「決意 その3」
前回、水槌にとある場所に行くように指示された郷。
そこに向かった郷はある人物を探すことになるのですが――
薬師池公園。
町田市のほぼ中央、野津田町暖沢にあるこの公園は新東京百景、日本の歴史公園百選、さらに東京都指定名勝となっている。
園内には公園の名称にもなっている天正十八年に完成したという溜池の他、薬師堂、二件の古民家、アジサイ園、大賀ハス田、藤棚などがある。
――と、事前に軽くネットで調べたら、そんなことが書いてあったのだが。
今回は、そんなこの公園に来たのだった。
そしてここに来た理由。
それは清々しい空と、鮮やかに輝く緑のハーモニーを楽しむために散歩をしに……とかでは、勿論なく。
水槌様が、この公園で蓮賢老師とかいう人と会うようにと指示したからだ。
とはいえ、別に俺はその人物と待ち合わせしているわけではない。
なので、どこにいるか探さないとならないのだが……はたしてどこに行けばよいものか。
というか、そもそも。
その蓮賢っていうのは人、つまり人間なんだろうか?
何せ、会いに行くようにと言った本人である水槌様自身、実際には川の神様だ。
だったらこの蓮賢っていう人も人間じゃあなくて何かそういう神様とかの仲間かもしれない。
そもそも川の神様が〈老師〉と呼んでいるぐらいだから、少なくとも一般的な人間ではないのだろう。
だとしたら。
ここでそういう人、いやお方がいそうな場所は……薬師堂とかになるんじゃあないだろうか?
勿論、神様と仏様では別物だけれどこの国では縁があるものではあるし、それに名前に〈蓮〉と入っている。
この公園を調べた際はハス田に関係があるのかと思ったが、寺に関係する可能性もありそうだ。
そうなると、公園の北西にある丘の上か。
ならまずそこに……いや。
今俺がいる、公園の入り口付近からしたら薬師堂は奥になるから、先に池とか古民家とか見ておこう。
確かに水槌様に言われた相手と会うのは大事だけれど、そもそもの目的は地元の宣伝をするための準備だ。
そうなると、俺自身がこの公園についてよく知るために、実際に歩いて回った方が良いだろう。
正直、ここの公園で俺は一回迷子になったことがあるからちょっと心配だが。
まあ、それは本当に幼い時の事。
大人になった今になってはそういう事もないだろう。
という訳で、早速――
☆ ☆ ☆
薬師池の大蛇。
という話があるそうだ。
何でも、この池には江戸時代に大蛇が美人に化けたという伝説があり。
人々はそれを弁天様の使いとしたらしい。
と、いう事が池のほとりの看板に書かれているのだが。
これ、もしかして水槌様と関係があったりするんだろうか?
いや、勿論彼女以外にも蛇の神様は結構いそう……というか、全国旅した際に知ったけど、この国では蛇の神様は結構いたみたいだから、この大蛇は水槌様と関係ない存在の可能性もあるけど。
しかし、この場所を教えたのが水槌様で、そして彼女は蛇の神様でもあるから……
「いやぁ、あの子もドジっ子だよねえ?」
ん?
誰?
俺の後ろ、一メートルもない場所から、男の声が聞こえたんだが。
さっきまで、俺の後ろどころか付近に人はいなかったような。
いや、勿論こっそり歩み寄ったんなら気がつかないかもしれないけど。
そんな風に近づいてきて、いきなり話し始める人がいたら、それは怪しい奴だろう。
……もしかして。
俺に話しかけている訳ではない……のか?
「あの子がまだ川の神様になる前にさ、先代のお使いで由木の長池に行こうとしてたんだけど。その時の話が、これ」
いや、どうやら俺に話しかけているようだ。
何せ、俺以外に今看板を読んでいる人はいない。
そしてこの人が言っている内容は看板に関係があるもの――どころか、看板で伝説として書かれている大蛇がまるで自分の知り合いだとでもいうような言い方だ。
そんな人間がいるはずないし……まさか。
そう思い後ろ、その声がする方を振り向くと。
そこには一人のオジさんが立っていた。
年齢は……三十代半ばぐらいだろうか?
背丈は俺と同じくらいで、やや細い印象を受けるが一方で無駄なく鍛えられているような雰囲気もある。
そして頭にお洒落なパナマ帽を被り、ビジネス用ではないだろうという感じのネクタイを身に着け。
顔はサングラスと整った顎髭で、何というか、遊び人とまではいかなくてもノリが軽そうな雰囲気を醸し出しているのだが。
さて。
話している内容から推測するに、民話に出てきた大蛇の知り合いで、しかもその大蛇より年上っぽいから人間ではないだろうし……この人が蓮賢だろうか?
しかし、名前から受けるイメージとはなんというか雰囲気が違う気もする。
それにこの年齢だと老師という感じではない。
いや、とはいえ。
どこぞの有名少年漫画の老師だって、ノリが軽い雰囲気でしかも女好きだったりしたじゃあないか。
それに神様や仙人みたいな存在なら、老師といっても見た目までお爺さんであるとは限らない。
つまり――
「あなたが……蓮賢老師ですか?」
「おいおい、僕がそんな風に見えるかい?」
あ、違うのか。
いや、とはいえこの様子だと普通の人間のオジさんではないだろうし、老師の弟子とか……
「僕はそんなに賢いつもりはないし、それに昔と違って、今はお爺さんみたいな見た目はしていないからね。呼ぶなら人間社会で使っている蓮……葉澄蓮の方で呼んでくれるかな?」
「葉澄……蓮さん?」
「そ、蓮さん」
どうやらやっぱり、この人が水槌様が行っていた蓮賢老師らしいが、今は別の名前を使っているという事のようだ。
しかし、じゃあ何で水槌様は昔の名前を――
「あれだろ? みーちゃん。あの子の蓮賢っていう名前で紹介したんだろ? 全く、自分の事は『みーちゃんって呼んで』とか言ってんのに、人の事は昔の名前で呼ぶんだから」
……………………。
いや、水槌様が昔の名前で俺に葉澄さんの事を紹介したのは兎も角。
水槌様、俺だけじゃなくて他の人にもみーちゃんって呼ばせてんのかよ!?
しかも葉澄さん、わざわざそれで呼んでんのかよ!?
何考えてんだ!? あの神は!?
というか、それ以前に。
「ええと、さっきの話だとこの看板の伝承の女性が水槌様って事みたいなんですが……」
「うん、そう。彼女、お使いに行くのにあの姿の方が速く移動できるからって、そっちの姿になっちゃってさ。で、彼女的には誰も見ていないと思っていたんだけど」
「まだ人がいたと」
なるほど。
人の姿に化けたままだと神様的な力が使いにくいから、姿を変えたのを見られたわけだ。
……いや、待てよ。
この伝承だと、元の姿が大蛇ってことになっているんだけど。
「水槌様って大蛇なんですか?」
俺が見た時は確かに蛇っぽい要素はあったけど、体型的には人型だった気がするんだが。
それとも蛇の姿にもなれるのだろうか?
いや、仮になれたとして蛇の姿で由木の長池にまで行くつもりだったのか? 確かその池、今でいう八王子にあるはずなんだが。
「あ、いや。なったのは人型の姿なんだけど『大蛇が女性に化けた』って話として伝わるように噂話をうまい事いじったわけ」
「いじった?」
「うん。僕が」
「何で?」
「あまり神様の存在を人間が知り過ぎるのもどうかと思ってたんで、事実とはやや違う形にしておいた……みたいな」
そうなのか。
……って、いや。
「あの、今俺がこうやって神様とか怪物とかと関わっているのは構わないのでしょうか?」
「ああ、それね。ほら、昔と違って、今は神様とか妖怪とか、あまり身近じゃあないから」
「だから構わないと」
「そ。ちなみに、昔僕が白い髭のお爺さんの見た目で〈蓮賢老師〉って名乗っていたのも、当時はそっちの方が都合がよかったからなんだけどね」
え? 昔はお爺さんの見た目だったのか?
そういえばさっき「昔と違って、今はお爺さんみたいな見た目はしていない」と言っていたな。
まあ、人間を基準に考えると昔がお爺さんで、今がオジさんというのは奇妙な感じだが。
そもそも人間ではない彼にとって人間の姿は仮の姿、見た目の年齢ぐらいは変えることが出来るのだろう。
――そんなことは兎も角。
「で、ここに来たのはあれかい? この町の歴史とか文化について知って、それをみんなに広めたいっていう」
俺が話を出す前に、先に葉澄さんの方からその話題を出してきたか。
これは人間観察力……いや、単にいつまでもこのままあまり意味のない話をしていても仕方がないってだけか。
「ええ、まあ。そんな感じです」
俺の方もそろそろその話をしたかったんで、ここは素直にそう答えておく。
すると、葉澄さんは。
「まあ、ここで立ち話もなんだし。あっちで何か飲みながら話そうか」
といって――。
(続く)
こうして葉澄蓮と出会った郷。
郷は彼から一体何を学ぶのか――次回に続く!!




