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袖振り合うも多生の縁  作者: 松本忠之
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杉雄は犯人と話し込むうち、時間を忘れでしまった。よくよく話していくと、なぜか悪い人間には思えなくなってきた。自分でもその矛盾には気が付いていた。自分は人質に取られ、包丁を突きつけられ、今も座席に縛りつけられている。そんなことをしでかす人間が悪くないはずはない。それなのに、何なのだろうか、この感覚は。このまま連絡先を交換しあって、いつかまた再会して、酒でも酌み交わせそうな、そんな雰囲気すら感じはじめた。そして、ずっと気になっていたことを聞いてみた。

「なぜ私だったんですか?」

康海隆がどういう意味かと聞いた。

「バスには、女性やお年寄りもいたでしょう?でも、私を人質にした。だって、私は成人男性ですし、力もある。人質にするなら、女性やお年寄りのほうが向いてますよ」

人質に向いている、とは何とも奇妙な言い方だとす、杉雄は我ながら思った。すでに老婆の扮装を解いた康海隆が答える。

「あの状況で人を選んでる余裕があると思うか?それに、お前はバスの外で起きた出来事に気がついた」

今思えば、バスの外で人影が動いたのは、武装警官だったのだ。

「それで、反射的にお前を捕まえた。ただそれだけだ」

「確かに、余裕なんかないですもんね」

凶悪犯と人質の会話。なんとも奇妙な時間が流れていた。

「日本はどんな国だ?」

「君の印象は?」

「わからねぇから聞いてんだ」

「でも、まったく知らないわけじゃないでしょう?」

しばらく考えた康海隆が「昔、中国を攻めた」とつぶやいた。杉雄は思わず苦笑した。

「他には?」

「知らない」

「車のメーカーは?」

「トヨタ、ホンダ」

「なんだ、知ってるじゃないか」

その時、康海隆がうっすらと笑った。初めて杉雄に見せた、リラックスした表情だった。

「じゃ、家電メーカーは?」

「松下」

「中国では松下電器という名前で有名なんだよね。日本では、パナソニックって言うんだ。他には?」

康海隆は何かが浮かんでいるのに、言葉が出てこないときの、もどかしそうな反応を示した。

「えっと、あれ。なんだ。ソ、ソ…」

「ソニー?」

「それだ!ソニー!」

「ね。知らないようでいて、日本のものはけっこう中国にもあるんだ」

康海隆は日本に興味を持ったようだ。

「日本人は何を食べる?」

「基本的には中国と変わらないよ。ご飯も麺も食べるし、餃子や炒飯も人気だ」

「寿司ってなんだ?」

「寿司を知ってるの?」

「時々、レストランの看板に書いてあった。でも、よくわからない。あれも日本料理か?」

「そうだよ。日本を代表する料理だ」

「どんなやつだ?」

杉雄が生の魚を食べる文化を紹介すると、康海隆は顔をしかめた。

「気持ち悪い」

「慣れない人はそうだろうね。でも、最近は中国でも増えてきてるんだよ」

その後、杉雄はたくさんの日本の文化や習慣を康海隆に教えた。康海隆の日本に対する興味はすごく、どんどん質問してきた。

「日本にはどうやって行く?」

「飛行機だよ。上海からなら、東京まで三時間以上、大阪なら三時間以内で到着だ」

「そんな近いのか?」

康海隆はもっと遠い国だと思っていたようだった。

「おれを日本に連れていってくれ」

唐突に康海隆が言った。

「日本に行ってみたい」

康海隆の顔は真剣そのものだった。杉雄は正直いって、難しいとわかっていた。自分が手伝いたくないということではない。そもそも、中国人の日本への渡航は制限されており、ハードルが高く、ビザを取得するには多くの厳しい条件をクリアしなければならない。そう簡単に行けるものではないのだ。ましてや、今の状況を考えてもみろ。康海隆は日本人を人質にバスに閉じこもった凶悪犯だ。ただでさえ条件が厳しい日本渡航なのに、こんな犯罪を犯した者が行けるわけがない。

「そうだね。チャンスがあれば、ぜひ遊びに来てよ」


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