第4話 初クエスト
「どれにしようか……」
俺はベロニカを引き連れ、冒険者ギルドへ来ていた。
目の前にあるのは、クエストボードと呼ばれる依頼が用紙になって貼り出されている掲示板だ。
ここにはギルドに来た国、住民からの依頼が難易度順に貼られている。
難易度のランクは、FからAへと上がっていき、ここには貼られないが、最上位のSランクが存在する。
同時に冒険者のランクもFからA、そしてSランクが存在し、俺はその中間であるCランク冒険者だ。
規則として、自分のランクと同じか、一つ上か、一つ下の難易度のクエストしか受けられない。
つまり俺が受けられるクエストは、D、C、Bとなる。
(討伐依頼の方がいいよな)
クエストにはさらに種類があり、大雑把に、薬草などを確保する採取系、魔物を退治する討伐系、魔物を殺さず拘束する捕獲系がある。
他にも護衛や賊退治などもあるが、今回は関係ないので省く。
「これにするか、ちょうどCランクだし」
俺が手にとったのは、コボルトの群れの討伐依頼だ。
コボルトは小柄な人形の魔物で、犬のような顔をしているのが特徴の魔物である。
小さな武器などを扱うこともあり、単体ではEランクの魔物だが、集団ではCランク相当の危険度となるのだ。
「これでいいかな?」
「……私に聞くな」
「それもそうか」
俺はクエストボードから用紙を剥ぐと、そのまま受付嬢の下へと持っていく。
「この依頼を受けたいんですけども」
「はい、ギルドカードの提示をお願いします」
依頼用紙を置くと同時に、ギルドカードの提示が求められる。
クエストの難易度と、冒険者のランクが見合うかどうかの確認だ。
大人しくギルドカードを懐から取り出し、受付嬢に見せる。
「――はい、確認致しました。受注手続きに移らせていただきます」
「お願いします」
受付嬢は用紙に判子を押し、その上にギルドカードを乗せる。
すると、用紙がギルドカードに吸い込まれた。
いつ見ても驚いてしまうが、これにて受注が完了する。
仕組みについては――よく分からない。
「はい、手続きが完了しました。ご武運を」
「ありがとうございます。行こう、ベロニカ」
ギルドカードを受け取り、俺たちはギルドから出る。
あとは依頼用紙にあった通りの場所へ行き、コボルトを退治すればいいだけだ。
「場所は近隣の山の中腹か……徒歩だと二時間くらい。問題ないな」
「……」
「よし、行こう」
確認もそこそこに、俺は町の出口へと向かう。
この町、アストルム城下町は、この大陸で最大の国家のお膝元ということもあり、そこらの町とは違う活気がある。
そしてありがたいことに、冒険者に必須な武器の店、防具の店、回復ポーションや魔物避けの石を売る道具屋など、冒険者が拠点とするには十分すぎるほどの設備が整っていた。
俺がここを離れられないのも、そういった過ごしやすさがあるからだ。
「ベロニカは武器を使うのか? 必要なら買うけど」
「いらない。私は気に入った武器がない限りは素手だ」
「だったら気に入る武器が見つかるかも――」
「人間の作った武器など、気に入る気に入らない以前の問題だ。使いたくもない」
「……そっか」
だったら仕方がない。
戦力としては申し分ないはずだから、寄り道せずクエストの場所へ向かうことにする。
町の入り口に構えてある関所にギルドカードを見せることで通過し、自分の足で目的の山へと歩き始めた。
「……」
「……」
道中、気まずい時間が続く。
ベロニカは俺と話したくもないだろうから、こちら側が一方的に感じているだけだが――。
「何度もこちらを見るな。癪に障る」
「あ、ごめん」
まあ、これだけ何度も顔色を窺っていれば鬱陶しく思うのも当然か。
俺は進行方向だけを見るように心がけ、歩みを進める。
いつか、談笑しながらクエストに向かえるようになったらいいのになんて、小さな理想を抱きながら。
そんな風に、必要以上にベロニカを不機嫌にさせないよう歩いていると、目的の山の中腹へと到着する。
この山は何度かクエストで訪れているため、ある程度の地理は知っていた。
周囲にランクの高い魔物はいないし、気さえ抜かなければ早々危機に陥ることもないだろう。
だからこそ、コボルトも巣を作ったんだろうけど。
「ん……あれか?」
少し離れたところに、いくつか動く影が見えた。
身長に近づいていくと、それが目的のコボルトたちであることが分かる。
数は四体。
これは群れではないな。
「ベロニカ、戦える?」
「私は動かん」
「分かってた。それじゃ、行ってくる」
俺は背中に装着していた鞘から、短刀を抜き放つ。
それを逆手に持って、姿勢を低くしながら駆け出した。
四体の意識が逸れている間に一気に接近した俺は、まず一番近い位置にいたコボルトの首元に短刀を突き立てる。
「ギィィィ!」
「一匹目!」
痙攣するコボルトの背中を蹴って、刺した短刀を抜く。
接敵を確認した残りのコボルトが、持っていた棍棒や錆だらけの剣を構えた。
あの剣で斬られれば、深い傷は負わずとも病になりそうだ。
「ふっ!」
「ギィィヤ!?」
そんなもの、早めに対処してしまうに限る。
俺は体を翻して、錆びた剣を持つコボルトの腕を斬り飛ばした。
剣を持ったまま宙を舞う腕が地に落ちる前に、懐へと潜り込んで心臓に短刀を刺し込んだ。
「ギッ……イィ……」
「二匹目っ!」
短刀を捻り、確実に心臓を破壊する。
続いて別のコボルトへ飛びかかろうとするが、視界の端で棍棒が振りかぶられたのが見えた。
「おっと」
「ギィ!」
振り下ろされる棍棒を、今自分が刺したコボルトの背中で受ける。
コボルトは小柄なため、こうして体ごと動かすのも容易い。
俺はコボルトの死体の影から抜け出し、棍棒を振り下ろしてきた個体の背後に回った。
短刀はまだ先程のやつに刺さったままだが、武器はこれだけではない。
即座にジャケットの下に巻いてあるベルトから、ナイフを一本抜いた。
そしてそのまま、コボルトの首へと突き立てる。
主に投擲用であるため短刀よりも長さはないが、人型の魔物であれば弱点が明確なため、これでも十分なのだ。
「三匹目――――っと!」
「ギッ!」
コボルトの首からナイフを抜くと同時に、それを最後のコボルトへと投げつけた。
それは肩口に命中し、近距離であったため深々と突き刺さる。
悲鳴を上げたコボルトは仲間たちの亡骸を一瞥したあと、俺へ怯えた視線を向けながら逃げ出した。
俺は短刀を回収し、ついた血を拭いながら逃げる姿を見送る。
「なぜ逃がす? 情けでもかけたのか」
「ああ……残念ながらそうじゃない。ああして逃がすことで、巣まで案内してもらうんだよ。ほら、血の跡が残ってるから、これを辿ればいい」
「なるほっ――――いや、そんなことで関心を引けると思うな、人間」
そう言いながら、ベロニカは顔を逸らしてしまった。
まだ出会って二日だが、初めて見る表情に俺は呆気にとられる。
もしかしたら、経験がない分知識欲は豊富なのかもしれない。
「ははっ、それじゃ追うよ」
「貴様……私を笑うな」
新しい彼女の一面が見られたことを嬉しく思いつつ、俺は短刀をしまい、逃げたコボルトを追い始めた。