

 

「だ、大丈夫よ私はガウル様に助けられて…あ、あのお父様、こちら私達を助けてくださったリリト様とガウルさん」

 そう言われて初めてリリト達を見る犬耳親父である。

 

「こ、これは皆さんこの程は娘を救っていただきましてありがとうござ……」

 そこまで言って頭を上げる。

 

 最初はガウルに向って頭を下げていた、当然女子供が大型魔獣グリックを倒せる筈もないからガウルだと思うのは仕方がないだろう。

 しかし頭を上げてリリトを見た途端表情が変わる。

 

 竜である…竜の子供である。

 

 ラングはハタと気が付いた、娘が竜の嫁に助けられただと~~?

 まずい~っ!これはまずいっ!

 領主として竜の嫁を屋敷に招待せねばならないのに娘との関係がばれてしまった~~~っ。

 当然オベールとの会見をすればこの竜がその話題を持ち出さない訳がない。

 

 ばれる!オベールにヴィエルニが2度も命の危険に会った事が奥さんにばれてしまう~~~っ。

 

 と言う心の中の葛藤を一切表情に出すことなくリリトに向かい合う、これも日ごろの訓練の賜物である。

 

「こ、これは竜の子供……竜の嫁御殿ではございませんか?」

 

 むむっ、この男はひと目でリリトを竜の嫁と見抜いた、なかなかの慧眼の持ち主である。

 リリトは痛く感動し薄っすらと涙ぐむ。

 

「いやああ~~っ、感激ですなあ~~っ、この年になって竜の嫁御殿に会えるなどと、なんと光栄な事でしょうか?」

 いきなり両手を広げてリリトに抱きつこうとする親父。

 若い女ならまだしもこんなむっさい親父に抱きつかれたはたまらんと反射的に空中で一回転して尻尾で頭をひっぱたく。

「ふげっ!」

 

………………………………

 

「パパ大丈夫?いくらなんでもいきなり抱きついちゃだめよ、相手はレディなんだから。」

 意識を飛ばした親父は娘に介抱されて頭に濡れタオルを当てていた。

 

「いや誠に面目ない、竜の嫁御殿に会えた喜びのについ我を忘れてしまいましてな、まさかこの様に可愛い姿とは思いもよらず、つい…」

「うううう~~~~む」

 かなりのカルチャーショックを感じて唸るリリトである、私は本当に可愛いのだろうか?

 

「まあ、ブサイク犬を可愛がる御仁もおられますからな。」

 ボソッと独り言の様に話すガウル。

 

「何がいいたいのだ?」

 ブワッと口から炎を吐き出して見せるリリト。

 

「いや、なんでもござらんよ。」

 慌てて口を押さえるガウルである。


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