マリエンタール3
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――マリエンタール3――
「申し訳有りません私が後先考えずに逃げ出してしまった物ですから!」
それまで後ろで震えていた兎族の男が前に出てきて頭を下げた。
「いいのだ、リュティックお前は逃げるのも仕事のうちだ」
リーダーの女が兎族の男の前に立つ。
その顔には今回の責任はリーダーである自分にある事をはっきりと認めていた。
兎族の臆病さはよく知られた事実でありその人間が逃げるのは致し方ない事である。
しかしチームとしての責任とは別物である。
逃げた兎族につられて全員がパニックに陥ったのだろう、あまりにも未熟である。
この犬族の女は背も高くよく鍛えられている。無論ガウルとは比べるべくもないがいずれは立派な狩人になれるかもしれない。
若く将来のある若者を救えたことに関してはガウルも良かったと思ってはいるのだ。
「お前らはチームらしいがフリーなのか?」
ところがリーダーの女の言葉を聞いてガウルの怒りは怒髪天を突く事になる。
「いや、われわれはニャゲーティアの国営狩猟部隊の者だ」
そう言った途端にもう一度女の頭に拳骨が落ちる、そればかりか残りの男たちの頭にも拳骨がおちた。
兎耳族の男を除いて犬耳族の4人が頭を抱えてうずくまる。
「軍人が民間人を助けずに盾にするとは言語道断!恥を知れ、恥を!」
烈火の形相で怒鳴るガウル、軍人としての責務を放棄したこの連中に対して本気で怒っていた。
「誠に返す言葉も御座いません、平にご容赦を」
ガウルの怒りの意味を十分に理解できていたヴィエルニが頭をかかえてガウルに謝罪する。
ほかの男たちもガウルの怒りの前に慌てて頭を下げた。
国営狩猟部隊とは国を魔獣の侵略から守る為に作られた組織の者であり、フリーとは魔獣を狩って生活の糧にしている者達の事である。
成り立ちから考えてもその性格は自ずと異なってくる。
国営狩猟部隊とは現代的に言えば国軍であり公務員である。その存在目的は国民の保護である。
フリーと言うのは生活の為に獣を狩る者たちの事で要するに自営業である。
当然の事ながら国民を守る義務は持た無い。民間人の命よりも自分の命を優先する権利が有る者の事を指す。
しかし国軍は違う、国軍は自分の命より国民の命を優先する義務が有るのだ。
無論今回の様に民間人を盾にして逃げようとすればどちらも厳しく責任を問われのは一緒である。
ただしフリーの狩人は一生卑怯者の烙印が押されることになるが、国軍の狩人はそれに加えて処罰の対象になるのだ。
「申し訳ありません、私が恐怖にかられ前も見ずに逃げる馬にしがみついておりましたから」
「それはもうよいお前を逃がし切れなかった私のミスだ」
ヴィエルニが兎族の男をかばって声をかける。
臆病な兎族をメンバーにしたこと自体が今回の問題だろうとリリトは思った。
「お前らは兎族をメンバーに加えているのか?」
「はい、彼は討伐要員ではありません、あくまでも事前の情報収集要員つまり魔獣の索敵が役目なのです。したがって戦闘の時は逃げていてもらわねばむしろ邪魔になりますので」
聞いてみるとこの兎族をメンバーに加えるのはマリエンタールでも最近の事らしい。
元より臆病が服を着て歩いているような種族である、猟師になれるとは誰も思ってはいなかった。
ところが狩人に憧れる兎族をメンバーに入れたチームがその優れた耳の能力で周囲の魔獣をすばやく発見できる事に気がついたらしい。
無論戦闘には全く使えないので獲物を発見した段階で逃げてもらうのだそうだ。
結局適材適所と言うことらしい。
「ただこれだけは覚えておけ、お前たちが今乗っているのは魔獣であろう、大型魔獣は魔獣を食い獣は食わない。魔獣の馬に乗っていれば大型魔獣はお前たちの馬を追って来るに決まってあろう」
それを聞いて全員が愕然としたような顔をしていた。
ガウルの乗っている馬もまた魔獣化した馬の子孫である。
魔獣とはいえ空中から生まれてくる訳ではない、ちゃんと餌を食い子供を育て子孫を繁栄させる生き物である。
普通の馬とは少し形が違うが獣人にも慣れるし愛情も示す、それなりに従順な生き物である。
普通の獣と違うのは食性にあまりこだわらず飢えにも病気にも強く体力も有るのだ。
これまでにも当たり前に使ってきた乗用の魔獣である、魔獣討伐に際して大型魔獣に追われない限りは非常に有用な魔獣なのである。
ところがその事に慣れすぎていて大型魔獣の討伐に魔獣を使用してしまったのだ。
普通に考えれば近寄れば臭いで気づかれるのは当たり前である。
「今後狩人を続けたければ肝に命じておけ」
ガウルの怒りも少し治まったのか諭すような口調になってきた。
「はい、肝に命じまして」
「しかしガウル殿凄まじい威力の魔法でしたが、あれが噂に聞くヘル・ファイアで御座いますか?」
「ヘル・ファイア?あれがそうなのか?」
4人のガウルを見る目が鬱陶しい親父を見る目から英雄を見る目に変わる。
「クリーネ、ヘル・ファイアとはなんだ?さっきの魔法の名前か?」
リリトはそっと聞いてみる。
「はい、獅子族だけが可能と言われている魔法です、非常に強力ですが体中の魔獣細胞を消費しつくされるので撃った後は立つことも出来なくなると聞いています」
「あいつ、平気な顔をしているぞ」
「はい、私も非常に不思議に思っている所です」
ファイやボールは炎の塊を吐き出す技である、ブレスで吐き出した息を渦にしてあまり分散させずに遠くまで飛ばす魔法だ。
気体の渦であるが故に速度も遅く飛行する魔獣に当てる事は出来なかった。
ブレスに比べて攻撃範囲を絞ることができ周辺の被害を最小限に留める技である。
ブレスは炎の息を広範囲にまき散らし威力は高いが周囲を焼き尽くす。
ヘル・ファイアはレーザー光線の様に強力な光を絞って発する技の様だ。
あの魔法が使えればみすみすヘリのパイロットを死なせずに済んだのではないかと思うリリトである。
「今回の獲物はガウル殿の手柄、我々で街に運びますから手柄になさって下さい、我々と違ってガウル殿には獲物の売却代金と報奨金が支払われます」
「お前さん達には金は出ないのか?」
「我々は給料ですから、まあ大型魔獣の報奨金は出ますが」
魔獣の死骸の所で他のメンバー達が橇を作り始めた。
1トンもある魔獣である。担いで持ち帰る訳にはいかない。簡易型のソリを作ってそれに載せて馬で引いて行くのだ。
「そこでお願いなのだが私と兎族のリュティックの馬を使って引いていくのでふたりをガウル殿の馬車に乗せてはもらえないだろうか?」
「どうする?リリト殿」
ガウルがリリトの許可を求める様に振り返る。
「よろしくお願い申し上げる」
ヴィエルニがサビーヌに向って頭を下げる。
子供とは言え巫女の衣装を付けている以上この娘が高位の存在と考えたのだろう。
「私の名はサビーヌと申します、こちらはクリーネ。この馬車はそちらのリリト様の馬車でございます。」
ガウルの横にピコピコと浮かんで胸を張っているリリトを示す。
ヴィエルニはガウルを見た後不思議そうな顔をして再び周囲を見渡す。
「リリト殿はどこにおられるのだ?ガウル殿とペットの魔獣しかおらないではないか。」
リリトの額がパキッと音がする。
「それにしてもなんですかこの魔獣は?なんて不細工な顔をしているのかしらまるで竜みたい、ガウル殿が捕まえて来られたのですか?」
ヴィエルニがリリトの前に来て無遠慮にジロジロと眺める。
リリトの額から更にバキバキッと言う音が聞こえた。
「「「あ~あっ。」」」
ガウルとサビーヌとクリーネは後ろを向いてしまった。
「私は竜の嫁のリリト、現ドゥングの領主だ」
リリトが尻尾をプルプルと震わせながら答える。
「な、なんですの?言葉を話す魔獣なんて初めてですわ、良く仕込みましたわね~」
ヴィエルニが引きつった笑いをガウルに向ける。
リリトはヴィエルニの前で大きな口を開く、口の奥で炎がチラチラ見える。
そのまま上を向いてグオオオォォォ~~ッと大きな炎を吹き上げる。
ヴィエルニの顔をかすめた炎はチリチリと髪の毛の先を焼いた。
「きゃあああぁぁぁ~~~っ」
ヴィエルニは腰を抜かしたようにひっくり返ってしまった。
「人の言う事を聞かないと、今度は燃やすぞ」
あたあたあたと這いずってガウルの元に行くと背後に隠れる。
「ななな、なんですか~っ?こんな凶暴な魔獣はちゃんと躾けないといけませんことよ」
「お前さん口調が変わっておるな、それが本来のしゃべりかたか?」
驚いたように口を押えるヴィエルニ。
「あんな炎を吹き上げるなんてまるで竜みたいじゃないですか」
ヴィエルニはガウルの背中にしがみ付きながらリリトを見ている。
「いや本人が言っておるだろうが、あの子は竜の嫁じゃよ」
「嘘おっしゃい、竜は10メートル以上の大きさが有るじゃないですか」
「竜が最初からあの大きさで生まれて来るわけでもあるまい、リリトは子供の竜の嫁なのだ」
浮かびながら怒りでプルプルと尻尾を震わせ口から炎を漏らす竜の子供である。
「そ、それじゃ本当に竜の……」
その言葉を受けてクリーネが小柄ながら豊かな胸を突き出してずいっと前に出る。
その大きさに気圧されたような表情でクリーヌを見る。
ヴィエルニは背も高く引き締まった体をしてはいるが残念な事に胸はさほど大きくはないのだ。
「私はドゥング国の首席秘書官のクリーネです。この方は竜の嫁で有り我がドゥングの現領主様です。今はこちらの国への視察と就任のご挨拶に参りました。先程からの竜神様への暴言の数々、燃やされても知りませんよ」
ようやく事態を理解したのかよろよろと後ずさるヴィエルニ。
「これはとんでもない事を、平に、平にご容赦を~~~っ、燃やさないでくださ~い」
ヴィエルニは平伏して頭を地面に擦り付けた。
「ようやく認めおったか。」
リリトはプカプカと口から炎を漏らしながら答えた。




