マリエンタール5
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――マリエンタール5――
「これはこれは竜神様見苦しい所をお見せして申し訳ありませんでした。まさか竜神様がドゥングの領主様に就任しているとは存じませんでして」
満面の笑みを浮かべて戻って来る。コイツもしっかりと商売人の顔だ。
「なんでも大型魔獣をたった一人で斃されたそうで、頭だけ焼き尽くしておられるなど真に見事な腕前でいらっしゃる」
どうやらヴィエルニがちゃんとした報告を行ったみたいだ。
「ああ、あいつを殺したのはこっちの男だ、報奨金が出るのならこっちに渡してくれ」
「これはこれは立派なたてがみの従者様ですな、さぞ名の有る方とお見受け致します」
「いや、ワシはただの傭兵だ、名乗るほどの名は持ち合わせてはおらん」
「いやいや、ガウルさんはあのヘル・ファイアの使い手ですよ」
また余分な事を言うなとばかりヴィエルニをにらみつけるガウル。
「左様で御座いますか!我が狩猟部隊でも傭兵を募集しておりますから宜しければどうぞ」
揉み手をしながらリクルートをかけてくる、意外とこの男油断がならん。
「ああ、仕事が有ったら声をかけてくれ。当面の雇い主はこのリリト殿だ」
「判りましたそれでは早速魔獣の査定の方をさせていただきます」
アルノーが命じるまでもなく魔獣は解体小屋の方に引きずられて行った。
「いいのか?お前らは隊員だろうから魔獣の代金は出ないだろうが報奨金はいらんのか?魔獣を見つけて来たのも運んできたのもお前達だぞ」
「とんでもない、命の恩人にそんな物請求出来る訳無いじゃないですか?」
ヴィエルニの後ろで仲間も頷いていた。
「私の今回の目的は当地の領主殿との面会だが予定が合わなくてな、その前に噂の溶鉱炉を視察したいと連絡を差し上げたはずだが、誰か案内していただけないだろうか?」
「おお、そうですか?それならこのヴィエルニが最適でしょう、何しろ責任者のサブリとは仲が良い上に技術的な素養もありますからサブリに変わっていろいろ説明してくれますよ」
「え~っ?あたしそんなに詳しくないよ~。」
ヴィエルニが慌てて否定する。
「サブリ爺さんは何を言ってるのかお前がいなけりゃわからんだろう」
「他の人も皆わかってるよ~。」
「そりゃ工場内の人だろう、外から来た人には何を言ってんのか説明してさし上げなくては」
なんかここでもいろいろ揉めそうな気がする。
「まあ、これも人生ですからな、生きるていると言うことは波も風もありますから」
なんかガウルが言うといかにも含蓄の有る言葉に聞こえる。実際は何も考えてはいないのだろうが……。
やっぱり見た目が大きくて年を食っていると頼りになりそうに見えるのかな?
自分の姿にいささかコンプレックスを感じるリリトである。
一応溶鉱炉の方には先に使いを出してドゥングの領主である竜の嫁が訪問する旨の事は伝えておいてもらった。
ヴィエルニを馬車に乗せ溶鉱炉のある工場に向かう。
溶鉱炉は街の中心にある大きな敷地の中にあった。
そこを中心に工房都市が広がっておりその商品を売る店もまた数多く開いていた。
工場はやはり鉄製品の製造工場が多かったが他にも様々な工房が軒を連ねている。
驚くことにこの工房には旋盤や圧延機の様な重工業に必要な機械が置かれていた。
「すごいな、こんな技術がまだ失われてはいなかったんだ」
「竜神様はこれをご存知なのですか?」
「当たり前だ、私はずっとニンゲンの元で暮らして来たのだぞ。しかしこれで私の目的の一つは達せられそうだ」
工場の入り口には門扉が取り付けられふたりの守衛が立っていた。
前を歩く護衛の装備を見て領主の到着であると緊張しているように見えた。
ヴィエルニが先に出てドゥングの領主様が工場を見学したいと告げると一人が小屋に入ってなにかに向って話をしている。
その間にもう一人が馬車の中を覗く。
ギロリとリリトに睨まれて慌てて馬車から離れる。
「申し上げにくいことですが、本工場は危険が有りますので魔獣とペットの入場はお断りしております。どうか見学中は馬車の中で待機していただきたい」
守衛はビッと背筋を伸ばして馬車に告げる、やはり正確な伝言は伝わっていないようだ。
「私はもう折れそうな気がするよ」
ボソッとリリトがつぶやいた。
「ばかばかばか,違うのよ、ペットでも魔獣でもなくてドゥングの領主で竜の嫁のリリトさんよ」
「ドゥングの領主が竜の嫁?馬鹿も休み休み言えよ竜と言えば家よりもおっきい生き物だろう」
「だから~………」
………………………………………………
「申~し訳もございませ~ん」
守衛が深々と頭を下げる。
「ま、いいよ、もう諦めたから」
ぷわぷわと口から炎のかけらを吹き出す。
だだだだっと後ろに引き下がって最後にコケる守衛の男。
「おおおお~っ、竜の嫁がきたと~?」
甲高い男の声がする。
全く手入れをされずにボサボサになっている髪の毛に折れた片耳。
固い物を食わないのかやたら伸びている兎族の前歯。
ガリガリの身体に鋭い目つき。
どこから見てもアブナイ爺いである。
「竜じゃ、竜じゃまさしく本物の竜の嫁じゃ」
バッとリリトに抱きつくとペタペタと顔を撫でまわし、そのまま胸に手をまわすと子供にする様にぐるぐる回る。
「おおお~~~、まてまてちょっとまて~~~っ」
「さすがに竜の子供じゃ、めんこいのう~~っ」
孝行爺が孫を可愛がるようにリリトに頬ずりをする。
「なんですかな?ヴィエルニ殿、あのお年寄りは?いささか趣味が傾いておられるようだが」
「いえいえガウルさん、サブリさんはかなりおかしい所が有りますけど、趣味だけはかなりノーマルだと思いますが?」
「そうなの?」
ガウルも何と答えて良いかわからずに固まっている。
「最初はびっくりしましたけど、慣れるとリリトさんは結構可愛いと思いませんか?」
言ってからポッと頬を染めるヴィエルニである、ここは乙女満開である。
何故だろう、男には恐れられる竜の嫁が女にはこうも人気が有るとは?
「おお~い、そろそろ降ろしては貰えんかな~っ」
目が回ったのか降りた後もリリトは少しふらふらしている。
「いや~~~っ、長生きはするもんじゃ。この年になって自分より小さな竜に出会えるとは思わなんだ~」
目が回った風もなくカッカッカと笑うこの爺さんは見かけによらずタフである。
「爺さんは何故私に会いたかったのだ?」
「そりゃあ、不死身の竜じゃぞ、神秘の竜じゃぞ、研究したいとは思わんか?」
「ふむ、確かに不死身と言うのは獣人には魅力的かもしれないな」
「そうじゃろう、そうじゃろう。大人の竜のあの大きさと固さではどうにもならんがこれだけ小さければ解剖もできるじゃろう、ぐべっ!」
いきなりリリトが尻尾でサブリの頭をぶん殴る。
「なんじゃ!私を解剖したいだけなのか!」
リリトが額に♯が浮き出していた。
「ええじゃないか、不死身の竜神様じゃ腑分け位じゃ死なんだろう、がはっ!」
もいっかい老人の頭をぶん殴る。
「死ぬわ、アホッ!」
怒鳴った途端に口から炎の塊が漏れる。
「まてまてまて、老人にやりすぎじゃ、死んだらどうする」
あわててガウルがリリトを止める。
「はなせ!今度こそ燃やしてやる」
ガウルに抱かれながらブカブカと口から炎を漏らす。
「ふへへへ、お主なかなかやりおるな」
ゾンビの様に立ち上がる爺さん、耐久力は竜並みか?
「やめとけ爺さん本当に燃やされちまうぞ」
ふたりの間に割って入るガウル。
「こちらはドゥング領の領主の竜の嫁リリト殿だ」
「おお、これはご丁寧に、わしはこの溶鉱炉の管理者にして発明王、そしてこの世の救世主たる科学の先導者サブリと申すものですじゃ」
見た目だけでなく中身の方もかなりイッちゃってる爺の様である。
「それで?竜の領主様は今日はどの様なご要件かな?」
少しはまともそうな顔に戻って用件を聞く爺い。
「ここには溶鉱炉の他にニンゲン時代の様々な技術を復活させた物が有ると聞く」
「ぐふふふふ、それが見たいのか?天才であるワシが復活した数々の技術の輝きを」
いや、かなり薄汚れている施設だが、それより爺さんの前歯くらい磨いて輝かせろよ。
「そうだ、それを見にやってきた」
「いいじゃろう、しかしただで見れると思っておるのか?」
「何を求める?」
にへらと笑う変態爺、次の言葉は予想が付く。
「そりゃあもちろん、お前さんの腑分……」
「やめとけ爺さんそれ以上はシャレにならん」
ガウルが割って入る面白い爺さんだがこれ以上はリリトの怒りにも限界が来るだろう。
「ワシャ本気だぞ!」
ガウルが爺さんの耳をつかんで自分の後ろに引っ張りこむ。
かなり精神的に疲弊しながらもとにかく施設の状況を見ることにする。
サブリが皆を連れて工場内を案内してくれた。
高炉の近くには桟橋が作られ石炭が山のように積まれている。
「隣にあるガングでは石炭が採れると聞いていたが、これが燃料となる石炭か?ずいぶんボソボソとしたものだな」
実はニンゲンの所でも石炭等は使われてはおらず実物を見るのは初めてであった。
「いや、石炭は直接溶鉱炉には使えんでなこれはコークスじゃ炭鉱の方で加工して持ってきておる」
「コークスとは何でしょうか?」
クリーネが食いつく、流石にこのようなことには目が聡い。
「コークスとは簡単に言えば石炭で作った炭じゃ。不純物が少ないので高温が出せる。暖房にも向いとるぞ煙が出んからな」
「それが炭鉱から産出されるのですか?」
「馬鹿を言うな産出されるのは石炭じゃ、それを現地で炭焼き塔を作ってコークスに加工しておるんじゃ。この方が軽くて運びやすいからな」
桟橋には手漕ぎの船にコークスが満載されて繋がれていた、川を使って運んできている様である。
隣の船には穀物や野菜がたくさん積まれている、帰りはこれを積んでいくつもりなのだろう。
「ガングの町は魔獣の住む森の中にあるので周囲を壁で囲っておる、石炭鉱山しかないから生活用品はすべてこうして運んでおるんじゃ」
コークスを運んできた帰りは船は空になる無理に土地を広げて作物を作るよりはこちらから輸送した方が安く済むのだろう。
「もっともこの町も食料は不足気味でなクロアーンから輸入しておるんじゃ」
確かにこんな出島のような街では十分に食料を生産できないだろう、魔獣が出没して食い荒らされる被害が大きいのだ。
「それにエルドレッドやクロアーンに鉄製品の輸出にもこの桟橋は使われておる」
そこは桟橋と言うよりは小さな港と言える位整備されていた、川から水路を引き込んであり整備された桟橋が何本も作られていた。
はっきりとした都市計画が出来ており成り行きで出来た町では無いと言う事が良くわかる。
「一応これらの計画はワシと領主が立案した物じゃ、金を出したのは領主様じゃがの」
ズンッとあばらの浮かぶ胸を張るサブリ、確かに全体を見通す能力は発明馬鹿ではなさそうだ。
高炉の裏にある川の本流には大きな水車がいくつも作られておりその力でふいごが動かされていた。
「以前はたたらを踏んでおったが川が有るのでな今では水車の力を利用しておる」
高炉の中には大量の空気を送り込む必要が有るそうしなければ鉄鉱石を溶かすことができないからだ。
同じ様に水車駆動の籠で高炉頂部に鉄鉱石を上げていた。
「成程あまり人力を使わずに製鉄が出来るのか?大したものだな」
高炉の反対側には煙突も作られておりモクモクと煙を上げていた。
過去の技術が失われたこの世界でこのような考えの出来るこの爺もまた只者では無いようだ。
登場人物
サブリ 溶鉱炉の管理者・発明王・技術の伝道者・ほぼマッドサイエンティスト 兎族




