マリエンタール2
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――マリエンタール2――
マリエンタール領の製鉄所は古い鉄鉱石の鉱山が残っていたことに由来している。
旧世界の遺物であるが核戦争により放棄された物らしい、鉄鉱石の産出が確認された事によりそこで製鉄を行うことになったとの事だ。
街のすぐ横に大きな川が有り物流に優れていたことも幸いした。
当初は鉱山周辺の木を切って炭を燃料としていたらしいが、たちまち木を刈り尽くしてしまったらしい。
その森の跡地に町を作り鉄鋼の町として発展をしてきた。
ところが幸いなことに川の上流で石炭が発見され、それを燃料とすることが出来る様になった事が大きな変化となった。
産出された石炭はコークスに加工され船で運んで来る事により周囲の木が無くなっても高炉を維持できた。
これが炭を使い続けていたらこの様な高炉を維持することはできなかったであろう。
当初は高炉と炭鉱しか無い町であったが木を切った後を開墾し畑を作るようになってきたので自給自足が可能になってきた。
やがて各地から鍛冶屋が集まってきて鉄鋼品の生産地としてさらに発展をしてきた。
溶鉱炉をのある町の周囲には鍛冶屋が多く皆腕が良い、品質の高い鉄製品を求める人間はこのジャマルに買い付けに来るようになった。
川を使った水運により広く王国中に売りさばいているそうだ。
他の獣人族の町と同様にここでは溶鉱炉を中心とした市街地が広がりその周辺部には穀物や野菜の畑が広がっている、さらにその外周部には放牧の為の牧草地が広がっている。
その牧草地と畑を分ける場所に道路が作られ町と森が分断されていた。
その牧草地には牛や羊が放牧されており牧羊犬が走り回っていた。
所々に動物を囲う柵が設けられ牧畜農家が点在している。
この周辺に魔獣が出てきても犬が騒げばすぐに逃げ出す。その場合は直ちに狩猟部隊に連絡され魔獣の駆逐を始めるのだそうだ。
こうして町と周囲の畑を魔獣から守っているのである。
飼われているのは普通の獣の様だった。サビーヌに聞いてみるとこの様な外周部では大型魔獣を呼び寄せる危険が有るので魔獣の放牧は行われていないと言われた。
「成程それがこの世界の在り方なのか」
魔獣の方は食い物に気を使わず病気にもかからないので通常は町の中の方で飼われていて大体は食肉用と毛皮取り用としているらしい。
そんな話をしている間に突然サビーヌとクリーネが顔を上げて耳をヒクヒクとさせる。
異常に気がついたリリトがふたりを見る、次いで外を見るとサビーヌが口を開いた。
「右の方から大きな物がこちらに向ってきます」
兎族である彼女たちが揃って危険を察知したのであろう、リリトは窓から顔を出して周囲を見る。
犬族の護衛はしきりに耳を動かして周りを見ている。一方がウルは何も感じないのか反応は無い。
やはり獅子族は危険感知能力はあまり高くは無いようだ。
先程の牧羊犬が大声で吠えながら羊達を移動させ始めた、さすが犬族のご先祖の危険感知能力は高いようだ。
「大型魔獣かと思われます、他に蹄の音が複数、かなりの速度で走っています、すぐにこちらと合流すると思われます」
「どうやら大型魔獣に追われた狩人達の様です」クリーネが顔色一つ変えずに報告する。
「ガウル!魔獣の襲撃だ!」
リリトは馬車から飛び出すと大声で叫んだ。
その声を聞いた途端ガウルは槍を抜き音の方向を向く、護衛のふたりもさすがに臨戦態勢を取っていた。
草原の外れから馬に乗った狩人が飛び出してきて全速力でこちらに向って来る。
その後ろから大型魔獣が狩人を追って飛び出して来る、優に1トンを超える大きさの魔獣である。
興奮しているのか口から炎を溢れさせながら全力で走っている。
「やれやれあの馬鹿もの共が」
ガウルがそうつぶやいて馬を降りると槍を地面に突き刺した。
「ひええええええ~~~~っ」
5人の狩人の集団らしい、兎族の男が悲鳴を上げながら馬にしがみついている。
逃げているというよりほかのメンバーを引き連れて魔獣を引っ張って来てしまった様に見える。
いきさつはわからないが兎族の男がパニックに襲われて後先考えずに逃げ出したようである。
その後ろに4人の犬族が続きそのうちの一人はは女のようであった。
リリトの前にいる犬族の護衛達はどうしたら良いのかわからないのかオタオタしていた。
護衛と言っても元は狩人上がりであるから対魔獣戦闘は出来る、しかし犬族二人ではとても大型魔獣に対処は出来ない。
せいぜい体を張って大型魔獣を引き付けその間に主人を逃がすのが関の山である。
もっとも今回の様に我を忘れて突進してくる大型魔獣をどうにか出来る訳では無い、せめて逃げてくる犬族の狩人と連携が取れれば何とかなったかも知れないが連中は逃げるだけで必死の様である。
ガウルがチラリと護衛の方を見るとヤレヤレと言った感じで頭を掻いている。
リリトがガウルの元に飛んでいく。
「どうする?あいつにブレスを吐きかけてみるか?」
「無理でしょうな、もう少し大人になれば黒焦げに出来るでしょうが今は難しいのではないですかな?」
狩人達も馬車に気がついた様だが速度を緩めようとはしない、大型魔獣に追われる恐怖で顔が引きつって馬にしがみついている。
「あ~っ、ありゃまだ新米だな、おおかた功を焦ったのであろう。おのが力を見極められない連中だった訳だ」
「おまえそんなに呑気なことを言って良いのか?お前ひとりで倒せる訳でもあるまい」
リリトは口の中に火の玉を作って身構えた。
倒せなくとも目くらましや牽制にはなる、悪くても大型魔獣の足を止めるくらいは出来るだろう。
「リリト殿は下がっていなさい。ワシがやってみよう」
リリトに手で合図をすると地面に突き刺した槍をさらに深く突っ込む。
狩人達はまっすぐに馬車に向かって走ってくる、馬車を盾にして逃げようというのか?あるいは逃げるだけでそこまでの余裕がないのであろうか?
護衛達は馬車の馬を引いてこの場から逃げようとしていた。
馬車の中にはサビーヌ達がいる、さっさと逃げろとリリトは思っていた。
ガウルは走り寄ってくる狩人達に向かって手を振って行き過ぎるように合図をする。
そして両手で突き刺した槍を握ると足を大きく前後に開き腰を落として大きく口を開けた。
大きく開けたガウルの口の中に光の粒が集まってくる。
グレイとの戦いの時に出そうとしたあの技だ!
リリトも口の中に火の玉を作りいつでも発射出来るようにした。
狩人達が馬車を通り過ぎるとガウルの口から白い光の槍が飛び出す。
光の奔流が魔獣に向って飛んでいくそれと共に爆発的な温度上昇が起こり防風が吹き寄せガウルを包む。
ガウルは槍にしがみつき足を大きく踏ん張って反動に耐える。
リリトもその煽りを受け吹き飛ばれて空中をくるくると舞った。
護衛達はすぐに馬を飛び降りて馬が暴れないように手綱を持って抑える。
猛烈な風が止むと首を無くした魔獣がそのままの勢いで走り続けてドウッと倒れた。
ガウルは何もなかった様にすっくと立ち上がる。
いきなりリリトがガウルの頭を尻尾でぶん殴る。
「いたた、リリト殿何をするのだ!」
「き、きさま、先日のグレイとの決闘の折これを使おうとしたであろうが!」
ガウルの目が泳いだ。
やっぱりあの街中でこの魔法を使おうと思ったな。
「い、いやあれは……」
「こんな魔法を町中で使ったら大惨事だっただろう、このばかものが!」
考えてみればあの時は大変な事態になるところだったんだよな。
「いやいや、ちゃんとリリト殿が止めてくださったであろうが」
もう一回ガウルの頭をぶんなぐっておいた。
遅まきながら護衛のふたりが馬車を連れて戻ってくるがまったく何の役にも立っていない護衛である。
「領主さま、ご無事で!」
いかにも情けない表情でリリトの前に立つ。
「バカ者共が、貴様らの仕事はクリーヌとサビーヌの護衛であろうが、足をすくませて動きが取れんとは何事だ」
リリトが馬車を示して怒鳴るがそこにふたりの姿は無かった。
慌てて周りを見ると護衛の男が遠くを指している。
遥かに離れた場所からふたりが歩いて戻ってくるのが見えた。
「兎耳族の逃げ足は馬よりも早いのですよ」
どうにもリリトは未だに兎耳族の逃げ足の鋭さに対する認識は甘いようである。
本来この護衛と言うのは領主を守るための護衛の筈なのだが子供とは言え竜を倒せる魔獣や人間はあまり多くは無い。
実際にはリリトに護衛は必要は無く領主と言う体面を保つ為に連れて来たようなものであった。
したがって実際に彼らの護衛対象はクリーヌとサビーヌであったのだ。
「領主様ご無事で何よりです」
クローネがリリトの元に来るが全然そう思っているようには見えなかった。
きっとガウルが駄目でもリリトが魔獣を倒すと思っていたに違いない。
「リリト様すごいです~」
いやサビーヌ、すごいのはガウルだろう、本当は危険を察知してさっさと逃げたお前たちかもしれん。
そこに先ほどの狩人達が戻ってきた。
兎族の男に4人の犬耳族のチームで女が一人いた。顔を見ると全員がまだ若く装備も良い。
犬族の女が馬を降りて礼を言いに来た、この女がリーダーなのだろうか。
「私の名はヴィエルニ・ジョジアーニと言う。貴殿の助力に感謝する」
どこか品の良い仕草で深々と頭を下げる。
「家名持ちか…ワシの名はガウルである。貴様がこのチームのリーダーか?」
家名持ち、すなわちこの女はどこかしらの名家か領地持ちの家の人間だと言うことを意味していた。
没落した名家か?何が悲しくて狩人などしなくてはならんのだ。
「そうだ、私たちはこの魔獣を包囲して槍を突き刺す寸前に気付かれてしまった」
「そうか、それで慌てて逃げ出したと言うわけか?このバカ者!」
いきなりガウルが女の頭をゲンコツでなぐった。
「あたたたたっ」
2メートルの獅子族のゲンコツであるそれはもう涙が出るほどの威力が有る。女は頭を抱えてうずくまった。
「貴様何をする!この方は……。」
後ろから仲間が女をかばって前に出るがそれを女は制した。
「大型魔獣を犬族4人で倒せるわけが無かろう、自分たちの実力もわきまえず功名心に走ったか!」
リリトは知らなかった、種類にもよるが大型魔獣は獅子族3人で倒せる程の強力な魔獣で犬族の力ではその急所まで槍を届かせるのが難しいとされていたらしい。
「いや、作戦は完璧だった。気配を消して4人での同時攻撃だ、それで倒せるはずだった」
言い訳ともとれるような発言であるが当の本人たちは本気でそう思っていたのだろう。
「その結果がこれか?命からがら逃げ出して来たのであろうが」
全員がうなだれて下を向く。
自らの実力を見誤るのは若い者の常では有る。だがそれは自らの命を代償として差し出す行為であると言う事には気が付かない。
「お前らは魔獣に槍を突き通す事は考える、しかし魔獣が反撃して来るとは考えない。魔獣もまた生き残るのに必死なのだぞ」
おそらくガウルもまた狩人として数多くの魔獣と戦い同じくらいの数の仲間との別れを経験してきたのだろう。
だがヤマタガラスを槍の一撃で倒し、たった一人で大型魔獣を倒せた。
ある意味狩人を突き抜けた英雄とも言える実力の持ち主である、そんなガウルという男は一体どんな人生を送って来たのであろうか?
「し、しかし我々も自分の実力を過信していた訳では有りません、これまでも何頭かのの中型魔獣を狩ってきました、今回初めて大型魔獣に遭遇いたしましたが十分討伐可能と判断いたしました」
前に出た男がガウルに食ってかかる、自らの未熟を認めたくないのであろう。
「お前らが未熟故に死ぬのはお前らの勝手だ、しかし魔獣に追われて民間人の馬車に向って逃げるとはどういう了見だ!狩人としての最低限の義務もわきまえないのか?」
狩人が魔獣に追われて民間の馬車を見つけたら手前で阻止するか方向を変えて魔獣を民間人から引き離さなくてはならない。
それを民間人を見つけても向きを変える事無く馬車に向かって逃げてきたのである。
民間人を盾に自分たちの安全を図ったと糾弾されても致し方のない行為であった。
もしこれでリリト達の馬車に被害が出ればその狩人は廃業に追い込まれる程の恥なのである。
ガウルのあまりにもすごい剣幕に女のリーダーは下を向いてしまう。
そしかし他の男たちは認識が甘いのかガウルに向って抗議の視線を送る。
ところがこの連中はガウルのひと睨みで萎縮してしまう。
なんだこのヘタレ共は?そう思うリリトである。
登場人物
ヴィエルニ・ジョジアーニ 狩人チームのリーダー 犬族 18歳




