マリエンタール4
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――マリエンタール4――
ヴィエルニとリュティックをリリトの馬車に乗せその前に護衛が歩く
その橇を引く為に二人を馬車に乗せるのをクリーネはいささか難色を示した。
リリトがいれば何があっても問題がないのだがやはり二人に取っては(リリトに取ってではない)不用心なのでガウルも一緒に馬車に乗る様に要請した。
この狭い箱はガウルに取ってはかなり窮屈なので難色を示したが魔獣の報奨金が出ると言うのでしぶしぶ承諾した。
ガウルの馬は馬車に繋いで一緒に歩かせる。
ヴィエルニはクローネ達と並んで座っていたがリュティックとガウルの間にリリトが座ると埋まり込んでしまうようなので仕方なくガウルの膝の上に座っていた。
なにしろガウルは優に女二人分の幅はあるのだ。
「そうやっていますと本当にガウル殿のペットみたいですわね。」
うっかり口を滑らせたヴィエルニは両側からクリーヌとサビーヌに肘鉄を食らわされリリトに睨まれていた。
ヴィエルニが燃やされるのは構わないがとばっちりが来てはたまらないと考えたのだろう。
ガウルは孝行爺よろしくにこやかに笑っていた。
時々頭を撫でるのでリリトに噛みつかれていた。
「それで?現在のマリエンタールの様子はどの様な状況なのか教えてもらいたい」
リリトの質問にヴィエルニが国の状況を説明する。
現在のマリエンタールは封建制を敷いており特に内政上の問題は少ない様である。
今回の竜の失踪によるエルドレッドに対する税金の上納中止に関してはニャゲーティア領主で猫耳族のブードアニ・マテュー・フレデリクが言い始め各地の領主を取りまとめて行ったらしい。
今回のエルドレッドによるドゥングに対する出兵に関してはヴィエルニは知らなかったらしい。
どうやら納税拒否に対しての4か国連合の切り崩し工作の一環だったようだ。
最も言う事を聞きそうな領主を脅して税を徴収し税を納めない他の国に対して順次脅しをかけて税を支払わせるつもりだったらしい。
その為にグレイが送り込まれ騒動を起こしたのだろう。まあ早い話が鉄砲玉(使い捨ての駒)である。
「ただのヤクザだな」
「国際社会を縛る条約はあってもそれを執行させる武力の後ろ盾がありませんから、結局武力の有る国が横暴を尽くすのですよ」
クリーネがいやな物を見るような言い方をする。
「横暴を尽される側に回るか、横暴を尽くす側に付くかの選択ですな」
その発言に対してガウルが含み笑いをする、ガウルにもいささか含む所はあるみたいだ。
「そんな事はございません、そう言った様々な圧力の中で生き抜くのが外交力と言う物でございす。自国の置かれた立場を理解し地政学的な位置や経済的発展を武器にします。そういった物の無い弱小国は持てるカードを使って生き残りを図るのでございます」
勢い込んでヴィエルニが主張する。まだ若いせいか一途なところが有るらしい、国の先行きを憂いているのだろうか?
「成程、それでマリエンタールはどの様な武器があるのだ?」
「左様でございますねリリト様、やはりマリエンタールと言えば鉄で御座いましょう」
マリエンタールでは製鉄を行い大量の鉄製品の輸出で成り立っていると言う。
その為にジャマルの製鉄所の周辺には大量の鍛冶屋が存在し各自が腕を競い合って非常に品質の良い鉄の加工品が多いそうである。
また国土から突出したジャマルと石炭鉱山のカングの防衛のために国境外周部に狩人部隊の為の砦を作り狩人が効率的に働けるような体制を整えている。
砦では魔獣の解体、燻蒸、塩漬け等の加工施設もあり国内に安定した魔獣の肉を供給出来るという。
それ故に一部フリーの狩人だけがエルドレッドの国境側で活動しているが狩人部隊はそちら方面には展開していないという。
もっともそちら側はエルドレッドの猟師が狩っているのであまり獲物はいないらしい、それどころが獅子族に露骨な嫌がらせを受けることもあるそうである。
エルドレッドはマリエンタールの鉄が欲しいので何かある度にマリエンタールへの侵攻を企てているようである。
そこで比較的質の良くない武器を大量に生産をし各家庭に配っていてそれを使って年に数回の軍事訓練も行っているという。
さすがにクローネは秘書長行政部門のスポークスマンである、周辺諸国のたいていの事は頭に入っている様である。
これならドゥングの領主がどんなに無能でも行政は回っていくのだろう。
「お前の国は国民を盾にして戦争をする国なのか?」
ヴィエルニの言っている事の意味は国民皆軍隊の思想である。
「いいえ、面従腹背作戦です。各家庭では侵略者に従うふりをしてその裏ではゲリラ作戦を行います。その為の軍事訓練で決して獅子族と戦闘力で戦うようには訓練していません」
「例えばどんな?」
「水に毒を混ぜたり、落とし穴を掘ったり、一人になった所を後ろから突き刺したり、ああ病人の排せつ物を食料に混ぜるのも効果的ですね」
ガウルはそれを聞いてすごく嫌な顔をしていた、ガウルはおそらく武人なのであろう。
「卑怯その物ではないのか?」
「軍隊が武力で民間人を襲うのとどっちらが卑怯でしょうか?」
そう言われるとこれ以上卑怯な行為は思いつかない、ゲリラ戦法などはしょせん弱い物の命がけの戦いなのだ。
「成程な、貴国の狩猟部隊の部分は非常に参考になった。是非わが国でもその体制を作ってみる事にしよう」
リリトは自分が考えていた魔獣狩猟部隊の構想を既に実際の物としている事に非常に感銘を受けた、マリエンタールの領主は非常に優秀な者らしい。
「ああ、リリト様マリエンタールの領主はラング・ソルティ・アウグスト様ですがこの方は養子でして実権は妻のオベール・ベルティユ・アウグスト様が担っている様でございます。」
「かみさんの尻に敷かれた領主か、わかった会見の折りはそのつもりでおこう」
「いえいえ竜神様、ジャマルを開きカングとつないだのは夫であるラング卿の手腕によるものです。決して尻に敷かれた情けない夫ではございません」
いきおい込んでヴィエルニが付け加えた、甘く見るなと言う事らしい。
「そうなの?それじゃ是非お話ししなくちゃね、時にヴィエルニさんはずいぶん熱の入った話かたをするんだね。」
「い、いえ、ほらやっぱり自分の国の事はよく見てもらいたいし~っ」
全員がヴィエルニを生暖かい目で見ていた。
「時にガウル殿にお聞きしたいことが御座います」
「なんだ?」
「ガウル殿のヘル・ファイアの魔法は獅子族の中でも使えるのはわずかしかおりません。私の知る範囲でも数名で御座います」
「お主ヘル・ファイアを使える獅子族を数名も知っているのか?めったにいないと言わなかったか?」
一瞬ヴィエルニが狼狽の表情を見せる、しかしすぐにその表情も消え話を続ける。
「はい、多少ご縁が御座いまして。」
「それ程珍しい訳では無い、獅子族程の身体の大きさを持っていれば結構使える物なのだ、要は使う必要があまり無いと言う事にすぎん。」
ガウルが興味なさそうに答えた、この話はあまり触れて欲しくは無いのだろうか?何となくリリトはそう感じた。
「ガウル殿は名の有る戦士とお見受け致します、家名を教えてはいただけないでしょうか?」
「ワシに家名は無い」
「では御父上の御名前は?」
「ワシに家族はおらん。旅の空の下で野垂れ死ぬ為に生きているにすぎんのだ」
やはりガウルにはそれなりの家と勇名のある男だったのだろうとリリトは確信した。
理由はわからないが人生を捨てざるを得ない理由が有ったのだと思った。
「なんという悲しいお言葉、貴方ほどの人がその様な事を申されるとは」
「良いのだこれ以上は詮索をするな。これはワシの選んだ人生なのだ」
こう言われてしまうとそれ以上の言葉は継げなかった。
「それでは一つだけお教えただけますでしょうか?」
「なんだ?」
「先程ガウル殿が使われたヘル・ファイアの魔法は体中の魔力を消耗する魔術、撃てば歩く事もままならなくなると言われています。何故ヘル・ファイアを撃ちながらガウル殿は平気でおられるのでしょうか?」
やはりクローネの言う通り使用したら動けなくなるのが当たり前の魔法のようだ、そのことについてはリリトも不思議に思っていたのだ。
「体内の全魔力を消耗するのは魔力のコントロールが出来ないからにすぎん。魔力をコントロール出来ていれば魔力の半分だけをヘル・ファイアに回すことが出来るようになる、それだけの事だ。」
「なんと?その様な事が可能だと。」
「他の者は知らんがなワシには出来た、それ以上の事はワシにもわからん。」
ガウルはリリトの頭を撫でながら答えた。
コイツさっき噛みついたのに懲りずに頭を撫でまわす、なぜだ?
ガウルと言う獅子族の男がどの様な人生を送って来たのかは知らない、しかし決してただの傭兵では無いと言う事をそこにいた全員が確信したようだ。
「時にガウル殿、竜神様をいつもその様に膝に乗せて撫でておいでなのですか?」
さっきから話の合間にガウルがリリトの頭をよく撫でているのを見てヴィエルニが何かを感じたのであろうか?
よく見るとヴィエルニの手が何やらわさわさと動いている。
何やら嫌な予感しかしないリリトである。
「な、何を言うか?こ、こ、このようなこと、だ、だれが……」
「おお時々な、まるで孫を抱いているような気分になれるぞ」
ガウルが何と言う事もなく答える。
「ば、ば、馬鹿者誤解を招くような……」
「私にも抱かせていただいて良いですかねえ」
リリトの発言を遮ってヴィエルニがとんでもない事を言い出す。
「ままま、まていっ。いったい何を……。」
「どうぞどうぞ、ほれ。」
リリトの発言を無視してリリト抱き上げるとヴィエルニの膝の上にチョンと乗せる。
さすが獅子族である狭い馬車の中なので座ったままヴィエルニに手が届く。
「うっわああ~~っ、かっわいい~~っ」
ヴィエルニはリリトをぎゅっと抱きしめる。
「待て待て、お前は目がおかしいんじゃないのか?」
「竜神様はドゥングの町でも若い女性に大人気でした」
「おいこらサビーヌいらん事を……」
「竜神様は思ったより軽いし温かいのですね~~っ」
ヴィエルニがリリトの顔に頬をスリスリする。
「ヴィエルニ様一人ではずるいです」
なぜかサビーヌまで参戦して来おった。
「あ~~っ、もうどうとでもしてくれ。」
町に着くまでの時間リリトはヴィエルニ達のおもちゃになっていた。
ようやく解放されたリリトはガウルの膝の上でぐてっとなってエクトプラズムが半分口から出かかっていた。
やがて馬車はジャマルの街に近づいて行った。
「あれはなんだ?」
ジャマルの街に入る前から見える大きな煙突からはもくもくと煙が上がっている。
「あれが溶鉱炉ですよ、今となっては失われた技術ですがあのお陰で大量の鉄鉱石を精錬出来るのです。」
「カングからの石炭はどうやって持ってきているのだ?」
「はい流れの緩い河が有りましてね上流から船で運んで来ます。」
「この様な規模の技術が残せていたとはまだまだ獣人の世界はこれからだな。」
ニンゲンの世界で育ったリリトであるから溶鉱炉の持つ意味は誰よりも理解していた。
これがあれば重工業も可能になるのだ。
街は溶鉱炉を中心にかなりの大きさに広がっていた。
馬車の中から見る街はドゥングの街ほど大きくは無いが活気の有る街に見える。
何より人々は忙しく動き回り数多くの工房が見える。この街で作られる鉄はこれらの工房に提供され様々な品物へと姿を変えているのだろう。
街の中を進んで行くと周囲の人間が魔獣を見て振り返る、大型魔獣が狩られるのはごく一部の獅子族を含むチーム以外ではめったに有る事では無い。
それが犬耳族のチームが魔獣を狩って来たのであり、しかもドゥングの紋章の入った馬車を同行しての凱旋である。
実際はどうあれドゥングの名家の馬車を守って大型魔獣と戦った狩人部隊だと思ったに違いない。
そのまま狩猟部隊本部に乗り込むと腹の出た兎族の男が飛び出して来た。
ボール2号か?
「どどど、どうしたんだヴィエルニ、なんでドゥングの馬車と一緒人るんだ?それに大型魔獣じゃないか、お前たちが倒したのか?」
「いやいや、実はドゥングの領主さんの馬車に遭遇してさ~」
ヴィエルニが馬車から降りて先に報告をする。
「なに?ドゥングの領主様が来られているのか?そりゃ大変だ、おいだれか!みんなを整列させろ。」
「まあまあアルノーさん、そんな事しなくても」
いささか先走る兎族に困った様な顔をするヴィエルニ。
「何を言っている、ドゥングは我が国の友好国だぞ。」
アルノーが馬車の前に陣取るとその後ろに職員が走ってきて整列をする。
最初に兎族のリュティックが降りてくる。
「おお、良かったお前もどこも怪我をしていない様だね」
「はい、ガウル殿のお陰です」
次いでガウルが降りてくる。大きなガウルを見ていささかアルノーは腰が引けていた。
それからクリーヌとサビーヌが降りてくる。
「ドゥングの領主のリリト様です失礼の無いようにお願い致します」
クリーヌがそう言うとアルノー以下全員が頭をさげる。
「ドゥングの領主のリリトさま良くいらっしゃいました」
アルノーが愛想笑いを浮かべて頭を上げると目の前に竜の顔があった。
「びひぇえええ~~~~っ」
とてつもない叫び声を上げてアルノーは飛び上がるとその先にあった5メートル位の高さの木の枝に突っ込んでしまった。
危険を感じると後先考えずに飛び上がるのは兎族の基本的特性の様だ。
それにしてもボールになってもジャンプ力は変わらないのは驚きだ。
「ままま、魔獣だ~~~~っ。誰か捕まえろ~~~っ。」
枝に引っかかってぶら下がったまま大声で叫ぶ、どう見ても木からつるされた提灯に見える。
はあああ~~~っとため息をつくリリト。
「ヴィエルニ、燃やしてもいいか?」
「ちょっと待って下さいね今ちゃんと説明いたしますから」
心底困ったように引きつった顔でアルノーの所に登って行く。
(ヴィエルニあれは獅子族のペットかなにかか?早くあの恐ろし気な魔獣をどこかにやってくれ。)
(アルノーさん魔獣じゃありませんよ竜神様のお嫁さんです。)
(いやいやいや、竜神様ってのは家よりもおおきいんじゃないのか?)
(竜でも子供の頃は小さいのです。)
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「なあガウル、これが私に対する社会的評価なのだろうか?」
今後の事を考えるといささか鬱陶しい事が続きそうな予感が有る。
「まあ……そうですな、何しろ竜は大きいと言う固定観念がありますからな」




