新27話 魔法料理人たちのスペシャリテ②
「ごめん、ランスロット。僕を殺してくれ」
勇者の決意の籠った言葉に、ランスロットの視界が揺れた。
「本当に、他に方法はないのか? そうだ、システィのいた教会ならば、何かヒントになる情報が得られるかもしれん! 明日はそこを目指して……」
「ありがとう。でも、自分で分かるんだ。僕にはもう時間がない。だから、システィたちを不安にさせたくないから、言わないでほしい」
「だがユリウス! 何故お前が死なねばならん!」
ランスロットの声が大きくなった。 そして、つらそうな声に変わった。
「何故、魔王バルハルトはお前を宿り木に……。何故、お前が魔王に魂を侵されねばならん……」
「僕が、魔王にトドメを刺せていなかった。奴は身体が滅びる寸前に、僕の精神に入り込んでいたんだ」
ユリウスは苦しそうな笑みを浮かべ、グローブを付けた手で神剣アルティブレードを抜いた。酷く眩しそうにして、顔を背けている。
「この神剣を抜く度に、焼けるような痛みが全身に走るんだ。輝く退魔の刃を直視することもできない。重くて振ることもできない。でも、壊したい、殺したいという衝動は絶えないんだ」
それはもはや、神剣に主として認められていないということ。魔に侵されているということだ。
「今でも意識が闇に引き込まれそうになる。僕は、僕の愛した世界を壊したくない。魔王になんて、なりたくない……。だから頼むよ、ランスロット。自分勝手なことを言っているとは理解している。でも、こんなこと、親友の君にしか頼めないんだ」
ユリウスの悲痛な叫びが、ランスロットに涙を流させた。こんな形でしか友の力になれないことが、悔やしくてたまらなかった。
友を、勇者として殺す。魔王にユリウスをくれてやるわけにはいかないと、胸を切り裂くような覚悟がランスロットの瞳で燃えた。
「この神剣で、僕ごと魔王を葬ってくれ! 世界のために!」
「うぅ……。すまない、ユリウス。俺にもっと力があれば……!」
ランスロットは重たい神剣を受け取ると、声にならない叫びと共に、それをユリウスの胸に突き立てた。肉を貫く生々しい感触が伝ってきて、ランスロットは震えながら神剣の柄から手を離す。
すると、ユリウスの身体は支えを失くし、ドサリと草原に倒れて血溜まりを作っていく。
「ユリウス……。お前こそ、魔王を倒した英雄だ。後は……、俺に任せろ……」
「ありがとう……。ランス……ロット……」
ゆっくりと、ユリウスの瞳から光が失われていくのを見届けると、ランスロットは彼の瞼をそっと閉じさせた。
そして、どうか安らかにと、祈りを捧げた。
これで終わりだ。勇者が死に、魔王も朽ちた──はずだった。
ドクンッと勇者の胸に闇色の禍々しい光が灯り、その身を動かそうとしているものがいた。
魔王バルハルトだ。
力は弱まっているものの、勇者の死体をゾンビのように使役し、執念深く生き永らえようとしているのだ。
「魔王ーーっ! おのれ、ユリウスの死を愚弄するか!」
その時、ランスロットは決意した。
世界の英雄としてのユリウスを守り続けることを。
魔王の魂は自分が受け入れることを。
そして、全てを抱えてこの世界を去ることを。
「来い、魔王! 俺が貴様の魂を永久に囲ってやる!」
ランスロットは、ユリウスの胸を貫く神剣アルティブレードを握ると、魔王の名を呼んだ。するとドクンッドクンッと神剣を介して、闇色の光がランスロットに流れ込んでくる。
『いい身体だ。僕が力を溜めるにはもってこいだね』
魔王の声が直接頭に響き、全身が槍で貫かれるような痛みに襲われた。頭が割れそうで、視界はぐらぐらと揺れる。
しかしランスロットは、呻き声をあげながら笑っていた。魔王への嘲笑だ。
「ぐ……。ハハハッ、馬鹿め。貴様は、俺が飼い殺してやる。この国の最高刑は、【常闇の刑】。俺が貴様を闇の世界に連れて行く!」
『自ら罪人になるなんて、愚かだわ。あなたひとり犠牲になって、残された人はどうなるのかしら? 大切な人はいないのかしら?』
それは、アンジュの声だった。魔王との戦いが終われば、結婚式をしようと約束していた最愛の恋人。ランスロットが誰よりも大切にしていた女性だった。
「そうだな、最後に一目会いたかったが……。彼女が生きる世界を守れるならば、俺は喜んで命を差し出そう」
彼女のためにも、勇者が守った平和な世界を壊すわけにはいかない。だからランスロットは、迷わず魔王の魂を受け入れた。
すまない、アンジュ。許してくれ。
黄昏の風が吹き抜け、ランスロットの金色の髪を撫でていく。血の溶けたような真っ赤な夕陽が、ランスロットの心に刻まれていく。
この世界とも、大切な人達ともお別れだ。
草原の向こうから仲間たちが駆けてくるのが見え、ランスロットはゆらりと立ち上がった――。
★
自分が信じた人は、なんと苦しい選択をしたのだろう。一人で罪を背負い、魔王の魂までも受け入れた。そして孤独のあまり、全て忘れてしまいたいと願ったのだ。
そして、彼は二度目も同じ選択をした。魔王が内にいると知ったランスロットは、300年前と同じく自ら常闇に身を堕とした。大切な者を守るために。
一人、闇に堕ち行くランスロットに、ノエルの伸ばした手は届かない。記憶の中では、どんな声も届かない。
残るのは、今という現実だけ。
けれど――。
愛しい人の記憶を垣間見たノエルの涙は、ランスロットの錆色の鎖に再び輝きを取り戻させ――、そして光の欠片に変えた。
砕けた鎖が星の子のように輝き、ランスロットの胸に溶け込んでいく。失われていたはずの記憶となって。
「あぁ…。俺は…」
ランスロットは、神剣の重みやユリウスの体の冷たさを思い出し、静かに涙を流した。
もう二度と忘れるものか。そう心に刻んで。
「あなたは大馬鹿です、ランスロットさん」
ノエルが、ランスロットの頬を伝う涙を指で拭いながら言った。
「俺が魔王を連れて、こちらの世界に戻って来てしまったことか?」
「いいえ。それは、後々考えます。……私が言いたいのは、あなたが優しすぎるってことです。ずっと、ずっと、世界のために戦っていたのに、誰もあなたを理解せず、独りぼっちで……」
想像するだけで、胸が張り裂けそうに苦しくなる。言葉にしようとすると、声が震えてしまう。
「一人にならないでください。つらい時も、悲しい時も、私がいます」
「ありがとう、ノエル。出会った時から、お前は俺の傍に居てくれた」
ランスロットはノエルの手を取ると、その場に跪き、手の甲に優しい口づけを落とした。
「ら、ランスロットさん……!」
「晴天の槍に誓おう。この命、この愛は、ノエルだけのために――」
ランスロットの美しい蒼い瞳に見つめられ、ノエルの頬は真っ赤に染まってしまう。彼に出会ってから、何度もドキドキさせられたが、こればかりは慣れるものではないらしい。
ノエルは花が咲いたような笑みを彼に向け、手をぎゅっと握った。
「ランスロットさん。ずっと隣にいてください。私、美味しいご飯をたくさん作りますから」
次で新最終話です。お読みいただけると嬉しいです。




