狩猟軍4
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――狩猟軍4――
「貴様のやっている事は対人戦闘訓練ではないか。魔物の狩りには全く役に立たんのではないか?」
ガウルの言う事の方が真っ当であろう、魔獣は人間ではないのだ。
「いえいえ、私は訓練の依頼を受けてここに来ているだけですからそのへんは関知するところでは御座いません。」
「つまりお前はマリエンタール政府からの依頼によってここで狩人の訓練をしに来ているということか?」
「左様で御座います竜神様。」
「それでわかった、先日ワシに因縁を付けた若造はここから連れて来たのか?」
「一応彼はエルドレッドの兵士ですから教官ですがね」
「あれもあまり見境の有る男ではないな。」
「とんでもない、町中でヘル・ファイアを使おうとしたガウル様に言われたくは御座いませんな」
「お前らいい年こいて口喧嘩しているんじゃない、見ろ周りの連中があっけに取られておろうが」
それまで訓練を続けていた兵士達が遠巻きにふたりを囲んで様子を見ていた。
もっともヘル・ファイアという言葉が出た途端全員が3歩くらい引いたのには二人共気づいていないようだったが。
やはりヘル・ファイアは伝説級の魔法らしい。
「とにかくレランドはマリエンタールに頼まれてエルドレッドからこの国の狩猟部隊の訓練を行いに来たというわけか。」
「対人訓練を馬鹿にされるべきではありません。大型魔獣や中型魔獣等は牙や角で反撃してまいりますからな、竜神様が留守の現在それらの驚異に立ち向かうのは狩猟軍の者しかおりませんので、彼らの再教育を仰せつかった次第であります」
まあ一応筋は通っているようだが多分本当の目的は別の所に有るのだろう。
話が終わるとヴィエルニがそっと近寄ってくる。
「竜神様その節はどうもお世話になりました」
「ヴィエルニか、この間の件で再教育とか言われたらしいな」
「まあお仕置きみたいなものですが、あれは私の失態でしたから仕方がありません」
ずいぶんしおれた顔をしていた、あの時の事がかなりこたえている様子だ。
「だが今やっているのは対人訓練ではないか、こんな物狩人の役に立つのか?」
「私も意外に思っているのですよ。以前に訓練を受けた時にはこんな練習はありませんでしたから」
やはりこの訓練は最近の事らしい。
そこに馬に乗った猫族の男がやってきてレランドに耳打ちをする。
「丁度良い所に連絡が有りました、近くの森で中型魔獣が見つかったそうですから日頃の訓練の成果を確認致しましょうか?」
実地訓練と言う訳だ。しかしここにいる者は比較的若い連中だ中型魔獣と言ってもベテランがいなければ難しいだろう、戦いの危険性も有るがむしろ追跡がうまくできるかどうかだ。
「連れて行くのはどんな連中なのだ?」
「大体2~3年の中堅どころですかな?ベテランではないが戦闘力では若さゆえにベテランを上回りますからな。」
狩りは結構獲物との知恵比べとなる場合が多い。
危険を察知した獲物は逃げるのだが逃げる方向を探りながら追い詰めて行くのが狩りである。
ここが草原であれば馬で追い詰めて槍で突けば良い。
しかし樹海では遮蔽物が多く身を隠せる場所も多い、相手が攻撃能力を持つ獣であれば物陰に身を潜めて反撃を食らう可能性すらあるのだ。
したがってベテランは獲物心理を呼んで獲物の先に回り込めるが新人は自らの目と耳と鼻で獲物を追いかけるだけしか出来ない。
「大丈夫ですよ我々とても毎日狩りに出て獲物と対峙しています、決して中型魔獣程度には引けを取りません」
犬耳族の若者が前に進み出る。おそらく大型魔獣はおろか中型魔獣と対峙した経験もないのだろう。
大型魔獣に追われた経験のあるヴィエルニが若者をいさめていた。
「面白い、お前の育てたと言う若者たちの腕を見せてもらおうか」
ガウルが唇をめくれ上がらせて牙を見せる。
「とくとご覧ください。」
レランドは臆することなく優雅に頭を下げる。
「クリーネお前はここから引き揚げろ、兎族の文官が行く場所じゃない。
「おや、リリト様は兎族の逃げ足の速さをご存じないのですか?」
クリーネの言葉にガウルがガッハッハッと笑う、どうやらクリーネも狩人の実際の仕事を見学する気満々の様である。
「まあ兎族は本能的に危険を察知するらしいからな」
リリトはここに来る途中の事を思い出していた、クリーネであればためらうことなく全員を見捨てて逃げ出すだろう。
森まで馬車で行きそこからは徒歩で獲物を追う。
「竜神殿は絶対に風上に回らないでいただきたい、竜の匂いに気付かれたら連中は一目散に逃げますからな。」
レランドはガウルに余分な手を出すなと言っているのである。
「大丈夫かあいつは?私の見るところかなり上っ面だけの男に見えるぞ。」
「おお、竜神殿も結構人を見る目が御座いますな」
ガウルは驚いたような顔をしてリリトを見る。
「お前が言うか?お前の弟子ではないのか?」
「元……ですな。まあ多少剣の腕は上がっておりますが狩猟と剣の腕は別物ですからな。なに、いざとなればリリト殿もおりますし……」
「人に下駄を預けるな。第一私では中型魔獣を倒せるかどうかはわからん。」
「ヘル・ファイアを出せれば倒せますがなまあその時は誰かに回収を頼まなければなりませんがな」
なんだ?コイツ私があれに興味を持っていることに気が付いていたのか?
ただガウル程体の大きくない私があれを使えても威力は小さいだろう。
それで動けなくなる程消耗するのではたまらないな。
成竜ならばそれこそ何発でも出せるだろう、逆に威力を抑えず竜の体内の魔獣細胞を使いつくしたらどんな威力になるのか…ちょっと考えたくはないな。
兎族の案内で獲物を発見した場所に着く、全員が槍を抜き足跡を調べる。
犬族の男が臭いをかいでいくとすぐに中型魔獣の足跡を見つける。
「これは……ステッペンウルフの足跡です」
かなり大きな肉球持ちの足跡が見つかる。
「ステッペンウルフだと?」
ステッペンウルフは元がオオカミの魔獣である、草食獣の魔物と違い大きくなっても500キロ位にしかならないのだ。
「こいつは中型魔獣じゃない、大型魔獣だ」
遠くから見ただけだったので斥候が大きさだけを見て勘違いしたのであろう。
「面倒な奴が出てきたものだ」
もともと魔獣が大型化すると脳容積も増加して頭も良くなる。
小型の魔獣がまともに魔法が使えないのに大型化すると使えるようになるのはその理由による。
しかも1トン以上の体重のある草食魔獣と違い中型程度の大きさのステッペンウルフは動きもしなやかで魔法も使え、しかも非常に頭の良い厄介な大型魔獣なのだ。
こんな町の近くに現れたステッペンウルフを放置しては置けない何としても倒さなくてはならない。
「ふむ、私の鍛えた兵士たちの実力を試すのには絶好の獲物と言う訳ですね。」
「馬鹿なことを言うなレランド大型魔獣だぞ、このメンバーだけで倒せると思うか?」
「大型魔獣と言っても中型魔獣程度の大きさでしょう、犬族でも十分に槍は通りますよ。それにいざとなれば私とガウル殿もおりますし。」
「おい、ワシに下駄を放り投げるな」
レランドはガウルの方を見てニヤリと笑う、ガウルがこの男を嫌っている理由がなんとなくわかった。
「現在の戦力としては犬族が6人猫族が5人それに獅子族のレランドとワシ、竜族のリリト殿ですな。兎族は戦力にはならんしな」
兎族の斥候が激しく頷いている、言うまでもなくクリーネは胸を張って戦力外を主張している。
構わんからここから帰ってくれた方が助かるが森の中で放り出すわけにもいかない。
「竜の嫁の私も数に入れるのか?」
「このメンバーでかろうじて倒せる相手ですぞ、しかも相手は牙を持って素早く反撃して来るのだからな」
「それでこそ私が教えた対人戦闘訓練を生かせる相手です」
「お前に狩人の指揮が取れるのか?ベテランの狩人が必要だ」
ガウルがうんざりしたように答える、追跡に気づかれて逆襲されたらどうするつもりだ。
「しかしこんなに街が近いと放置も出来ません、やはり追って行って倒せなくとも追い払うくらいは致しませんと」
ヴィエルニが進言する。確かに街が近すぎる、チームを再編している間に町で被害が出かねない。
「ヴィエルニよ、まさか先日の失態を今回で埋め合わせようと思っているのではあるまいな」
「ま、まさかリリト殿。私は状況を判断したうえで倒せなくとも追い払うくらいなら出来ると考えただけです」
ヴィエルニは顔を紅潮させて訴える。
あ~っ、完全に図星だなこれは。
いずれにせよ魔獣は追わなくてはならない。
犬族が足跡を追い兎族の指示で猫族が指示された方向を探る。
用心の為にヴィエルニを馬の所に戻し町に連絡を入れさせようと思ったが激しく拒絶された。
このメンバーの中で唯一の女性だったのでそう指示したのだが大型魔獣と対峙するのであれば犬族の方が戦闘力が高いと主張された。
仕方なく猫族の一番若い人間を戻すことにした。
足跡を追っていく、走ってはいないが少し足取りがおかしい。
「これは何かの獲物を追っているような感じですね」
足跡を調べていたヴィエルニがそう判断する、やはり狩猟隊のリーダーを務めていただけの事はあるようだ。
「どうしてそう思うのだ?」
「足跡がまっすぐではありませんおそらく何かの臭いを追っているように見えます」
足跡の向かう方向に町がある、どうやらそっちに向かっているらしい、ますますまずい事になっている様に思える。
「何を追っていると思うのだ?」
「わかりません、しかし町と言えば人間かと」
「縄張りを荒らした人間がいるとでもいうのか?」
それにはヴィエルニも答えられなかった。
いずれにせよ町に向かっているのであれば町に入る前に阻止しなくてはならない。
町に向かって伝令を送ったが果たして対応が出来るだろうか?
そもそも大型魔獣が町に向かって進んでいく事自体が尋常ではない。
うまくすれば町の部隊と挟み撃ちにできるが行く先がわからない以上そううまくはいかないだろう。
ただあまり大きくない町だけに待機してもらえばどこに出現しても対応は出来るかもしれない。
問題はそれまでの間どのくらいの被害が出るかである。
「足跡の間隔が大きくなっています。スピードを上げた様です」
「くそっ、町の外れまであとどの位だ?」
「1キロかそこいらです」
「待ってください!新しい足跡があります、別の個体です!」
その言葉に全員が戦慄する、1頭でも手に余る大型魔獣が2頭になったのだ。
「まずいな完全な戦力不足になる」
ガウルがうめき声を上げる、獅子族がいようとも2頭のステッペンウルフは手に余る、下手をすればこちらが全滅にする危険もある。
「レランド!立て直すか?」
「いや!こうなった以上町中で戦闘を行う以外に方法はありません。町の狩人部隊の増援に期待して時間を稼ぐのです」
「どれほどの被害が出るかわからんぞ」
最悪の事態であるがためらわずみんな足を早める。
事務しかしたことのないクリーヌが意外なほどの健脚を見せる、さすが逃げ足だけは早い兎耳族である。
良くも悪くもここは軍隊である、魔獣から自領民を守る軍隊である、自領民を守らずしてその存在価値は無いのだ。
ステッペンウルフは力とスピード以外にも当然魔法を使う。
何を使うかは個体ごとに違うが群れの場合は全員が同じ魔法を使う。
習うのか見て覚えるのか?とにかく魔法は必ずしも本能で使用するものでは無いと言う証明である。
死ぬことを考える、しかしそれ以上に狩人としての自負が全員の足を進める。
町の外周部の牧草地に出る、草の密集した地面に足跡は残りにくいが踏みつぶされた牧草の跡はわかる。
大きな建物が建っておりその横を回り込むと先にはトウモロコシの畑が広がっている。
「ん?」
リリトは建物の横を通った時以前に嗅いだことのある臭いを感じる。
なんだっけと思いつつ今はそれどころでは無いと魔獣に神経を集中する。
草の踏まれた跡は畑まで続き背の高いトウモロコシの畑の中まで続いていた。




