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袖振り合うも多生の縁  作者: 松本忠之
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易大海は確保場所となる浦南サービスエリアに到着すると、事前に用意されていた浦南サービスエリアの地図を片手に、丹念に現場を見て回った。

まず、バスはあらかじめ指定した場所に停車させる必要がある。浦南サービスエリアの駐車場は五割程度の込み具合だ。日曜日の深夜ということもあり、それほど混んでいないのは好都合だ。もしも百パーセント近い駐車率だったら、確保時に周囲に影響が出やすくなってしまう。一通り現場を見た易大海は、バスの停車場所を決めた。トイレや売店がある建物から一番離れた駐車位置だ。すぐ後ろは高速道路本線との分離帯になっており、分離帯にはたくさんの木が植えられている。これなら部隊が身を隠せる。さらに、建物から離れているため、周囲を巻き込む可能性も低くなる。早速、部下に指示して公安の乗用車を五台、停めさせた。バスが近づいたら、真ん中の一台を別の場所に移動し、あいた位 置にバスを停車させる。これにより、バスは左右を公安の乗用車二台ずつに挟まれることになる。後ろの茂みにも公安部隊が待機し、容疑者の逃亡を阻止する作戦だ。ひとつだけ気がかりなのは、周りにトラックやバスの類が停まっていないことだ。このエリアはバスでも乗用車でも、どちらも停めていいエリアだが、バスは通常、乗客がトイレや売店に行きやすいよう建物に近いほうに停車するし、トラックはバス・トラック専用の停車場所に停める。ここはバス専用エリアでもなければ、建物から一番遠い。しかし、仕方ないと思った。公安でバスかトラックを手配するには事態が急すぎたし、建物に近づくほど、周囲を巻き込んだり、逃走の可能性が高くなってしまう。ぎりぎりの判断だ。

建物近くからバスの駐車予定場所を見渡せる場所に車を停めて待機している白志強に現場態勢を報告すると、易大海は青島市警の鐘偉に電話した。

「鐘偉警部、易大海です」

「お疲れ様です。そちらの様子はどうですか?」

「体制が整いましたので、ご連絡しました」

「ありがとうございます。我々も車を飛ばしていまして、あと二十分以内には浦南サービスエリアに到着できます」

「バスの運転手にサービスエリアでの停車位置を事前にお伝えしてもらわないといけないので、今ここで説明させていただきたいのですが、サービスエリアの地図は手元にありますか?」

「はい。そちらと同じものを受け取っています」

「ではそれを見ながら説明します」

「お願いします」

「まず、バスの停車位置ですが、浦南サービスエリアに入ると、地図の通り、左前方に売店やトイレのある建物が見えてきます。しかし、そちらには向かわず、駐車場に入ったら、右側にある分離帯に沿って走ってもらうよう伝えてください」

鐘偉が地図と易大海の説明を照合している。

「分離帯に沿って、合計三十四台の車が駐車できるようになっています。一から三十四まで、数字が振ってあるのがわかりますか?」

「わかります」

「その番号でいくと、十八番がバスの停車位置です。十六、十七番、そして十九、二十番に我々の乗用車が停めてあります」

「なるほど。十八番ですね」

「そうです。バスを停止したら、すぐに乗客を降ろさず、少し時間を稼ぐように運転手に伝えてもらえませんか?」

「それはどういう理由で?」

「バスがサービスエリアに入ってくるときは、犯人に怪しまれないよう、我々の部隊は身を隠しています。バスが到着して、運転手がドアを開けた瞬間に、一気に突入して犯人を確保したいのですが、その突入の準備のためです」

「少しお待ちください」

鐘偉が電話の向こうで誰かと話している。

「今こちらに、バス会社の沈建英さんという方がいます。その方もこの会話に参加してもらっていいですか?」

「もちろんです」

鐘偉が携帯電話をスピーカー通話に切り替えた。

「はじめまして。鹿脚客運有限公司の沈建英と申します」

緊張した女性の声が電話口から聞こえた。

「こんばんは。連雲港市公安局の易大海です。さっそくですが、乗客の降車を少しの間でも延ばしてほしいのですが、いかがでしょうか?」

「はい、その件についてですが、実は、乗客は停車と共に、どっと降車口に群がると思います。なにせ、狭い車内で何時間も座っているわけですから」

「それはわかっています」

「あまり長い時間、ドアを開けずにいると、乗客の不満が大きくなるかと」

「どれくらいの時間なら引っ張れますか?」

「一分とか…」

「一分ですか。三分くらい、なんとかなりませんか?」

「そんなことしたら、乗客がバスの中で騒ぎ始めます」

確かに常識的に考えればその通りだ。しかし、今は緊急事態なのだ。

「どうしても三分はだめですか?」

「実際には、鮑文民に相談してみないと…」

「バスの運転手ですね?」

「そうです」

易大海は強めの口調で説明した。

「沈さん、お気持ちはわかりますが、今は緊急事態です。そして指揮権はこちらにあります。結論から言うと、次に運転手の鮑さんに電話をするときは、指示でなければなりません。相談はできません」

「なぜですか?だって実際にバスを停めてドアを開けるのは彼です」

「それは百も承知です。しかし、そんな相談をしていると犯人に気が付かれる可能性があること。それから相談という形式を取ると、バスの運転手自身があれこれ考え出すこと。これは、いざというときの行動に影響します。鮑さんは今も、容疑者を乗せたまま、緊迫の運転を続けているのです。そんな彼には、こうしろ、という指示しか出してはいけません。とにかくこちらの指示通りに動いてもらう。そうすることで、いざというときの行動も迷いがなくなるのです」

「でも、三分もドアを開けるなと言ったら、鮑文民だって困惑すると思います」

「困惑しようがどうしようが、そうしろと指示を出すのです。もう一度言いますよ、これは緊急事態なんです」

そして、これ以上、沈建英と話しても仕方ないと思い直した易大海は、

「ともあれ、あなたのご意見はとても参考になりました。ご協力に感謝します」

その言葉をきっかけに、電話は再び鐘偉に戻され、二人だけの会話となった。

「どうなさいますか」

鐘偉が易大海に聞いた。

「では、運転手にはこう伝えてください。停車後、一分は確実にドアを開けないでくれ。それ以上は、乗客と衝突するぎりぎりまで引き延ばしてほしい、と」

「三分でなくてよろしいですか?」

「運転手の心理を考えたときに、必ず三分以上と指示すると、乗客ともめてまでも延ばすかもしれません。それはそれで、犯人に勘付かれる可能性が出ます」

「わかりました」

易大海は話をバスの停車に戻した。

「バスの停車位置ですが、両側に我々の乗用車が二台ずつ停まっているとはいえ、犯人に気づかれないよう、見た目は普通の乗用車です。緊迫した中で、確実にそこに停めてもらうために、我々は停車位置が確実にわかるように仕掛けを置きます」

「どんな仕掛けですか?」

「バスが分離帯に沿って入ってきたら、前方に通行人が見えます」

「通行人ですか」

「その通行人は我々部隊の人間で、停車位置のまん前に立っています。そして、バスがクラクションを鳴らすまで、そこをどきません」

「なるほど。つまり、運転手がクラクションを鳴らして、その通行人が去った場所が、駐車スペースということですね?」

「その通りです」

「それはわかりやすい」と鐘隆が電話の向こうで感心していた。

易大海は、そろそろ電話を切って、運転手に伝えてもらわなければと考えた。

「それでは、バスの停車についての話で、他にご質問はありますか?」

「他の車が分離帯側の駐車スペースに停まっていますか?」

「いえ。そちらにはすでにテープを張り、駐車禁止にしており、今は一台も停まっていません。もちろん、バスがサービスエリアに入ってくるときにはテープははずします。テープをはずしたあとに、他の車が停まってしまう可能性を考えて、先ほどの通行人による仕掛けを置きました」

「わかりました。他は特にありません」

「では、この話を運転手にお伝えください」

易大海は電話を切った。そして、あとはバスがこのサービスエリアに到着するのを待つのみだと気を引き締め、スマホでバスの位置を確認した。


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