ドゥング10
1-027
――ドゥング10――
「愚か者め竜神様を運んできたのは我が軍の者だ。貴様はあまりの愚かさ故に竜神様に見捨てられた事すら気づかんようだな!」
リリトを乗せていた男が獅子族であることに気がついたアンドレの顔色がパッと青ざめる。
「さあさあどうぞ我が軍と共にエルドレッドに凱旋いたしましょう竜の嫁よ。既に夫となる竜には呼びかけを行っております、すぐにでも参上致すでしょう、それまで我が国でおくつろぎ下さい」
ああ、馬鹿がふたり揃って勝手なことをほざいているな。
パタパタと翼をはためかせて宙に浮くとアンドレの方に飛んでいく。
「お主だいぶ困っておるようだな」
「おお~っ、やはり竜神様は私を助けに来られたのですか?」
アンドレは物陰から出てきて満面の笑みを浮かべた。
「おい見ろ竜神様は私の元へ来られるそうだぞ!」
後ろ盾が出来たと思ったのだろういきなり強気になる、つくづく心根の卑しい奴だ。
「竜神様、そんな無能な男の治める国に行く必要は御座いません、我が国であれば最高の竜の巣を提供出来ます何卒我が国においで下さい」
ベンセンも負けじと馬の上で大声を張り上げる。流石に獅子族である、声が大きいのは種族の特性か?
「ふむ、貴様は何者だ?」
リリトは如何にも小物を見るような眼でベンセンの方を振り返る。
「私の名はメサジェ・ベンセンと申します。エルドレッド王国の将軍の一端を担っておりますのでお見知りおきを」
確かに大きな体に全身鎧をまとったその姿はなかなかに立派である。
「それで?私に何の用事だ?」
「はっ、竜神様には我が国においでになり竜神様と番になって我が国と共に歩まれんことを願っております」
「騙されてはなりませんぞエルドレッドは竜神様が愛想を尽かして出奔されたような腐った国でございますぞ」
アンドレが悲鳴のような声をあげてベンセンの言葉を遮る、必死さがよく伝わる絵面である。
「何を抜かすか責任に一切背を向け権益にブクブク太った己の姿が見えんようだな」
「それはどっちの事だ、竜神様をダシにして周辺国から金だけむしり取りやがって」
「竜神様この様な愚か者は相手にせずに我が国に帰りましょう、ささ、早く!」
あ~っ、救い難いなコイツらは……ベンセンの言葉に氷の様に冷たい視線を向けるリリトである。
「お主私を神と呼ぶのか?」
リリトはベンセンに向かってその語意をただす。
「は、竜神様は神の化身であればその様に」
コイツも言葉を上滑りさせるだけの俗物でしかない、アンドレと中身はどっこいだ。
「ならば問う、お主の国では神と言葉を交わすのに馬に乗ったまま行うのがしきたりか?」
突然のリリトの発言に言葉を失うベンセン、「俺を舐めんじゃねーぞ」と啖呵を切られた様なものである。
「おいっ」
ベンセンが周りの部下に声をかけると慌てて周りの兵士達が馬から降りてベンセンの元に駆け寄る。
こっちの連中は胸当てだけが金属製だった。
兵士達は馬の下に回ってベンセンが下馬をするのを手伝おうと言うのだ、やはり一人では降りられないようだ。
「おいおい獅子族の将軍よ、お主立派な図体をしながら手助けが無いと馬から降りる事もできんのか?」
ベンセンはリリトを見上げて『えっ!』と言う顔をした。
リリトは相変わらず尻尾をピンと跳ね上げてニタニタしながら宙に浮いている。
「お前たち、下がれ!」
ベンセンは兵士を下がらせると鞍の上にしがみつきながら必死で馬から降りようとする。
しかしベンセンと100キロ以上の鎧を合わせた重量を支える馬は大きく、太く、鞍もまた高い位置にあった。
ガウルが乗っているのと同様の魔獣の馬である。
片方の鐙に全体重をかけて降りようとしたがベンセンの重量で馬がよろける、その反動でベンゼンは馬から落ちてしまった。
周囲の野次馬からドッと笑い声が上がった。
慌てて立ち上がろうとするが鎧が重いので兵士に支えられて立ち上がる。
「なんだベンゼンその格好は一人で立つことも出来んのか?」
ベランダの物陰から顔を出して来たアンドレがあざ笑う、情けない奴だ。
「やかましい!物陰に隠れてばかりおる貴様に言われたくはないわ!さ、竜神殿あのような腑抜けは無視して我が国においでください」
「ふむ、そうか。これアンドレ、お前は腑抜けだそうだがその通りなのか?」
「体ばかり大きな脳筋野郎に言われる筋合いはないわ、私はお前と違って知性で勝負しているんだ」
世襲でなった領主が自らの頭の良さをアピールしてもあまり説得力がないな~。
「あのなあ、知性で勝負してもハートがチキンじゃどうしようもないだろう」
「わっはっはっ、竜神様にまでお前の本性は丸見えのようだな、安心しろ、これからお前の素首はねてそのベランダの飾りにしてくれるわ」
この言葉に震え上がったアンドレはベランダの影から片目だけを出してベンセンを見ている。
「おい、アンドレ。あいつはああ言っているがお前はどうする、首を差し出すか?」
「り、竜神様お願いしますお力をお貸しください、このアンドレ竜神様のご指示には何でも従いますから」
「ふむ、そうか?それなら一つだけいい提案があるのだか?」
リリトは冷酷な笑みを浮かべ竜の歯をむき出した。
「な、なんで御座いましょうか?」
「私に領主を禅定するのだ、そうすればお前は安泰になれるぞ」
思いもよらぬ発言に群衆からも大きなどよめきが上がる。
「な、何を言われる。竜神様が領主になるなど聞いたこともございませんぞ!」
「これはドゥングの内政の問題である、部外者のお前は黙っておれ!」
リリトに怒鳴られたベンセンはそれ以上口を出せなくなった。
「は?し、しかし私めの領地はどうなるのでしょうか?」
「心配するなお前たちの領地など興味は無い、本来領主は税金の再配分が仕事だ、集めた税金を使って国を整備していくのが仕事であろう。そのために領地からは大いに税金を納めてをもらうぞ」
「りょ、領地はそのままでございますか?」
自らの既得権が守られると思えば他の事はどうでも良いのがこの手の連中なのだ。
「そうだ、明日長老会を開催してその旨を決定しろ」
「わ、わかりましてございます。領主の地位をリリト様に禅定致します」
満面の笑みでリリトの提案を飲むチキンである、兎族だけど。
「何を馬鹿な事を言っているのだ。そんな事が認められる訳が無かろう。いまそこに行って素首叩き落としてやるからおとなしく待っておれ!」
ベンゼンが剣を抜き放って領主邸に向かって歩き始める。
「まてベンゼン、現在は仮ではあるが私がこの国の領主だ、それとも私の素首をはねるつもりか?」
リリトがベンゼンの前に立ちはだかる。
「これは子供の遊びではありません、そこをおどきください!」
どう見ても10歳位にしか見えないリリトを子供の遊びと見切ったベンゼンは竜にもお仕置きが必要だと考えた。
「私を子供と侮るか?私は竜の嫁だぞ」
子供相手にここまで言われてしまうとさすがのベンゼンも引っ込みがつかなくなる。
「わかりました、私はエルドレッド軍の将軍メサジェ・ベンセンはドゥング領主竜神リリト殿に決闘を申し込みます」
「私に決闘だと~?面白い事を言う男だな」
悠々と宙に浮きながら余裕で答えるリリトである。
「たとえ竜の嫁御とは言えこの様に侮辱されましてはこのベンセン騎士としての面子が立ちません!」
するとリリトは周囲の野次馬に向かって大声を上げる。
「竜の嫁のリリトである。この決闘に異議のある者は申し出よ!」
リリトとベンセンの両者を比べればまさしく大人と幼児である。
周囲の人間からすれば悪魔の様に非道な将軍と言う様に映ったに違いない。
『なにあれ?獅子族の騎士が竜神様に決闘を申し込んだわ』
『あんな小さな竜神様相手になんて罰当たりな』
『獅子族何て図体だけの脳筋なのね』
『嫌だわあんな男汚らわしい』
無論表立って口を挟む物などいる筈もない、しかし周囲の人々のひそひそ話はベンセンの耳にも届いてくる。
逆にベンセンが凶悪な悪人として野次馬に刷り込まれてしまった。
ここに至って遅ればせながらベンセンはリリトの罠にハマってしまった事に気が付いた。
「異議が御座います」
横からグレイが飛び出してきた。
「何だ、グレイお前に何の異議が有ると言うのだ?」
突然異議を唱えたグレイに助かったと動きを止めるベンゼン。
むしろ空気を読んで異議を唱えてくれたグレイに抱き付きたい気分ですらあった。
「将軍、実は……」
グレイがベンセンに耳打ちをする。
話を続けるうちにベンゼンの表情が変わってきた。
すっと剣を収めるとリリトに向かって大声で口上を述べる。
「この決闘に異議が出た。後日改めてこの決闘の申込みをしたいと思う。竜の嫁リリト殿了承されるか?」
あ~、ホントどうしようもない脳筋だと思いながら凛として答える。
「了承しよう。」
思った以上にうまくいった、あのグレイという男若い割には世事にたけた男のようである。
「よし、全員引き上げるぞ!」
ベンゼンが怒鳴ると4人掛かりでベンセンを馬に担ぎ上げる。
目を点にしながらその様子を見守るリリト。
「では竜の嫁殿いずれの再開に」
去っていくベンセン、カーテンの影で見送るアンドレ。
「なかなか面白い展開になってきましたな」
ひとりニヤつくガウルである。
「さてアンドレよさっさと長老会を招集するがいい。さもないとあの男がお前の素首を取りにまた来るぞ」
「は、はい直ちに手配致します」
カーテンの影から答えるアンドレであった。
リリトの領主就任は翌日開かれた長老会議で全会一致で採択されリリトは領主に就任した。
各自の領地を保証するとしたことにより利権を得ることは出来ないが地位と財産の保全は出来ると考えたのである。
エルドレッドの軍を見て領主であることの危険性を感じたのが大きかったのだ、信念の無い領主などそのレベルである。
しかしそこには長老会議で簡単にリリトを解任できると思う下心も心に秘めていたのだ。
アンドレは次の日には領主邸をでる。
何もかも残したまま逃げ出して自分の領地に帰っていった。
◆
領主邸は行政庁に併設されておりリリトが公邸に入った途端に仕事はできるようになっていた。
「サックを頼む。」
執務室にこれまでの経理記録を山積みにして経済状況のチェックをはじめた。
しかしリリトの手では紙をめくれないので爪にゴムの指抜きを被せてもらうことにした。
「かしこまりました。」
兎耳族の女性がリリトの爪にサックをつけてくれた、これで紙を破らずにめくる事が出来る。
この女性は領主の秘書長と言うことになってはいるが長いこと行政に携わってきた。実質的に行政を取り仕切っていたのは彼女たち秘書部である。
領主は4年ごとの交代制で各大臣もその時交代する、長老会の利権を皆で分け合うシステムである。
彼らが交代しても行政は継続するわけであり、大臣より下の者はそのまま居残る事になる。
大臣が全員いなくなってしまったので各行政部のトップを大臣代理として起用せざるを得なかったがあまり問題は無い。
どうせ大臣など利権あさり以外にすることは無いだろう、どうせ外交はエルドレッドにぶら下がっているだけだし。
領主や大臣の主な仕事は自分たちの番が回ってきた時自分の領地に対する基盤整備の予算を取る事に集約されていたのである。
交代制の領主とは実質的には利権の分配機能でしか無いのが現状であった。
そこを調整するのが秘書部であり、極端すぎる自領への予算配分をさせないような機能を持っていた。
リリトは最初行政上の現状を秘書部に聞いたのだが要領を得なかった。
おそらくそこには門外不出のドロドロした腐敗が蔓延しておりどこの馬の骨ともわからない竜の子供などに説明するつもりなど無かったのであろう。
リリトも人に聞くより自分で調べた方が早いとばかりに帳簿を調べ始めたのだ。
子供に帳簿の何がわかるとたかをくくっていた秘書部であったが実はリリトには生体補助頭脳があり強力な記憶能力と計算能力が有ることを秘書部の獣人達はしらなかった。
2週間官邸にこもって帳簿を調べ続けた、傍らには胸の大きな兎耳族の秘書がつきっきりで説明をすることになった。
また胸の大きな兎族かといささかイラッとするリリト。
「リリト様領主には領主の威厳というものが御座います」
秘書は大急ぎでリリトのために正式な服を用意してくれた。
もっとも足は太く短いので半ズボンで尻尾を出す穴が空いていた。
羽を出したいとも思ったが着こなしの問題で却下された。背中に穴を開けると服全体がたるんでしまうのだ。
無論リリトもここまでただ調べものをしていた訳ではない、エルドレッドの脅威がなくなれば長老会議が簡単に手のひらを返してリリトの解任に動くことは目に見えていたからだ。
その為に現在ガウルに依頼して隣国マリエンタールでの調査を行ってもらっている。
一方 社に関してはリリトの作った魔獣細胞の濃縮技術の効率化を指示していた。
今のままではあまりにも濃縮率が低く非生産的であるからだ。
同様のことを今エルドレッドでも行っているだろう。しかし理屈を理解していない彼らには簡単にはこれ以上の進歩は難しいと思われる。
ドロールは自らのツヤツヤの為に文字通り全精力を掲げて取り組んでいる。
もっともリリトの方はサビーヌの方がこの面においては優秀だと考えていた。
登場人物
クリーネ ドゥングの首席秘書官 兎族 別名残念巨乳兎
ドロール ドゥングの社の正巫女 兎族 別名ツヤツヤ巨乳兎




