追憶8
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――追憶8――
課外授業を終え都市部に戻ってきた竜の子供達を待ち受けるのは卒業である。
竜の子供は14歳になった。長くもあり短くもあったニンゲンとの学校生活も終了である。
9年間一緒に過ごしてきた学友とも別れなくてはならない。
卒業式が執り行われニンゲンの子供達は進学し新しい生活に入っていく。
竜の子供達もそれは同じである、しかし彼女たちとニンゲンの子供達が会う事は二度とないのだ。
学校のあちこちで仲良しだった友達がグループを作って名残を惜しんでいた。
タダシ君がクルルちゃんと一緒に話をしていた。
ちょっとした諍いから仲の良くなった二人はよく一緒に遊んでいたようだ。
しかしニンゲンと竜では生きる世界が違い生きる時間も違っているのである。
「俺、クルルの事一生忘れない」
「ありがとうタダシ君。私もタダシ君の事は絶対に忘れないよ」
「俺が竜の子供と同級生だったことを孫子の代まで自慢してやる」
「わかったわ、沢山の思い出をありがとう。」
「だから、だから……俺の子孫に会ったら俺の事を話してやってくれ」
「約束する。クラスのみんなの事も絶対に忘れないから」
ニンゲン達と一緒に暮らした思い出はとても大切な宝となるだろう、今日を境に竜は人間としての生活を終える事になる。
その晩リリトとクルルの里親となってくれていた両親は別れの小さなパーティをしてくれた。
ふたりは両親との生活を思い出をその晩は長い事話をした。
涙が出そうになった、しかし泣いてはいけないのだ。それはお互いにつらすぎる事であるから。
夜はふたりが添い寝をしてくれた。
明日家を出ればもう会う事はできない、これが親として出来る最後の愛情であったのだ。
両親の体は温かくそして柔らかかった、これがニンゲンの温もりなのだと思った。
ふたりはその温もりを絶対に忘れたくはなかった。
そして翌朝二人は家を出る。
リリトとクルルは14歳。後1年間の研修の後二人は竜の嫁として旅立つのだ。
竜の子供達の最後の1年間が始まる。
この時から同級生が一か所に集められてニンゲンとの接触は無くなる。
ニンゲンの友達も里親の両親とも会う事は出来ない。
これから1年かけてニンゲンとの絆を断ち切らなくてはならない。
上級生もいない、彼女たちは既に竜の元に嫁いで行ったのだ。
ニンゲンの間でニンゲンと同じように育てられてきた竜達に取ってはとてもつらい体験になる。
その代わりに彼らと暮らすのは全て獣人である。
獣人の社会になじんで彼らと共に生きていくための訓練が始まるのだ。
ソーサー・ヘリと呼ばれる乗り物で外周部に有る塀の近くまで行きそこを超えて外に出る。
そこからは自動車に乗ってキャンプ予定地の村まで行く、そこで数日間から数週間の狩猟生活を行う。
無論ニンゲンは外には出られないから先生はすべて獣人族だ。
「先生、行くところは大きな村なの?」
「ああ、そこそこの大きさは有るがニンゲンとの直接交流は行われていない。」
壁の近くには大きな獣人の町がいくつか有る、ニンゲンとの交易も盛んでインフラ整備もなされており電気も使える。
しかし竜の子供達が行くところはそこからかなり離れた場所でインフラ整備はほぼ皆無の村でありランプと井戸の生活になる。
鍛冶屋は砂鉄で鉄器を作り糞を集めて肥料とし機織り機で布を作る生活である。
殆どの荷物を持たずにその村をベースにして自らの爪と牙だけで獲物を狩りそれを食らうのだ。
先生が二人に竜が5人の計7人で塀の外に出て普通の大きさの魔獣を狩る。
目的は無論狩りの訓練だが獣人との交流も重要な訓練だ。
早めに予定が済んだときでも先生たちは積極的にその村で過ごさせた。
そこには社も存在し竜の子供達も神の一族として扱われていた。
とは言え竜人族に求められるのは大型魔獣の狩りである、生きている魔獣を殺しその体を引き裂いて食べる事を要求されるのだ。
竜を生み出したエルギオスは配偶者を持たない生き物を送り出した責任を強く感じていた。
この様にいびつな生き方は修正されなくてはならないのだ。
そう思ってエルギオスは長い間ニンゲンを説得し竜の嫁を作り出したのだ。
竜とて孤高に生きていくわけにはいかない社会的生活が必要とされたのだ。
それを考えずに放たれた竜のオスたちはその大きさ故に獣人の社会に入り込む事も出来ずに孤独な生活を余儀なくされた。
その為に自ら死を選ぶものが相次いでしまったのだ。
そのような世界に竜の子供達を送り出すのである、非情な所業とも言えただろう。
それがわかっているからこそ先生たちは獣人との交流を重視したのである。
自動車で丸一日走った場所にある村に着く。
川べりを開いた場所にある村は周囲の畑の間にいくつかの集落が存在するような村だった。
「良くいらっしゃいました。私がこの村の村長です」
「おお、今回の竜の嫁様はめんこい子がおおいだな」
「頑張って魔獣取るだべや」
押しなべて獣人は陽気で親切だ、リリト達を決して区別はしないのだ。
村の空き家を一軒借りてそこをベースキャンプとする。
もちろん布団なんかないし、それは先生たちも同じだ。
これに慣れると本当に屋外での宿泊訓練となるらしい。
獣人はニンゲンの様に魔獣に襲われる事は無く、優れた身体能力を有し素手でも魔獣を倒しうる能力を持つ者も少なくない。
それ故に人間の元を離れ新しい土地を開墾し村を作っていく。
ニンゲンは獣人にも見捨てらつつあるのだ。
食物連鎖の頂点にあると思っていた自分たちはこの世の中で最も弱い生き物である事を認めざるを得なかった。
最後に竜を作ってまでニンゲンの生活圏を取り戻そうとしたが結局不死身の竜たちもその呪われた生の為に自らの命を絶つと言う皮肉な結末を迎えていた。
それは恵まれたニンゲン達の生活環境を守る為にその債務を竜に背負わせると言う身勝手な行為でも有ったからだ。
この授業では魔獣の性質や追跡の仕方を教わりそれを実践する事に有った。
何より肉のうまい魔獣の選別は重要で肉のまずい魔獣はやはり食いたくはない。
先生の指導で魔獣を追跡し交代で魔獣を仕留めさせられる。
やはり子供であるだけに獣を殺すことに強い忌避感を感じざるを得なかった。
それを無くすことがこの授業の大きな目的である、その為に殺す事を躊躇する子供にも容赦なく魔獣を殺させる。
ただ意外とこの手のトラウマは簡単に消えるのだ、言ってみれば慣れである。
魚釣りが苦手な人間でも慣れれば餌の虫を手で掴み暴れる魚に止めを刺して素手ではらわたを穿り出す。
もっとも魔獣と同じ様に獣人やニンゲンを殺されても困るのでそこは教育である。
皆で狩った魔獣はその場で解体して食うのもまた訓練である。
皮を剥ぎ石を積み重ねた炉を作りブレスを吹き込んで焼いて食う。
新鮮な肉の意外な旨さを知るのもこの頃である。
なんだかんだ言っても彼女らは竜の子供であり当初戸惑っていたものの慣れればどうということもなくなった。
魔獣を狩りながら肉を焼いて食べて森を進み、全員が一頭ずつ殺すまで野宿をしながら狩りをする。
地面に寝ることも湧き水を飲むことも意外と不快感を感じない自らの竜の体に驚くことになる。
最初は教師の指示で獲物を追っていたがそのうち飛んで獲物を探すようになると狩りはもっと楽になった。
だんだん大きな魔獣を狩るようになるが牛系の魔獣と豚系の魔獣の肉は特に美味しく熊系と犬系の魔獣はあまり美味しくはないと言う評判であった。
牛系の魔獣はかなり大きく300キロ以上の物も珍しくは無かったが結構簡単に殺せる事に皆驚いていた。
大物を狩った時は獣人の住む村によって獲物を渡して泊めてもらう事も有った。
快適な宿舎というよりは獣人との交流が目的であり塀の外の獣人達の暮らし向きを知ることが主眼で有った。
魔獣を狩り肉を食らう獣人はは決して野蛮でも好戦的でもなかった。
押しなべて家族を大切にし仲間を愛する事が出来る人間達であった。
過酷な生活に彼らの寿命は短いが強力な身体能力と意外とも思える知性が同居していたのだ。
ニンゲン達との交流はおかしな迷信や習慣を生むことなく大自然の中で彼らは自由に生きていた。
竜の子供達はこの後1年間断続的に塀から外に出ての遠征で狩猟訓練を行う。
こういったキャンプから帰ると今度は補助記憶装置に催眠学習で情報を詰め込まれる。
それはこの後塀の外における獣人達の知識の蓄積がどんどん減衰することが考えられていたからである。
竜の子供達は生きている図書館としての役割を期待されているのである。
いつの日にか獣人達の世界がニンゲン達の文化を凌駕し魔獣との戦いに終止符を打てる日が来る時の為に劣化しない知識を塀の外に持ち出しておきたかったのだ。
そう考えてニンゲンは竜の子供達に生体補助記憶装置を植え付けたのである。
だがこの計画は本質的な嘘が有り、実はニンゲンも気が付いていたのである。
竜は魔獣細胞を作る事が出来ず魔獣を食わなければあらゆる魔法を使用できないのである。
そんな竜が魔獣を絶滅させられる訳がないのである。
それは獣人達も同様であり魔獣との共生こそが彼らの生き方なのである。
エルギオスは獣人族にこそ人類に代わる当たらな種族として機械文明に踊らされる事無く文化を継承してくれる可能性を残したかったのである。
その守護者となる竜族が彼らと共に栄えてくれる事を切に願っていたのだ
そして1年が過ぎ旅立ちの時がやってくる。
竜の嫁達は浮遊要塞に連れていかれた。
初めてその偉容を目にした竜の子供達には衝撃的な光景であった。
「すっごおお~~~いっ!」
「こんな物が空を飛ぶんだ~~~っ!」
第一印象はこんな物であった。
浮遊要塞と言うのは直径5キロ厚みが300メートルの円盤状の飛行物体である。
要塞と名付けられてはいるが強力な武器は付けてはいない、せいぜいが機関砲とミサイル位である。
むしろ輸送艦とヘリ空母であると考えて良い。
これだけの大きさを有しているのは半年以上の無寄港航海を考えているからであり飛行する魔獣の脅威から自らを守る為でもある。
魔獣細胞を利用した機関により係留されている状況でも船体は宙に浮かび上がっている。
上部甲板にはいくつもの建物が建っておりヘリが駐機している。
飛行時は高度3000メートルを時速200キロ程で飛行し8日ほどで世界を一周する。
大きく重いので方向転換には多大な時間を有するために極力そのまま飛び続ける。
大気中を人工衛星の様に飛行するため半年かけて軌道をずらしながら地球を20周するのである。
船体全域にバリアーを張り空気抵抗を極力抑える様に作られていて甲板部分にも風は来ない仕組みになっている。
目的地に近づくと速度を落とし、ヘリを使って竜の嫁を下界に送り届けるのである。
半年かけて世界を周り半年をかけて整備と補給を行う。
本来はもっと小型の物で都市間輸送を行おうと企画されたのだが実際には魔獣機関の発達により交易の必要性が薄れてしまっていた。
何よりもニンゲン自体が活力を失い行動を起こす人間が極端に減ってきているのである。
壁の内側に引きこもり希望も将来も考えない生活を送っていた。
直径5キロの浮遊要塞は一つの都市である。
2000人にも上る人員によって運行される巨大建造物である。
中には劇場や店舗もある。10か所余りのニンゲンの居住区の移動にも使われている。
ひどく非効率的な運搬方法ではあるがこれがニンゲンにとって最も安全な航海方法で有り、同時に外の世界の移動を望む人達の唯一の交通手段であった。
もっともニンゲンが外に出られるのはニンゲンの都市の上だけである。
リリト達は船室を与えられ目的地が近づくと荷物を纏めてヘリに乗り込む。
みんなの見送りを受けてひとり、またひとりと降りていく。
船が進む間少しづつ、少しづつ友達が減っていくのだ。
希望が有れば良いのだが絶望であるのかもしれない。
ヘリが戻り竜との婚姻に成功したとの報告を受ける度に皆は喜んだ。
社を通じ竜の嫁になった者の情報も少しづつ入ってくる。
そんな中まれに魔獣に襲われて帰投しないヘリが出る。
墜落していると思われるが捜索はしない、2重遭難の危険性が高いからだ。
社から無事の連絡が入る場合もありそのまま行方不明になる場合もある。
そんな時は全員で無事を祈る。
揺れ動く竜の嫁の心、遂にリリトの番になった。
仲の良かったクルルと抱き合って別れを惜しむ。
今度会えるとしてもおそらく500年以上先になる。
竜として肉体的に成人に達しなければ世界を飛び回るのは難しいのだ。
良い竜と巡り会い無事子供を育てたいと願う竜の嫁である。
みんながそれを願い育ってきたのである。
そしてリリトは旅立った。




