追憶5
1-014
――追憶5――
小学校の高学年になると魔法の課外授業が加わった。
魔獣細胞の入ったゼリーをその日の朝飲んで午後の授業を受ける。
獣人の先生が担当して実際に魔法を使う所を見せてくれる。
無論竜の使う魔法とは違うのでは有るがおとぎ話の中の魔法と言うものが実在する事を実感する。
子供が魔法に目ざめると町の中では非常に危険なことになりかねない。
その為魔獣細胞はその日の訓練の分だけしか与えられないようにしていた。
魔法の授業の担当には犬族のジヤッキー先生とチェン先生が教えてくれることになった。
獣人は法律によって都市部への入場が制限されているらしい。
それでも私たちの為に都市の中まで教えに来てくれるとてもやさしい先生だった。
竜が通常使う魔法と言えば炎を吐き出すブレスと炎の塊を吐き出すファイア・ボールである。
先生はそれを資料映像として見せてくれた。
大人の竜の口から噴き出される炎はあたり一面を焼き尽くす威力が有った。
その映像を見た子供たちはびっくりしていた。あのような大きな威力のある魔法が有るとは思ってもいなかった。
自分たちが大人になったらあんな強力な魔法を使う事になるそう考えると身震いがする。
まあ、500年程先の事ではあるが…。
「ここにいる全員の魔法に対する適正は生まれた時に確認されている、飛べない鳥がいないように君たち全員が必ず魔法を使える様になる。」
グラウンドに集められ全員が真剣に先生の話を聞いている。
魔法というのは魔獣細胞が真空エネルギーに働きかけた時に空間の歪みを発生させる。
その歪みがエネルギーの元となり小さなエネルギーで数万倍の大きなエネルギーを発生させることの出来る性質のものだそうだ。
魔獣にはこの細胞を作る器官が有るが獣人族と竜人族にはそれがない。
知能の高い獣人族にそんな能力が与えられればそれこそニンゲンの危機となる。
ましてや不死身の竜族ともなれば何をや言わんかである。
もともと魔獣の駆逐のために作られた種族なので魔獣を殺してその肉を食べる事により魔獣細胞を得る仕組みになっている。
まあその過程で兎族の様な肉を食えずそれ故魔法も使えないと言う意味不明な種族を作ってしまったのだが。
図らずも脳筋が多い獣人族の中で唯一理性的種族というのも皮肉な話でしか無い。
ニンゲンは魔獣によって住む世界から追われてしまったがその魔獣細胞を人工的に作り出し機械の中でその活動を行わせる事で無限のエネルギーを手にする事が出来るようになった。
これが魔獣機関であり現在のニンゲン達のエネルギーとして世界を支えている。
それ故に塀で囲った世界に閉じこもり獣人達によって周囲に住む魔獣からニンゲンの世界を守ると言う状況が出来上がった。
ニンゲンはその進んだ科学の恩恵を獣人族に提供し獣人族はニンゲンの為に魔獣を狩って魔獣の数を減らす。
もっともそのシステムが破綻したが故に竜などという進化から外れた生き物を作ることになったのだが。
空間の歪みを体外で発生させる物が魔法というわけでそれが精神力によって作用しているらしいということ以外に実はあまり良くわかっていない。
「最初は飛ぶ練習からだ。飛べない竜はただのトカゲだ、しかし大丈夫君たちは竜族だから必ず飛べる」
何に使うのか先生たちは棒の先にロープの輪っかを付けた物を持ってきていた。
先生は全員足を組んで座らせ背筋を伸ばして飛び上がるイメージで瞑想をさせる。
別に寝そべって瞑想してもよいのだがそれをすると寝てしまう子が多いのでこの姿勢だそうである。
「まず体の力を抜いて目をつぶり自分が飛んでいる所をイメージをしてみなさい、力を入れずに夢を見るような感じで…焦らなくてもいいからね。」
そう言っている端からすうーっと浮かび上がる子供が現れる。
先生は棒の先につけたロープの輪っかを子供の尻尾に引っ掛けて横に引っ張って地面に下ろす。
次々と飛び上がる子供が出て先生はその度に子供を引っ張ってくる。
しかしふたりが一緒に飛び上がってしまったので片方の子供を取り逃してしまう。
そのまま子供はすううう~っと上空に上がっていく。
「リリト!目を開けろ!」
「え?」と思ってリリトが目を開けると既に10メートル以上の高さになっていた。
「ひえええ~~~っ、高いい~~っ!」
自分のいる場所に気がついたリリトは手足をジタバタ動かすがそのまま下に落ちていってドスンと地面に叩きつけられる。
「ううう~~っ、痛いよ~~っ」
リリトは頭を抱えてうずくまる。
「リリトちゃん大丈夫?」
クルルが心配そうな顔をして覗き込んで来る。
「すまんすまん、引掛けそこねた、ほうら痛いの痛いの飛んでけ~~っ」
先生はリリトの頭を撫でながらそう言うと痛みは急に薄れてくる。
「なんですか~?その呪文は魔法なのですか~?」
これははるか昔に使われた精神暗示による麻酔法である等と言う事は既に誰も知らない。
まあ竜ですからこのくらいで怪我などしませんけどね。
全員が無事に浮かぶことが出来るようになると今度は飛行する訓練である。
背中の翼を広げ体を水平に保つ訓練である。
なかなか安定が取れず尻尾が下になったり裏返ったりと皆ジタバタとしている。
しかし尻尾をピンと跳ね上げるとなぜか安定が良い。
その格好のままピコピコと校庭を一周する。
「ようしそのまま整列!」
尻尾を下にして浮かぶと体が垂直になるので浮かんだまま整列する。
こうしてみると竜と言うよりタツノオトシゴである。
校庭の反対側ではニンゲンの生徒が面白そうに見ている、きっと後でからかうつもりなんだろう。
先生がポールを持ってきて並べる。
「それじゃ今度はポールの間を縫って飛ぶスラロームの練習だ。うまく曲がらないとポールに頭をぶつけるぞ」
「「「は~い」」」
まあ、返事だけは良かったんだが……。
カポン!「はがっ!」
ポコン!「ふげっ!」
うまく曲がれずにポールにあちこちぶつける子供が続出する。
パコパコパコ!「ふえええ~~ん」
まあ中にはわざわざ全部のポールにぶつかる子もいたのだが。
「羽をちゃんと広げて尻尾でバランスを取るんだ、焦らなくてもいいからゆっくり飛ぶように」
程度の差は有ったがやはり竜の子供である、コツをつかめばどんどん飛び方もうまくなっていく。
3回目の授業ではもう全員がひらりひらりと綺麗な飛び方が出来るようになっていた。
「あまり高く飛ぶなよ、魔獣細胞が切れたら落っこちて来るぞ~」
「先生~、鬼ごっこやっていいかしら~」
やはり子供である、飛べるようになると真っ先に考える遊びだ。
ところが先生は思いっきり否定する。
「だめだ、絶対にだめ~」
「「「えええ~っ?」」」
「いいか~、校庭を見てみろ~」
「?」
「あそこに途中から折れてそこから芽吹いている木があるな~。あそこの校舎の壁のヒビが見えるか~?体育館の屋根の色が一箇所色が違うのはなぜだと思う~?」
何やら嫌な予感がするが全員で聞いてみる。
「「「なんで~?」」」
「2年前に同じ事を言われてやってみたんだがその結果だ。追いかけっこに夢中になって木をへし折ったり校舎にぶつかる子が出てな~、いや~っあの時は壮絶だった~」
先生がかなり遠い目をしている様にように感じられた。
「それじゃあの体育館の屋根は?」
「鬼になった子が逃げようとして上空に高く飛び上がったんだが…魔獣細胞が切れて100メートル上空から真っ逆さまに墜落してなあ……」
「………………………………」
「その子どうなったの?」
「大怪我しちゃったの?」
「体育館の屋根を突き破って床にめり込んで目を回していたんだが」
ゴクリとツバを飲み込む音が聞こえる。
「それで……?」
「こんな大きなコブをこさえてな大泣きをしていたよ、まあ氷で冷やして魔獣ゼリーを飲ませたら夜までには治ったけどな」
やはり竜は人外の頑丈さの様である。
「と言う訳でそれ以後竜の鬼ごっこは禁止になった」
なぜかその事に全員で納得してしまった。
飛行訓練が終了すると今度はブレスの練習が始まった。
「なにこれ?」
授業で使われたのは校舎の裏に有るコンクリートの壁に3方を囲まれた30メートル4方位の場所である。
開けた方には大きなロープを使ったネットが張ってあった。
全員そこでいま着ている服を脱いで壁の中に集合しなさい。
「「「ええええ~~~っ???」」」
「先生やらしい~っ」
「女の子の裸が見たいの~?」
うん、完全に健全なニンゲンの女子の反応である。
もっとも竜の裸を見たいと思う人間はあまりいないと思うのだが。
「火の魔法を使う練習だぞ、服に燃え移ったら困るだろう」
「だってあたし達は炎を浴びても平気だって先生が言ってたじゃない」
「だからさ、コゲた服を着ていたいのか?」
「………………………………」
仕方なく服を脱いで更衣室のロッカーに突っ込む、それでも何人かは服を着たまま出てきた。
コンクリートの壁の中にはラインが引かれており四角い枡も描かれていた。
その隅の方に覗き窓の有る壁が立っている。
「それじゃここでブレスの練習を行う、心を集中して炎が出ることを念じるんだ」
「安全の為に枠の中に一人ずつ入ってこの線から壁に向かって炎を出す、横や後ろに向かって出さないようにそれじゃ順番に並んで始めなさい」
そう言うと先生たちは壁の後ろに回って覗き窓から見ている。
「先生、なんでそっちに行っちゃうんですか?」
「2年前にブレスの暴走で爆発事故が有ってね、当時は校庭でやっていたんだが資材倉庫が全壊して先生3人が重症を負ったんだ」
なにそれ、先生は壁に隠れるけどあたしたちはいいの?
「そんな事が有ったらあたしたちはたちはどうなっちゃうの?」
「竜の子供達は爆風にふっ飛ばされて目を回しただけだった」
「………………………………」
「と言う訳で急遽壁を作って訓練をすることになってね、それじゃ出席番号1番から枠の中で順番にブレスを吐く練習をしてごらん」
順番に壁に向かって炎を出す訓練を始める。
大部分の子供は小さな炎をぷーっと吹き出すことが出来ると順番に交代していく。
やはりというか、思った通り。炎が出て喜んで跳ねたり待っている間に炎を吹き出す子が現れ服を着ていた子供に火が燃え移る。
先生たちはそれを見つけると大急ぎで壁から飛び出してきて消火器のガスを吹きかけるのだ。
服を燃やされた子供はベソをかいていたが先生の指示に従わなかったのだから仕方がない、燃え残った服で教室まで戻る事になる。
あとでニンゲンの子供に散々冷やかされる事になった。
そんなアクシデントを繰り返しながらも竜の子供たちはブレスの着火に成功していく。
ところが一人最後まで炎を出すことが出来ずにベソをかき始める子がいた。
「どうしたんだ?クルル」
「せんせー、あたし才能無いみたいどうしても炎が出ないのー」
「いやいやいや、そんな事は無いよクルルはちゃんと炎を出せるんだから」
「だってー」
「ほら、これを見てご覧我々が使っている指導書にこう有る」
そう言って先生はタブレットの画面を見せてくれる。
そこにはベッドに横たわる小さい竜が寝ながら炎を吹き出している写真が写っていた。
「竜が怪我をした時は魔獣細胞を与える事により速やかな自己再生が行われる、ただし竜が小さい時には無意識に炎を吐くことが有るので燃えるものを身の回りに置かないこと、また看護者は耐火スーツを着用の上看護を行うこととする。」
写真の下にはそう書いてあった。
「これ、クルルの写真だろ?」
忘れもしない幼稚園の時に暴漢に刺されて入院している時のクルル写真である。
反射的にお腹を擦るが今はその傷跡すら無い。
クルルは黙って壁の前に行くと立ち止まって思いっきり息を吐き出す。
するとぶわーっと炎が広がって壁まで届く巨大な炎になった。
慌てて壁の後ろで頭をすくめる先生たちである。
「………………………………」
そのまま黙って戻ってくるクルルをリリトが抱きしめると周りの子供たちもクルルを囲む。
クルルは恥ずかしそうにもじもじしていた。
それからしばらくは炎を大きくする練習を続けていた。
最初はろうそくの炎の様なブレスが最後は火炎放射器の様な炎に変わっていくところは流石である。
ブレスがそこそこ大きな物が出せるようになると今度は応用技のファイア・ボールを出す訓練である。
この2つの炎の形体が竜の一般的な魔法である。
しかし獣人も個人差があり魔法の特性は様々な物が有る。
したがって竜の魔法にも様々なバリエーションが存在するのだろう。
しかしそれは長い生涯の中で身につけて行けば良いことである。
ブレスは広範囲に対して焼き払う魔法であるがファイア・ボールは炎の塊を遠くに飛ばす魔法で部分的な破壊に向いた攻撃方法である。
子供とは言え竜の持つ魔法能力は高く獣人の物に比べれば遥かに強力な魔法を出せる。
無論そのために魔獣細胞の消費は早くなるが大人になれば体内に備蓄できる魔獣細胞は増えるので問題はなくなる。
今は体が小さいので強力な魔法を使えば魔獣細胞の枯渇を起こすことになるのだ。
やはりここでも同じ様な事故が続出する。
ファイア・ボールをうまく出し切れず渦になったブレスを出したり密度の低いファイア・ボールになったりする。
同時に出したファイア・ボールがぶつかるとボンッと音がしてあちこちで爆ぜていた。
まあ爆ぜる程度であれば問題も無かったのだがコントロールができずにどんどん膨れるファイア・ボールを発射もできずに固まっている子供が現れた。
「あ・あ・あ……」
自分の出したファイア・ボールが1メートル以上の大きさに膨らんで行くのを恐怖の面持ちでその子は見ていたがどうにも出来なかったようだ。
「いかん!全員退避しろ!」
それに気付いた先生が大声で叫ぶと自分達は壁の中で頭を抱える。
子供の真上で膨れすぎたファイア・ボールが大爆発を起こす。
反射的に飛んで逃げることの出来た子もいれば走って逃げようとした子共もいた。
どちらの子も爆風をもろに浴びる事になってしまった。
走って逃げた子供はゴロゴロと転がり、飛んでいた子供は吹き飛ばされ後ろに設置してあった網に引っかかって地面に落ちる。
「はがっ、はがっ…」
魔法を暴走させた竜の子供は仰向けにひっくり返り白目を向いて手足を痙攣させていた。
壁の後ろから出てきた教師は様子を見に駆け寄ったが、鼻の先が少しコゲて耳がジンジンするだけで大きな怪我もなくしばらく保健室で寝ていたようだ。
これもまたクラスの男の子達の間では評判になりだいぶイジられたみたいだ。




