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狩猟軍5

1-040

 

――狩猟軍5――

 

「まずいなトウモロコシ畑の中に入られた姿が見えない」

「ヴィエルニ、畑を突破したと思うか?」

「わかりません、なぜ作物を食べないステッペンウルフがわざわざ町に来るのか?」

 

 畑の作物を食べに来たので無ければ魔獣が畑の中にいる筈がない。

 

「よし!みんな突っ込むぞ」

 その言葉を聞いて兎耳族の男がピョーンと跳ねるとその場から逃げ出した。

 クリーネの方を見るが無論の事とっくの昔にいなくなっている、あいつ何しに来たんだ?

 

「まて、レランド!中には入るな畑の手前で散開しろ」

「何ですと?ガウル殿魔獣に逃げられますぞ」

「奴らとっくにこっちが追いかけていることに気が付いている、相手を視認できない畑の中で猛獣と戦うなど自殺行為だ」

 

「むうっ、ではどうすれば?」

「リリトよ上空から攻撃をして魔獣をあぶり出してくれ」

「わかった」

 リリトは畑の上空に飛び上がると畑の中を見ていくが意外と地面が見えない。

 

 数回上空を旋回すると案の定一頭のステッペンウルフが畑の中ほどにうずくまっているのが見える。

「いたぞ!」

 リリトは魔獣に向かってファイアボールを撃ち込む。

 それに気が付いたステッペンウルフはファイアボールを躱すと下から衝撃波で反撃してきた。

 

 目に見えない攻撃に全身をひっぱたかれるような衝撃を受けて服がちぎれ飛ぶ。

 竜であるリリトには大きなダメージにはならないもののクルクル回って空高く吹き飛ばされてしまった。

 しかしファイアボールは畑の中で爆発をし炎か吹き上がった。

 それを見ていた狩人達はその炎を取り囲むよう畑の周囲に展開する。

 

「く、くそっ、魔獣ごときに遅れをとるとはうかつであった」

 魔獣を食らう竜のプライドを大きく傷つけられるリリト。

 リリトを吹き飛ばした魔獣は素早く跳ね起きるとトウモロコシ畑の中を狩人達に向かって走り始める。

 大きな体に踏みにじられるトウモロコシの穂は大きく動きうごき魔獣の位置を狩人に教える。

 

「そっちに出ていくぞ!」

 大声で怒鳴りながら魔獣を囲うように皆が展開する、すでに魔獣の位置は全員が把握できていた。

 槍を構えた狩人達が魔獣の襲撃に身を固くする。

 

「来るぞ!」

 姿の見えない魔獣が穂を揺らしながらドドドッと音を立てて突進してくる。

 見えないが故にその恐怖は大きく増幅され全員の脈を跳ね上げる。

「ひやあああ~~っ!」

 畑からバッと飛び出した魔獣の攻撃を必死て躱す狩人。

 

「馬鹿者逃げるな刺し殺せ!」

 レランドが怒鳴るが500キロの狼の突進である、まともに立ち向かえる筈もなく簡単に包囲を突破されてしまった。

 ところが一旦は包囲を突破した魔獣は振り返ると再び狩人達に向かって威嚇のするように牙を剥き出す。

 

「慌てるなん!槍を構えて遠巻きに包囲しろ」

 ガウルが怒鳴りながら前に出る。

 犬耳族の6人と獅子族の二人が槍を構えて魔獣と対峙する、猫族はその後ろに立って曲刀を構える。

 

「いやあああ~~~っ!!」

 ヴィエルニが魔獣に向けて槍を突き込んだ。

 魔獣は突き出された槍を避けて後ろに下がるとその隙に猫族の男が曲刀を構えて背後から突っ込む。

 しかしその動きを察知した魔獣は素早く位置を変えるが逃げる事も無く再び牙を剥き出して威嚇の唸り声を上げる。

 

 500キロの狼の持つ牙である、それに噛みつかれれば獣人の体など簡単にかみ砕かれてしまうだろう。

 狼が四つ足で対峙しながら頭の高さが獣人と同じなのである。

「はっ、はっ、はっ」全員が肩で息をしている。

 恐ろしい、逃げたい、しかし逃げれば背後から襲われる。

 全員が必死で恐怖に耐えていた。

 

(来るな!俺の方に来ないでくれ!)口には出せない狩人の本音である。

 

 ガウッ、ガウッと吠え声を上げながら囲まれた槍衾を前にしながらも引こうとはしない。

 体の大きさこそ違えその仕草は全くもって狼のそれであった。

 逃げれば逃げる事も出来ただろうがそれでもなぜか魔獣はそこから逃げようとはしない。

 

 しかしその姿を見て見てガウルには思い当たる事があった。

 狼は肉食であり畑に用などない、そもそも古今東西町が狼に襲われたなどと言う話は聞いたことがない。

 それにも関わらずこいつはここにいて狩人達と対峙しているのだ。

 

「リリト!こいつは囮だ、もう一頭の魔獣を探せ!」

 ガウルの言葉にリリトは思い出した魔獣は2頭いるのだ。

 もう一頭が目的が何かは知らないがそれを達成するまで狩人をここに引き付けておく、その為に魔獣はここから逃げないのだ。

 

 その目的は多分町の中にある、その目的を邪魔する人間はすべて噛み殺そうとする意志がはっきりと感じられた。

 ここで引けば町の人間に大きな被害が出る、狩人達は命を懸けてでもこの魔獣を止めなくてはならないのだ。

 

 一人が槍を構えながら炎の魔法を使う、槍の先からいくつもの炎が打ち出される。

 野球のボール程の火の玉が魔獣の顔に当たる。

 目はつぶるものの全く意にも介さない、やはり犬族の魔法では威力が足らないのだ。

 逆に魔獣はそれを撃った狩人に牙を向いて飛び掛かる。

 

 槍で牙を防いだが魔獣の牙は簡単に槍の柄を噛み砕いた。

「ひいいいいい~~~っ」

 男が大きく口を開けた魔獣の牙を見て悲鳴を上げる。

 ガウルが手のひらから魔獣に向かって衝撃波を撃ちこむとさすがに効いたのかばっと後ろに下がって威嚇する。

 

 

 

 リリトは人家に向かって全力で飛んで行った、町の住人には女子供もいる戦うすべもなく蹂躙されるだろう。

 街外れにあるこの畑の持ち主と思われる集落にたどり着くとやはりそこにいた。

 もう一頭の魔獣が盛んに臭いをかいで何かを探している、リリトが近くに行っても知らん顔で家の中を探るように外壁をひっかいている。

 おそらくリリトが小さいので相手にしていないのであろう。

 

 ガウッガウッと大きな吠え声を上げると家から少し距離を取る。

「グアアアア~~~ッ!」

 一声大きく吠えると家の外壁が砕けて飛び散る、さっきリリトが受けた衝撃波である。

 

「いかん中に人がいる。」

 壊れた壁の内側にチラリと人間の姿が見える。

 魔獣は壊れた外壁のから中に飛び込もうとしていた。

 慌てて建物と魔獣の間に体を滑り込ませて魔獣の進行を阻むリリト。

 

「ガアアアウウウッ!」

 突然現れた邪魔者に向かって狼は大きく口を開けて噛みついてくる。

 何しろ魔獣の頭だけでリリトの体くらいの大きさが有るのだ、カポッと頭の上から胴体まで噛みつかれて口の中に入ってしまった。

 

「あたたたたっ」

 じたばたと暴れるが体が口から抜けない、大きな牙がリリトの体に食い込んでくる。

 

「いかん食われる!」

 一瞬そう思ったが流石竜の体は丈夫である、何とか噛み千切られる事無く耐えているではないか。

 

「このおおお~~っ、調子に乗りやがって~~~っ!」

 ボンッと魔獣の口の中に火の玉を押し込んでやった。

 

「ガハッ、ガハアアア~ッ!」

 喉を焼かれたステッペンウルフはリリトを吐き出す。

 

「うええええ~~~っ、唾液まみれで気持ち悪い~~~っ」

「ガアアア~~~ッ」

 怒った魔獣はリリトに向かって衝撃波を撃ちだしてくる。

 

「うおおおお~~~っと!危ない~~~っ!」

 衝撃波がリリトをかすめるて後ろにある家をさらに破壊する。

 この程度は当たってもリリトにはどうと言う事は無いが吹き飛ばされている間に家の中に魔獣が入ってしまう。

 

 ここは絶対に引くことができない。

 

 ぶわっと火の玉を魔獣の顔に向かって吐きかけるがやはりスピードが遅い、魔獣は余裕でかわしている。

 ファイアボールはやっぱりダメか、しかしブレスでは周り中を焼いてしまう。

 

 それでも最後は仕方がないかとも思ったが、試しにガウルの放ったヘルファイアをイメージして大きく口を開けてみる。

 光の粒子がリリトの口に集まってくる、それを魔獣は後ずさりをしていながら恐怖の面持ちで見ている。

 本能的に危険を感じているのだろう。

 

「よしっ!いけるっ!」

 そう思ったのだがいきなりポシュッと音がして光が消えてしまう。

 

「グアアアア~~~ッ!」

 怒った魔獣がリリトめがけて牙を向いてくる。

 

「うおおお~~っと、待て待て待て」

 慌てて魔獣を止めようと前に出ると魔獣の頭と鉢合わせになった。

 

 ゴツッ

 

「あがっ!」

「ギャン!」

 すごい音がして両者が吹っ飛んぶ。

 

「あたたたたた~~~~っ」

 ものすごい衝撃に足をバタバタさせ頭を抱えてもだえるリリトである。

 

「いかん!魔獣は?」

 気が付いて慌てて涙目で魔獣の方を見ると完全に白目をむいていた。

 

 その時になってようやく町の狩人部隊がこちらに向かって走ってくるのが見える。

 その中に何人かの獅子族もまざっていた、もっとも足が遅いので犬族と猫族からはかなり遅れているようだ。

 それでも獅子族がいればこの魔獣を殺すことが出来る。

 

 ちゃんと気絶しているかどうか鼻づらをコンコンと叩いてみる。

 いきなり魔獣が目を開けてリリトを睨んだ。

 

「ひええええええ~~~~っ!」

 魔獣の眼光に悲鳴を上げるリリトである。

 

 

 

「レランド前に出ろ!狩人を守るんだ!」

 

 槍を折られた狩人をひっつかむと後ろの方に放り投げるガウル、槍を持たない狩人はただの邪魔者でしかない。

 放り投げられた男はわたわたと這いずって後方に逃げていく。

 レランドがその男を横目に両手を大きく上げて構えている。

 

「はあああ~~~っ!!」

 衝撃波の鎌がいくつも発生し魔獣に向かって飛んでいく、カマイタチである。圧縮された空気の渦が雲を発生させ空気の鎌の姿が見える。

 バチバチと魔獣の体に当たり血を噴出させるが魔獣を怒らせる程度の効果しかない。

 

「だめだそんな物では皮しか切れん、槍を持って前に出ろ!」

「ガウル殿ヘル・ファイアを使う時です」

 怒鳴るガウルにヘル・ファイアの使用を促すレランド。

 

「こんな乱戦で使えるか!黙って槍を突っ込め!」

 ガウルは突っ込んで来る魔獣の攻撃を紙一重で躱し魔獣の脇に槍を突っ込む。

 一瞬動きの止まった魔獣の後方から猫族の男が足の腱に切りかかる。

 

「ガアッ!」

 悲鳴を上げる魔獣、しかし足の太い腱はそう簡単には切れなかった。

 それでも痛みの為に動きの鈍った魔獣に対しヴィエルニが喉元に槍を突き込んだ。

 

「ガアアッ!」

 魔獣はそれを振り払うとヴィエルニは槍ごと後方に吹き飛ばされる。

 

「きゃっ!」

 戦いの場にそぐわぬ可愛い悲鳴が聞こえるが魔獣から噴き出した血で体が真っ赤に染まる。

 

 倒れたヴィエルニに襲い掛かろうとした魔獣の顔にレランドのカマイタチが集中する。

 顔を切られた魔獣は目が見えなくなりヴィエルニへの攻撃が外れる。

 ヴィエルニが素早く立ち直ると目の前に魔獣の顔がある、その喉笛に思いっきり槍を突き立てた。

 同時に周囲に展開していた槍持ちが一斉に魔獣の体に槍を突き立てる。

 

「ガアアアア~~ッ!」

 全身を震わせ食い込んだ槍ごと狩人達を振り払う。

 体中から血を噴出し真っ赤に染まった狼である。

 それでもその覇気は衰えるどころか満身創痍となっても逃げるようなそぶりは見せない。

 

「何をしている奴はもう瀕死の状態ださっさと止めをさせ!」

 レランドが槍を持って前に出る。

 いきなり魔獣は前に出たレランドに向かって飛びかかってきた。

 

「ひっ!」

 小さな悲鳴を上げるレランドである。

 すぐ後ろにいたガウルが槍でレランドの足を払う、あおむけにひっくり返ったレランドの上を魔獣が飛び越していった。

 

 ズイッとレランドと魔獣との間に分け入ったガウルは大きく足を開いて槍を構える。

「結局こいつは変わっていないな~」

 チラリとレランドを見るガウルである。

 

 昔から立ち回りだけはうまい男だった、ちゃんと修行を続けていればそれなりの腕になっただろうに。

 ガウルの持つ覇気の前に魔獣もいささかの躊躇が見える、すでにかなりの深手を負っているが今逃げれば魔獣であるから生き延びることは出来るだろう。

 それでもこいつは逃げる事無く狩人の包囲に敢然として立ち向かってきている。

 

 動きを止めた魔獣の周囲には犬族の狩人が槍を構えて包囲をしている、先ほど槍を折られた狩人も予備の剣を持って構えていた。

 いい面構えだとガウルは思った、生き残ればそれぞれに良い狩人になるだろう。

 そしてこの狼の大型魔獣グリックだ。

 

「お前、何を守りたいんだ?」

 

 ガウルはボソリと呟く。

「グアアアア~~~ッ!」

 多分これが最後だとわかっているのだろう魔獣はガウルに目掛けて突っ込んできた、最も覇気の強い相手と刺し違えて死ぬつもりだ、

 

 わずかに体をずらし狼の牙を躱すとその喉笛から心臓に向けて深々と槍を突き通す。

 周囲の狩人も同時に何本もの槍を魔獣に向かって突き刺し剣を持った男はその剣の根元までを狼の体に埋め込ませた。

 

 ガウルは素早く槍を離すと剣を抜いて魔獣が倒れる前に首を切り落とす。

 そこにいた全員が返り血を浴びて真っ赤に染まっていた。

 

「リリト!」

 刀を鞘に納め魔獣に足をかけて槍を引き抜くとガウルはリリトのいる方向に向かって走り出した、他の狩人達もそれに習って走り始める。

 

 ひとりレランドだけは出遅れた。


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