ドゥング4
1-021
――ドゥング4――
「どの様なお店に行かれますか?食事とかお酒とか?」
街への道を歩きながらサビーヌが聞いてくる。
「若い女の子の行く場所とかが良いな、この様な汗臭い男連れでは行けない場所にな」
リリトは後ろにくっついてきたガウルを示す。
「随分な言われようですな、これでも若い女の子の行く場所には良く行くのですがな」
「花街か?」
「いやいやいや、甘み所とかですな」
リリトとサビーヌは顔を見合わせる。どうもしてもガウルとお菓子の組わせは異様である。
「まあいい、最初は服屋だ、こんな服より女らしい服が必要だし手袋も作らにゃならん」
リリトは持ってきた服はヘリと一緒に焼けてしまったので今は社の神官服を着ているのだ。
しかしリリトもやはり女の子である、可愛い服を着たいとは思っている。
「手袋でございますか?」
怪訝そうな顔でサビーヌが尋ねる。
「みろ、この爪を周囲の人間に怪我をさせてはまずいだろう」
リリトは片手を上げて鋭く尖った爪を見せた。
「竜神様の爪でございますね、噂によれば鉄をも切り裂くとか」
「ああ出来るぞ、試してみるか?」
リリトはチラリとガウルの刀を見る。
「いやいや、これは借り物です故」
差している刀を体の後ろに隠す。
「どうせ安物であろうが」
「なのとぞご容赦の程を。何しろ寂しい懐であります故に」
そう言ってガウルは頭を下げる、実際の所流れの傭兵が大した金を持っている訳も無い。
「しかしそれではガウル様の護衛としての役割が…」
サビーヌが心配そうにガウルを見る。
「まあその時は問答無用でぶん殴りますから」
野生の証明である。
「頼りにしているぞ、私では相手を生かして置くのが難しいからな」
リリトが片手を上げて爪をギラリと光らせる。
かなり物騒な話をしながら服屋に入っていく。
「おおこれはこれは竜神さまでは有りませんか、当店にようこそ。」
兎耳族の店主が愛想良く迎える。やはりこういった文化をになうのは脳筋の獅子族より兎耳族の方みたいだ。
「すまぬなサビーヌ殿、私は竜故金を持ってはおらんが大丈夫か?」
「ご心配無くこの街の大半の店では社の付けが効きますから」
「では子供向けの服を見繕ってくれ」
リリトの大きさであれば7歳位の服になるだろうと当たりを付けて、なるべく可愛いのがいいなと思いながら服を探す。
「これなどはいかがでしょうか?」
小国とは言え都である、それなりの品揃えがあった。
サビーヌが何着もの服を持ち出してきた、自分は巫女服を着ている場合が多いのでこの時とばかりに服をリリトに着せる。
その横ではガウルが大きなあくびをしていた。
寝るんじゃないぞ護衛なんだから。
結局フリルの付いた子供用のワンピースを買う事にした。
スカート形状なので下から尻尾が出せる。
出発前に持ってきた荷物は中には専用の手袋も有ったのだがヘリと一緒に燃えてしまった。
それが有れば説明も楽だったが無いものは仕方がない。
その形を一生懸命説明して寸法をとってもらう。出来上がりは一週間後らしい。
着替えた神官服をガウルに持たせて外に出る。
「次は甘み処ですかな?」
ガウルが長い舌でベロリと舌なめずりをする。
「お前獅子族のくせに両刀使いなのか?」
無論この場合の両刀とは酒とお菓子の事である。
「実はサビーヌ殿に甘いものでも食べながら兎耳族の事を少しお聞きしたいと思ってな」
「左様でございますか。私にわかることでしたらなんなりと」
こういった物腰や言葉遣いは巫女として受けてきた教育の賜物なのかも知れない。
もう少し子供っぽくてもいいのになとリリトは思う。
サビーヌが良い店が有るというのでリリトはその横にて並んで一緒に浮きながら歩き始める。
ところが尻尾をピンと立てて飛んでいるとどうしても体が前傾する。
なんかスカートの中を覗かれているようで落ち着かない……パンツはいてないし。
スッポンポンで飛んでいるときには気にもしないことが服を着ると気にかかる微妙な乙女心である。
巫女服の少女とワンピースを着てトコトコと歩いてくる竜は嫌でも目立つ。
「見てみて、あれ~!」
「やだっ竜の子供じゃない、なにあれ~~?」
何か以前にも増して周囲の注目が集まっている様な気がする。
「「「かっわいい~~~っ!」」」
たちまちリリトの周りに女の子達が集まって来る。
「な、なんだこの女どもは?」
「はい、リリト様の恰好があまりに可愛らしいからではないかと?」
サビーヌがあっさりと答える。
「私が可愛いだと?こいつら目が腐ってんじゃないのか?私は竜だぞ」
竜は力と強さのシンボルでなくてはならないのだ。
「いや、可愛いの意味はヌイグルミ的な意味では無いかと思うのじゃが?」
横からガウルがリリトの思いを叩き落とす。
「はい、竜神様のドレス姿は破壊的な可愛らしさです」
サビーヌお前もか。
周りを取り囲む女の子たちの前にガウルが立ちはだかる。
そうだそれでこそ私の護衛だ、その女どもを追っ払え。ただし手荒にするんじゃないぞ。
「よーし、そこに一列に並べ。順番に竜神様から祝福を頂けるぞ」
「この裏切り者!」
思わず怒鳴るリリト、その横でサビーヌが箱を取り出してしゃがんでいる。
「お布施はこちらの方にお願い致します」
さすがフェロモン兎の娘、どこからそんな箱を出した。
結局50人以上の女性にハグをされてしまった。
リリトはメスなのでどんなに若い娘にパフパフされてもちっとも嬉しくない。
この大きくも無い街でそんなに若い女が並ぶものなのか?
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「だいぶお布施が集まったようだな」
「はい、竜神様の服に手袋の代金を引いても甘い物を食べる位は十分に御座います」
リリトはすっかり消耗してへたりこんでいた。
何なんだろうこのすさまじいまでの敗北感は?
「それより顔をご覧になった方が良いのでは無いですかな?」
ガウルがニヤニヤしながら店のガラスを示す。
「なんじゃこりゃーっ」
顔中べたべたと口紅の跡だらけであった。
「これをどうぞ。」
ガウルがすっと汚い布を渡す。
「なんだそれは……雑巾か?」
「いや、ワシの手拭いですがな。」
「……洗った事は有るのか?」
「はい、今朝もワシの顔を拭きましたから。」
「……それで私の顔を拭けと言うのか?」
ピキピキとリリトの額から音が出る。
「まあ…無敵の竜の面の皮ですからな」
ガウルの脛を思いっきり蹴ってやった。
「竜神様これをどうぞ」
ガウルが涙目で跳ね回っている間にサビーヌがきれいな布で顔を拭いてくれた。
ドロールの娘の評価が少しだけ振れ戻した。
女どもの襲撃に心身共に疲弊した後で3人で甘味処に入る。
椅子に座るとテーブルがリリトの目の高さになる。
仕方ないので必殺尻尾座りをした。
子供の竜属はかなり頭が大きいので同じ身長の子供より体の部分が小さいのだ。
「ここはあんみつが美味しいのですよ」
出されたあんみつには小さなスプーンが付いてきた。
「こんなスプーンを私が持てると思うのか?握ったら切れてしまうぞ。」
「私が食べさせて差し上げます」
こう言われてしまうと反論できない。
「私は大福がよろしいですな。まとめて10個ほど」
獅子族の大男が甘味処で大福を食う姿はいささか不気味ではある。
入ってきた女性客はガウルを避けて場所を選んでいるようだ、変態親父扱いである。
「モガモガ、うん、ここの大福は甘すぎなくて美味いですな」
そんな事は一向に気にすることなく大福に食らいつく獅子族である。
「竜神様、はいあ~ん。」
サビーヌがあんみつをスプーンにすくって多きな口を開けたリリトに差し出す、私は幼児か?
何かこのテーブルだけ雰囲気が異次元だ。
「うん、うまい」
口に突っ込まれるあんみつは竜には頼りなさすぎる感じがするが、舌の上で転がすと甘みが口の中いっぱいに広がる。
サビーヌはリリトに使ったスプーンをそのまま使って自分のあんみつも食べる。
なぜか赤面してしまうリリトであった。
「さて、竜神様私にどの様なご相談でしょうか?」
リリトのあんみつが無くなったところでサビーヌが先ほどの話に戻る。
「うむ、実は兎族の食性についていささか聞きたいことがあってな」
「はい、食性と申しますと好き嫌いとかなにかでしょうか?」
「そうだ、兎族は5族の中では唯一肉を食べられない訳なのだが」
「はい、先祖は兎ですから仕方がありません」
獣人とはニンゲンが科学によって作り上げたニンゲンと動物のキメラ体である。
先祖の持つ特徴を強く持たせ魔獣と戦わせる為に作られた獣人であった。
したがって先祖の食性が顕現するのもまた致し方ないことであった。
無論竜族であるリリトも同様である。
少し違うのは竜族は最初に作られた竜の原型となったキメラ体から再度作られた間接的なキメラであるということだ。
原型となったのは竜の顔とニンゲンの体を持つエルギオスと呼ばれる獣人である。
竜の持つ様々な特性を持ち不死の存在のこの男がリリト達の父である。
竜達が孤独の中で自殺していくのを見て竜の嫁を提唱したのもこの男であり、生まれてきた竜の嫁をとても大切にしてくれた。
肉親を持たない竜の嫁達はエルギオスを父と呼び愛していた。
「そこで聞きたいのだが動物の肉は食べられないとして大豆や落花生はどうなのだ?」
「植物由来の物は問題なく食べられます」
「魚や卵はどうなんだ?」
「私は好きでは有りませんが友人には好きな人がいます。あまり大量でなければ問題有りません」
2人ともリリトが何を言わんとしているのかはすぐに理解した。
魔獣の肉を食べられない兎族にどうすれば肉を食べさせられるのかリリトの持つ知識を総動員しているのだ。
「魔獣以外の肉はどうなんだ、同じ様に食べられないのか?」
「やはりスープくらいしか食べられません」
この世界で肉と言えば魔獣が大半である。どうやら動物の肉は体質的に合わないらしい。
「チーズはどうだ?」
「牛乳ですから多少は、でもあまり食べ過ぎるとお腹を壊しますからケーキはあまり食べられません」
なる程それで甘み所が兎族の人気店というわけか。
「あの母親に魔獣の肉を食わせる方法を考えておられるのですかな?」
ガウルが大福の最後の一つを口に放り込みながら尋ねる。
「うむ、何か良い方法は無いものだろうか、やはりスープでは摂取量が足りないだろう。」
「おおい、大福10個追加してくれ。」
空気も読まずガウルが大声で怒鳴る、店の中にいた女の子達が飛び上がってガウルの方を見る。
「女の子の多い店だ少しは慎まんか。」
「おお、これは気づきませなんだ」
ガッハッハッと笑うガウル、おっさん丸出しである。
「以前からその事に関しましては様々な事が試されましたがスープにして飲む以外はあまり有効ではありませんでした」
淡々と話すサビーヌ、既に兎族の間ではあまりにも普通のことなのかもしれない。
魔獣細胞というのは細胞と呼ばれているが実際は魔獣器官が生み出す細胞内で活動する小さな生き物のようなものでSQ細胞と呼ばれている。
それが獣人の細胞に取り込まれる事により細胞自身が真空エネルギーをコントロール出来るようになる細胞内微小生命体なのだ。
獣人と言うのはこのSQ細胞を精神力でコントロールできる能力を持つよう調整された生き物なのである。
真空エネルギーを使用した後のSQ細胞は体内で分解して消えてしまう。
それ故にニンゲンがこの肉を食べても魔法は使えない、その様に作られた獣人と魔獣のみが利用できる物なのだ。
このSQの細胞を作る魔獣器官の遺伝子を食用の動物の遺伝子にウィルスを利用して組み込んで作られたのが魔獣である。
元々は生体内組織なのであるから遺伝子調整用のウィルスが活性化して野生の獣に感染し魔獣化してしまったのが事の始まりである。
ウィルスが変化することを考えなかったニンゲンの先祖は愚かであったと言うことなのだろう。
もっとも草食動物までが肉を食らって大型化するなどとは誰が想像しえただろう。
しかし野生の世界では十分あり得る話だった訳で起きてしまえば当たり前のことであった。
そんな事よりもリリトの考えている問題は如何にして魔獣の肉からSQ細胞のみを取り出すかである。
ニンゲンはそれに成功しておりゼリー状の飲み物として使用していた。
実際は魔獣の肉を培養してSQ細胞を分離していた様ではあった。
しかしここにはそんな設備は無いしここで作れる設備だけでそれを行わなくてはならない。
リリトはニンゲン界で得た知識を総動員していたが使えそうな技術は思いつかない。
当然では有るが概略の知識は有っても専門技術を習っている訳でもないし、SQ細胞の性質を熟知している訳でもない。
必死で頭を働かせるリリトの隣では如何にもおいしそうな顔ををしてガウルが大福を口に運んでいる。
コイツ実に気楽そうに食ってるな、胸が焼けることは無いのか?
いささかイラッとしたリリトは最後に残っていた大福を横取りすると口に放り込んだ。
うむ、結構うまい。
ガルドがあっけに取られた顔をしていたがすぐにニヤリと笑う。
「これはこれは、竜神殿食べたければ注文なされば良いものを」
「ふん、自分で頼んで食うよりも人の最後の楽しみを横取りするのが美味しく食べる秘訣なのだ」
「ハッハッハ、流石に竜の嫁しかしそれでは神の器ではございませんぞ」
別に頼んで神にしてもらったわけではないがな。
「お主の言う神の器とはどの様なものかな?」
「そうですな一万の魔獣を一瞬で消し飛ばすとか世界一周飛行を行うとかですかな?」
「大人になったら考えておこう」
結局それ以上は話が進まずに外に出ることにした。
真っすぐ馬車を目指して歩いているとそこに獅子族の男が立ちはだかる。
ガウルよりは一回り小さいがまだ若くよく鍛えられているのがわかる。
軽防具に槍を装備しているとことを見ると狩人衆であろうか?両脇に犬耳族の若者をふたり連れてきている。
「無礼な、この方は幼いとは言え竜神様であらせられます。そこをおどきなさい」
サビーヌが前に出ると凛とした声で男たちに告げる。
男たちはニヤニヤと笑いながらそこをどこうとはしない。
リリトはすっとサビーヌの前に出る。
残念ながら耳を除いてもリリトほうが背が低い、しかも着ている服はフリル付きの可愛いワンピースだ。
全く威嚇にも何にもなりそうもない。




