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第7話 許せないこと

 ――と、いうわけで。

 話は冒頭へと戻る。

 あれから五日たち、俺の怪我はようやく治った。

 肋骨四本と左腕を複雑骨折、内蔵複数損傷という重症にようやくなんて言葉を使うべきではないと思うが、余った資金で高級ポーションを買って使用したのにこれだけかかったのだ。

 高級ポーションは一つ金貨十枚もする。

 それだけかかる以上効果は絶大で、致命傷でもない限りはほとんどの傷を治してくれる品物だ。

 即効性は相変わらずだが、本来この程度の負傷なら二日もかからずに治癒してくれる。

 今回はそれだけ内蔵へのダメージが深かったのだろう。

 まともに動けるようになったのだって昨日だ。

 死ななかっただけましではあるけども……。


「主人、なぜ出かける準備をしている?」


 呑気にお茶をすすっているベロニカの隣で、俺は外出用の服に着替えていた。

 この前の戦いでプロテクターも割れてるなー、なんて冷静に思いながら、俺は一枚の用紙をベロニカに見せる。


「今朝ポストに入っててさ。ギルドの緊急召集だって」


 ギルドは、こうしてたまに冒険者を集めることがある。

 召集に応じるかどうかは任意だが、大型クエストへの参加権を得られることがあるため、俺は基本的には応じるように心がけていた。

 大型クエストは巨大な魔物の接近や、新しい迷宮が発見されたときの調査などで発生するクエストである。

 参加人数は無制限で報酬は貢献度にて上下するが、末端でも低いリスクでそれなりの額がもらえるため、新米冒険者にもおすすめのクエストだ。

 俺もE、Dランクのときはずいぶんとお世話になっている。


「貴様……怪我はもういいのか」


「お茶を用意させておいてよく言うよ。ほら、この通り」


 俺は腕まくりをして力こぶを見せる。

 それを見てベロニカは大きなため息をついた。

 相も変わらず失礼な奴隷だ。


「何だよ」


「頼りない腕だと思っただけだ。仕方があるまい。私も同行しよう」


「元々連れて行くつもりだよ!」


 当然連れて行くつもりだったのに、なぜ自分は部屋に残れると思っているのか。

 あれ依頼外へは出ていないが、ベロニカはかなり俺のいうことを聞いてくれるようになった。

 お茶を俺に淹れさせたのは――まあ、置いておくとして。

 俺が本当に動けない間は、買い出しに行ってくれるくらいには言うことを聞いてくれたのだ。

 これは大きな変化である。

 

「ならば早く行くぞ。その大型クエストとやらなど、私一人でも達成してみせる」


「まだ大型クエストの召集だと決まったわけじゃないからね?」


 先走りかけているベロニカをなだめつつ、俺は外出の準備を整えるのであった。



「ギルドの人たちはまだ来てないけど……やっぱり集まりがいいな」


 ギルドに入ると、そこには多くの冒険者たちがいた。

 それぞれ友人同士や、クエストを共にするパーティの面子で集まっている。

 ギルドの人間は奥で会議でもしているのだろう。

 いつもはいるはずの受付嬢たちも、今はカウンターに立っていない。


「お、来たかシャロン! 怪我はいいのか?」


「アドニス! うん、もう大丈夫。休みすぎたくらいだ」


「そっか。てか、まだ貯金はあるんだろ? 無理してこなくてもよかったんじゃないか?」


「いや……思わぬ出費があってさ」


 当然、高級ポーションのことだ。

 実はそのポーションは、俺は二つ買ってしまっていた。

 総額、金貨二十枚。

 あのクエストの報酬が金貨五枚だったため、十五枚の損失となる。

 それがどうしてももったいなく感じてしまい、今回はそれを取り戻しにきたようなものだ。

 悲しきかな、これが中堅冒険者の貧乏根性である。

 

「はぁ、なるほどな。それならやっぱり大型クエストだといいな。俺もそれ狙いだし」


「だよね。リハビリがてらそれなりに手応えがあるとなおいいんだけど」


「そいつは困るわ。俺は楽したい」


「おいおい……」


 まあ、その気持は否定はできないんだけど。

 楽に稼げるのが一番いい。

 今回の場合だって、いざというときに動けないのが嫌だからリハビリ程度になれたらな、という不順な気持ちでしかないから。


「それでさ――」


 アドニスは俺の肩に腕を回すと、そのまま引っ張って小声で話しだす。


「あそこにいる不機嫌そうなのが、例の?」


「ん? ああ……彼女が魔王だよ」


「ひゃー、美人だけどおっかないねぇ」


「それも否定しない」


 そんな会話をしていると、ベロニカがこっちへ近づいてきた。

 かなり不機嫌そうに。


「何をこそこそと話している?」


「あ、いや! ベロニカが美人だなって話をしてたんだ!」


「む、人間の美的感覚は分からないな」


 首を傾げるベロニカを見て、アドニスが再び俺の肩に腕を回して引っ張る。


「おい、聞いてた話とずいぶん違うぞ……めっちゃ美人で、しかもめっちゃ可愛いじゃねぇか」


「あれから一週間も経ってるし、そりゃ人は変わるよ」


「一週間でそんなに変わるわけねぇだろうが! 何があったんだよ」


「それはまあ……おいおい話すよ」


「ちくしょう、濁しやがるなぁ。まあいいや」


 アドニスは俺から腕を離すと、ターンを決めてベロニカへと向き直る。

 

「はじめまして! ベロニカさん……でいいんだっけ? 俺はアドニス! シャロンとは親友で、この機会にぜひ君とも仲良く――」


「失せろ、人間。主人以外の人間とは口も聞きたくない」


「テキビシッ!?」


 人が撃沈するところを初めて見た。

 アドニスは目を潤ませながら、俺の足へと縋ってくる。

 この時間軸において、もっとも情けない男は多分こいつだろうな。


「話が違うじゃねぇかよぉ! 優しくなったんじゃねぇのかよぉ!」


「そんな話は一つもしてない」


「うわぁあああん!」


 泣きじゃくるアドニスを足から振り払い、俺はベロニカへと近づく。

 

「なんだ、この人間は」


「繊細なんだよ。少し優しくしてあげて」


「その命令には従えない。私は人間が嫌いなんだ。何度も言わせるな」


「ご、ごめん……」


 だいぶ砕けてきたと思ったんだけど、人間嫌いは簡単には薄れないか。

 環境が環境だし仕方ないとはいえ、せめてスルーできるようになってもらわないと今後支障が出そうだ。

 それはまた話し合っておこう。取り合ってもらえるかは怪しいけど。


「――おい、邪魔だ」


「うわっ」


 そんな会話をしていると、突然俺の肩を誰かが突き飛ばす。

 どこのどいつだと振り返ってみると、そこには俺が見たくない顔があった。

 

「ヨウド……」


「ヨウドさん、だろうが。Cランクは礼儀もなってないのか?」


 俺の後ろにいた下品な笑みを浮かべている男は、ヨウドという冒険者である。

 ギルドで遭遇するたびに嫌味ったらしくちょっかいをかけてくる男で、俺はこいつのことが心底嫌いだ。

 

「何の用だよ」


「邪魔だって言ったろうが。俺はここを通りてぇんだよ」


 心底いけ好かない男だ。

 人が密集しているわけでもないのだから、普通に避けていけばいいだけなのに。

 

「これだからCランク以下のやつは嫌だよなぁ。目上の俺たちに敬意くらい示せよ。いるだけ無駄なんだからよぉ」


 耳障りな笑い声を上げるヨウドに、思わず手が出そうになる。

 周りの冒険者たちも、同じ気持ちのようだ。

 皆一様に青筋を浮かべている。

 しかし悔しいことに、ヨウドの冒険者ランクはB。

 Bランク以上の冒険者は極端に少なくなるため、ギルドも無碍には扱えない。

 そのせいで、ヨウドのような一部のBランク冒険者が好き放題暴れてしまっているのだ。

 殴り飛ばそうにも、実力としても立場としても、不利なのはこちらである。

 Cランク以下の俺たちができることと言えば、変にいざこざが長引かぬよう黙っていることくらいだ。


「お、何だこいつ」


 そのまま通り過ぎればいいものを。

 ヨウドはベロニカに興味をそそられたようで、彼女のことをじろじろ眺め始める。

 

「へっ、てめぇには不釣り合いなくらい美人だな。盗んだのか? まさかてめぇの金ごときで買えたわけじゃねぇよな?」


「……買ったんだよ」


「笑わせるじゃねぇか! どこにそんな金隠し持ってやがった? 知ってたらとっくにもらってやってたのによぉ!」


 ヨウドは盛大に笑い声を上げたあと、息を整えながら俺のことを小突いてきた。

 

「まあいいや、そんじゃこいつもらってくわ。てめぇには不釣り合いだしな」


「はっ――」


「口答えすんじゃねぇよ。潰されてぇのか?」


 ギルドの職員がまだいないからって、好き放題言ってくる。

 それでもベロニカのことだけは譲れないため、言い返すべく口を開こうとした――――が。


「それに、よりにもよって魔族かよ。ま、魔族は腕っぷしの方は立つらしいからな。どうせ守ってもらおうって魂胆だろ? 奴隷、ましてや魔族なんて、使い捨てたって心は傷まねぇもんな!」


「……黙れよ」


「雑魚なCランクが考えそうなことだぜ。哀れ過ぎるから、やっぱり俺が家で飼って――――へぶっ」

 

 気づいたら、俺はヨウドの顔面に蹴りを叩き込んでいた。

 蹴り飛ばされたヨウドは一度床を跳ねた後、テーブルをなぎ倒して止まる。

 

「て、てめぇ!」


「立てよ。今日だけは、絶対に許さない」


「この野郎……ッ!」


 俺のことを馬鹿にするならいい。

 許せないのは、ベロニカへの侮辱とも取れることを言ったことだ。

 それだけは、決して聞き流すなんてことできない。

 

「反省させてやる。しっかりとな」


「上等だゴラァ!」


 鼻血を垂らしながら立ち上がったヨウドを見て、俺はあと最低五発は殴ってやろうと心に決めた。

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