第1話 魔王、買いました。
冒険者――それは、まだ見ぬロマンを求めて迷宮に潜ったり、人々から寄せられた『クエスト』をこなす者のことを指す。
この俺、シャロンも、そんな冒険者の端くれだ。
今日はこなしたクエストの報告と報酬を受け取るために、冒険者を管理する施設、冒険者ギルドへと足を運んでいた。
「はい、全部で金貨四枚になります」
「ありがとうございます」
冒険者ギルドの受付嬢から、俺はギルドカードを受け取る。
ギルドカードと呼ばれる個人情報を詰め込んだこのカードは、金の管理まですべてやってくれる便利なものだ。
ここに記された金額分、ギルドからお金を下ろすことができる。
「このまま下ろしていかれますか?」
「あ、お願いします」
「分かりました。少々お待ちください」
カードに記された金額に間違いがないことを確認したあと、それを再び受付嬢に返す。
しばくして戻ってきた受付嬢の手の上には、四枚の金貨が乗せられたトレーがあった。
「こちらが金貨四枚です。お受け取りください」
「ありがとうございました」
俺は四枚の金貨を受け取り、懐にしまう。
これで、俺の目標の金額に届いた。
「おい、シャロン。今回で結構いい額になったんじゃないか?」
「うん。これで目標金額に到達だ」
「やったじゃねぇか! 地道にやってきたかいがあったな!」
「お前にも手伝ってもらったおかげだよ」
同期の冒険者と軽口を交わしながら、俺はギルドから出る。
ギルドの前で同期とは分かれ、俺は自分で借りている冒険者用の宿舎へと急いだ。
俺の目標金額は、金貨三百枚。
そのうち確実に必要なのは、金貨二百枚。
これは、奴隷市場に並ぶ平均的な奴隷の価格だ。
ここまでいえばもうお分かりだろう。
俺は今日、奴隷を買おうとしているのだ。
「二年かかったな……ここまで来るのに」
宿舎に戻った俺は、ベッドの下にある箱を開けた。
ここには約三百枚の金貨が入っている。
俺の思い描いていた夢とは、この三百万ゴールドのうち二百万ゴールドで奴隷を購入し、残りの百万ゴールドでしばらく遊んで暮らすというものだ。
馬鹿な夢と思うことなかれ。
俺のような中堅冒険者は、これくらいしか生きる目的がないのである。
「――よし、行くか」
俺は金貨三百枚をすべて袋へと入れ、宿舎を出た。
時刻は夕方。
まだ道も暗くなく、冒険を終えた冒険者たちが目立つ。
落ち着かない体を押さえつけ、俺は足早に奴隷市場へと向かった。
「よってらっしゃい見てらっしゃい! 労働奴隷から戦闘奴隷! 性奴隷から従者奴隷まで! なーーんでも揃っている市場はここしかないよ!」
大げさなテントの下で声を張っているのは、おそらく奴隷市場の従業員だろう。
俺はその男の横を通り抜け、テントの中へと足を踏み入れた。
「うおっ」
入った瞬間、据えた臭いが鼻をついた。
檻の中に入れられた奴隷たちの様子を見る限り、やはり奴隷の扱いはあまりよくないようだ。
そこら中に汚れた奴隷の姿が見える。
檻の上についている値段を見てみると、この辺りの奴隷は金貨百枚程度で取引されているようだ。
「あ、お客さん初来店ですか?」
「え、あ、そうです」
突然話しかけられて、肩が跳ねた。
近づいてきたのは、奴隷商人らしき身なりの男。
下せた笑みを浮かべながら、男は得意げに話しだす。
「ようこそようこそいらっしゃいました! 初めてではなにかと分からないことも多いでしょう。簡単に奴隷を見積もることもできますが、いかがしましょうか」
「あ、じゃあお願いします」
「かしこまりました! それでは予算の方を聞かせていただけますか?」
「金貨二百枚……いや、二百五十枚までで」
「なるほどなるほど! ではこちらへどうぞ! ここの奴隷は労働用ですので、身なりには自身がないのですよ」
そういう奴隷商に連れられ、俺はテントの奥へと進んでいく。
確かに奥へ進めば進むほど、臭いも奴隷の身なりも良くなってきた。
この段階で、ついてる値札は金貨百八十枚ほどである。
「この辺りの奴隷から、愛玩用として売り出されていますね。貴族の方々がまとめ買いすることもあるので、お早めの購入をオススメしますよ」
「ありがとうございます……」
「いえいえ! では、ごゆっくり!」
奴隷商が他の客の接客へと向かう。
俺は一人でゆっくりと奴隷を見て回ることにして、檻の周りを歩き始めた。
男、女ともに、このコーナーにいる奴隷は小奇麗にされている。
確かに購入するとしたらこの辺りだな――。
「ん?」
そうして見て回っていると、一つだけ異質な檻が目に入った。
テントの隅に一つだけ、隔離でもされているかのように檻が置いてある。
遠目ではよく分からないが、女の奴隷が一人入っているようだ。
「あ、ちょっとお客さん!」
「へ?」
近付こうとした俺に、先程とは違う商人が話しかけてきた。
少し焦った様子で、俺も思わず足を止める。
「あの奴隷はちょっと訳ありでして……」
「訳あり?」
「ええ。その美しさ故に何度か購入されているのですが、そのたびに主人の手で返品されてるか、主人自体が死亡しているんですよ」
「死亡に返品って……まさか主人に手を出すとか?」
「いえ、奴隷は主人に手を挙げられないようになってます。純粋に、疫病神のようなものなんですよ。どの主人も魔物の襲撃に遭い、そのまま亡くなってまして……亡くならないにしても、やつれた顔で返品しに来るんですよ。困った話です」
思わず、冷や汗が流れた。
しかし、人として興味が湧いてしまうのも、また事実。
「ね、値段は……」
「えぇ……お客さん興味があるんですか? まあいいですけども……金貨三十枚です。ここに置いておくのも恐ろしいですし、買い取ってもらえるのであればそれに越したことはありません」
「三十枚……」
「一応初物ですしね。経験のない女っていうのは少々値段が上がるのですよ。それでも三十枚なのは、いわくつきだからですね」
金貨三十枚――。
駄目だ、魅力的に感じてしまっては駄目だ。
死ぬかもしれないリスクを考えれば、無難に二百枚で買える奴隷を購入すべきだろう。
でも、少し見るくらいなら問題はないよな。
「ちょっと見せてもらってもいいですか?」
「ま、まあそれはご自由にどうぞ」
俺は許可をもらい、端にある檻へ近づいていく。
中を覗いてみると、そこには一人の女性がいた。
頭からは角が生えており、種族が魔族であることが分かる。
魔族というのは、魔物が意志を持ち進化した種族だ。
体のどこかしらに、魔物であったときの部位が残っているのが特徴である。
彼女の場合は角らしい。
そして何より、特出すべき部分がある。
「……綺麗だ」
檻の中を覗きながら、無意識のうちに呟いていた。
それほど、中にいる女は美しかった。
長い黒髪に、白い肌。
ルビー色の宝石のような目に、整った顔。
スラリと伸びた足に、大きな胸と尻。
どこを取っても、完璧な女性だった。
「見た目はいいんですけどね……」
「――さい」
「え?」
「――ください」
俺は檻から視線を外し、商人の顔を見ながら言葉をこぼす。
「この奴隷を、ください」
気づけば、俺は金貨三十枚を袋に分け、商人の胸元に押し付けていた。
一目惚れである。
この女性を連れて町を歩きたい。
この女性とあんなことやそんなことをしたい。
下品だと思われてもいい、心の底からそう思ったのだ。
「ま、まあ……お金さえ払ってもらえればそれでいいんですけどね。安全までは保証しませんからね!」
商人は檻に近づき、鍵を開ける。
中から引っ張り出された女性は、俺と同じくらいの身長があった。
やはり、見惚れるほどにスタイルがいい。
「彼女の首輪に、血判を押してください。それで契約完了です」
「はい」
俺は親指の腹を歯で少し切ると、血を滲ませた。
血がゆっくりと広がるのを見ながら、改めて女性に近づく。
「これから……よろしく」
女性の首輪につけられた魔石に、親指を押し付ける。
魔石とはただの石ではなく、何らかの魔術的効力があるものを差す。
この魔石には、隷属の効果があるらしい。
こうして契約者の血を置くことで、契約者に隷属させることができる。
「はい、契約完了です。それじゃさっさと持ち帰ってくれ!」
俺は商人に言われるがまま、彼女の首輪からつながっている鎖を引いてテントを出る。
「君、名前は?」
「――ベロニカ」
「この前誕生した魔王と同じ名前なんだな。改めて、よろしく」
「同じ名前ではない。私こそが魔王ベロニカだ」
「…………へ?」
これが平凡な冒険者である俺と、奴隷に堕ちた魔王、ベロニカの出会いであった
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