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竜の嫁1

1-001

 

――竜の嫁1――

 

「メイデイ、メイデイ、こちらソーサー・ヘリ103、ドゥング東40キロ上空にてヤマタガラス2匹の襲撃を受けている」

「こちら浮遊基地バスラ、脱出は可能か?」

「駄目だ、右ソーサーをやられた。振り切ることも高度を上げることも出来ない」

 ソーサーヘリはどんどん高度を下げていく、このまま墜落すれば生き延びるのは難しいかもしれない。

 

「乗客は無事か?」

 パイロットが後ろを向いて乗客を確認する。

 後部座席では乗客が窓を破壊し襲って来る魔獣に対し魔法による攻撃を試みているのが見えた。

 

「今はまだ無事だ、しかし魔獣に対して有効な反撃は出来ていない」

 時折近づいて来る魔獣に向かってその口から炎のボールを打ち出して迎撃をしているのだ。

 しかし炎のボールはスピードが遅く大きなヤマタガラスはそれを楽々と躱してしまう。

 

「やはり駄目か……」

 少女はそれを見てため息をつく。

 この魔法は威力は有るがスピードが無い、いくら魔法を撃っても躱されてしまっては如何ともしがたい。

 

「倒せそうか?」

 パイロットが少女に尋ねる。

 彼らの仕事は乗客を街まで届ける事であり、その為にヘリで魔獣の住む地域に降りてきたのだ。

 

「無理だ、私も飛行は出来るが鳥にはかなわないあいつを倒すのは難しいだろう。そちらの機銃はどうなのだ?」

「これは対地攻撃用だ、そちらの魔法同様に空中戦では無力だ。くそう、ミサイルを装備してくるべきだった!」

 そう言っている間にもヘリは推力を失いどんどん高度を下げていく。

 

「駄目だ浮力が無いこのまま墜落する」

 パイロットが悲痛な叫び声を上げる、街までたどり付ければまだチャンスが有ったのに。

 

「もういい!早く脱出しろこれ以上ヘリは持たない!」

 空中に留まってはいられないのならばせめて乗客だけは無事に目的地に届けなくてはならない。

 パイロットは最後の決断を告げたのだ。


「あなた方は脱出しないのか?」

 乗客が脱出しないのはパイロットの事を心配していたのだ、この魔獣の住む森に墜落したら彼らが生き残れる可能性は無い。

 

「無駄だ!脱出しても空中であいつらに食い殺される」

「救援は呼べないのか?」

「2重遭難の可能性が有る、救援には最初から来る予定は無い。我々の事は気にせず脱出しろ!」

 パイロットは窓から魔獣を攻撃し続けている乗客に向かって怒鳴りかける。

 

 その竜はゆっくりとパイロットの方を振り返る。

 

「では私も一緒に行きましょう。地上であれば彼らに負けることは有りません」

 後部座席に座っていたのは小さな子供の竜であった。

 

 頭と手足が大きく体はそれに比べてずいぶん小さい。

 その体に白いワンピースの様な服を着ておりスカートの下からは尻尾が見えていた。

 パイロットを見つめるその澄んだ目は高い知力とすぐれた理性を物語っていた。

 

「わ、わかった。しかし危険と感じたら直ちに脱出してお前の安全を最優先しろ、これから緊急着陸を行なう」

「わかりました」

 落ち着いた声で少女は答える、その間にもヘリは魔獣の攻撃を受けて落下を続けている。

 

 ソーサー・ヘリとは現代で言えばヘリコプターのような乗り物である。

 ローターが無く円盤状のソーサーが2つ機体上部についておりそれで浮力を得て飛行しているのだ。ローターを持たないだけで性能的には通常のヘリと変わる事は無い。

 

 ヘリはなんとか水平を保ってはいたが落下速度は危険範囲を大きく超えて墜落を続けていた。

 

 

「ん?」

 上空で魔獣に襲われているヘリを見上げる男がいた。

 

 大きな体躯、鍛え上げられた体にはくたびれた防具を付けている、その男を乗せている馬はかなり大きく姿形も普通の馬とは少し違っていた。

「魔獣に襲われている?ニンゲンの飛行する乗り物の様だな……」

 男はつぶやいてヘリの落下していく方向に馬を走らせた。

 

 落下してゆく先は木々の生い茂った樹海である。

 うまく落下させれば木々がクッションになり助かるかもしれないと言う考えがパイロットの頭をかすめる。

 しかしその考えも実際に木々に接触すると吹き飛んだ。木々は太く固くそびえ立ちヘリの侵入を拒んだのだ。

 木々は小枝をへし折られながらもその幹はヘリの機体を砕いて行く。

 

 落下しバラバラに砕けた飛行機械は炎を吹き出し燃え上がった。

 2匹の魔獣は吹き上げる炎を避けながら上空を旋回している、まだ獲物をあきらめてはいないのだ。

 

 炎を上げるヘリ残骸の中で動くものがあった。

 

 何かがむくっと持ち上がりゆっくりと炎の中から移動を始める。

 二人のパイロットをその頭上に担ぎ上げた小さな竜が炎の中から脱出しようと動めいていた。

 パイロットの体からはまだ炎が上がっているが構わず火の無い場所までパイロットを引きずって来る。

 

 安全な場所に二人を下ろすと上空で待ち構えていた魔獣が舞い降りてきた。

 火の燃えている場所には近づけなかったが今は違う、獲物の方から外に出て来てくれたのだ。

 

「グアアアア~~~ッ」

 カラスのように大きなクチバシを持った鳥の魔獣が叫び声を上げながらその鉤爪を向けて飛びかかって来た。

 

 竜の子供はパイロットを守る様に魔獣の前に立ちはだかる、その体には燃えてボロボロになった衣服が垂れ下がっていた。

 魔獣を睨みつけた竜の子は弾丸の様に飛び上がると魔獣の腹に頭から突っ込んで行った。

 思わぬ攻撃に一瞬動きの止まる魔獣、深々と頭をめり込ませた竜の子供は口から炎の塊を吐き出すとその腹に撃ち込んだ。

 

「ギャアアア~~~ッ!」

 

 一瞬で炎が全身に回り燃え上がる魔獣が竜の子供と一緒に地面に墜落する。

 魔獣に押しつぶされた竜の子はその身を焼く炎の中でジタバタと暴れながら魔獣の体の下から這い出そうとしていた。

 その竜の子を狙って背後から音もなく魔獣が舞い降りてきた。

 

「フンッ!」声が聞こえた。

 気配を感じて後ろを振り返った竜の子の目の前で大きな槍が魔獣の体を貫くのが見えた。

 

「ギャウッ、ギャウッ!」

 槍は的確に魔獣の肩を貫いておりその飛翔力を奪っている、飛ぶことも出来ずに槍に貫かれたまま鳥の魔獣は暴れ回っていた。

 

 その魔獣にゆったりとした歩調で近づいてくる男がいた。

 腰に吊るしている巨大な大剣を抜くと暴れる魔獣の首を一撃で叩き落とした。

 

 炎に包まれのたうち回る魔獣の下から這い出してきた竜の子供はチラリと男の方を見るが再び燃え続ける魔獣の方を振り返る。

 暴れまわる魔獣の首にその小さな爪を突き立て大きく切り裂くとぐったりとして動かなくなった。

 

 頭を上げた竜の子供と槍を投げた男が目を合わせた。

 

「こちらは大丈夫だ、獲物に止めを刺すとはやはりお前も竜の子供だな」

 そう言った男の顔はライオンそのものであった。

 

 たっぷりとしたタテガミに猛獣の目そして2メートルを超える巨漢、よく鍛えられた体には革の防具と大型の剣を装備していた。

 顔は毛におおわれ年齢の判断は難しかったが落ち着いた話し方からしても若い男では無い様である。

 鋭い猛獣の目をしていながらその奥には人間らしい温かみを感じさせる。

 

 竜の子供は男を一瞥するとパイロットの様子を見に行く、ボロボロだった服は今や見る影もない。

 二人を仰向けにしてパイロットの口に竜の頭を近づける、息をしているかどうかを確認しているのであろう。

 その後ろから獅子の男が様子を見に来る。

 

「無事か?」野太い声が聞こえた。

 

 竜の子供は黙って頭を振る。

「そうか、残念だったな」

 さして残念そうには聞こえない声が聞こえる、それはこの男が幾人もの死を見とる経験した男だと言う事を物語っていた。

 竜の子供は周りを見渡すと開けた場所を探す、そこの地面に爪を突き立てて地面を掘り始めた。

 

「何をしている?」

 魔獣のあふれる樹海で自分の背中をさらす行為はあまり好ましくはない、男は疑問を口にした。

 竜の子供は男を見上げると二人のパイロットに視線を移す、それだけで男は子供が何をするのか理解した様だ。

 

「そうか」言葉少なにつぶやいて男は刀を納める。

 

「あなたに頼みが有る」

 竜の子は掘る手を止めて男を見上げた。

 

「なんだ?」

「この人達の装備を外して手を組んであげて欲しい」

 竜の子供は手を上げてみせる、鋭い爪を持ったその手ではあまり細かい事はできそうになかった。

 

「わかった」

 その言葉で男は竜の子供が思った以上に人の死に対して敬意を払っていることを理解した。

 男はパイロット達の装備を外して畳むと頭の上に置きその手を体の前で組ませた。そして最後に二人の認識票を外すと装備の上に乗せる。

 

「救助隊は来ないのか?」

 静かな声で男が尋ねる、しかし掘るのを手伝おうとは言わない。

 小さいとはいえ竜である、この程度の穴を掘ることには何の苦労もない事をこの男は知っている。

 

「来ない。来れば二重遭難の可能性が高いし救援が来るまで二人が生き延びることは有りえない」

「お前がいてもか?」

 子供とは言え不老不死の竜である、いとも簡単に魔獣を倒したその能力は決して侮れるものではない。

 

「私はまだ子供だ、彼らを守り切るだけの力はない」

 人間で言えば10歳くらいの大きさである。

 しかしこの竜の言葉は非常に抑制的であり決して自らの力を過信する者では無い事を示していた。

 

「ワシの名はガウル、獅子族のガウルだ」

 男は竜の子供を一人前の存在として自らの名を名乗って敬意を表す。

「私の名はリリト、竜族のリリトだ」

 

 この男は家名を名乗らなかった。

 家名を名乗るのは領地を持った者だけで有り家名を名乗らないのが普通である。

 一般的な狩人の習慣として親の名を告げる。

 

 つまり「俺は〇〇の息子〇〇である」と言う様な名乗り方をする。

 親が英雄的振る舞いをしていた場合には更にその栄誉を付け加える。

 その親の名を名乗らないのは親がいないか恥ずべき振る舞いをした様な場合である。

 

「ニンゲンは今、竜の子供を作り竜の元に届けていると聞いている。お前がその中のひとりなのか?」

 男が低い声で尋ねる。

 

「そうだ私は竜族のリリト、竜の嫁になる者だ」

 

 竜の子は頭を上げるとしっかりとガウルの目を見返して答えた。

 それだけでガウルはこの幼く見える竜の子供に強い意志を感じ取れた。

 

 ガウルは自分が倒した魔獣の方に行くとロープを使って手頃な枝からぶら下げる。

「何をしている?」

「解体して食うのだ、お前もこいつらを食わなければ生きてはいけまい」

 竜の子供は顔を男の言葉に構わず墓を掘り続ける。

 

「もう一つ頼みが有る」

「なんだ?」

「手頃な木を切ってこの二人の名前を刻んで欲しい」

 

「墓標か?わかった」

 男の少ない言葉の中にこの男もまた多くの死に立ち会いながら死に対し敬意を失わない人間性を感じさせる。

 

 既に穴は二人を入れるのに十分な大きさになっていた。

 ガウルは認識票を見ながら墓標となる太めの木の枝を削りその場所にナイフで名前を刻みつけている。

 

「墓標を作ってもらえるだけ彼らは幸せだ、多くのものは魔獣と戦い死んだらその場で朽ち果てる」

「死なないほうがもっと幸せになれる」

 ガウルを睨むリリトの言葉にいささかまずい事を言ってしまった事に気付く。

 彼らはこの竜の為に命を懸けたのだ。

 

 彼女の為に命を落としたのパイロット達の死を軽々しく語るべきでは無かったのだ。

 

「すまなかった」

 ガウルは素直に遺体に向かって頭を下げた。

 

 墓を掘り終え中に二人を寝かせるると胸の上に装備を乗せてやる。

 顔の上には大きな葉っぱをかけて埋めた時に土が直接顔にかからないようにする心遣いをする。

 

「これで彼らも安らかに眠る事が出来る」

「認識票は預かっておこう。やしろにいけば彼らの事をニンゲンに知らせる事が出来るだろう」

「そうしてくれると嬉しい。彼らがどの様に勇敢に死んだのか知らせてやりたい」

 

 二人の墓を埋め戻し墓標を立てると土がこんもりと盛り上がる。

 リリトは二人の墓の前で手を合わせる、ガウルもまた帽子を脱いで頭を下げた。

 志半ばで死んでいった男たちでは有るが彼らもまた立派な英雄である。

 

「これからお前はどうする?」

「嫁ぎ先の竜の所に行く。できればここの場所を教えて欲しい」

「ここからひとりで行くつもりか?」

「おかしいか?」

 

 いかな竜の子とは言え大型魔獣と遭遇すれば命の危険もある、それを知っているからこそガウルは尋ねたのである。

 しかし子供の竜の目はそんな事を気にするそぶりも無く一つの方向を見つめていた。

 

「いや、ただお前の嫁ぎ先はエルドレッドの竜では無いのか?」

「そうだ、知っているのか?」

「その竜は現在行方不明だ」

 

 リリトの目が大きく見開かれた。

「なに?まさか死んだのか?」

 

「いやそうでは無い、どうも失踪したらしいのだ」

登場人物


リリト 竜の嫁 身長120センチ 15歳

 

ガウル 獅子族の傭兵 身長203センチ体重130キロ 50歳


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