ドゥング1
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――ドゥング1――
竜の嫁が発見されたとの報がエルドレッド国王の元にもたらされた。
「そうか、ようやく竜の嫁が来てくれたか」
国王である獅子族のガジス・ゲルハルト・ガウアーは嬉しそうな声を上げる。
だがその後の報告に表情を暗くする。
ガジスは獅子族の例にもれず背の高い非常にたくましい体を揺すらせる。
竜が失踪してからというものそれをひた隠しにしてきたがついにバレてしまい各国から徴収していた公益費の停止を通告されてしまったのである。
エルドレッド周辺はニンゲンの影響圏から離脱してきた獣人達によって開墾された土地である。
シュトラードの川べりにいくつもの集落が作られ離合集散を繰り返して大きな5つの勢力が作られた。
現在のエルドレッド王国を構成するエルドレッド、ドゥング、マリエンタール、ニャゲーティア、クロアーンの5か国である。
周囲には4つの地域が国として独立してその中心にエルドレッドが存在している形である。
中央集権を行うにはもっとも都合の良い形であるが逆に言えば周囲を敵に囲まれていると言っても良い状態である。
かつて各地で豪族がそれぞれ覇権を争っていたがそれをガジスの祖父がまとめ上げ各国に大幅な自治を認めながら自らがエルドレッド国王を名乗ったのである。
それがエルドレッド王国の誕生である。
100年ほど前にエルドレッドに竜が住み着いたのが発端となり以前から中央集権体制確立を目指して交渉を繰り返していた。
既にニンゲンは衰退しその科学力を期待することは出来ず魔獣による農業被害は後を絶たない。
大型魔獣による交易ルートの断絶も各所で起こっていた。
それらに対処するには強力な国家体制が必要だと国王は信じていた。
エルドレッドに竜が舞い降りた後では確実に大型魔獣の被害は減っていった。
祖父はこれを好機ととらえそのための軍事組織の確立を目指し各国から竜の公益費を集めた。
エルドレッドは元々獅子族の多い国であっった為他の国々はその戦闘力を恐れ従った。
エルドレッドは王国を名乗り周辺4国に対し併合を呼び掛けた。
竜の加護を得られる周辺諸国は喜んでエルレッドの王制を認め併合に同意したのである。竜のお陰で開墾を進め内政を充実出来ると考えたからに他ならない。
そのお陰で周辺諸国は内政が安定し魔獣を退けながら開拓の手を外周部に伸ばし始めた。
元より中央集権を目指していたエルドレッドは周辺諸国からは祭り上げられたが4国に囲まれ実質的に領地を増やす事が出来ずにいた。
有る意味祖父の失政である、当初から周辺諸国の自治権を大幅に縮小しておけばよかったのだ。
しかし竜を擁するエルドレッドは竜の存在故にあまり表立った戦争は出来なかった。
特にここの竜は争いを好まず狩りから帰ると毎日のんびりと昼寝をしてるような腑抜けである。
それ故にエルドレッドのみが国力を上げる事が出来ずにいたが父の代になって公益費を値上げし自らの国力の増強に努めた。
竜の加護は周囲を国に囲まれ伸びしろの少ないエルドレッドに対し外周部に領地を広げられる周辺国にのみ利益が有る状態である。
竜の世話をするのはエルドレッドであり利益を感受するのは周辺4ヵ国というのでは割に合わない。
エルドレッドにしてみればを当然の要求であった。
伸びしろの無い国は逆に言えば公共投資が少なくて済む国である、周囲の国は開墾を行うためにかなりの予算を費やしているがエルドレッドにその必要は無かった。
しかしエルドレッドは獅子族の多い国である、獅子族の主食は肉であり周囲を国に囲まれた状態では魔獣の肉の供給に限度があった。
仕方なく周辺各国に狩人を派遣しそこから肉を国内に送ると言う事をしていた。
実質的に各国から徴収している公益費はこの魔獣を狩る狩人の為に使われることになっていた。
国に囲まれているとは言え周辺諸国との間にはまだまだ多くの森が残っていた。
周辺国も流石にエルドレッド側の土地を開墾する訳にも行かず外周部を開拓していた。
そこで一計を案じ社を抱き込み竜にエルドレッド周辺の大型魔獣を優先的に狩らせたのである。
思惑通り大型魔獣が駆逐されると小型の魔獣は活発に繁殖をし始めた。
エルドレッドは周辺にいる魔獣を狩って肉の供給を増やすことに成功した。
これによって自らの国の魔獣被害は減らし周辺国の外周部での竜による大型魔獣の捕獲は減らすことができる。
エルドレッドの国境周辺には他国の狩人の侵入は減ってきた、エルドレッドの狩人がその狩りの主導権を握り始めたからである。
仕方なく各国にいる狩人は国の外周部に行かざるを得なくなった。
その間エルドレッドは軍隊を整備し遠くない時期に各国との交渉でそれらを属国化する事を考えていた。
ところが頼みの綱である竜が失踪してしまったのだ。
これには流石のガジスも焦った。
慌てて竜の捜索と近年噂になっている竜の嫁に賞金をかけて探させる事にした。
竜の嫁がいれば他の場所に住んでいる竜を呼び込めるからだ、既に何人もの社の配下の者に嫁のいない竜を探させている。
竜の嫁はニンゲンの住む「エルドランゴ」(塀の中の国)の近い街から竜の嫁を送り込んでいるようだ。
当然のことでは有るが竜にも縄張りが有る。
竜を養える一定圏内のにはお互い巣を作らないと言う紳士協定の様な物が有るらしく竜の巣の間隔は有る一定以下にはならないらしい。
まあそれだけ魔獣の住む地域は広く竜の数は少ないと言うことなのだろう。
無制限に増え続ける魔獣とそれを捕食し数を調整する肉食魔獣の関係がある。
肉食魔獣が魔獣を食らい大型魔獣になったものを竜が食らう食物連鎖である。
社の情報によれば現在の竜の生息数は1000頭位だと言われている。
無論この数字はニンゲンからもたらされた数字である。
もともと獣人の国は人間の住むエルドランゴからの離脱者が作っているのでニンゲンから比較的近い場所に作られている場合が多い。
したがって獣人の国はエルドランゴの周辺に多く存在している。
社の情報によればエルドランゴは全世界で10ヶ所程度と言われている。
直径が1000キロくらい有るとの事なので外周部300キロに一箇所獣人の街があればそれだけで100ヶ所の街が有ることになる。
実際にはそれよりはるかに少ない街が離れ離れに存在しているようである。
竜を獲得できた街は栄え周囲の街からの人口が流れ込んでくる、一方竜に逃げられた街は人口が流出し寂れていく。
そうやって大きな街だけが残り街と街の間隔は開いていく。
実際には竜がいなくとも細々と存在している街も多く街に住まない竜も多くいると聞く。
そういう竜の元には社も出来てはいないらしい。
まだそれ程獣人の数は多くは無いのだ。
エルドレッドを中心とするエルドレッド王国は「エルドランゴ」(塀の中の国)からはやや離れた位置に有るがニンゲンの街の遺跡と川を中心に大きくなってきた街である。
竜が来てくれたお陰で周辺諸国共々ここまで大きくなることが出来た。
しかしその竜に逃げられてしまうとは、一体何が悪かったのであろうか?
そんな時に隣国のドゥングで竜の嫁が発見されたと言うのだ。
それも竜の嫁を捕えようとした連中を叩きのめしてドゥングの警備隊に引き渡したという。
実にまずい展開である、こんな事をされてしまっては竜の嫁にいらぬ警戒心を与えてしまう。
「たしかドゥングには社が有ったなすぐに連中が動き始めるかもしれん」
「多分そうなると思われます、いやすでに動いていると考えたほうが良いでしょう」
エルドレッドにおける社の宮司長のヴァトーが答える。
「連中に取り込まれた場合いささかまずいことになるなお前の方が本山であろう何とかできるか?」
「ドゥングの巫女はドロールでございますなあの女はいささか一筋縄ではいかない所が有りましてな。」
「隣国のマリエンタールには我が国から軍事指導員を派遣しておりますので、とりあえずその者を使って少し揺さぶりをかけてみますか?」
将軍のメサジェ・ベンセンが意見を具申して来る。
「まあドゥングは我が国の属国でしか無いから少し脅せばなんとでもなるだろう」
ガジスはこの時はそれ程深刻には考えていなかった。
◆
「ううう~~~~っ」
朝からリリトは唸っていた。
とんでもない屈辱を味合わされたからに他なら無い。
むっさいおっさんと同じベッドで寝てしまうなど竜の嫁として有るべからざる失態であった。
何より許せないのはそれがひどく心地よかったことに有る。
かつてニンゲンの元で育てられている幼かった頃によく里親が一緒に添い寝をしてくれた事が有った。
その時の心地よさを思い出してしまったのだ、全くの赤面物である。
「おおリリト殿、早く着替えをして出かけるのでは無いのか?」
向こうでおっさんが知らん顔で着替えをしている。
「いつか殺す……」
ギラリと爪を光らすリリトであった。
次の日ガウルが武具を研ぎに出すと言うので馬車を借りてリリトも一緒に街へ降りていった。
昨日の母娘の事が気になったからである、ガウルの用件はついでである。
街に馬車が入ると周りの雰囲気が違っている、沿道の人間が馬車を見てヒソヒソ話をしている、中にはこちらに向かって頭を下げる者もいる。
「社の馬車はやはり信仰の対象の様だな」
「これも檀家有ってのことだ、竜の存在が社を社たらしめる。お前さんがここにいると言うだけで檀家がお布施をはずむのだ」
「すると昨日のあれは?」
「檀家を引き止めておくためのパフォーマンスだ、お前さんが来ても来なくてもいずれはどこかでやっていただろうよ」
「あの狸め」
どうやらあの巫女の方が何枚も上手のようだ。
「私がいたことで効果百倍と言ったとこか」
武具屋ではガウルの刀と槍と防具の修理を依頼する。
だいたい10日ほどかかるといわれ代わりに安物の剣を貸し出してくれた。
「折れても責任は持たんぞ」
「町中で刀を抜くつもりか?」店主が露骨に嫌な顔をする。
「いや、そういう訳では無いが、なにぶんにも物騒な世の中でな」
「あんたなら素手でも10人くらいは軽いじゃろ。折ったらそれなりの金はいただくぞ」
「あの店の亭主も結構きついことを言うようだな」
店を出るとガウルはボヤキながらその足で花街に行く。
「なに、ワシらの武器は魔獣を倒すために有るのでな町中での喧嘩で武器の使用はご法度なのだよ。勝とうが負けようがそれだけで重罪なのだ。何しろワシらは自力が大きすぎるのでな」
「すると殴り合いなら構わんのか」
「まあ、獅子族に喧嘩を売るのは獅子族だけだがな」
花街に着くとミルルの住まいまで歩いていく。
リリト達が歩くと周りの人間がすっと道を開け頭を下げる。
「すっかり有名人になったものだな」
「そうらしい、これもあの女の目論見のうちなのか?」
「当然だろう、これであの母親が全快すれば一気に大フィーバーだ」
「檀家のお布施も一気に大フィーバーか」
巫女の目論見にまんまと乗せられたと言う気持ちはある、しかしこれであの母親の命が助かるなら安い物だとも考える。
同時に同じ境遇の兎族をどうしたらいいのかとも考えるリリトである。
リリトは竜の嫁である。神とあがめられ不老不死の竜の子供である。
不老不死とは退屈と怠惰の中で孤独に生きていかなくてはならない竜の生きざまである。
その竜の心を救うために生まれたのが竜の嫁である。
しかしそれだけでは花街に住む女たちと同じと言う事では無いのか?
そうではない別の目的を持たせて父エルギオスはリリトたち竜の嫁を誕生させたのだ。
竜もまた社会の中で生きる者である、社会と断絶して生き続ける事は出来ないのだ。
ここの竜もまた社会との繋がりを持とうとあがいていたようである。
いいだろうお前の思いを繋いでやろうではないか、そして戻ってこい私の所へこんないい女がお前を待っているのだぞ。
その代わり帰ってきたら一発殴らせろ、そう思う竜の嫁である。
登場人物
エルドレッド エルドレッド王国の中心国 獅子族が多い。
ガジス・ゲルハルト・ガウアー エルドレッド国王 獅子族 42歳
メサジェ・ベンセン エルドレッド軍の将軍 獅子族




