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袖振り合うも多生の縁  作者: 松本忠之
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部下からの報告を受けると易大海は顔をしかめた。

「どういうことだ?」

「あの人質は日本人です」

乗客一人を残して、すべて解放した。バスから逃げおおせた乗客は、全員、近くの病院に救急搬送された。気分が悪いなどの症状を訴える乗客はいたが、外傷はなく、また意識を失ったり、持病が発作を起こしたりなどの健康被害もなかった。乗客は全員、念のため、点滴を受けながら、この一晩を病院で過ごす。地元警察によって、家族への連絡が行われていた。

あとは、人質となってしまったあの男性の確保だ。傷つけることなく救出しなければならない。もちろん、殺されるなどもってのほかだ。次の交渉をどう行うべきか、易大海は思考していた。康海隆は運転手を呼びつけていた。応じるつもりはもちろんないが、運転手の顔を見せておかないと、要求が呑まれなかったと激怒して人質に危害を加えるリスクもある。易大海の思索は続いていた。そんな時、乗客名簿から身元を調べていた部下からの報告が入ったのだった。

「名前は木塚井杉雄。国籍は日本となっています。日本国パスポートをIDとしてチケットを購入しています」

そう報告をうけて、易大海が思わず顔をしかめたのは、外国人だと思っていなかったこともあるが、それ以上に、やっかいなことになると直感したからだ。

易大海はすぐに上司の白志強に報告した。白志強も同じ反応だった。

「なんだって?日本人?よりによって、人質は外国人か…。くそっ」

白志強はそう話すと、「お前は人質救出と犯人確保だけに集中しろ。もちろん、無傷での救出だ。人質が日本人なら、なおさらだ。あとはこっちでやっておく」とだけ告げた。

あとはやっておくというのは、当然ながら、外交部への連絡だ。そして外交部から日本の外務省に連絡されることだろう。上海領事館が現地での連絡先になるだろう。

易大海は言われたとおり、無傷での人質救出と犯人確保に集中しろと自分に言い聞かせた。人質が何人だろうと、犯人を刺激せず、とにかく落ち着かせ続けることが大事だ。この際、人質の国籍など関係ない。一人の人間の生命を救うのだ。易大海は決断した。これ以上、人質をバスに閉じ込めておくわけにはいかない。拘束時間が長ければ長いほど、人質の生存率は下がる。これも人質事件のセオリーだ。一時は長期戦を考えたが、人質が日本人とわかったからには、これ以上引き伸ばすわけにはいかない。易大海の頭には、どうしてもこの事件が国際問題に発展するという意識が生まれてしまう。被害者に万が一のことがあれば、どうなってしまうのか。そんな想念が指揮官に影響を及ぼさないはずがない。

易大海は武装班を集めるよう指示した。出動時、二十五名だった武装班は五十名のフル体制となっていた。バスと犯人の動きを見張る五名を除いて全員が集まった。時刻を確認すると、指揮官としての決断を告げた。

「この事件を一気に解決する。強行突入だ。現在、午前一時八分。午前二時ちょうどに、私が再交渉と称してバスに乗り込む。その後、私の合図を待て。合図をきっかけに、突入せよ。突入の布陣と計画はこうだ」

頭の中で練っていたプランを伝える。

「訓練通り、私の合図で催涙弾を放って犯人を撹乱させてから人質とともに確保する。催涙弾はバス後部の窓ガラスを割って撃ち込む」

催涙弾のグループは五名。日頃の訓練で、射撃手、射撃までの体制作りなど、役割は明確になっている。催涙弾班はこの指示だけで十分だった。

「次に突入班だ。バスに乗り込むのは全部で六名。三名は前方のドア。もう三名は中央のドア。順番は隊歴の長い順だ」と告げると、六名を指名する。

「是!(はい!)」

名前を呼ばれた隊員が返答する。

「中央ドア班の任務は犯人確保。発砲はするな。ただし、人質に危害を加える素振りか、自殺の素振りを見せた時だけは許可する。それ以外は威嚇でも発砲はするな」

「是!(はい!)」

「前方ドア班の任務は人質確保。中央ドア班が犯人を確保したら、すぐに人質の安全を確保すること。状況が変わっていなければ、人質は座席にロープで括り付けられている。安全を確保したら、すぐにロープを切り、毛布をかけ、バスから降ろし、救急車へ運び込め。毛布は頭からかけて顔を晒さないようにしろ。マスコミがうじゃうじゃしているだろうからな」

「是!(はい!)」

ここで易大海は一息入れる。

「他のものはバスの両側に停車している乗用車の影に身を潜めろ。そして催涙弾発射を合図にバスを取り囲め。犯人と人質が確保されたら、現場保全するように。だが、それまでは追加突入の準備をしていろ。振り分けは副隊長に委ねる」

「是!(はい!)」と副隊長が返事をした。

「以上だ。それぞれ準備して配置につけ。午前二時まで待機だ」

四十五名分の返事が響くと、隊員は散らばった。

易大海は白志強に強行突入する旨を報告した。

「上海の日本領事館から、日本人職員がヘリでこっちへ向かっている。二時前には到着するだろう。マスコミはすでに数社、到着している。もちろん、報道協定で生中継はしていないが、録画映像は国内と日本のみならず、世界中で報道されるだろう」

易大海には白志強の言わんとするものがわかっていた。

「失敗は許されない。しかも、完璧に、美しく、スピーディーに解決しなければならない。我が部隊がどれだけ優秀か、国内と海外へ向けて発信する千載一遇のチャンスだ。いいな?」

「是!(はい!)」と易大海は答えると、無線を切った。


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