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ドゥング8

1-025

 

――ドゥング8――

 

「ドゥングにいる竜の嫁が足しげく花街に通っていると言うのか?」

「はい、社の巫女と共に何度も花街を訪れているとの情報でございます」

 社の宮司長のヴァトーが報告にやってきた。

 

 エルドレッド国王 ガジス・ゲルハルト・ガウアーは以前から竜が花街に通っていたという報告は受けていた。

 オスの竜で独身だからさもありなんと思っていたのだが竜の嫁まで花街通いを始めるとは思わなかった。

 

 どうしても花街の発想から逃れられない国王である。

 

「前回の奇跡はニンゲンから輸入した薬を使っての物ですが今回は少し違うようでして」

 どちらにせよもっと詳しく状況を見極める必要が有るのだろう。

 

「レランドに様子を探るように命じておきましたが報告が入りまして手のものが竜の嫁に拉致された模様です」

「レランド?」

「3年程前に雇った獅子族男で、腕はそこそこ立ったので調査部隊の軍務につけています。あちこちを流れたようで結構情報に詳しいようでしたので」

 

「そやつに何をやらせている?」

「現在はドゥングの隣国にあるマリエンタールで軍事訓練の教官を行っております」

「ああ、そうか。確かあそこも国営の狩猟部隊を持っていたがそれを軍に昇格させたのだったな」

 現在は我が国の兵士を軍事顧問として送り込んでおり対人戦闘訓練を強化をさせている筈であった。

 

「ついでにあちこちの調査も命じてありまして、報告によれば部下3人が竜の嫁に暴行を働いたかどで逮捕されたようです」

「レランドの部下?そんなのいたっけ?」

「レランドと一緒にマリエンタールに軍事教官として連れて行った男です」

 

「ああ、あの稲妻の魔法を使う獅子族か」

 どちらにせよ揺さぶりは半分だけ成功したようだ、エルドレッドの兵を逮捕したとなれば表立って圧力を加えられるというものだ。

 

「国王、ここは一度ドゥングに脅しをかけておいたほうがよろしいかと思いますが」

「そうだな、それでは将軍のベンセンにやらせるとしようか、あの男は声がデカイしあの鎧は見栄えが良いからな。」

「さすが国王、ご決断が速い」

 ヴァトーが嬉しそうにガジスを持ち上げる。

 

   ◆

 

 次の日にドゥングの領主が社を訪れた。

 

 リリトもドロールとの約束でもあり会わざるを得なかった。

 カイヨウ・アンドレと名乗る兎族の領主である、どこか卑屈な感じのする頼りなさそうな男であった。

 ガウルは金の交渉が有ると言っていたがドロールにきっぱりと同席を断られていた。

 

 まあ確かにどこぞの風来坊が領主に金の直談判でもあるまい。

 

「これはこれは竜神様良く我が国においでいただきましてありがとうございます」

「領主様はリリト様に是非ともこの地にとどまっていただき竜の婿を呼び込みたいとおっしゃっておいでですのよ」

 実際の所リリトにはこの国には興味は無かったしエルドレッドに住みたいという思いも別に無い。

 

 さりとて夫となる竜に操を立てている訳でもない。

 祝言直前に逃げ出した竜に腹を立てている訳でも…少しは有るが…無い…と思う。

 むしろ竜の失踪の原因の方に興味が有った…と言う事にしておこう。

 

 無論嫁が来ることを知っていた訳では無いからリリトを嫌って逃げ出した訳でも無いだろう……とは思うが……。

 ごちゃごちゃとリリトの頭の中を余分な考えがまとまりなく渦巻いている。

 結局のところ自分をこの街に連れてきてくれたヘリのパイロットを無駄に死なせてしまった事に対し、夫となるべき竜に腹を立てていたのかもしれなかった。

 

 まだ発展途上にある獣人の世界はまだまだ未開であり今後ともに重工業が起きるような下地は無い。

 既に地下資源はニンゲンによって大半が収奪されているからだ。

 この世界は穏やかな農業国として発展をしていくしかないのである。その発展もまた魔獣の存在によって阻まれている。

 

 国を広げた時に直面するのが魔獣による農業被害なのである。何しろいくらでも湧くように現れる魔獣によって農地は荒らされるのだ。

 その世界において竜の存在は国を支える力の象徴と言えるのかもしれない。

 支配者は皆竜を欲してうごめいているのだ。

 

 一生懸命この国の良さを語る領主の話に耳を傾けながらやはりこの男はエルドレッドに対抗する意思と手段は無さそうに思えた。

 エルドレッドの属国である事をその存在の基盤にしているような人間である。

 むしろドロールの方が強い野心を持っているようにすら思える。

 

 ふたりはリリトの外見から幼い子供というイメージを持っているのだろう、本当はそれなりの大人では有るのだ。

 その後リリトを連れて竜の巣を見に行った、既に昨日のうちに行っているので状況はわかっていた。

 

 領主は既に各地の竜の対して竜の嫁の到着を知らせるために伝令を放っているとの事であった。

 しかし周囲に小さな村くらいしか無い巣ならともかく国に住む竜であればそれこそ竜を奪い合っての戦争と言うことになりかねない。

 もっともそんな事をすれば竜の方がそれを嫌って出ていきかねないのだ。

 

 したがって竜に招致に関する事柄は全て水面下で行われるという事らしく、招致に成功したときに華々しくその存在を天下に知らしめると言う事のようだ。

 ドロールが竜神の奇跡を行って見せたのもこれによって竜の嫁の所有権を主張した事だと言っても良かった。

 

「くだらんな」そう考えるリリトである。

 なんでもすぐに竜の巣の整備を始めるとの事で領主は満面の笑みを浮かべて帰っていった。

 

   ◆

 

 次の日のミルルの所に行くと驚いた事に顔色が良くなって床の上に起きていたのだ。

「竜神様、母が、母がこんなに元気に……」

 ユーハンが泣きそうな顔でリリトを迎える。

 

「具合は良いのか?」

「はい、夕べから何故か体の中から力が湧き上がって来るような感じが」

 

「これはすごい物ですな」

 ガウルもまた驚いていた、自分で作っておきながらもこれ程の効果が有るとは思ってもみなかったようである。

 

「うまくいったようだ、それでは今日もこれを飲むと良い」

 リリトは昨日の倍ほどのスープを飲ませる。

 その様子を後ろからサビーヌがじっと見ていた。

 

「明日また来よう」

 親子に告げて次の患者の所に行く。

 途中でボールと出会うと驚いたような顔をして深々と頭を下げる。

 

「おお、リリトさま、あの母親がとても元気になりましてありがとうございました」

「これから他の連中の所に行く所だボール殿、連中の様子はどうだ?」

「いえ、今日はまだ、できればご一緒させていただきたいとおもいます。それと私の名前はカルイでございますが……」

 外見に似合わぬ名前である。

 

 昨日死にそうな顔をしていた若い女の所に行く。

 店主はちゃんと約束を守ったらしく明るい部屋に移されていた、やつれてはいるが昨日よりは幾分顔色も良くなっているように感じた。

 

「竜神様……」

 女はリリトを見るとこちらに向き直る。

 

「具合はどうだ?昨日は腹を壊さなかったか?」

「はい、おかげさまで随分楽になりました」

 やはり少しは改善しているようである、リリトは茶碗一杯のスープを飲ませて退散する。

 他の病人たちもそれぞれ症状が緩和されていた。

 

「明日また来るとしよう」

「竜神様、その薬はいかなる秘薬でございましょう、出来ますればそのお薬を分けてはいただけないでしょうか?」

 ボールもその効き目に心を惹かれた様である。

 

「特別な物ではない、ただのモツのスープだ」

「モツ?魔獣のモツで御座いますか?」

 

「それを少し特別な方法で濃くした物だ、兎族には定期的に魔獣のスープを飲ませる様に店主達に伝えておけ」

「モツのスープですか?」

「モツの方が効果が高いが肉でも構わん、良くアクを取ったスープならば兎族でも食べられるだろう、重要なのは定期的に摂取することだ」

「わかりましてございます。街中の店に伝えます」

 

 社に戻ると3人は真面目に仕事をしていた。何故かドロールがつやつやになっていた、どうやら少しつまみ飲みをしたらしい。

 3人の方も少し顔があかい、こっちにもつまみ飲みさせたらしい。

 まあ、コイツラもしっかり仕事をこなしたしそのくらいは見てみぬふりをしてやろう。

 

 

 次の日に再び花街に行ってみると全員が元気を取り戻していた。

 抗生物質を与えなかった3人の方も症状が消えつつある。

 

「思った以上に魔獣の肉には大した効果が有るものですな」

 ガウルは感心すること仕切りである。

 

「お前たちは魔獣の恩恵に浸り過ぎてわからんだけだ、魔獣細胞は獣人の体をも修復するのだ」

「サビーヌ、スープの作り方はわかったかな?」

「はい、電気の魔法を使うものも何人か知っておりますれば再現は可能かと」

 賢い娘のようだ、この薬が有れば兎耳族の病気の治療薬をニンゲンに頼らなくとも良くなる事を理解している。

 

「あの3人は帰してよろしいのですか?製法がエルドレッドにバレてしまいますが?」

 ガウルが言外に剣呑な発言をする。

 

やしろが独占出来なくなるから奴らを殺せというのか?」

「いや、そこまでは…」

「かまわん、こんなものの製法はすぐにバレる、エルドレッドに伝わればやしろの独占を防げて丁度よい」

 サビーヌが表情を曇らせた様な気がした、まあこの娘もまた巫女の候補者であるからそんなものだろう。

 

「ご苦労だった、お前達のおかげで今後病に苦しむ兎耳族は減ることになるだろう。今日まででお前たちの使役は終了する。」

「回状は回さないでいただけるんで?」

「無論だ、それとドロール殿」

「はいっ な、なんで御座いましょう」

 ドロールはツヤツヤの顔に張り切った胸をぷるんと降って聞き返す。

 

「この者達の宿泊費はそのスープのつまみ飲み代な」

「え?ああっ はいはいようございますとも。3人ともよく辛抱なされましたし」

 子持ちの女が胸をプルプル振ってフェロモンを垂れ流すな。

 

「はああ~~~っ」

 ため息をつくリリトとガウル、ついでにサビーヌまでが後ろを向く。

 不肖の母親を持つと苦労するようだ。

 

 三人組は目がハート型になっている。明日は花街で抜いていけよ。

 

「明日はお前たちのも一緒に来い、お前たちの作ったものが何に役立っているか教えてやろう」

「そうですかい?楽しみにしていますよ。ついでに……」

 手首をクイッと返す。

 

「酒は自腹で飲めよ」

 調子に乗るグレイをぶった切るリリトである。

 

 話をしていると表が何やら騒がしい、なんでも領主が訪問してきたという。

 先日会ったばかりだというのに何の用があるというのだろう、うっとうしい奴め。


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