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ドゥング9

1-026

 

――ドゥング9――

 

 領主がリリトの元に駆け込んで来る。

 

「た、た、大変でございま~す、竜神様~。」

「なんだ、また騒々しい」

 小物面満載で飛び込んでくる兎族の領主を思いっきり邪険な表情で迎えるリリトである。

 

「先ほどエルドレッドの使者が参りました~っ、拉致したエルドレッド軍兵士の3人を帰さねばこの国を攻め滅ぼすと~っ!」

「拉致した兵士3人だと、こいつらの事か?グレイ、お前はただの傭兵じゃなかったのか?」

「いやいや、その時の都合によってわれらのような下っ端の立場は如何様にも変化しやすから」

 いやわかってはいたけどさ、そうも簡単に肩書を替えられたお前らの立場はどうなるの?

 

「おまえ一応領主だろう、その程度の事でおたおたしてどうするのだ?国を統治する責任ある立場なんだから腹を切ってでも国を守る気概を見せるつもりはないのか?」

 

「いえいえいえ、我が国には軍隊など御座いません、狩人部隊だけではとてもエルドレッドの軍隊に太刀打ちなど」

 軍隊が無いと何もできない情けない領主らしい、この国の基本方針は属国となってだまって宗主国の言う事を聞くことに有るようだ。

 

「グレイ、そうなのか?なんかお前たちそんなに強くなかったけど」

「竜神様と一般兵士を一緒にしないで下さい。残念ですがエルドレッドの軍隊とこの国の狩人部隊では話になりません」

 グレイはかなり渋い顔をしていた。一応自分としてはかなりの腕が立つと自負はしていたのだろう残念なやつだ。

 

「ガウルの意見は?」

「まあ、そうですな、やはり対人戦を生業とする軍隊と狩人とでは武装の質が違いますからな、それに集団戦の訓練も受けておりますから」

 まあだいたい言いたいことはわかる、武器を扱っていても軍隊と猟師では戦い方の根本が違うからな。

 

「小奴らは明日返すことになっておるが、そもそもこいつらはただの傭兵と言う事になっているぞ、それでは駄目なのか?」

「我が国は半年前竜神様が失踪されてから租税を収めておりません。竜神様の加護が無いのに金だけ払う意味が御座いませんから。今回の脅しはその金の徴収の意味も含めての脅しでございます~」

 

 竜の失踪がわかったのが半年前でその更に半年前からエルドレッドはその事を隠して税を徴収していたと言う事だ。

 ところが周辺の諸国で魔獣の被害が増え始め空を飛ぶ竜の姿も見なくなり、ここの花街にも来なくなっていた事を知りエルドレッドを問い詰めたらようやく竜の失踪を認めたらしい。

 そこで周辺4ヵ国で合意してエルドレッドへの税の支払いを拒否したと言う事だ。

 

 周辺4カ国に囲まれたエルドレッドは比較的魔獣による農業被害は少ないので租税の停止をしばらく放置していたらしい。

 ところがその後エルドレッドは方針を変えて事有るごとに租税の請求を行ってきているという。

「そこで国をまとめてエルドレッドと交渉をするのがあなたの仕事でしょう」

 しかしこの領主と言う男は自らの立場の何たるかを全く理解していない男のようである。

 

「我が家は先代に優秀な方がおりましてこの国をまとめる時に中心的役割を果たしました。それで領主となりましたが私にはそんな甲斐性は御座いません所詮世襲ですから…」

「貴様は自らに課せられた責任を全うしようとは思う気概は無いのか?」

「思いませんよ先代が築いた地所が少々大きくは有りますが他の諸氏に比べて格段に大きいわけでも有りませんから」

 この国は大地主が集まって長老会を作りその長老会の持ち回りで一定期間領主になるのだという。

 

「ああら、だけど領主の権限で自領の整備に一番お金を使っていなかった~?」

「ど、ドロールさんそんな誤解を招くような事は言わないで下さいよ~」

 要するに大地主達が徴収された税金を自らの利権に使うために長老会を作り領主を持ち回りにしていると言う事らしい。

 

「さあて、誤解かどうかは調べればすぐにわかるでしょうな」

 ガウルが他人事の様にボソッとつぶやいた。

 

「いいですよ私はもう領主を下りますから」

 涙目になりながらアンドレは逆切れしていた。

 

「ああ~ら、ドゥングの長老会で追求されたら賠償金を請求されるわよ~ん」

「まあいい思いをしたんようだからな最後のご奉公と思って頑張るのだな」

「なんで私だけがこんな目に合わなくちゃならないんですか~?」

 リリトに冷たく突き放されると領主はうなだれて帰っていった。

 

「どうしますかな、このまま放置しても禄なことにはなりませんが」

「ガウル、この後どうなると思うのだ?」

「アイツ我が身可愛さにこの国の支配権を禅譲しかねないわよ~」

 ドロールが驚くような事をあっさりと言う、国が乗っ取られることになるのだぞ。

 

「なんだと、領主とはその程度の奴なのか?」

「ま~、やしろとしては政治介入はしませんけどね、領主が変わってもやしろは変わりませんから」

 政教分離というやつらしい、領主が変わっても民衆は生き残ると言う事なのだろう。

 

「あいつはこれからどうすると思う?まさか本気で領主をエルドレッドに禅譲する気かな?」

「一応今後の自分の立場を守るために抵抗する振りくらいはするんじゃないの~?」

 ドロールには完全に見切られているみたいだ、あの領主も可愛そうに。

 

「基本的には籠城でしょうな、今日中に他の3国に書簡をしたためて救援を待つという所でしょうか?」

「ドロール、だれか救援に来ると思うか?」

「無理でしょう~、あの男が無能であることはよく知られていますから~」

 まったく馬鹿が領主になると本当に国が亡ぶのだな。

 

「提案が有るのですが」グレイが声を上げる。

「ほう、お前に何か良い考えでも有るのか?」

「俺達がこの4日間作ってきたスープの事だが本当に病を治す力があるんですかい?」

「明日、患者の所に行ってみればわかるだろう。ただし効果が有るのは兎族だけだぞ」

 

「十分でしょう、それならそれを確認した後エルドレッドの軍隊に合流してその報告をします」

「なるほどそれでどうするんだ?」

「これは金になります、必ず報告しに一旦引くはずです。その後数日はこのスープの研究に当てられる筈ですからその間に策を練られればよいかと」

 

「何故お前がそんな提案をするのだ?」

「そりゃあ本当に兎族の病気を治せる秘薬の情報となれば俺の株も一気に上がりますからね」

 結構この男も利に聡いようである、さすがレランドの部下と言う事か?

 自らの利益を正面に押し出して説得に来る男は逆に信用ができる。

 

「お主見かけほど脳筋では無い様だな。よかろう、私にも少し策があるからな。」

 

   ◆

 

 次の日母親の元に出向くとすっかり元気になっており立ち上がれるまでになっていた。

 ただリリトの他に社のドロールとエルドレッドの3人が加わった大所帯の訪問に腰を抜かしそうになっていた。

 

 リリトも今日はやしろの神官服を着ていた。こちらのほうが何となく偉そうに見えるからだ。

 母親にスープを飲ませた後で他の患者を見て回る。

 みんなかなり元気になっており驚きながらもリリトの訪問を笑顔で迎えてくれた。

 

 グレイ達はこの女性達が数日前には死にかけていたと聞いてもにわかには信じられない様子であった。

 各自にスープを飲ませると皆で帰る事にした。

 帰りに領主の家に寄ることになっている。

 

「どうかな、来ているかな?」

「何やら楽しそうですなリリト殿」

 ガウルの言葉にも聞こえないふりをする。

 

 どうも領主邸の周囲が騒がしい。

「どうやら来ているようですな。」

 領主の家の前には馬に乗った兵士と思われる者達が30人程槍を持って整列していた。

 

 屋敷の周囲には同じ様に短槍を持った狩人達が50人近くで家を囲んでいる。

 そのさらに外側を沢山の野次馬が取り囲んでいた。

 この連中がこの出来事をまたたく間に街中に広める事だろう、丁度良いとリリトは思う。

 

「領主アンドレ侯、卿は竜神様を惑わし人心を先導しエルドレッドに鉾を向けた事誠に遺憾である。我が忠臣を捉え人質とするなど武人の風上にも置けぬ所業、直ちに我が国の忠実なる家臣を開放し竜神様を当方に引き渡せ」

 先頭で馬に乗っている全身を鉄の鎧に見を包んだ獅子族男が口上を述べている。

 口上も気を付けなければ自分が悪者に伝わる、群衆の前では常に自分の正当性を主張しなければならないのだ。

 

「あいつが領主か?」

 リリトがクローネに向かってささやく。

 

「いえ、あれは領主の右腕でエルドレッド軍の将軍のメサジェ・ベンセンです、頭が鋭く腕も立ちますことよ。」

「燃やしていいのか?」

「いけません、竜神様が人間ごときを手に掛けるなど言語道断ですわ」

 多少思考の視点がずれてはいるが真っ当な意見であるとリリトも思う。

 

「竜神様は確かにこの街におられる、しかし惑わしているのは社の方だ文句を言うならそっちに言ってくれ」

 アンドレは2階のテラスの窓から半分体を乗り出して相手に向かって怒鳴っている。

 怒鳴るとう言うより悲鳴に近いなとリリトは思う。

 

「あいつ、やっぱり燃しちゃいましょう」

 あっさりと前言を撤回する巫女である。

「おいおい、巫女さん言うことが真逆じゃねえか」

 グレイが呆れていた。

 

「それで?どうなさるんで?口上ではアンドレには分が有りませんな」

「しかしガウルよ、あの男も相当なチキンだな」

「仕方ございませんよ、元々兎族の上に先祖の既得権は欲しいが責任は取りたくないと思って引き受けていますから」

 ドロールがプイっと横を向く、見も蓋もない切り捨て方である。

 

 先程のアンドレの発言が腹に据えかねているのだろう。

 

「ならば我が軍の優秀なる兵士が軍備を持たぬ社に捕まっている事になる、迷いごとを言うな。元より竜神様の加護の恩恵を受けながら負担を渋り竜の嫁御を誘拐するなど鬼畜にも劣る所業断じて見逃すわけにはいかぬ!」

「何を言ってる竜神様に逃げられたくせに金だけ要求しやがって、どっちが迷い事言ってやがる」

「ふん、竜神様ならすぐに戻られる、既に各地の竜神様に知らせを走らせてあるわ」

 なんだ?今コイツなんか変なこと言ってなかったか?

 

「丁度よいグレイ、私を肩に載せてあの馬鹿の所に連れていけ」

「ワシも一緒に行こう」

 ガウルが歩を進める。

 

「ドロール、お前たちは危険だここに残れ」

「はいな、言われなくとも兎族は臆病ですから」ズンと胸を突き出すドロール。

「仰せのままに」そっと頭を下げるサビーヌ。

 

 ふむ、親子でこの反応の違いはなんだろう?

 

 グレイは獅子族なので背が高く周囲からは頭一つ浮き上がっている。

 そんな人間がふたり揃っていればそれはそれは目立つ、その男の肩に乗ったリリトは遠くからでも更によく目立った。

「リリト殿、あの先頭の獅子族の男はですな、実はあの鎧は一人では馬には乗れんくらい重たく丈夫なのですよ。ですから気を付けてください」

 横でガウルがささやく、そうか面白いからかってやるか。

 

 最初にリリトに気がついたのは領主のアンドレであった。

「おお!龍神様が私を助けに来て下さったのですね。見ろベンセン竜神様が我が国の危機に降臨されたぞ!竜神様のたたりが恐ろしければ直ちに引き上げるが良い」

 

 最初ベンセンはアンドレ何を言っているのか理解出来なかったようだ。

 ベンセンもまた成竜しか見たことがなくリリトを竜とは認識出来なかったのだ。

 しかしリリトを肩に載せているのがグレイであることに気付くとフッと笑みを見せる。

 

 噂に聞く竜の嫁がグレイに乗っていると言う事はエルドレッドに来てくれるという意思表示だと判断したのだ。


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