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マリエンタール6

1-033 

――マリエンタール6――

 

「お前さん方は丁度良い所に来たこれから銑鉄を流しだす予定が有る。炉の中から溶けた鉄を取り出すのだ」

 

 サブリはこれから炉の中の溶けた鉄を取り出すという、他の皆も興味深そうに見ている。

 レンガの蓋を外すと真っ赤に溶けた鉄が化物のように分厚いバケツに流し込まれる。

 ものすごい熱が見ていたリリト達を襲う。クリーヌ達は顔をそむけるがリリトだけは平気な顔をしていた。

 

「お前さん達竜神族は時々溶岩風呂に入って体をきれいにすると聞いておるがやはり熱には強いようだのう」

「流石に溶岩風呂には入らんが口から直接ブレスを吐き出すのだ、この程度の熱さに耐えられなければそんな事は出来ないからな」

 そのバケツから溶けた鉄が砂を使った溝に流し込まれ細長い鉄の塊が作られる。

 

「これが鉄の製品じゃ。触るなよまだ熱いからな、これを販売する。この工場の周囲に有る工房でこの鉄を製品に変えているんだ」

「なかなか素晴らしい工場ですね。」

「いんや、素晴らしい物はもう一つ有る」

 サブリに案内されて煙突のある方にまわる。

 そこには高炉の隣で水蒸気を吹き出す施設があった。

 

「まさかとは思うが一応聞いてやろう。あれは蒸気機関か?」

 爺がサムズアップをしてみせる。

 

「蒸気機関とはなんじゃい?」

 機械文明が絶えて久しい世界で生きてきたガウルにとってはこんな物を知っている筈もなかった。

 

「産業革命の初期に使われた動力だ、比較的簡単に作れ力も強い。この高炉の予熱を利用して蒸気機関を動かしているのだな」

「さすが竜の嫁じゃ、ニンゲンの所で見てきたのか?」

「いや流石にニンゲン達の所では蒸気機関は古臭すぎて使われてはいない」

 

「まあ、そうかもしれんな。ニンゲンの知識はまだだいぶ残ってはいるがいくつか有る動力装置のうち比較的構造の簡単な物がこの蒸気機関じゃったからのう」

「それでこっちの発電機を回しているのだな」

 蒸気機関に繋がれた機械のシャフトが勢いよく回っていた。

 

「ふっふっふっ、わかった様じゃな。竜の嫁よ」

「この工場の周りに有った工房が電気を使っているのを見たときから確信していた」

「いずれは国全土に電気を供給しようと思ってはいるがのう」

 なかなかこの爺には発明だけでなくはっきりとしたビジョンまで作られているようだ。

 

「さてそこでお主に相談だ、力を貸して欲しい」

 リリトがここに来た本当の理由は実はこの発電機に有ったのだ。

 これを使えば大量の濃縮スープを作れることになる。

 

「儲け話を持ってきた、もしこの施設が私の希望通りなら大儲けできる話だ」

「ふん!金儲けに興味はない、ワシの興味はニンゲンの築き上げた技術と科学の復活じゃ、それに全人生を掛けておるんじゃ」

 アブナそうな格好のままズンとふんぞり返るじじいである。

 

「ここの領主は良くこんな偏屈な爺さんを雇ったものだな」

「ああ~っ、ここの領主はこの人よりもっとぶっ飛んでますから」

 ヴィエルニがボソッとつぶやく。


「兎族の病気を治す特効薬だ」

「なんじゃそんな話か?その手のイカサマ話は年中どこぞの詐欺師が持ってきよるがだいたいロクなものじゃない。」

「一応私はドゥングの領主なんだがな……」

 

「そう言えばそうじゃったな、まあええわいワシの技術の結晶を見て儲け話を思いついたんかい」

「そんないい加減な話では無いすでに効果は確認済みだ」

 リリトはサビーヌに言って魔獣のスープを取り出す。

 

「これがそのサンプルだ」

 サブリは瓶入ったスープをまじまじとみる。

 次いで蓋を開けて匂いを嗅いで見る。


「なんじゃ、ただのモツのスープじゃないか」

「ただのスープじゃない魔獣細胞を濃縮したスープだ」

「またつまらんデマを言いよる。」

 

「デマでは御座いません、このスープを飲んで実際に病気の兎耳族の女性が元気になっております」

 サビーヌがすすっとに前に出る。

 

「アンタはなに者じゃ?」

「これは自己紹介が遅れました私はドゥングのやしろの巫女補のサビーヌと申します」

 優雅に頭を下げるサビーヌ、流石に巫女教育を受けているだけの事はあった。

 

やしろか。だがやしろはニンゲンのバックアップを受けて活動しているのではないのか?」

「残念ながらニンゲン達の支援は年々衰退の一途をたどっております。それ故社やしろとしても自立の道を考えている次第です。」

 

「つまりその自立の道がこのスープじゃと?」

「はい。私はその様に考えております」

 淡々と語るサビーヌは臆することなく建前を語る。

 ドロールであればドロドロとした欲望を垂れ流すような話し方をしただろうがサビーヌが語ると真摯に聞こえる、やはり見た目の印象と言うのは大切なようだ。

 

 竜ももっと知的な姿に作られていれば人の信頼も違っていただろうがやはり今の形状は獣人族に比べて怪物以外の何物でもない。

 リリトとて女の子である、サビーヌのような可憐さや美しさをうらやましいと思うほどには乙女である。

 まあサビーヌの身長が10メートルになっても清楚華憐と言えるかどうかは別の話だ。

 

「確かに魔獣の肉は他の種族にとっては万病の薬になる。しかし兎耳族は肉を食えば腹を下すしあまり濃いスープでもそれは同じじゃ。腹を下すことなく魔細胞を摂取出来ればそれに越したことは無いが……」

 確かにこの爺は只者では無いわずかに話した言葉だけでその話の本質を見抜いている。

 

「試してごらんになりますか?」

 スッと優雅な動作でスープを差し出すサビーヌ。

 前から思っていたがこの娘かなりの交渉上手だ。

 

「う、うむ……。」

 出されたスープを胡散臭げに受け取るサブリ。

 しばらく眺めていたが味を確かめるように少しずつ飲み始める。

 

「まずくは無いが旨くもない、薄いスープとしか思えんな。それで?あんた達はどうやって魔物細胞を濃縮したんだ?」

「電気泳動法だ。」

 リリトの言葉にサブリの眉がヒクッと動く。

 

「なる程、それでワシの所に来たわけだ。」

 納得言った様に中身を飲み干しコップを返すサブリ。

 

「ニンゲンのところではそうやって魔物細胞を濃縮しておるのか?」

「電気泳動法を知っている時点でお主も相当なものだと思うよ」

 電気が失われて久しいこの世界でこの知識が残っていたこと自体驚愕すべき事だったのだ。

 

「なあ、クリーネ、電気泳動法ってなんじゃ?」

「はあ……ガウル殿電気を使った魔法のことかと思いますが?」

「あんたもやっぱり知らんのか」

 

「それでどういった装置を作るんじゃ?いやそんな話は事務所に行って話そう」

 サブリは皆を事務所まで引き連れていく。

 

 そこは事務所といいながら完全にサブリの工房と化していた。

 数人のスタッフがいて様々な物を作っているように見える。

「ここには溶鉱炉があり電気も有る、ニンゲンの作ってきた文明の再現の出来るおそらく大陸で唯一の場所だと思っておる。さあ話せ、お主の考えている装置のことだ。」

 

「その前にこの技術開発に対する報酬の話をしようではないか?」

 実はリリトはこの薄汚い年寄りが既に装置の原案を考えていることを疑ってはいなかった。

 電気泳動法を知っている以上リリトの発言でその装置を作り上げられるだけの能力が有る事は間違いなかろう。

 

「報酬?竜のお前さんがそんな物を欲しがるのか?」

「そうだ、この技術が確立すれば兎族ならずとも需要はかなり有ると思われる。」

「わかった、それで何を望む?金か?技術か?」

 

「もっと根源的な物だ、だが…それはこの実験が成功してからゆっくり話し合おう。とりあえずは試作品が先だ」

「良かろう、お主が何を考えているかは知らんが少なくとも竜の言葉じゃ。つまらん功名心や金で無いことは確かだろう」

 この先何千年も生き続ける竜である、この世界最強の生物が何を手に入れても悠久の時の流れの中では殆ど意味を成さない。

 

 その事を理解できる者は竜以外存在しないであろう。

 

 いいだろうどんな報酬かは知らんがこれまで魔獣の肉を食えずにその魔獣細胞の恩恵に預かれなかった兎族にとっては大きな光明になる。

 同族の為にワシがこれを完成させてやろうじゃないか、サブリはそう思った。

 

「よしわかった。お前たち今やっている研究はすべて中止する、これから竜の嫁が持ってきたこの装置の試作を始める。」

 突然告げられた方針ではあったがこの様なことは結構あるらしくさっさとスタッフは今やっている研究道具を片付け始める。

 リリトが装置の概略を伝えると直ちにリリトの提案を元に試作品の制作が開始された。

 驚くほど真剣に全員が実験に取り掛かり様々なアイデアと怒号が飛び交う、既にリリト達は眼中にない。

 

「なんかすごいですね、まったくこちらの事なんか気にもしておりませんわ。」

 クリーネの言う通りで既にスタッフは試作機以外の事には全く興味を示していない。

 相当にこの爺さんのカリスマに毒されているように思える。

 

「それなら夕食までの間に街を見て歩く事にしよう」

 今夜はホテルに泊まる手配をしてある。まだ日は高いのでしばらくは町を見て歩くことにする。

 

 大量の鉄の供給によりこの街には鍛冶屋が多い。近隣4か国に対して多くの鉄製品が輸出されていてこの国の経済を潤わせている。

 確かに街に出ると鍛冶屋の工房が集まった鍛冶屋街が存在しその一角は鍛冶屋ばかりであった。

 種族は様々であったがやはり熊族の鍛冶屋が目立つ、その太い腕で鉄を鍛えている。

 

 エルドレッド王国は5つの領地に分かれており元々は一族の獣人が開拓し始めた国なのでそれぞれの種族が主流をなしている。

 エルドレッド領は獅子族、ドゥング領は兎族、マリエンタール領は犬族、ニャゲーティア領は猫族、クロアーン領は熊族である。

 無論獣人の交流は存在し、後から開拓に入ってきた者や仕事の為に流入して来る者も多く決して単一種族だけで領地が構成されている訳ではない。

 

 また種族間の交配も出来ないため混血は存在しない。

 無論子供をあきらめれば異種族間の結婚も容認されている。

 もっとも意外と異種族間の結婚でも子持ちの夫婦は多く、その理由はまあ様々と言う事で結構みんな適当にやっている様である。

 

 そこいら辺はおおらかと言うか種族に関わらずみんな家族は大事にしている。

 ニンゲンの世界から変な宗教や教義は持ち出さなかったようだ、異種族間はそれぞれの神に祈ると言う事らしい。

 まあ神様と言えば竜神様が存在するわけで目に見えない神よりは実在して利益をもたらす神の方がご利益が大きいという事なのだろう。

 

 そういう訳で鍛冶屋には熊族が多い、獅子族はたてがみが邪魔になるので鍛冶屋には向かないらしい、獅子族の鍛冶屋は生えているたてがみを切って短くしている。

 工房ではには出来たばかりの製品が並んでいる、武器が多いと思いきややはり鋤や鍬、包丁等の日用品が多い。

 犬耳族や猫耳族は大きなものではなくハサミのように小さくて細工の面倒な物を作っている。

 

 しかし鍛冶屋と言えば武器である、大きな刀や槍の穂先はやはり目を引く。

 全身鎧のような物は現実的ではなく皮鎧の急所をカバーするような部品が作られている。

 これを皮鎧の業者に卸して鎧に取り付けていくのである。

 魔獣の狩りは野山を駆け回る必要が有り重いものは体力の消耗が激しい。

 角や牙を持った魔獣から体を守る為であり戦争の道具ではないのだ。

 

 無論全身鎧も作ってはいるがそんなものをつけたがるのは獅子族の兵士だけでありあまり売れないと聞いていた。

 それでも要求はあるようで隣では犬耳族の男が鉄板を叩き出している。

 どうやら金属鎧らしい、工房の奥には作りかけの鎧がいくつも置いてあった。

 

「おい、クリーネこの鎧はどこに出荷しているのか聞いてくれ。」

 先程までの失敗に凝りてリリトは自ら話しかけることをやめることにした、時間ばかりかかって仕方がない。

 

 クリーネが尋ねると武器の半分はエルドレッドに対しての輸出らしいとの事である。

 もっとも作り手である鍛冶屋が売り先まで知っているはずもないが、鎧や剣に打ち込むバッジがありそれがエルドレッドの物であるそうだ。

 

 要するに官給品の武具ということだ。

 それが半年くらい前から急に増産を始めたそうである。

 

 竜の失踪が1年前、それが知れ渡ったのが半年前である。

「要するに竜の失踪と時期が重なると考えて良いのでしょうか?」

 やはりクリーネは鋭い。

 

「ガウルはどう思う?魔獣に対する対応か?戦争の準備か?」

「エルドレッドがか?うう~む確かにあそこの領主は獅子族だからな。」

「獅子族だと何か問題が有るのでしょうか?」

 サビーヌが頭をひねる。

 

 言わなくてもわかっている、脳筋だと言いたいのだろう。

 

 その鍛冶屋でリリトは不思議な物を見つける。

 平らな鉄の板に斜めの切込みを入れたものだ。

 

「親父さんこれはなんだい?」

「ああ?そいつは図面を渡されてな同じ物を100個単位で発注されたものだ何に使うのかはワシにもわからん。」

「ふうむ。」

 リリトは興味深そうにそれを見ていた。


「これは少し調べないといけないな。」

 そうつぶやいてその鍛冶屋を後にする。

 リリトは手あたり次第鍛冶屋を見て回る事にしたのでクリーネ達も仕方なく後をついてまわる。

 サビーヌが退屈そうにしているかと思ったが意外と好奇心に満ちた目で一生懸命鍛冶屋の作業を見ている。


 何件かに一軒ずつ不可思議な形の部品を作っていた、中には木型を渡されそれで動きの確認が出来るような物も有った。

 リリトはそれらをじっと見つめていたが他の者達には全く理解が出来なかった。


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