竜の嫁4
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――竜の嫁4――
昼頃まで干していると肉が乾いたので袋に入れて馬の背に乗せる。
「お前はどうする?後ろに乗ってもいいが、飛んでいくか?」
「いやなるべく魔力は温存しておきたい、後ろに乗せてもらおう。」
体の小さなリリトは使用できる魔法の総量も少ない、万一に備えておきたいのだ。
「わかった、そうするが良い」
リリトは馬の顔の前に飛んでいく。
「そういう訳だから乗せてもらうよ」
「ブヒヒヒッ」と馬がいななく。
そのまま後ろに回ると後ろを向いて座る。
「どうした?なぜ後ろを向いて座るのだ?」
「前に座ればお主の背中しか見えないでは無いか?」
ガウルの背中の幅は優にリリトの3倍はあり鞍の上に立ってもリリトより更に高い。
「はっ、はっ、はっ、その通りだな賢き者よ」
ガウルはゆっくりと馬を歩ませ都に向かった。
「ドゥングの都はどんなところだ?」
「そうだな、一言で言えば遊ぶ事の出来る町だ、何しろ温泉が出るからな」
「温泉?地下から湯の出るあれか?」
「そうだ、近くに古い火山があってな今はもう火口に水が溜まっておるよ」
「お主の言う遊びとはもしかしてアレの事か?」
リリトは小指を上げたつもりだったが3本とも指が上がってOKマークになってしまう。
「無論それもあるし湯治場もある。男を喜ばせるあらゆる施設も整っているし地下とばく場とかもある」
「何故とばく場が地下に有るのだ?」
「別に穴を掘って経営している訳じゃない、エルドレッドにも同じような施設が有るのでな目を付けられないように隠れてやっていると言う事だ」
エルドラッドの領主はかなりせこい人間らしい。
「それにしても温泉に入れるのか~?」
「お前さんは温泉に入ったことがあるのか?」
「馬鹿にするな、ニンゲンと共に暮らしてきたのだ友人達と毎日入っていたわ」
「いや…竜は溶岩風呂に入ると聞いていたが?」
「都市伝説だ!生き物が溶岩に浸かれる訳が無かろう」
いったい誰だろうそんな都市伝説を作ったのは?
「成程、ニンゲンはまだまだエネルギーを豊富に使える機械文明が残っているようだな」
ここで言うエネルギーとは燃料の事である。
ニンゲンと違い獣人の燃料は薪か石炭である。しかし石炭は採炭されてはいたが運搬の手段が無くあまり街では使用されてはいないとリリトは聞いていた。
古くから燃料が豊富にある所にしか沸かし湯の風呂は存在しえない、したがって湯に浸かれる風呂に入るのはかなり贅沢な事なのだ。
「機械文明は人口の集約度が上がらなければ進歩しないからな。それに魔獣を年中狩り続けなくてはならない負担を考えるとなかなかこの世界での発展は難しいのだろう」
「そんな場所にお前さんは良く嫁いで来る気になったものだな」
「仕方なかろう良くも悪くもいずれ我々が大きくなってしまえばニンゲン界での居場所は失われてしまう」
現実問題として獣人族の間でも竜は異質なものとして扱われている。
それはその強力な肉体と共に死ぬことのない寿命が獣人達の羨望を集めているせいでもあった。
「そういえばお前さん達竜神族は服を着ないのかね?」
大人の竜は当然服を着ない、必要が無いし大きすぎて作ってくれる者もいないからだ。
「いや嫁いで来るのだちゃんと服は着てきた。残念ながら墜落のとき焼けてしまったのだ」
そうか、とガウルは初めて気が付いた。
空を飛べる竜がヘリと共に墜落したのは搭乗員を助ける為で有ったのだ。
不死身の竜とは言えヘリと共に墜落するのは恐ろしかったであろう、この娘の度胸も去る事ながら非常につよい心も持ち合わせている。
「それは気の毒にな。都についたら社に買ってもらうと良い。」
出来うるならばうまく獣人達の間に自らの居場所を作ってもらいたいと願うガウルであった。
それから2日かけてドゥングの都についた。
流石にこの国一番の都だけにそれなりの賑わいであった。道は結構広く馬車や荷車が行き来している。
リリトは飛び上がるとガウルの横を飛びながらお上りさんよろしくキョロキョロと周りを見回している。
「いらっしゃい、いらっしゃい、お肉はいかが~?」
「お泊りはこちらの宿にどうぞ~。」
「野菜だ、野菜だ、新鮮だぞ~。」
街の喧騒が二人を包む。
「すごい活気の有る街だね。」
「いや、それ程の町では無い。お前さんのいた街はこの程度の賑やかさもないのか?」
実際にはここよりはるかに大きな街をリリトは知っている、しかしそれはニンゲンの住む街である。
その街はここの様に騒がしいものではなくむしろ多くの人が住みながら活気の無い静かな街であった。
人々は未来に対する希望を持てずただ生きる為に生きていた様にすら思えた。
その結果自分達より劣る者として獣人達を蔑視して自らの無力さから目を背けている。
誰かを攻撃することによって自らの不安感を誤魔化しているようなニンゲンが多くいた。
人口は減り続けそれを人口出産で補っている、まるで時が止まったかのように人々のエネルギーを感じない街でもあった。
それに引き換えこの街は何と言う熱気に溢れているのだろう、人々が自分たちの生命を目一杯主張しているのだ。
「住んでいる人間ははるかに多いし街も大きい、だけどここのように沢山の人間は外に出ていない。」
「家の中に引っ込んでいるのか?仕事や買い物はどうするんだ?」
「良くは判らない、我々は子供だったからあまり繁華街に出かけた事は無いのだ」
「それって隔離されていたとは言わないのか?」
ガウルに指摘されリリトは初めて気が付いた、そういう判断も有るのか?
「そういう考えも有ったな、しかし一応我々はニンゲンの子供達と一緒の学校に行ってはいたぞ」
確かに子供達だけで繁華街に行くことな無かったしそれが当たり前だとも思っていた。
何しろ竜と人間では丈夫さが違いすぎてニンゲンの中で暮らすのは危険だと言われ続けて来たせいも有る。
まあ街に行っても何もできない、何かに触ればすぐに壊れてしまうくらい脆弱な物が多すぎたからだ。
生活は限られたコロニーの中でのみ行われ、街に行くときも必ず誰かの付き添いが有った。
無論実地研修では周囲の獣人達の村を訪れてもいた。
しかしこれ程直接的に大勢の獣人達と触れ合う様な事はあまり無かったと記憶している。
「なんかみんなが私の方を見ている様な気がするのだが」
バスケットを片手に歩く女達、その辺でたむろする若者達、はしゃぎまわる子供達も動きを止めてこちらを見ている。
「ああ、魔獣を連れた傭兵は珍しいからな」
「魔獣?アザックの事か?」
ガウルはクックックッと体をゆすって含み笑いをする。
「魔獣と言うのはお前さんの事だよ」
「わ、私だと?私は竜で有って魔獣ではないぞ」
リリトが勢い込んでガウルに抗議した、空を飛ぶ竜を見た事の無い獣人などいる訳もなかった。
何故自分が魔獣に間違えられるのかリリトにとってまったく理解の外にある事なのだ。
「誰も竜の幼体など見た事は無いんからのう、大きな竜しか見た事がないから竜とはその様な者だと思っているのだよ。見た事の無い獣を連れていればそれは魔獣としか考えない、人とはそう言う物なのだよ」
「つまり本当に私は魔獣と思われているのか?そんな馬鹿な!」
正面から制服のような物を着たサーベルを下げた男がこちらに近づいて来る、警備の者らしい。
「こんにちわドゥングの街へようこそ、その魔獣は初めて見るが危険は無いのかね?」
この男どこに目を付けている、燃やしてやろうかと思っていたらガウルに口を塞がれた。
「ああ、大丈夫ですよこいつは旅の途中で拾った竜の子ですから人に危害は加えませんよ」
ガウルの言葉にぐっと胸を張るリリト、最強無双の竜のプライドである。
「はっはっは、それは良いな、ただし住民の誰かに怪我をさせたらその責任はあなたに課せられる事を忘れないでください」
この男全くガウルの話を信じていない。
「大丈夫この娘は大人しい娘ですから決してあなたを燃やしたりしませんから。」
「ああ、是非その様にお願いしますよ、それと出来れば首輪を付けてもらった方が良いですね、間違って住人に攻撃されると困りますから」
それだけ告げると男は去って行った。
「く、く、首輪だと~~~っ!」
去って行く男の後ろからくわっと口を開けるリリト。
「まさか燃やすつもりじゃ無いですよな」
ガウルが渋い声でそっとつぶやく。
ぐぐっと怒りをかみ殺してリリトは口を閉じる。
「む、無論だ。人間ごときに惑わされる私ではない。それにしても首輪とは何たる無礼な発言」
「まあ飯を食ったら社に行きますからそこで服をもらいますか」
ガウルは酒場の様な所に馬をつける。
「ここまで毎日干し肉ばかりだからな、ソースのたっぷりかかった肉でも食おうかのう」
頸木に馬を繋ぎ酒場に向かって歩き始める。その横をリリトが尻尾をピンと立ててテトテトと飛んでいく。
「なに~~?その子かわいい~~~っ」
後ろから数人の黄色い声が聞こえる。
獣人の三人娘であった、友達のグループかなんかであろう。
「おじさ~ん、この子な~に?なんて言う魔獣なの~?」
「どこで捕まえたの?それともどこかで買ったの~?」
「餌あげていい~?、このクッキーを食べるかしら~?」
一人の娘がぐっとリリトを抱きしめる。
「ああ~これこれその娘、その様に胸でパフパフすると息が詰まるぞ」
ガウルが三人に向かって腰を折ると優しい声で注意する。
「むぐぐっ、んぷぷぷぷっ」
「爪に触るでないぞ~、すごく鋭いからな~」
「ぷはあああ~~~っ」
ようやく娘の胸から逃れたリリトが大きな口を開けて深呼吸をする。
「はい、あ~ん。」一人がリリトの口にクッキーを突っ込む。
「あががっ、もぐもぐもぐっ。(う、うまい)」
無理やり突っ込まれたクッキーをうまいと思う情けない竜である。
「この魔獣なんて言う魔獣かしら?うちでも飼えるかな~?」
「その娘は竜の幼体じゃからな~、お前さんの何倍も長生きするし成長したら家より大きくなるぞ~」
「やだ~っ、おじさん冗談ばっかり~」
娘はリリトをぎゅっと抱きしめたまま体をクネクネさせる。再びパフパフがリリトを襲う。
「ふぐううう~~~~っ」
さっき同様息の出来ないリリトがじたばたもがいている。
それでも娘に爪を立てない理性は称賛されるべきだろう。
「そろそろその娘の息が詰まりそうじゃから離してもらえんかのう~」
「あららっ、ごめんなさ~い。」あわてて顔から胸を離す娘である。
「はあっ、はあっ、じぬがと思っだ~っ」
リリトは娘の手の中でぐったりしていた。
「やだっ、この子しゃべるじゃない」
「あ、当たり前じゃ!これでも竜の嫁だぞ!」
「「「えっ?」」」
一瞬で3人の表情が凍り付く。
「お、おじさんまさかこの子ってほんとうに?」声がいささか裏返っている。
「おお、さっきから竜の幼体じゃと言っておろうが。」
リリトが宙に浮きながらぐっと胸を張る。
「本当に竜神様の嫁に来た……?」
3人はリリトからすすすっと後ずさる。
「いやあああ~~~っ、ごめんなさ~いっ!」
「燃やさないで~~~っ」
三人は必死で走り去って行った。
「何だったんだ?あいつらは?」
何故かガウルの横顔がニヤついている。
「お主わざとあいつらのやる事を止めなかっただろう」
「おお、とんでもないただお主があんなに人気が有るとは思わなんだからのう」
……今度やったら燃やすぞ。
「お主には言っていなかったが竜の捜索には社から報奨金が出ているのだ。当然各地の領主からも出ていてな、実はお前さんは賞金首なのだぞ」
「あまりうれしくはない響きだな」
「竜に住んでもらった領主は力を得る事が出来る、それ故にみんなお前さんを欲しがる、領主も、そして社もだ」
ニンゲンの所で得てきた情報では社は竜族を神としてその世話をすることによりその存在を示していると聞いている。
「しかし竜は自由に生きているからいくら賞金を懸けてもその領主の言う事を聞くわけではないだろう」
「まあ、権力にを欲する人間にはそう言った所は目が曇るのだ、いずれにせよここからお前さんは様々なトラブルに巻き込まれるだろうな。お前さんの賞金を狙って出し抜こうとするものが出て来るしお前さんを利用しようとする者も出てくる」
「今みたいなトラブルか?」
「あれはイレギュラーだ、なんでお前さんを可愛いと思うのかワシには若い女子の気持ちはわからんでのう」
「……………………」(私も若い女子なのだが)
「まあ人を従わせるのは力だけでは無い、権謀術数、様々なしがらみで人を従わせる事は出来るからな」
リリトはこの時のガウルの言葉の意味をこの後いやと言う程に味わう事になった。




